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閑話・理想のために

本作はみどりいろさんから寄贈されたものになります。

side:愛美まなみ


 私達がリアル世界の地球、それも16世紀半ばへの転移に見舞われて数日、私達調査研究部はその原因究明に全力を挙げている。


 そんな中、好奇心か能天気かはわからないが司令が『せっかく日本の戦国時代なのだから織田信長を見て来たい』と言う。こちらは正直それどころではないし任務があるので、粛々と与えられた目の前のミッションに向き合う。


 仮想空間でしか存在できないはずの私達に現れる生理現象に違和感を覚えつつ席を少し離れて急遽増設された手洗場に向かう。


 用を済ませて、水洗いした手をハンカチで拭きつつ持ち場に戻ろうとしたその時だった。


「愛美、ちょっといいかしら」


 エルの声だ。後ろを振り向くと制服姿ではなく紫色の着物を着たエルが立っている。いつもの制服姿で見慣れている分、強い違和感がある。


「転移の原因究明ミッションの従事中です」


「少し話があるの。優先度の高い話よ」


「・・・わかりました」


 私はエルに促されてミーティングルームに入る。中には司令を除く司令部の娘達と各部の主だったメンバーがいる。私は同じ部署のリーダーであるシンディの隣に座る。シンディは制服だが、エルの他にはメルティやケティ、ジュリアも現地の装束、着物姿だ。


「先程から、私達が戦国時代の日本と接触することへの懸念事項などを話しあっていましたのよ」


 エルが他の娘達と話している間にシンディがしてくれた説明によると、司令とともに私達が戦国時代の日本と接触、それも歴史上の偉人とよばれる政治家と接触することで、私達が日本の歴史の中に巻き込まれ、元の歴史から大きく逸脱していく可能性が極めて高い、とのことだった。

 シンディからの説明が終わったのを見計らって、エルが私に向かって話しかける。


「シンディからの話の通り、私たちは日本の中世の歴史に巻き込まれる可能性が極めて高いの。それも為政者の立場になる可能性が高い」


 いつもの笑顔は絶やさないものの時折厳しい表情をのぞかせるエルの言葉に、司令はそこまで考えて織田信長を見てみたいとか言い出してるのだろうか?と疑問に思うが、多分そんな事考えてないだろうなと思いつつ、その思考をすぐに止める。


「それで、この世界で政治にかかわると、まず避けて通れないのは治水を初めとした大規模土木事業よ。特に尾張は木曽三川をはじめとした多くの河川が入り乱れてるし、知多半島などは逆に慢性的に水が不足している」


 映像に尾張区域の衛星写真を映し出しながら話すエルの言葉に、私は思わずとあるアンドロイドの娘の名を口ずさむ。


「シャーロット・・・」


 それに反応してエルが頷く。


「そう、あの娘の能力が必ず要るはずなの。さほど難しくない事なら他の技能型の娘、それこそ、そこにいるリンメイやアーシャでも代われるけど、大規模になればなるほどそういう訳にはいかない」


 シャーロットは技能型の有機アンドロイド。年齢設定は17歳。ブロンドの長髪、眼はブラウングレーでアングロサクソン系欧米人並みの色白。髪型はストレートにしたり束ねてみたりとその時の気分でなんとなく変えるのだそうだ。

 頬の上部と鼻の頭あたりにかけて軽くそばかすがあるが、本人は全然気にしていない。スラッとしたモデル体型で身長は170センチ弱。性格は天真爛漫で気分屋。

 専門は土木工学や建築学。特にそれらのデザインが一番得意。シルバーン内では自然に近いように地形のデザインもしていた。複雑な構造計算や土量変化率計算などももちろんするが、基本的には感性で仕事をするタイプ。芸術家肌と言っていいかもしれない。

 シルバーン内外でミッションに従事する際には原則制服を着ることが私達の暗黙の了解になっていたが、特にシルバーン内部にいることが多いシャーロットは滅多に制服は着なかった。

