閑話・大型ガレオン船にて
本作はみどりいろさんの寄贈です。
side:旅客用大型ガレオン船船長のバイオロイド
オレの名はアイザック。バイオロイドだ。
ギャラクシーオブプラネットでは有機アンドロイドであるリーファ麾下の戦闘艦クルーだった。クルーとは言ってもヒラではなくそれなりのことを任されていた。
こちらに来てからはしばらく船乗りとしてリーファや雪乃と行動をともにしていたんだ。
で、そんなオレがなんでこの客船型の大型ガレオン船の船長をやってるかってえと、司令が島に帰省するときのために客を載せるのを主目的とした大型ガレオン船を造ったのは良いが、クリッパー船ができると帰省はもっぱらクリッパー船で、この船は院の御幸のときには使ったがそのくらいで、出番がほとんどなくなっちまった。
せっかく造ってそれは勿体ないってんで、『船の保守費用分ぐらいでも入れば御の字って感じでいいから』ってリーファが司令に蟹江から下田あたりを往復する客船を就航させたらどうだと進言というか説得して認められたらしく、その船長をオレに任せられたと、そういうわけだ。
他のクルーたちもほとんどはバイオロイドや擬装ロボットで固めているが、リーファを介して佐治殿に頼まれて、経験を積ませる研修を兼ねて時折織田水軍の若い衆をこちらで使ったりしている。
今のところ運行は二ヶ月に一回一往復程度で、運行のタイミングで織田家で使用する用向きがある場合は臨時運休になる。
蟹江を出てから大湊を経由して、江尻・・・元の世界の清水に寄って下田まで行く。
下田に着いた後は乗員の休息や護衛船の状態確認も兼ねて神津島へ行くが原則客の乗降はない。乗員には神津島の温泉にでも入って休んでもらうんで、特に研修中の若い衆には好評だ。オレたちバイオロイドは船内でそれなりにやることがあるから行かねえがな。他人には見せねえがこっちでも十分な休息ができるような設備はある。
神津島で乗員の休息や船の確認が終わったら下田に行って、行きと逆のルートで蟹江まで戻るわけだ。
旅客船を下田へ寄港させることについては曲がりなりにも他国領であることから、時期尚早という話もあったようだが、こっちの交易船が当然のように行き交ってるし、客船の下田寄港を打診した北条家からも是非寄港してほしいと要請があったようだ。そのあたりは政治も絡んでるからオレにはよくわからん。
あと、信濃方面へ行く人などの為に天竜川河口の湊である懸塚も寄港候補に上がったが、オレたちの船はともかく護衛船もいるから遠州灘、それも川の河口に停泊するリスクは避けたい意向があったとのことで今のところは見送りとのことだ。
運行頻度は需要がもっと多くなったら一月に一往復とかそれ以上にするだろうが、今のところは二ヶ月に一回でいいという司令の判断らしい。
運賃は雪乃が設定した。決して安い運賃ではないが、なにせ徒歩よりは断然楽でそれなりに速い。特に往きは黒潮に乗れるからな。
使うのはもっぱら商人がほとんどで、商品を自分の足で運ぶことを考えればこの運賃でも安いものだという。強盗などの事件や事故に巻き込まれる率も名目上断然低い。というか、まあこの船は例によってオーバーテクノロジー満載だから海難事故なんて無いんだがな。
事故はないが客室内で客同士のトラブルはないわけではない。客同士で諍いがあった場合、口論や軽いどつきあい程度など多少のことは大目に見るが、オレたちや船内の警備兵から見て看過できないものだった場合は途中の湊か蟹江まで拘束して、各湊の警備詰所か代官所に連行する。当然運賃は返さないし、場合によっては弁済金を請求することになっている。
とはいえ、司令の権威が行き渡ってるからな。いまのところ拘束して途中下船を命じたヤツはいない。そこまでするとうちとの取引停止や絶縁にまで発展すると思われてるようだ。
