閑話・料理競技会 後編
本作はみどりいろさんから頂いたものになります。
side:清洲城の料理人
「決勝の課題は・・・卵とする。両班とも健闘を期待する。励め」
「「ははっ」」
今日、オレはお城の謁見の間に来ている。『料理競技会』なる料理人による武芸大会のようなものが行われることになり、オレたち八班の料理人たちと二班の料理人が決勝に選ばれそれぞれの班に分かれてここにいる。
上座には大殿が座り、側にセルフィーユ様が座っており、畏れ多くも大殿御自ら課題の食材を仰せになった。
「ではセルフィーユ、あとは任せて良いな」
「はい、お任せください」
大殿がセルフィーユ様にお声がけをされその場を退出なされると、セルフィーユ様がこの度の競技会について改めて説明と注意事項を仰せになった。
オレは清州城の料理人で、名を新八郎という。
オレの生家は京の商家で六男だったらしいが、正直生家はほとんど憶えていない。物覚えのつくかつかないかのうちに師匠の家に奉公に出されて、それ以来生家との関わりは無い。今思えば奉公の態で実際は口減らしだったのだろう。
親代わりとなった師匠は料理人で、以前はとあるお公家様のお屋敷で腕をふるっていてオレは見習いとして小間使いをしていた。
ところが、そのお公家様から師匠が暇を出されてしまった。理由はオレにはわからない。そんなときに、東の尾張は津島や熱田という場所を得て勢いがあるらしい織田様というお武家様から師匠にお誘いがあった。
師匠も東に下る躊躇いはあったようだが腕もふるえず食い扶持が無くなった現状では背に腹は代えられない。料理人の仲間から『東夷の仲間入り』『都落ち』との謗りを背に師匠はオレを含めた一部の弟子とともに尾張に下った。
師匠は尾張の古渡城の織田弾正忠様のもとで腕をふるうことになった。オレも師匠から技を見て盗んだりしてそれなりの料理はできるまでになったが、そんな頃にやってきたのが久遠様だった。
京の料理と全く違う料理を目の当たりにし、それを織田様がお気に召されてしまったので、京料理人の誇り高き師匠は屈辱と感じたのだろう。尾張を去る決意をされた。
他の弟子たちは師匠についていく意思を明確にしたが、オレは躊躇した。久遠様の料理にオレは強く惹かれたのだ。
オレも見習いながらそれなりに京料理人の矜持はあるつもりだったが、見知らぬ食材、見知らぬ技、見知らぬ知恵など、そんなオレの矜持が大きな槌で叩き割られ粉々にされるが如く強い衝撃だった。
育てていただいた師匠への御恩はあるが、久遠様に学びたいと師匠に思い切って打ち明けたら師匠は静かに『ならば縁を切る』と言われ、そのまま他の弟子たちとともに去っていった。
オレは必死で学んだ。あるときは大智の方様、あるときはマドカ様、そして時折座学や実技双方で勉強会をしていただけるセルフィーユ様などから。
京の師匠からは、技は自ら盗めとばかり何も教えられず小間使いをしながら必死に見て盗んだものだった。当然疑問や口答えなどできるはずもない。
しかし、久遠様の奥方様は御自ら教えていただけるし、疑問をもったら聞いて良く、聞くとすぐに答えていただける。さらに、それらをすべて紙で書き留めることも許されている。とはいえ教えていただくだけでなく自ら考えることも求められる。
必死で学んでいるが、オレの技など未だ奥方様の技とは比するまでもなく未熟なものだ。
セルフィーユ様から決勝についての説明が終わって調理場に急ぐ。オレたち八班は西側、二班の連中は東側の調理場で料理をつくることになっているが、一人あたりの量が少ないとは言え十人分を一刻で作らねばならない。
調理場に向かいながらオレは決勝進出が決まってから今までのことを思い返していた。
お城の食堂にて各班が考えた昼食の献立の投票が行われ、オレたちの班が決勝に進むことができたことはセルフィーユ様が直々にオレたちに仰せになった。
決勝は重臣の方々四名による審査が行われ、卵、大根、海老の三種類のうち一種類が課題の食材となるとのことだが、そのうちのどれになるかは当日まで明かされないという。