 テンガロンハットを被って、上は赤か青のチェック柄のウェスタンシャツと赤いネッカチーフで、普段はデニムジャケットか革製のカウボーイジャケット、寒いときは焦げ茶色のダスターコートか革製のコートを羽織っている。シャツと上着の組み合わせは気分でなんとなく決めるらしい。

 下はデニムのジーンズ、靴は革製のカウボーイブーツという、まさに元の世界で映画に出てくるようなカウボーイそのもののような衣装でいつも仕事をしている。


「愛美も知っての通り、あの娘は少し難しい娘だから、あなたがシャーロットにいつもついていて欲しいのよ」


「愛美がシャーロットと一番馬が合うのよね。性格的には対極みたいな感じだから逆にいいのかしら?」


 メルティが言うように私はなぜかシャーロットと相性が良い。事務的ともお役所的とも言われる私と芸術家肌ともいえるシャーロットでは性格的に合わないだろうと、私が造られて最初に他の娘達との挨拶のときには思っていたが、その後にいち早く打ち解けたのは他ならぬシャーロットだった。別に共通の話題があるわけでもなく、もちろん趣味嗜好や価値観が同じでもないが、何故気が合うのかはよくわからない。


「シャーロットが理想を追求しすぎたり、気分で現場を投げ出したりしないように、言い方は悪いけど愛美が手綱を握ってあげて欲しいのよ」


 エル曰く、最悪シャーロットがへそを曲げたりして現場の差配ができないときは、私が代わりになって欲しいとのことで、そのために少し日本への派遣を遅らせてでもシルバーンのシミュレーターなどを使って土木事業や大型建築の経験を積んで欲しいとのことだった。


「シャーロットが得意としている大規模な土木事業や大型建築は、シルバーン内ではあの娘の思う通りに何も制約なくできたけど、リアルな世界でその手の大型事業には政治的な折衝や調整などの立ち回りは不可欠だし、少なくない妥協も必要になる。でもあの娘には政治的な立ち回りは明らかに不向き。だから、愛美にその部分をお願いしたいの。そして、シャーロットの描く理想と政治的な現実との折り合いをつけさせて、それをあの娘に納得させられるのは貴女が一番適任だと思う」


 シャーロットもアンドロイドだから政治的な動きはできないわけではないと思うが、向き不向きを言えば間違いなく向いてない。一度や二度ならともかくあの娘にそんなことさせ続けたら癇癪を起こして現場を投げ出しかねない。それは私でもわかる。


「わかりました。任務ミッションとあらば否も何もありません。これまで通り粛々と進めるのみです」


「時には嘆願という名の脅し紛いやら苦情やらもあるだろうし、大工とか職人からの突き上げもあるかもしれない。その両方の矢面に立たされるつらい役割になるわよ。それでもいいの?」


 メルティは心配してくれるが、恐らくそれを私に求められているのだと思う。シャーロットにそれはさせられない。


「それが任務ミッションなら、淡々と処理するのみです」


「・・・わかったわ。じゃあ正式に愛美にお願いするわね」


「愛美に土木建築の経験を積ませることは私からシャーロットの方に伝えておくヨ。愛美からはここでのことは言わなくてもいいネ」


 早速、シルバーンの地形シミュレータを使って1リージョンまるごと専有してもいいからすぐにでも土木建築の経験を積んでほしいとのことだった。

 なお、今受け持ってる異世界転移の原因究明作業については司令の中で優先順位が低いものだとわかったので、今後はシルバーンのAIによるリサーチのみ継続するという。



side:シャーロット


 ほとんどの娘達が地球に降りてるのに、アタシはまなちんにシルバーンでお勉強を教えてる。得意な分野とは言えちょっと退屈だよね。

 まあお勉強と言ってもアタシは座学で教えない。座学はまなちん一人で端末相手にでもできるし、何なら睡眠学習でもできるからね。

 アタシがしてるのはシルバーンの広大なリージョンを使って地形シミュレーターを駆使して様々なシチュエーションを想定した仮想実地訓練。


 たぶんエルっちやメルティあたりの差し金だと思う。アタシが政治的なふるまいをやりたがらないから下に降りたときのためにまなちんをつけるんだろうね。そのくらいはアタシでもわかるよ。アンドロイドなんだし。


