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織田病院の緊急救命室

本作はみどりいろさんから寄贈されたものです。

side:あすか


 あたしの名前はあすか。医療型の有機アンドロイド。


 設定の年齢は24だから公称は35。艶のある濃い紫色の髪で、仕事の時は邪魔にならないよう手術帽に隠れるよう巻いてあるが、胸のあたりまで長さはある。

 髪が紫である以外の外見は司令曰く『ほぼ元の世界でそれなりのスタイルの日本人と変わらない』らしい。なんでも、司令がいた元の世界で一世を風靡したアニメにあたしのモデル元になった女性キャラがいたらしいが、あたしはそのアニメのこともキャラのこともよく知らない。

 名前の由来もその女性キャラに関係するとかしないとかという話は聞いたことがあるが、あたしはあまり興味がないのでよくわからない。


 性格は・・・社交性はある方だと思う。任務や役割には忠実で確実に遂行するが、そちらに注力している反動か、あたし自身のことというか私生活は他の娘曰く『がさつ』とか『ずぼら』とか言われる程度になおざりになっているのは仕方がない。

 ・・・まあシルバーンでのあたしの部屋がゴミ屋敷みたいになっていたのは認める。ただ、こちらでは侍女の人たちが片付けとかをしてくれるので楽で良い。


 こちらでは『紫紺しこんの方』と呼ばれている。髪の色そのままの意味であり、漢方薬でもある『紫根』にもかけているらしいが、その辺は良く知らない。


 ギャラクシーオブプラネットでは戦闘の最前線での医療チームを率いていた。

 この世界に来てからしばらくは、久遠家の確保している領域での戦闘などがあった際の怪我人や病人のケアを主に請け負っていたが、日ノ本の尾張に作った病院の人手がほしいとケティから頼まれてからは主に夜間の急患、それも重篤者の急患を主に診る、元の世界で言う緊急救命の役割を買って出ている。


「お方様!急患でございます!」


 早速急患だ。最初に行うのはトリアージ、こちらでは『識別』と呼ぶことにしているが、重症度や緊急度を選別すること。低ければ場合によって応急の処置をした後、通常の夜間医療の方に回す。わたしが主に受け持つのは重症度や緊急度が高いものだ。

 今はまだトリアージもあたしが受け持たなければならない。なにせトリアージできる人材が育ちきっていない。学ばせるため他の医師や看護師と同時に教えながら診る。


 今回は重篤なものでもなく緊急度も高くないと判断したので、痛み止めなど最低限の処置をして、通常の夜間部に回したらとりあえず今回の急患のあたしの役割は終わりだ。



 夜間に仕事をしているので、昼間は屋敷の一室をこの時代なりの遮光防音処理をしてもらった部屋で休ませてもらっている。本当は昼前までとか夕方からとかも受け持っても良いが、あたしがブラックな前例になってもいけないからとケティに止められた。朝から夕方ならケティやパメラらもいるから急患対応は可能ではあるが。


 それもあって、司令やエルなど那古野にいる娘達と話し合った結果、少なくとも司令が久遠一馬として活動している間はあたしは子作りはしないことにした。

 だから、営みがあたしの番になったときは他の年増設定でまだ子供がいない娘に代わってあげている。もし司令がもし求めてきたら断りはしないが避妊はする。まあ今のところ無いのだが。


 あたしがここで子作りしないと決めたのは、恐らくあたしがこの時代で子作り可能と言われる公称の年齢までに緊急救命の人材を育て独り立ちさせることは難しいと判断したからだ。

 ただでさえ今の時点でもこの時代のあたしの歳ならすでに御褥辞退が普通な年代だ。それに、救命医育成途上の段階でこの役目に穴を空けたくない。


 もちろん司令のことが嫌いな訳では無いのだが、司令はあたしの意思を尊重してくれた。

 ただ、あたし達の母親代わりのようになっていただいている土田御前様にその話が漏れたときには「そのような悲しいことは言わないでおくれ」と言われてしまい少し心が傷んだが、他の娘達の子があたしの子と同様だからということで、納得はされなかったようだがなんとか収めていただいた。