オレたちは班全員で相談して、それぞれ三種類の食材で前菜、椀物、主菜をすべて事前に考えることにした。ただし、菓子は課題の食材を使うかどうかは任意とのことだったので三種類考える必要はないと判断し、合計十種類の料理を二十人いるオレたちで分担して考えることになった。どの料理もしくは菓子を考えるかは籤引きで決める。
オレは籤引きの結果、卵の主菜を一番歳が近い小平次とともに考えることになった。
試作する食材に関してはセルフィーユ様に申し上げれば、旬から外れているなどよほどのものでなければ手配いただけるそうだが、しかし卵か。三種類の中で一番難しいものを引き当ててしまったかもしれぬ。他の食材との組み合わせでどのようにもできるが、逆に言えば選択肢が広すぎるとも言える。それに尾張の、特に清洲あたりでは今や大衆でも少し奮発すれば食すことができる食材ゆえに、単純な料理では審判人の皆様のお目を引くことはできぬ。さて、どうしたものか。
それから、小平次と非番の日や休憩の時間を使って話し合いを行ったが、決め手に欠けるものばかりで結論が出ぬ。話し合いだけではなんともならぬので、とりあえずお互いの考えのものを試作してみようということになった。
・・・とは言うものの、オレにはまだ具体的な案は無い。どうしたものかと家に帰ってずっと思案にくれていると、オレの妻であるおたけが声をかけてきた。おたけは昨年の観桜会で滝川慶次郎様からご紹介いただき今年の春に祝言をあげた。歳はオレよりも下で少し離れているが学校にも行っており頼れる妻だ。
「今日ね、学校で巾着の作り方を習ってきたんだよ。どうかしら?」
学校で裁縫などの授業もあるとのことで、今日は巾着を作ったのだそうだ。
「よくできてるじゃないか」
おたけが笑顔で言うものだからオレも自然と笑顔になる。
聞くと、学校で裁縫の授業があり好きな布地を選んで作って良いとのことだったので、目移りしながらも選んだ布地なのだという。
「あんたにそう言ってもらえて嬉しいよ。いろんな小物を入れられるから、あんたにも近いうちに作ってあげるからね。これは女物の刺繍がしてるから」
「その刺繍もおたけが編んだのか。すごいな。オレも負けてられぬな」
刺繍の技を見て素直におたけに感心する。
しかし、布地はもう少し派手で鮮やかなもののほうが良かったのではないか。おたけが好きで選んだというから口には出さぬが、若い女の選ぶ布地の色ではない気がする。まるで油揚げのようではないか。
ん?・・・油揚げ・・・巾着・・・。
その時、ぴんと閃くものがあった。もしかしたらこれはいけるかもしれぬ。
「少し買い物をしてくる。今日の夕餉はオレが作ってやるからな」
「そうかい?じゃあ頼むよ。お城の料理人がつくった夕餉が食べられるなんてあたしは幸せもんだね」
揶揄か本心かわからぬようなおたけの声を背に家を出て清洲の市に向かう。目的は卵と油揚げ、そして出汁とり用の煮干しだ。本当は昆布などで出汁を取ったほうが美味いだろうが個人的な試作にそんな銭はかけられぬ。
あとは、家に牛蒡と干し茸があったな。あれも細切りにして入れてみよう。
買い物を済ませ早速取り掛かる。最初に干し茸を水から加熱し出汁を取るついでに茸を戻す。一方で油揚げの片方の端を切って油抜きをしたら、その中に牛蒡の細切りや戻した茸をいれて卵を一個割って袋状になった油揚げの中に落とす。そして油揚げの切った部分を水で戻した干瓢で結ぶ。オレとおたけが食うだけだから四・五個あれば良いな。
出汁は干し茸の戻し汁と煮干しだが、味付けは醤油と少しの味醂を入れる。
醤油や味醂も少し前までは市ではなかったが、久遠様御主導のもと醤油が製造されるとまだ手軽にとはいかぬがそれなりには使えるようになった。また、味醂も織田孫三郎様の元御領地である守山で作られていると以前セルフィーユ様の勉強会で聞いた。市で少量ながら出回っているものの醤油以上に安く手軽にとはいえぬので、オレの家でも買った味醂は大事に少しずつ使っている。
