閑話・あずきとさくらんぼ
本作はみどりいろさんから寄贈されたものです。
side:セシリア
私はセシリア。医療型のアンドロイド。
設定の歳は19。ブロンドの長髪ストレートで碧眼、ゲルマン系の顔立ち。背は170センチほど。白人系の色白で、バストは・・・それなりよ。
ドイツ人的な外見設定だから、私の名前を司令は当初ドイツ名の『ツェツィーリア(Cäcilia)』にするつもりだったらしいけど、呼びにくいからってことで英語名のセシリアに変えたらしい。まあどっちでもいいんだけどさ。
ギャラクシーオブプラネットのときの専門は再生医療だったけど、こっちではまだ早すぎるから、理学療法などをはじめとしたリハビリテーションが得意ということにしている。もちろん通常の医療行為もするしナノマシンも普通に使う。
年に数回か日ノ本の尾張にいる司令のところに通うついでに井ノ口や大垣、安祥などの診療所を回って、久遠諸島に帰ってきたところ。
やっぱりこっちはいいわね。私はこっちでのんびり患者を診てる方が性に合ってると思うんだ。
父島に帰って、いの一番で港近くの駐在所に寄る。駐在所といっても警察官とかが常駐しているわけでもなく、私達アンドロイドの一部のたまり場になってる。
ここだとほとんど揉め事は起こらないから開店休業のようなものなんだけどね。たまに島の人達のちょっとした相談に乗ることのほうが多くて、どちらかというと町の相談所みたいになってる。
一応警備のバイオロイドはいるんだけど、今は出払ってていない。2・3日前に司令や日ノ本の人たちがこっちに来てて、そっちの警備でみんな出払っちゃってるから。
ここの駐在所が何で一部のアンドロイドのたまり場になってるのかというと、地下にシルバーンからの小型転送装置があるのよ。そこでなにがあるかというと・・・。
「ねぇユキちゃーん。例のもの焼けてる?」
『はーい・・・あ、セシリア。ちょうどさっき焼き上がったところだよ。そっちに今送るから』
バイオロイドのユキとの通信とともに転送されてきたのは、そうそう、これこれ。私の大・大・大好物のシュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテ、日本語で『黒い森のさくらんぼケーキ』。長いから私は普通に『キルシュトルテ』って言ってる。ほろ苦なココアとサワーチェリーの甘酸っぱさ、そして仄かに香るレモン、そして大量に染み込んださくらんぼのお酒であるキルシュヴァッサーがたまらないんだこれが。あー、もうよだれ出そう。
尾張だと子どもたちの目もあるし材料のこともあるから大っぴらに食べられない。隠れてコソコソっていうのも食べた気にならなくて嫌だし。そういう意味でも私はこっちに居たほうがいいんだ。
・・・うん。今回のクリームは生乳とアーモンドミルクのハーフかな?これ、香りがいいし軽いからたくさん食べられるんだよね。でも生乳のみももちろん好きだし、豆乳とかでもいいね。
基本レシピとアレンジパターンはギャラクシーオブプラネットやってた頃セルフィーユに作ってもらってる。どのパターンで作るかはユキにお任せだね。
キルシュトルテはホールで来ているから、とりあえず2・3切れ分を切ってあとはシルバーン謹製の特殊保管庫に入れておく。ここに入れておけば防腐はもちろんのこと、いつでも焼きたての状態にしておけるから、私が技能型のアイムに頼んでここに置いてもらった。まあ、キルシュトルテがなくなるのにそんなに時間はかからないんだけど。
取り分けた2・3切れ分を皿に盛って、温かい紅茶をカップに注ぐ。紅茶はキルシュトルテの味の邪魔にならないように無糖にしてる。
紅茶とキルシュトルテを持って駐在所の裏にあるちょっとした庭に行く。そこでまったりとしてキルシュトルテを楽しむつもりで庭に着くと、先客が居た。
「あらセシリア、ごきげんよう」
「相変わらずここにいるんだね、美紗緒は」
「まあ、貴女も人の事は言えないでしょう?」