あと、物騒な物は長短共に荷物と一緒に貨物スペースで預かってるものの、万が一諍いで刀まで抜いたヤツは即刻海に叩き落としてもよいという織田の大殿からの朱印付き認可状もあるが、幸いそういうヤツもいない。
あと、司令が懸念していたことの一つは、商人たちが徒歩で街道を使うときに銭を落としていく経済効果がなくなってしまうことだったようだが、雪乃が運賃の一部を東海道界隈や通過してしまう湊などの賦役の資金に充てることを進言したらしい。
今日は蟹江からの出港日になる。続々と客がガレオン船に乗ってくる。
ほとんどは二等客室、いわゆる雑魚寝部屋だ。金持ちの商人とかは一等客室にする連中もいる。守護様や大殿が使用するようないわゆるVIP客室は現在使わせていない。
荷物は手持ち以外はこちらで一括に預かって密かにコンピュータ管理しているし、荷物を扱ってるのが高性能AI搭載の擬装ロボットだからテレコだのロストバゲージなんてものは間違っても起きない。
準備が整ったので、護衛をしてくれる久遠船二隻に合図をして出港する。
空はどんより曇っている。シルバーンからの天気情報では大湊に出る予定の頃に雨風が強くなり始めるというので、それら天気情報を副長二人と共有する。対外的には知らないフリをするが。
「ご乗船いただきありがとうございます。この大鯨船は、特別急行くろしお37号下田湊行きです。途中大湊、江尻、終点下田まで参ります。船長はアイザック、副長はアンリとわたくしエリザが終点下田まで担当いたします。次は大湊、大湊です」
しばらくすると元の世界で『ディナーチャイム』という名だった5つの鉄製鍵盤のついた小さな鉄琴でキンコンカンコーンと鳴らした後、伝声管で客に向かってアナウンスしているのはバイオロイドのエリザでこの船の副長の一人だ。
アナウンスはエリザが自ら志願した。まあ声の通りは良いから向いてるっちゃあ向いてるんだが、司令の世界でいう鉄道マニアとやらで、勝手に『くろしお』とか名前つけちまってるし、船に特別急行ってどうよ。あと37号ってどっから出たんだ?
その後、エリザは乗船においての注意事項などを淡々と伝えていき、最後にディナーチャイムをさっきと逆順で音を鳴らしてアナウンスを終える。
雲行きは怪しいものの、伊勢湾内は順調に航海ができそうだ。
程なく大湊に着いたが、蟹江で乗った客は大湊ではまず降りない。なにせ蟹江から大湊間であれば佐治殿率いる水軍の久遠船が何隻も行き交っているからな。大湊に行きたいヤツはそっちに乗る。だから、大湊もほぼ乗船のみだ。
大湊でも人を乗せることもあって蟹江で満席にはしない。二等客室に押し込めれば入るのかもしれんが、クソ狭い所で何日も揺れる船内で過ごすなんて地獄でしか無いからな。
大湊で乗船する客数をシルバーンからの衛星情報と予測システムのもとに判断して、蟹江で乗せる人数を決めている。対外的にはもちろんそんな事は言わない。未だ空いてるのにと言われても『大湊でも客は乗るから』の一言で終わりだ。
大湊で客や荷物を載せている最中に雨が降ってきて風も出てきた。オレ達は護衛船の船長も呼んで協議をして、しばらく大湊で風雨をやり過ごすことになった。
副長のエリザに乗客へのアナウンスを要請する。
「ご乗船の皆様にお知らせ致します。現在雨風が強くなってきております。この先江尻まで停まる湊がございませんので、本船の乗客乗員ならびに護衛船の安全を考慮し暫くここ大湊で雨風が過ぎるまで停泊を致します」
さて、乗客や乗員を安心させるためにも各客室にでも出向くか。
各客室で客の様子を見て客の何人かと話を交わしたあと、やってきたのは医務室だ。普段は久遠家の医師をつけてくれるのだが、今回は偶々島に帰るついでに乗船したアンドロイドの姫華が通常勤務の久遠家医師2人とともにいる。
姫華は設定年齢が19歳の医療型アンドロイドだ。日本人の外観で元の世界で『キャバ嬢』ってのを参考にしたらしい。オレはよくわからんが。