卵などを入れた油揚げを出汁の中に入れしばらく炊いたらできあがりだ。
いつもの夕餉よりすこし遅くなってしまったが、できあがった料理をおたけとともに食べる。
おたけは夕餉が遅くなったことには何も言わなかった。どうやら裁縫の続きをやっていたらしく、待つことは別に苦じゃなかったらしい。
「どうだ?」
そう聞くが、おたけが答えるまでもなく表情でわかった。おたけが美味いものを食ったときの幸せそうな笑みが溢れる。
うむ、これをお城の皆様用に改良してお出しすれば良いものができるかもしれぬ。少し手応えを得たゆえ、明日にでも小平次と試作してみよう。
翌日、空いている調理場を使わせて頂き小平次と試作してみる。出汁はセルフィーユ様からご提供いただいている昆布と神津島の鰹節、そして干した椎茸の戻し汁も使う。味付けは白醤油と味醂で、味の微調整用に塩と砂糖は用意しておく。
油揚げの中身も卵の他に牛蒡と戻した椎茸、魚のすり身揚げを同じ細さにしたものをいれてみた。
「うむ、これは美味い。新八郎は出汁のとり方が上手いからおまえならではの料理だな。ただ、できれば中に青いものが欲しいな」
「青いものか。・・・そうだな、十六ささげとかどうだ」
「良いかもしれぬ。今度の八班全員での試作はこれで行こう。オレも一応献立は考えたが、これを出されたらオレのものは恥ずかしくて出せぬ」
一応小平次も口頭でどのような料理を考えたかを話してくれたが、オレの考えたもののほうが良いということになった。
八班全員での試作披露ならびに試食は非番や休憩の時を見繕って何回かに分けて行われた。今日は卵の前菜、椀物と主菜の試作が行われる。
なお、一昨日は菓子の試作があり、複数の試作のうち、抹茶と砂糖で煮た小豆が入ったカステラにケイキで使われる乳脂を添えたものに決まった。
前菜は茸ともやしの炒め和えの上に半熟卵がのせてあり、卵を箸で割ると半熟の黄身がとろりと出てくる仕掛けで、それをタレの代わりにしてからめて食していただくという。
班の皆から様々な意見が飛ぶ。
「発想も良いし味も良い。ただ、もやしは少し違う気がするな」
「少し水が出てしまって見た目も少々よろしくないな。もやしは他の食材に変えてみてはどうか」
「実はオレたちは大根の葉の炒め和えを大根の前菜として考えていたんだが、これをもやしでなく大根の葉にしてみたらどうか」
「うむ、良いかもしれぬ。では大根と卵の前菜としてこれで行こう。詳細の詰めは卵と大根の前菜組が合わさって考えてくれ」
班長の留三郎殿の一声で卵の前菜は大根と兼ねることになった。
椀物は、鶏がら出汁を使った明麺を皆が汁まで飲んでおることから着想したとのことで、鶏がら出汁に搔き卵を入れた椀であるという。
「塩味で明麺の汁よりはあっさりしておるから、吸い物としてはこれくらいで良いな。できれば少し胡椒を振ったほうが良いかもしれぬ」
「搔き卵はよいがあとは青葱だけというのは少々印象が薄いな。彩りを兼ねて赤茄子を入れてみたらどうだ?」
「赤茄子は考えたが、この時期に赤茄子はないだろう」
「ならば干した赤茄子を戻して使えば良い。あれも旨味が強いからな」
「それはよいな」
「よし、それでは今の椀に戻した干し赤茄子を入れ、盛りつけ時に胡椒を少し入れることとし、後はこのままで行こう」
次は卵の主菜だ。小平次との試作で作った料理に十六ささげを追加したものを皆に出す。班の者だけしかいないとはいえやはり緊張するな。
「出汁と白醤油の香りが食欲を誘うな」
「中に何が入っているかの楽しみもある。それに、油揚げを結んでおる紐代わりが干瓢でこれも食べられるというのも良いな」
「油揚げにかぶりつくと、油揚げが含んだ出汁の旨味が口に広がり卵がさらに美味く感じられる。牛蒡や十六ささげなどがあって味や歯触りが変化があり美味い」
「卵は固茹でになるのか。半熟のほうが美味い気もするな」
「半熟は前菜と被るゆえこのままでよかろう。わしはこちらのほうが好みだな」
「味は間違いなく美味い。さすがは新八郎よ、出汁のとり方も塩梅も絶妙だ」