庭の椅子であずき茶を飲みつつ、大福とおはぎを菓子楊枝の黒文字で少しずつ上品に食べてるこの娘は美紗緒という名で、戦闘型アンドロイド。設定の年齢は15なんだけど、その割に大人っぽい感じ。こちらの世界に来て年齢によって外見を変えるようになる前でも、少なくとも15歳には見えなかった。
艷やかな黒髪を内巻きにして肩甲骨の辺りまでのばすミドルヘアで、垢抜けた日本人顔。背は160センチには少し足りないくらい。日本人の設定にしてはやや色白気味。スレンダーというよりは華奢という感じ。
服装は、尾張に行くときは椿の花をあしらった着物を着てるけど、今はパステルピンクのリボン付きブラウスと淡いグレーのロングスカートを履いている。
外見コンセプトとしては、司令の元の世界で金持ちが住む高級住宅地にいそうなちょっと箱入りっぽいけど意外とアクティブなお嬢様ってことらしい。同じお嬢様でもシンディとは全く違うタイプだし、リリーともまた別のタイプね。
ギャラクシーオブプラネットでは、戦闘時に最前線へ突撃して戦う、良く言えば猛将。悪く言えばいわゆる鉄砲玉。指揮官というよりは自ら武器を振るって戦うタイプ。
でもね、戦ってるとき修羅みたいな顔したり、ドスの利いた声で威嚇するのもどうかと思うんだけど、それはとりあえず置いておくとして、ぶちのめすだの、いてこますだの、どつきまわすだの、しまいには巻き舌で『おんどれぁ、しばき倒すぞ、ごるぁ!』とか、そういう言葉は使わないほうがいいと思うんだな。設定コンセプトから逸脱してるし。まあ、く◯ったれとかそういう下系の言葉を使わないだけまだいいんだけどさ。
普段や非戦闘時はそんな言葉微塵も出さないからギャップがすごいんだよね。美紗緒の戦いっぷりを初めてディスプレイ越しに見たという司令が『美紗緒ってああいう戦い方するんだ・・・』って若干引いてたって言うくらいだし。私はその場にいなくてメルティから聞いたんだけどね。
そんな戦闘の仕方してるから、美紗緒は生傷がたえなくてね。私の再生医療術を一番施してたのはこの娘だったから、あの頃から結構顔なじみなのよ。
普段は言葉遣いも上品で『擦れてない』感じの穏やかな娘なんだけど、内面は私達アンドロイドで1・2を争うほどの過激な考え方の持ち主。
でもそれは自分でもわかっているようで、自分が居て余計な混乱や騒ぎが起きてもいけないからと、今のところ敢えて日ノ本で活動はしないみたい。もちろん司令から召集があれば、そういう考え方を容認してる状況ってことだから断ることはないって言ってるけどね。
「またさくらんぼケーキ?貴女も好きね」
「同じキルシュトルテでもクリームを変えてるから別物なの。ってそういう美紗緒だっていつもの大福とおはぎ食べてるじゃない」
「あら、わたくしのは今回いちご大福にしているのよ。見た目はおなじに見えるかもしれないけれど、中身は変えているから別物よ。おはぎも今回は黒ごまをふりかけているし」
そんな他愛もない話をしつつ、この庭だけ時がゆっくり流れているかのような時間を過ごす。
「私はまだ帰ってきてないことにしてもらってるけど、せっかく司令が帰ってきてることだし美紗緒はついてなくていいの?」
「わたくしも屡々居ないし、緊急信号で呼ばれたらいつでも行けるようにしているので」
あ、そうか。表向きは『有閑淑女』って感じで何をやってるかわからない感じだけど、美紗緒には裏の役割があって、私達の船や領域に手をかけようとする者たちが現れたらシルバーンからの緊急信号を受けて、転送装置で現場にすぐ出向いて対処したり、現地のバイオロイドらの加勢をしているんだっけ。美紗緒の他に何人かの戦闘型アンドロイドがその役目を負ってるんだよね。さすがに日ノ本に行ってる娘達は役目から外れてるようだけど。
すると、美紗緒の穏やかな眼が一瞬鋭くなった。この眼をみるとやはり戦闘型なんだなと改めて思う。
「あら、噂をすれば・・・どうしたの、ヒルデ・・・ええ・・・あら・・・そう、わかったわ。すぐに向かうわね」