髪は艷やかな黒髪で髪型は本人曰く『夜会巻き』なんだそうだ。全体的に男受けしそうなかわいらしく気持ち派手な顔立ちで背は160cm、痩せ型だが貧相ではない。
気配りもできるし人と関わることが好きらしく、俗に言うコミュ強と本人は言っている。また、負けん気や向上心が強くて、日ノ本に来る前にまだ他の医療型が専門にしていなかった歯科や口腔外科をシルバーンで必死に猛勉強したらしい。それ以外の気性は司令の元の世界の『イマドキの娘』という感じらしいが、オレはその『イマドキの娘』とやらをよく知らん。
今はその猛勉強したという歯科や口腔外科を専門として、織田家の領内で虫歯や歯周病の治療をしたり口内環境の重要性を説いて回っているんだそうだ。もちろんそれ以外の医療行為もしている。
ちなみにすでに司令との子供もいる。紗綾という女の子で、司令の邸にいたり島にいたりするらしいが、今は島の他のアンドロイドに見てもらっているらしい。
医務室に入るとすでに横になっている客がいる。
「船長じゃん。何かあった?」
「ああ、別に大した用じゃねえ。停泊中に各所を見回ってるだけだが・・・」
「このお客様は船揺れに酔ってるだけだよ。すでに投薬済みだしあとは休んでもらうだけ」
とオレが言おうとしたことを先に姫華に答えられた。こいつは顔色や目の動きと言葉尻から言おうとすることを察するからな。
「そ、そうか。それならいいんだが」
「こっちは今んとこウチと伊助殿や作次殿で十分だけど何かあったら伝送管で呼ぶよ」
「おう、じゃあ頼むわ。・・・ああ、そういえば領主様から乗員たちにって差し入れで栗きんとんをもらってるんだ。伊助殿や作次殿の分もあるからあとで取りに来な」
オレの『栗きんとん』という言葉に姫華はピクッと反応する。ああ、そういえば姫華は栗のスイーツが好きだって言ってたな。
「その『栗きんとん』ってどっちの?」
「どっちの?・・・ってああ、茶巾絞りのほうだ。セルフィーユが作ったんだと」
「えーマジ?ヤバくない?超嬉しいんだけど!さすがダンナ、わかってんじゃん!」
お、おう、喜んでもらえて何よりだ。まあオレが作ったわけでも手配したわけでもねえけどな。
「じゃあこっちはよろしくな」
「りょうか~い、おっまかせ~」
返事が軽いな、姫華。ただ、それは単に栗きんとんのせいではないな。なにか意図があってああいう言い方にしてるんだろう、あいつのことだしな。
操舵室に戻ってくると副長のアンリともう一人は・・・あれは久遠家の忍び衆だな。
実は二等客室には警備兵の他に客が話している噂話などの情報収集のために商人に扮した忍び衆を必ず乗せている。もちろんそんなことは客には言わねえ。
「船長殿、今のところの目ぼしい話はこちらに書き記してございます。急ぎの件はございませぬ」
「おう、まあ無理せず頼むわ」
「はっ」
気になった話や情報などをその場で書くわけにもいかねえし、それぞれでずっと記憶してもらうってのも限度があるんで、便所に行くとかで客室を離れるついでに操舵室に寄ってもらって得た情報を書いてもらってるんだ。
まとめた情報のうち緊急性があるものは、念の為司令かエルに無線で知らせたうえで、情報を得てから最初に停泊した湊の忍び衆に繋ぎをつけて最速の手段で尾張に届けてもらう。そうでないものは船が蟹江に帰った際にまとめてミレイかエミールあたりに渡すことになっている。
翌日の朝は快晴だった。いわゆる秋晴れだな。念の為シルバーンからの天気レーダーを確認してもこの先少なくとも向こうに着くまでは天気の崩れはなさそうだ。
早速護衛船の船長たちと船内の客たちに出港を伝える。
大湊を出てからは昨日の空が嘘のような真っ青で航海も極めて順調だ。
オレたち特製の海図で確認し、御前崎から駿河湾に入り、江尻に停泊する。客の半数以上はここで降りる。
この時代まだそんな言い方はしねえがいわゆる関八州の方面に行くには下田よりこっちのほうが便利だからな。