「他の具材を入れても面白いかもしれぬな。三つ葉や葱もよいだろうし、セルフィーユ様が先日の勉強会で見せていただいた金時にんじんとやらも良いかもしれぬ」
「油揚げの中には彩りがあるが、料理を出されたときの見た目が少々地味だな」
「それならば冬菜を湯がいて同じ出汁に浸したものを添えたらどうだろう」
班の皆からオレや小平次が思いつかなかった発想が次々出てくる。これが以前アーシャ様が学校で仰せだった『集団知』というものなのだろうかとふと思った。
「彩りに冬菜を添える以外は、このままでいこう」
とりあえず班の皆からまずまずの反応を得られたと思う。あとは前日まで詰めを行い、当日何の食材になるかを待つのみとなった。
卵が課題の食材となったからには主菜の差配はオレが主にせねばならぬゆえ、調理場に着くと早速とりかかる。
事前の仕込みは原則禁じられておるが、例外として前日からの煮込みなど長時間の仕込みが必要な場合は全献立に使うもののうち二種類だけ許可されているので、留三郎殿と相談して干し椎茸の冷水戻しを前日から仕込んでおくことにした。椎茸やその出汁は卵以外の課題が出たときでも使う予定があったからだ。ちなみにもう一種類は椀物の鶏がら出汁の仕込みをした。こちらは課題が海老の場合使う予定はあったが、もし大根が課題の食材になったときは、使わずに終わった後食堂の調理場まで持っていき夜食で出す明麺の汁にでも使ってもらう予定だったという。
具材の準備などは小平次や他の料理人が行ってくれると言うので、オレは油揚げを炊く出汁の味調整を慎重に行う。味見を必ず行った方が良いが、見過ぎるとわからなくなってしまう、とのセルフィーユ様の教えを忠実に守る。
小平次や班の者の手助けにより、なんとか時間内に全員分の料理が間に合った。
自分の料理だけに集中していて他を見ている余裕などなかったが、終わってふと見回すと他の料理も間に合ったようだ。
「はーい、終わりね。これ以降盛り付け以外の調理はしちゃダメよ」
そのまもなく時計塔の鐘が鳴り、オレたちの料理の様子をずっとご覧になっていたマドカ様が調理の終わりを告げられた。
いよいよだな。緊張のせいか無意識に手を握りしめその掌に汗が滲む。
なるべく温かい料理を召し上がっていただくように、試食をされる皆様がおる謁見の間へ持っていく寸前まで盛り付けはしなくても良いとされているので、鍋にかけているとろ火を維持して主菜を持っていくよう指示が出るまで待つ。
初めに前菜が給仕たちによって持っていかれる。前菜を差配した四人のうち謁見の間に行く二人は緊張した面持ちだったので班長の留三郎殿が落ち着くよう声をかけておるが、二人が緊張のため見たこともない顔をしておるせいかオレまで余計緊張してくる。
次の椀物を持っていくのと入れ替わりで先程の前菜を差配した二人が戻ってきた。
「前菜を食した皆様のご様子はどうであった」
「概ね良い印象を持たれたようだが、今川治部大輔様の御嫡男様より『もう少し刺激と言うか印象の強い菜を使ったほうが良かろうな』とのご指摘をいただいた」
「そうか、大根の葉にからし菜あたりでも混ぜたほうが良かったかもしれぬな」
そして主菜を持っていくよう指示が出され、オレの緊張が更に増す。
「落ち着け、新八郎。己の料理に自信を持て」
留三郎殿に声がけをもらって、いざ重臣の皆様がいる謁見の間へ向かう。
謁見の間には守護様が上座におられ、次席には大殿、そして伊勢守様など重臣の方々の総勢十人が白き布がかぶさった食卓を前にして椅子に座っておられる。
審判人は四名で他の六名は見届人と伺っていたが審判人はどなたであろう。おそらく守護様と大殿は審判をされているのだろうが他の方はわからぬ。
重臣の方々を前にして畳に座り守護様に向かって畏まる。左隣には小平次が、右隣りの二人は二班の主菜担当の者のようだ。
すると大殿の横で侍っておられるセルフィーユ様からお声がかかった。
「面を上げて」
セルフィーユ様は椅子に座っておらず立ったまま大殿のそばにおられるので審判はされないのだろうか。