 ああ、アタシがまなちんと呼んでるこの娘は愛美といって、万能型の有機アンドロイド。設定年齢はアタシの一個下。黒髪をシンプルで飾り気のないヘアゴムで後ろに縛っただけの髪型だし、メタルフレームの眼鏡もしてるし、一見すると地味な日本人女子だけど眼鏡取ると結構カワイイんだよ、この娘。

 普段は地味だけど眼鏡を取ったら実はカワイイとか、アニメかなにかの設定じゃないんだから。そのあたりのセンスはよくわかんないな。


 他の娘達と同じく本質的には良い娘なんだけど、ビジネスライクというかお役所的というかおカタいというかそんな感じで、誰が相手でも少し距離を置くかのように必ず敬語を使う。ちょっと冷淡にも聞こえるけどアタシはかえってそのくらいのほうがいいからね。

 まなちんが造られて間もない頃は他の娘達全員を『さん』付けして呼んでたけど、さすがに今はしてない。敬語を使うのは変わらないけどね。


 ミッションに従事している時は常にそんな感じ。でもオフだと眼鏡を外して笑顔も見せるし、それなりに明るい娘なんだけどな。敬語の話し方はオンオフ変わらないんだけどね。

 本人曰くオンとオフで意識的に切り分けるようにしてるんだってさ。そんな面倒くさいことしなくていいのにね。



 アタシがいい加減退屈になってきた頃を見計らったかのように、まなちんが地球に降りて実地の状況を見つつ経験を積みたいというので、アタシももちろんついていく。とはいっても昨年の年末から今年の年始にかけてはみんなと一緒に過ごすために船乗って尾張に行ったんだけどね。今回はお仕事だからいつもの仕事着で行く。


「その格好で行くのですか?」


「この前の年末年始と違って今回は仕事で行くからね。このカッコのほうが仕事しやすいんだよ。ジーンズだから丈夫だし」


 アタシがいつものカウボーイ姿で地球に降りようとするのを見てまなちんが言うけど、仕事ってのは動きやすい慣れた服装が一番いいからね。年末年始のときはまなちんがどうしてもっていうから仕方なく着物を着たけど、着物はどうにも慣れないし動きにくくてね。

 ていうか、まなちんこそ地味な濃紺無地の着物をなんとかしたほうがいいと思うなあ。公務員のスーツじゃないんだから。どうせだしもっとセンスある着物着たらいいのに。カワイイのにもったいないなあ。


「まなちんこそもうちょっと明るい着物でも着たら?カワイイってアレぽんも喜ぶと思うな」


「大きなお世話です。あと、私の呼び方はともかく、お願いですから司令のことを向こうで『アレぽん』と呼ぶのはやめてください」


「えー」


「『えー』じゃありません。司令は『一馬』という本来のお名前で活動していらっしゃいます。シャーロットも知っているでしょう」


「じゃあ『かずぽん』」


「だめです。織田の若殿様が『かず』と呼んでいらっしゃいますし、司令は向こうで然るべき地位の御方になっているのですから。『殿』が嫌ならせめて『旦那様』とでも呼んでください」


 アタシがアレぽんってあだ名呼びしてるのは親しみを込めてのことなんだけどなあ。

 『殿』やら『旦那様』やらだとなんか仰々しくて嫌。ちなみにアタシがあだ名で呼んでるのはアレぽんとまなちんと、あとエルっちと2・3人くらい。誰にでも言ってるわけじゃないんだよ。