何事もなく江尻を出発し下田に向かう。
そしてもうすぐ下田に着くというタイミングでエリザに下田到着のアナウンスをさせたすぐのことだった。
二等客室のひとつが何やら騒がしい。喧嘩でもあったか?と思うがどうも様子がおかしい。
「船長だ、なにかあったか?」
伝送管で呼びかけると、少し遠くから叫ぶように聞こえてくる。
「下っ腹が痛えって異様に苦しそうな奴がいるんだ!」
急病人か?すぐさま医務室の姫華を呼ぶ。
「姫華、二等客室の3番で急病人みたいだ。下っ腹が痛くて苦しんでるらしい。頼む」
「わかった、すぐ行く!」
とりあえず姫華に急行してもらうが、あの感じだと担架で医務室まで運ぶ可能性もあるな。念の為アンリにも客室に急いでもらう。
しばらくすると、アンリと姫華が一緒に操舵室にやってきた。
「とりあえず鎮痛剤をうって、念の為ナノマシンで痛みを止めてるから今のところは大丈夫」
日ノ本では特殊な事情がない限りはナノマシン治療はできるだけしない、しても最小限に留めるってのはケティ、いや医療部の総意だったな。ずっとあてにされないためと日ノ本の人材育成のためだったか。
とはいえ痛み止めには使ったのか。やむなしとはいえかなり悪いと見える。
「でも外科手術はできるだけ早めにしないといけない」
「そうか、下田にゃあもちろんそんな施設はないだろうし、やはり神津島で降ろすしかねえか。それとも蟹江に戻るまでやっこさんの身体がもつのかい?」
オレの問いに姫華が首を振る。
「神津島なら交替勤務の医療型の娘もいてそれなりの設備もあるし」
万全を期すために姫華が神津島の医療型アンドロイドにコンタクトを取る。今神津島の診療所にいるのはセシリアらしい。
「あ、セシリア?今いい?」
「姫華じゃない。あんた大型ガレオンに乗ってるのね。どうしたの?」
姫華がセシリアに事情を手早く説明して患者の状況を伝える。
「患者は虫垂炎だよ。ウチが触診でもナノマシンでも確認したし。外科手術の受け入れ準備お願い」
「わかった。今日は他の患者や見習いの医師もいるから気取られないように準備しとく」
セシリアとの通信が終わるとすぐに姫華は医務室に戻っていった。
船は下田についた。乗客や荷物を降ろしていくが、この湊は江尻と同様にまだ大型船向きの整備はできてないんだよな。まあ江尻はともかく下田に関しては準同盟とはいえ他国領だし仕方がねえ。だから客や荷物を降ろすのに時間がかかる。
なので、今のうちに護衛船の船長たち、そしてこの船で乗員としている織田水軍の若い衆らにとりあえず事情を説明しておくことにする。
そして湊の代官に下田で船を降りる乗客の名簿でひとり足らない事情を説明した文をしたため乗船している忍び衆に託し、乗客と荷物を降ろしきった時点ですぐに出港する。
降ろした忍び衆は神津島で風呂に入れねえな。悪いことをしちまったが当の本人には『またの機会でよろしゅうございます。お気になさいませぬよう』と言われちまった。
そして全速力で、とはいっても風に受ける帆の力以上には速度は出せんが、それでも想定より若干早く神津島についた。
神津島の湊で乗員たちとともに担架に固定した状態にして人力クレーンを使って慎重に島へ患者を降ろす。
久遠諸島に帰るつもりで船に乗った姫華もここで一緒に降りて、セシリアらとともに診療所で手術をして、状況を見届けたあと本領に行く船に乗って帰るんだそうだ。
さて、乗員も船に戻ってきて、護衛船の状況確認も終わった。下田に戻ってそこから江尻、大湊、そして蟹江の湊へ向かう。
あいにく黒潮と逆向きでそれなりに時間がかかるせいか往きよりは若干人は少ない。それでもやはり徒歩よりは断然楽だしトラブルに巻き込まれる可能性も低いのは往きと同じだからそれなりに人も乗るし荷物もある。
どうやら蟹江に戻るまで天気の崩れはなさそうだ。副長二人に出発の最終確認をしたあと船は下田の湊を離れた。