いつもは白き料理着姿にて見慣れておるが、今日は武家の正装で来られており、澄んだ秋空の如く鮮やかな青の着物が眼に残る。
「それでは二班から主菜の説明を」
「はっ。それでは説明をさせていただきまする」
それぞれの料理が給仕の者の手で運ばれて来ており、守護様が料理に手を付けるのを見計らい他の方々も運ばれて来次第順次食されるとのことで、その間に料理の説明をするらしい。
二班の者は滔々と説明しておるが、緊張をしておらぬのであろうか?オレは座っているだけでも脚が小刻みに震えているというのに。
説明の後、食されている方々から意見が飛ぶ。
「美味い。鶏のつくね焼きの中に入っておるのは蓮根か?食感が良いな」
「つくね焼きの味が若干濃い分、卵の味付けを控えめにしておるのだな」
「二つあるつくね焼きのうち一つの中に入っているものは蘇か。とろりとして美味いの」
「味は悪くない。悪くないが、鶏肉のつくね焼きが主役で卵が脇役になっておる。それに、つくね焼きの上に目玉に焼いた卵をのせた『だけ』ともいえるゆえ、これでは食堂で偶に出される卵のせ黄金焼きとさほど変わらぬ」
厳しき御意見の声の主は治部大輔様の御嫡男、今川彦五郎様か。先程の前菜のものもそうだが、此度も手厳しいことを仰っしゃられる。
二班の者へのお褒めの言葉もあるが、駄目出しも受けておるので、オレが作ったものではないのにオレがお咎めを受けておるような気分になり、更に緊張する。
「八班、主菜の説明を」
「は、はっ。そ・それでは、せ・せ・説明をさせていただきまする」
あまりの緊張で声が上ずり吃ってしまうと、大殿から苦笑されたようなお声がかかった。
「詮議を受ける咎人のような顔をするでない。もうちと楽にせよ」
「新八郎殿、息を大きく吸ってゆっくり吐くのを2・3度繰り返してみて」
セルフィーユ様から息を整えるようお声がかかったので、それに従い大きく呼吸をする。まだ脚は若干震えるが先程よりも幾分落ち着いた気もするので、今のうちにと一気に説明をする。
「新八郎とやら、この料理に名はあるのかの」
「はっ、名は決めておりませぬが、この春に娶った我が妻が作りし巾着袋から着想を得ましたゆえ、巾着卵と言うております」
説明の後、斎藤山城守様から料理の名を聞かれたが、誠に決めておらなんだゆえ咄嗟におたけの巾着から着想したことを素直に言うたら重臣の皆様が微笑んでおられる。それが揶揄の笑みなのか好意の笑みなのかはわからぬ。
「うむ、これは正に美味い。ただ卵を出汁で煮ただけのものよりも一際美味いのではないか。汁も絶品じゃの」
「油揚げの巾着の中に何が入っているかの楽しみもあるし、入っているものの彩りも良い」
重臣の皆様ばかりか守護様からも好意的な印象の言葉をいただき安堵する。
「うむ、なにか文句の一つも言うてやろうと思うたが、言えることが無い。見た目の地味さも冬菜があることで補っておる。強いて言えばこれでは足りぬことくらいか」
「それは文句で無うて褒め言葉じゃの、彦五郎」
先程二班に一番厳しきことを仰せだった今川様からもお褒めの言葉をいただき改めて安堵した。
そしてオレの役目は無事終わり、調理場に戻ると今まで気を張っていたものが抜けたのか、へなへなと腰が砕けるように座り込んでしまった。
すべての料理が出し終わり暫く経った頃、班全員が謁見の間に呼ばれた。結果の発表があるらしい。そのころにはオレも落ち着き、脚も震えることなく謁見の間に行く。
謁見の間はすでに椅子や食卓は片付けられておる。オレたち八班と二班の全員が座って上座に向かって畏まって待っておると、守護様や大殿をはじめとした試食をされた方々であろう足音があり、座られる音がすると『面をあげよ』との声がした。
この場にいる料理人全てが面を上げると、大殿が文のような紙を持って読み上げるようにされた。
「双方の料理、誠に見事であった。それでは、決勝の結果発表をする」
大殿の声が謁見の間に響く。
「勝者は、八班とする」