 とにかく、ようやくアタシも下で仕事ができるかな。まなちんにもいろいろ覚えてもらいつつ視察を兼ねて密かに実地で測量をしときますかね。


 ていうか、現状の庄内川と矢田川の合流点の瀬古村輪中とか、新川の新設とか、できれば那古野の堀川とかも早々に手を付けといた方がいいからね。

 あとは、この先大規模な建造物をいくつか作ることになるだろうから、シルバーンでの調査で見立てた候補の場所を地盤含めて詳細に自分の眼で調べておきたいし。


 大殿もアタシやまなちんのことを知らないわけじゃないし、まなちんに直接大殿へ願い出てもらってとっとと始めちゃうか。アレぽんにはエルっちにリモートで言っとけば伝わるでしょ。




side:護衛の忍び衆


 わしは他の忍び衆とともにシャーロット様の護衛の任で美濃は最南端の油島村の更に南端にきておる。


 このあたりの川は流れが複雑でよく大水になるとのことだ。今日はこれでも穏やかな方らしいが、目の前の水は右手の方に狂ったように流れている。


 シャーロット様は先程からその流れを見ている。


「御方様、それ以上行かれるのはあやううございます」


「ねえ、嘉兵衛殿。アタシがここを締め切る堰を作りたいと言ったらどう思うよ?」


 わしが控えながらも言うと、シャーロット様は視線を水の流れに向けたまま仰る。


「・・・ここをでございますか?」


 御方様のお言葉に思わず疑問を呈するように言ってしまったが、シャーロット様は取り繕うのがお嫌いな御方。疑問がある時は隠さないほうが良い。特にこの御方の今のご機嫌では。


「そうだよね。気が触れて無茶なことを言っているのかと思われても仕方ないと思う。でもね、ここはやらなきゃいけないんだ」


 流石にそこまでは思わぬが、誠にこの流れを止められるのかとは思ってしまう。とはいえこの御方の御差配があればできる気がする。実際にいままで黒鍬衆や職人衆らが難色を示した幾つもの普請を数々差配され完遂されてきたのだ。


 庄内川と矢田川に挟まれた瀬古村の輪中の普請や、清洲近くに新たな川を開削され大殿が『新川』と名付けられた川も、シャーロット様の綿密な計画と御差配があってこそ。また、秋様らとともに矢作川の新しき川の開削にも携わり、さらには尾張大寧寺の如く大きな建物の建設も地盤の基礎づくりから携わられておる。


 今でも覚えておるが、わしがまだ御方様の護衛について間もない頃、新川開削の一環で大蒲沼を埋め立て庄内川に続く洗堰なるものを作ると仰せになった。現地の民は『沼を埋め立てるなどもってのほか。水神様がお怒りになる』と怯え反対したが『もし祟りがあるのならアタシがすべて引き受ける』と仰せになり埋め立てを断行されたのにはさすがに度肝を抜かれたものだ。


「今まで様々やってきたけどここはそれらと比べると格段に難しい。出したくはないけど殉職する方も少なからず出ると思う」


 濁流を見つめながらそう仰るシャーロット様の御顔は少し悲しげだった。


 実は、昨日まで複雑に入り組んだこのあたりの川の詳細な調査をされておられたが、近くの村の者共が何も関係ないような嘆願やら何やらを寄って集って直接シャーロット様に言うてしまい、気分を損ねたと放り出すように愛美様に任されここまで来られた。

 普段であればその手のたぐいは愛美様が一手に引き受けておられるがその時は偶々愛美様が他の村の者共を相手にしておったからな。シャーロット様はその手のお話は好まれぬ。


 そんな少々難しい御方様ではあるが、他の久遠家の方々と同じくシャーロット様もまた慈悲深い御方であられる。

 瀬古村の輪中での普請の際に賦役の民と労役の罪人の数名が命を落とした。死した賦役の民の家族には織田家からとして補償をされたが、シャーロット様はさらに罪人らも含め命を落とした全ての名を石碑に残すよう指示された。