 織田家の領地が急激に増え、さらに流民などもあって人口が飛躍的に増えた分だけ急患も増える。もちろん急患を断るようなことはしていないが、急患が多く重なった時は緊急度重症度によってはやむを得ず待ってもらったりもする。


 あたし達医療型有機アンドロイドはナノマシン治療が可能だが、あたしは滅多には使わないようにしている。

 もちろんできるだけ助けてあげたいのはやまやまだが、人材育成しなければならないのにあたしがすべて瞬時に解決しては育成にならないし、なにより『救命医に駆け込めば必ず生還できる』という前例をあたしが作って、あたし達がいなくなった後その前例に救命医たちが苦しめられるようなことはあってはならない。

 ゆえに、残念だけど助けられない命もある。それを受け止めつつも引きずらない覚悟があるものだけを緊急救命の医師や看護師としてつけてもらっているが、この時代は司令のいた元の世界の時代とは死生観が違う。そのようなことは当たり前だし身近にあるのだろう。皆覚悟と使命感を持っていて士気も高い。

 ただ、あまりに士気が高くて大丈夫かと思うことがあるので、患者がいないときは明るく話しかけたり時折冗談を飛ばしたりとかして場を和ませるようにしている。


「お方様!急患でございます!」


 今夜の二件目か。長椅子のようなものを担架代わりにして警備兵達が運んできた。


「辻斬りされたようでございます!」


 運んできた若い警備兵の切迫した声に他の医師や看護師に若干緊張が走るのがわかる。尾張、それも那古野あたりでは最近刃傷沙汰がなかったから余計かもしれない。


「あとはお願いします」


「わかった」


 患者を警備兵や医師らとともに処置用ベッドに乗せると、警備兵たちは血の付いた長椅子を持って出ていった。


「・・・七兵衛殿・・・」


 複数の医師が呟く。急患の男は那古野で屋台を営んでいるうどん屋の店主だ。気のいい男で、『毎夜大変でございましょう』とうどんの差し入れを一度ならずしてくれたことがあった。それを皆覚えていたのだろう。

 店主が作るうどんの味も確かで、少し前も差し入れをしてくれて、皆で食べようかと思っていたところで急患が来て対処していたので、うどんが冷めてのびてしまったが、それでも十分美味しくいただけたのを思い出す。


 そんな善良な男が一体どうして。何故何の罪もない人がこのような目に合わなければならないのか。許せない。あたしの全身に怒りがよぎるが瞬時に抑える。


「私語は後でいい!縫合するから準備急げ!」


「「はっ!!」」


 あたしの言葉で我に返ったように皆が動き出すのを確認しながらあたしは患者の状況を確認する。

 急所は外れているがあと何センチかずれていたらここに来る前に助からなかっただろう。とはいえ一刻を争うことにはかわりはない。

 麻酔を入れたが効くまで間に合わないだろう。以前パメラが同じような事案に対処して当時左中将と言われていた北畠の亜相殿に助けてもらった話を思い出しつつも、医師たちに患者が暴れないよう手足をおさえておくよう指示を出す。


 そしてすぐさま処置を開始する。痛みに耐えきれず暴れる患者を医師の皆が懸命におさえてくれているので今のうちに処置をする。


「お取り込み中御免!紫紺殿、もうひとり頼む!」


 縫合処置の途中、部屋の外が少し騒がしいと思ったらもうひとり運ばれてきた。


 若い警備兵とともに患者を運んできたのは、下方左近貞清しもかたさこんさだきよ殿。確か警備兵の上級幹部だったはずだが、一緒に見回りでもしていたのだろうか?