どうやらシルバーンから緊急信号が入ったらしい。
「バンテンでナザニンが仕切ってる偽装イスラム商人のダウ船がポルトガル籍船に襲われる兆しがあるみたい。少々行って、ぐうの音もギャフンとも言えないようにしてくるわね。・・・では、ごきげんよう」
そういって、美紗緒は残りの大福やおはぎをもって建物の中に戻っていった。・・・うん。死んだらぐうの音もあげれないしギャフンとも言えないよね。
駐在所の建物の地下には私がキルシュトルテの転送に使った物品用の小型転送装置とは別に、定員一人用の簡易転送装置がある。なにせ簡易だからシルバーンとの往復にしか使うことができなくて、シルバーンからまた目的の場所へ転送していくから二度手間にはなるんだけど、そんなに大した時間はかからないからね。
一人になって、改めてキルシュトルテを口に運ぶ。うん、美味しい。さすがセルフィーユのレシピよね。少し時間が経っても美味しさが変わらない。二人のときは喋りながら食べてたからそうでもなかったけど、一人だと黙々と食べてるからあっという間に庭に持ってきた分のトルテが無くなっちゃった。
おかわりは、とりあえずもうちょっと後でいいかな。・・・あーあ、なんか少し眠くなってきた。久しぶりに日ノ本行って診療所を色々回ったから少し疲れちゃったのかな。今日は日差しもそれほどきつくなくて、余計眠気を誘うなあ・・・。
・・・
「ごきげんよう。まだこちらに居たの?」
美紗緒の声で目が覚める。気づいたらもう日が沈みかけてるわね。
「ちょっとウトウトしてた。日ノ本行ってちょっと疲れてたのかも」
「あら、起こしてしまったかしら」
「いいよいいよ、こんなところで爆睡してたら風邪ひくし。医者の不養生なんて洒落にならないでしょ。アンドロイドとはいえ」
「では、起きたついでに港が一望できる例のテラスで・・・いかがかしら?」
そう言いながら美紗緒が何かを飲むようなジェスチャーをする。美紗緒も好きだからね、お酒。お互い飲むものは違うんだけど。
例のテラスというのは、二見港の近くにある山で港が見渡せる場所にちょっとしたテラスを作ったのよ。今の時代なりのね。
「いいねえ。酒の肴は保管庫にあるだけのものしか無いけど」
早速二人でありあわせのものを持って展望台に行く。流石にあまり使わないようなテラスに転送装置は置いておけないしね。だから少々面倒だけど自分たちで歩いて持っていく。
帰る頃には暗くなってる山道を降りなきゃいけないけど、勝手知ったる場所だし、何をおいても一応私達アンドロイドなんで。
荷物をもちながらテラスに行く途中に緊急信号の話を聞いてみる。
「最近多いの?緊急」
「当初より領有区域が広がっているから仕方がないけれど、緊急出動する戦闘型の娘達で賄いきれないほどではないので」
「へー」
「海は以前より少なくなったわね。スペインやポルトガル籍船の活動が相当鈍っているみたい。大烏賊と白鯨が効いているのかしらね」
「陸のほうが多い?」
「そうね。原住民よりも植民地支配しようとしている欧州人の対処が多いわね。あの人達、銃を持っているし」
「そうなんだ」
「この前はわざわざオルガン砲使ってきた人達がいたから、遠慮なく頂戴しておいたわよ。尾張工業村の職人の人達が喜ぶかと思ったので」
「へえ、もう尾張に持ってったの?」
「父島に交易に来ていた佐治水軍の人達にお願いしておいたわよ」
テラスに着いて酒の肴を適当に並べる。チーズ鱈とかこの時代にないものがちょくちょくあるけど気にしてはいけない。どうせ私達しか居ないんだし。
私が飲むお酒はキルシュガイスト。キルシュトルテに使ったキルシュヴァッサーと同じさくらんぼのお酒だけど、造り方が違う。
美紗緒は小豆の焼酎。なんでも、シルバーンで海底と同じ環境にして一年熟成させたものなんだって。しかし、美紗緒も小豆が好きだね。そこまでするかね、って思ったけど私もおんなじようなものか。
「じゃ、カンパーイ」
「乾杯」
お互いのグラスをあわせると、小気味よいガラスの音が響いた。