その声に畏まる。・・・八班ということは、オレたちが勝ったのか?そうだ、オレたちが勝ったんだ。
「八班班長の留三郎殿、前に」
「はっ」
セルフィーユ様の声に留三郎殿が前に出て畏まると、セルフィーユ様から何かを手渡された。
「此度の褒美よ。今回は勝ったけど精進は怠らないようにね」
「はっ。班一同、更に精進に励みまする」
「この場ではとりあえず代表で留三郎殿のみに褒美を渡すけど、同じ班の他の人たちには後で渡すから」
「「ありがたき幸せにございます」」
続けてセルフィーユ様は二班の班長である源介殿にも声がけをされた。
「二班もよく頑張ったね。此度は敗れてしまったけど、これを機にさらなる精進をするようにね。これは慰労金」
「ありがたき幸せにございます」
「「ありがたき幸せにございます」」
最後に、セルフィーユ様より、此度の審判人が守護様、織田伊勢守様、斎藤山城守様、今川彦五郎様の四名であったことが伝えられ、守護様や大殿、重臣の方々が退出された後、オレたちは謁見の間から退出した。
調理場に戻った後、皆で手を取り合い喜んだ。そしてしばらくするとセルフィーユ様が先程の正装のまま調理場にお見えになった。
「みんなよくやったわね」
「これもみなセルフィーユ様や大智の方様、マドカ様などお教え頂き導いてくださった皆様のお陰でございます」
「今回の審査はね、かなり際どい差だったので審判人の方も難儀をされたそうよ。ただ、こちらの班は卵という食材を四通りの姿にして料理してみせた事。これが評価点になったそうよ」
言われてみたら、前菜の半熟卵、椀物の掻き卵、主菜の固卵、菓子のカステラとすべて違う卵の使い方になっていたことに気づく。
それとなくそのように誘導してくれた班長の留三郎殿の功だな。留三郎殿は菓子の差配をしつつ全体の差配もされておられたからな。
セルフィーユ様の手づから一人ひとりに褒美をいただいた。皆喜び、中には涙を流す者もおる。
「あとは、新八郎殿と小平次殿だったっけ。主菜の担当者は」
「左様でございます」
「あの巾着卵は守護様から格別のお褒めを頂いたわよ。これは守護様からの褒美ね」
なんと、守護様からも褒美をいただけるとは。
しかし、あの料理は結果的に班の皆で知恵を出し合ったもの。オレだけ褒美をもらうわけにはいかぬ。オレがそう言うと、
「初めの着想は新八郎だろ。それに正直口惜しいがあの味は今のところ新八郎にしか出せぬ。遠慮せずもらっておけ」
と、班の者からそう言われてしまう。
守護様からの褒美は銭だけでなく上物であろう反物まである。淡い桜色の麻の葉模様が美しい。これは・・・。
「それは近江の上布よ。巾着卵の着想の元となった妻君に良き着物を仕立ててやれ、って。で、もし布が余ったら巾着にでもするがよい、って守護様が笑って仰せだったわよ」
セルフィーユ様がそう言ってお笑いになり、それにオレが顔を真赤にして照れてしまうと、小平次や班長の留三郎殿をはじめ皆からも笑いが起り、笑い声は調理場に大きく響いた。
◆◆◆◆◆
料理競技会
室町時代の後期、永禄年間に始まったとされる料理人の技能を競う会。
競技会の発起人は久遠セルフィーユ。当時大智の方こと久遠エルの料理はよく知られていたが、セルフィーユもエルほどの知名度はないものの調理技術は優れていたとされている。
当初は城の料理人の技術向上と地位向上を主目的として始められたため清州城のみでの開催であったが、清州城厨房方初代総料理長の猪子石留三郎や、八屋とともに現在名古屋を代表する老舗割烹と言われる『新竹』創業者京野新八郎など、後世まで名を残した料理人を多く輩出した。
その後、地方規模、そして全国規模の大会へと変化し、競技会はおよそ二百年近く継続したが、皇暦2400年に当初の目的は達成されたとして国家行事としての料理競技会は終了している。
その後、企業単位や地方自治体単位で類似の料理技能を競う会は小規模ながら行われていたが、テレビが登場し様々な娯楽番組が作られる中、大和大陸の三大テレビ局の一つである大和放送株式会社がこの料理競技会を基に娯楽性を高めて企画制作・放送したのが『料理の将軍』であった。