 『賦役の民と罪人を同じ扱いにするのか』とか『そもそも罪人にそこまでする必要があるのか』と異を唱える者共がおったが『アタシの理想を達成するために殉じたのだから罪人であろうと敬意を払って当然』と仰せになり石碑を残され、瀬古村に来るたび他のお役目を後回しにされてでもその石碑の前でいつもの帽子を取られ胸にかざして黙祷をされておる。その話を聞いた労役の罪人衆は『最期に人として名を残していただける』と涙を流したという。

 また、普請をする際にはほぼ毎日のように作業中の者たちに声をかけておられ、黒鍬衆や場慣れしておる賦役の民のなかから臨時で選んだ長などを集めて当日やることや決まり事、注意事項などをお話になる。さらには休憩のときなど気安くお話いただけ、また不足のことがあらば愛美様に頼まれることもあるが御方様ご自身も協力を惜しまれない。

 当然黒鍬衆らとも意思疎通ができており、また瀬古村でのこともあるので、今では黒鍬衆らも『シャーロット様の理想のために殉ずる事厭わず』という者も少なくない。ただ御方様の前では決して言えぬがな。その手の話はシャーロット様ならずとも久遠家の御方様が最も厭われる。


「この油島の端っこから・・・そうね・・・半町ほどの幅で南蛮漆喰と土や石を使った堤が、先にある長島の輪中まで続くんだよ。壮観だと思わない?」


 シャーロット様が濁流の向こうに見える長島の輪中にむけて手を伸ばされる。しかし、なんということを思いつかれる御方なのだ。この流れの激しき川を見てそのようなことを考えつく者は他におらぬかもしれぬ。


「それは壮観でございますなあ」

 

「あまり壮大過ぎて想像できない?嘉兵衛殿」


 少し生返事気味になってしまったのをしまったと思い反省していると普段と変わらぬ笑顔で尋ねられる。うむ、ようやくご機嫌が戻りつつあるらしい。


 シャーロット様のお言葉を反芻しながら少し想像してみる。

 きちんと分かれて流れる二つの川の間に綺麗な南蛮漆喰で設えられた堤が長島の輪中まで続いているのをなんとなく想像してみるが、でも何か少し寂しいと思った。


「確かに壮観で美しゅうございますが、何か少し寂しいというか彩りがあってもよろしゅうございますな。例えば堤に沿って木・・・そうですな、松あたりでも植えてみては如何でございましょう。このあたりは吹き曝しで風も強いゆえ風よけにもなりまする」


 するとシャーロット様は一瞬驚いたような表情をされたと思ったらニヤッとお笑いになられた。


「いいね、それ!どうせならたくさん植えて『千本松原』とでも名付けようよ。で、このあたりに植える松は、最初に思いついた嘉兵衛殿にちなんで『嘉兵衛松』って名前にでもしようか?」


 そういってカラカラをお笑いになられた。しかしわしは名なぞ残らなくても良い。名を残すべきはわしなんぞではなくこの目の前で笑っておられる御方であるべきだし、そうなっていくのであろう。

 一頻り笑った後、シャーロット様はくるりと濁流を背にしてこちらを向いた。


「さあてと、そろそろまなちんのところに戻ろうか。またまなちんに叱られるのも嫌だし・・・嘉兵衛殿、みんな、付き合ってくれてありがとね」


「「はっ」」


 シャーロット様はわしら忍び衆の護衛に感謝の言葉を仰せになる。勿体ないことではあるが、とにかくシャーロット様のご機嫌が良くなったようで何よりだ。まずは愛美様がいらっしゃる高須村の臨時詰所に向かうとしよう。


 わしが最後尾で油島村の南端を離れる。わしがふと振り返ると先ほどと変わることなく濁流が西側へ音を立てて流れていた。



◆◆◆◆◆


千本松原


岐阜県海津市海津町油島にある松が植えられた堤防の通称。正式名は『油島千本松締切堤』


 天文時代から100年近くかけて改修された木曽三川(木曽川・長良川・揖斐川)の三川分流工事の一環として作られた。


 もともと木曽三川は合流や分岐点が多数あり、複雑な川の流れにより大雨のたびに越水や堤防の決壊により大惨事を繰り返してきた。またそのたびに川の流れが変わり、被害を大きくしていた。