 どうやら警備兵が傷を負ったらしい。処置をしつつちらりと見た限り同様に刀傷のようだが、手ぬぐいか何かの布で出血部の近くをきつく結んであり応急の止血をしてあるのがわかる。また、自分で患部である手を上げて心臓より上になるようにしているから、患者の意識がはっきりしていることもわかる。しかし止血処理をしても血が完全に止まりきってはいない。


 そう思い、あたしがちらっと顔を上げた眼の前にいた、望月家が出雲守殿と一緒に尾張に来たという者とその隣りにいた看護師に声をかける。


「今あたしは手が離せないよ!吉兵衛殿と絢殿!いま来た急患の処置を頼む!」


「は・・・はっ、お任せを!」


「は、はい!」


「左近殿、済まないけど今の医師の代わりにこの患者の脚をおさえて!」


「承った!九之助はその左脚をおさえよ!」


「はっ!」


「わしが右脚をおさえる。医師殿、わしが代ろう。紫紺殿を助けてやってくれ」


「はっ、ではお願い致します」


 あとから来た急患を医師の吉兵衛殿と看護師の絢殿に任すと指名すると、二人とも一瞬戸惑いの表情をしたがすぐに表情が引き締まって、若い警備兵に患者の左脚をおさえる役目を託した。

 さらに、下方殿が右脚をおさえていた医師に代わっておさえてくれ助かる。



 あっという間に時間がすぎる。先に来た患者であるうどん屋の店主の処置が済み、警備兵の処置の確認をした頃には、外が明るくなりかけていた。


「左近殿、どうもありがとうございました。おかげで助かりました」


 二人の処置が終わるまで付き合ってくれた左近殿にあたしは敬語でお礼を言って頭を下げると、左近殿は笑って答えた。


「ははは、礼には及ばぬ。氷雨殿にはいつも世話になっておるし、小豆坂の戦に比べれば造作も無いことよ。・・・ところで、うどん屋の店主は助かるのか?」


「やるだけのことはやったので、あとは患者の体力と生きようという思い次第」


 あたしがそういうと左近殿はそうか、となんとも言えない表情を浮かべた。


「あと、警備兵殿の左腕だけど、所見では多分腱までは切れてないと思うけど、もしかしたら多少手が動かしづらくなってしまうかもしれない。早朝にケティに引き継ぐけど、最悪警備兵は続けられない可能性だけは考えておいて欲しい」


「そうか・・・わかった」


 左近殿は少し無念そうな顔をした。

 その後左近殿と少し話をしたが、最近は警備部でも文官仕事が多くなりめっきり現場に出ることが減ってしまったが、今日は現場の警備兵の規律について抜き打ちの視察をしていたところ偶々この件が発生したため、一緒に現場に出て罪人を取り押さえたとのことだった。

 ちなみにあの止血の応急処置は左近殿がしたらしい。なんでも、役目の合間に行った学校でパメラに教わったらしい。なにかの役に立つかもしれないと思って習ったそうだが、実際に役立ってよかったと左近殿は話していた。


 此度のようなことがあるから、警備兵も止血などの最低限の応急処置ができるようにしないとな、と最後は真顔で言うと左近殿は警備兵の詰め所に戻っていった。



 後日、あたしはセレスから直接聞いた話なのだが、このときの罪人は翌日には磔刑と決まりその数日後に処されたという。罪人は信濃の土豪の三男らしく、清洲で文官として働いていたが馴染めず、鬱憤が溜まって人を斬ることで発散したかったと言っていたと、セレスが珍しく不快な表情をして話してくれた。

 この時代でも司令の元の時代でもそういう奴はいるものなのだな。いわゆる『ムシャクシャしてやった』ってやつだ。


 うどん屋の店主は一命は取り留めた。あの夜、客が遅くまで途切れなかったのでいつもよりも長く営業していて、斬られたときは店じまいして椅子や机を片付けをしている最中だったらしい。

 店主はしばらく入院せねばならず、その間うどんを常連に食べさせてあげられないのが残念だと言っていたそうだ。


 傷を負った警備兵は腱までは切れておらず、若いのでリハビリをすれば十全とはいかないかもしれないがほぼ機能は回復するだろうという報告を受けた。後からセレスに気になって聞いた話だが、無理はさせられないので当分警備部の文官部門の役目に回すそうだ。



 そして、また夜がやってくる。あたしは今夜も命と向き合う。緊急救命を根付かせるために。一人でも多くの命を救うことができるようになるために。 


「お方様、急患でございます!」


 その声を聞いてすぐ、あたしは待機室で食べていた途中のおにぎりをそのまま置いて処置室に急いだ。

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