 織田弾正忠家が尾張の支配権を確立して間もない頃から久遠一馬や久遠エルが度々木曽三川の大改修は提唱していたが、実際に改修が開始された時の詳細な計画、施工等の総指揮は久遠シャーロットが行ったとされ、久遠一馬とともに久遠シャーロットが久遠諸島へ隠居したあと、事業は織田家に引き継がれた。


 久遠シャーロットや久遠愛美らによる綿密な調査の上改修工事が開始され、その程なく後に行われたのが油島の木曽川(当時)と揖斐川の境を締め切る分流堤である。

 当時の木曽川、現在の長良川と揖斐川は、揖斐川側に大きく落ち込む程川底の高さが異なるため水勢が激しく、当時の久遠家の技術力をもってしても困難な工事であったと『久遠家記』にある。

 難工事の上完成後、堤防には多数の松の木が植えられ、その松の木の多さからいつしか『千本松原』と呼ばれるようになった。


 なお、海津町油島にある『油島締切堤殉職者慰霊碑』には油島締切堤の工事中の事故などで亡くなった黒鍬衆や賦役の民衆、また労役を課されていた罪人の名がそれらの立場の隔たりなく記載されている。これは『工事の殉職者はどのような立場であろうと同様に敬意を払う』という久遠シャーロットの理念を継承したものとされている。

 また、その慰霊碑の周りを囲うように植えられている松の木は、特に『嘉兵衛松』と地元で呼ばれている。『嘉兵衛松』の名の由来は諸説ありはっきりしないが、一説には久遠シャーロットの付き従っていた甲賀郡の大原一族庶流の家系といわれる篠山嘉兵衛という者が締切堤に松を植えることを発想したことを久遠シャーロットが褒め称えたことから、ともいわれる。


 現在では国定史跡に指定され『木曽三川公園』の一部として整備されており、また堤防には国道指定の道路が整備され交通の要衝かつ観光地としても知られる。



 沙路しゃろ生地


 十番手以上の縦糸を青藍色の(天然もしくは合成)染料によって染色し、横糸を未晒し糸(染色加工をしていない糸)で綾織りにした、素材が綿の厚地織布。欧州圏では『デニム生地』と呼ばれる。 


 名称の由来は戦国時代からの木曽三川分流工事などで知られる久遠一馬の妻シャーロットが好んで着た服装の生地によるとされる。

 久遠シャーロットは当時の一般的な衣装である着物ではなく、現代の服装に近い羽織着ジャケット洋袴ズボンを着用していたとされ、久遠メルティ記念美術館に唯一残されているシャーロットが描かれている絵画でそれを確認することができる。


 藍染など天然由来の染料は高価であるため、この生地が知られた当時はそれほど出回ることはなかったが、合成染料が発明されると、特に大和大陸で作業着として発展した。現在では世界中の老若男女問わず様々な世代に好まれる厚手生地となっている。 



 砂露さろ


 高い山部で幅広いつば、飾り紐がついた帽子。


 現在では砂や露(雨)を防ぐための帽子であるからと広く伝わっているが、元々の由来は戦国時代に活躍した久遠一馬の妻シャーロットが好んで被っていた帽子であることからであり、『シャーロットの帽子』がいつしか訛って、『しゃろ帽子』、『さろ帽』になったとされる。


 素材は羊毛や麦藁など。主に大和大陸で沙路生地の作業着とともに被られることが多かったため大和大陸開拓の象徴とされることもある。

 山部が高いため身長が低い者が自分を大きくみせようとしてこの帽子を被ったともいわれる。 


 現代では、大和大陸で制作され世界中で大好評となった冒険映画で登場する主人公男性が被っているため、特に男性のおしゃれ用品としても被られることがある。

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[一言] 暴れ川に岩国の錦帯橋に似た物を複数架けましょうよ~。
[気になる点] 専用武器は鞭? 禁鞭? [一言] とか考えちゃう。
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