番組は爆発的な好評となり、日本本土や瑞穂大陸などの放送局が放映権や番組規格権を取得して放送、世界中に知られることとなり、結果として料理競技会を復権させたきっかけとなった。
そして皇暦2665年に国家行事ではないものの、世界最大の企業集団である久遠グループが当初の形から時代にあわせて若干変化させて、グループ主催での料理競技会として『復活』、現在に至っている。
現在では日本圏の各地で予選が行われ、本大会から決勝までの様子はインターネットで配信され誰でも見ることができる。
◆◆◆◆◆
side:京野たけ
あんた、そっちで元気でやってるかい?相変わらず新しい料理でも考えてるんだろうね。
あんたが店の厨房でぽっくり逝っちまってあっという間にもう七年が経つよ。月日が経つのは早いもんだ。歳を取ったせいかね?もうあたしも八十半ばだよ。
あの時、泣きながらあたしを呼んだ嫁の声を聞いて急いで駆けつけたが、あんたはとっても満足そうな顔してたね。なんかそれを見たら涙は出ずただ『おつかれさん』って声をかけてたのをついこの間のように思い出すよ。
馴染みのお客さんからは『八十八まで生きたんだから大往生だ』『八十八をくっつけりゃ米だ。先代もつくづく食いもんに縁があるんだな』と仰ってくれたんだよ。
そういえば結局七回忌は店が忙しくてすることができなかったね。ごめんよあんた。でもあんたなら『オレの法要なんてしてるヒマがあったら店を開けて厨房に立て。料理の腕を磨け』って怒鳴ってただろうから、店で仕事してたほうがかえってあんたにとっては良い法要だったのかもしれないね。
もうだいぶん前の話だからいつ頃かは忘れちまったが、清洲のお城の料理人だったあんたが、突然『お城に暇を頂こうと思う。那古野で料理屋をやりたいんだ』と打ち明けられたときは驚いたもんだよ。でもあたしも学校でも授業を受けたことがあるセルフィーユ様のご理念である『民全体の食生活を豊かにする』という話をあんたからも聞いていたこともあったせいか、反対する気にはならなかったね。不思議とあんたとあたしならできると思ったんだよ。実際のところセルフィーユ様をはじめとした久遠様の御支援がなかったら食材の手配もままならなかったんだから、まあお互いに若かったってことだろうね。
そうそう、守護様から頂いたお着物は今日もちゃんと着てるよ。碌な遺言も残さなかったあんたが『おまえはそれが一番似合う。守護様から頂いた着物だしずっと着てろよ』って逝っちまう数日前にもあたしに言ってくれたんだよね。桜色の若々しい柄だからこんなシワくちゃな婆にはどうかと思うけど、あんたがそう言ってくれたんだから、くたばるまで着るつもりだよ。
守護様といえば、あの御方は家督を譲られた後もお忙しいと聞いていたのに暇を見つけてはうちの店に来ていただいていたね。『あの巾着卵を頼む。城の者も励んでおるが、新八郎のはひと味違うからの』と言ってくださった時は嬉しかったね。あんたは守護様を前に緊張してたようだけど。
あの巾着卵は、あんたの味にはまだ及ばないものの継いだ倅が今も出しているが、昼営業の献立用に以前あんたがあたしに作ってくれた煮干出汁の巾着卵を出すことにしてね。七日に一回数量限定だけど瞬く間に無くなるくらい評判だよ。昆布と鰹出汁の巾着卵も良いが、あたしにとってはあんたが最初に作ってくれた煮干出汁のほうが好きだったからね。あたしが倅に出してみたらどうかって言ったんだ。
倅たちはまだまだだけどそれぞれそれなりにやってるよ。一番上はあんたの生前に店主を継いで『二代目京野新八郎』を名乗って腕をふるってるし、次男坊と三男坊はそれぞれ井ノ口と安祥で料理屋をやるって独立して、孫たちは今うちの店で修行の身だ。
一番上の倅の嫁と孫娘が銭のやりくりと接客の差配をしているが、まだあたしの手は必要なようでね。それぞれの補佐であたしも頑張ってるよ。なにせあんたとあたしの名から取った『新竹』だからね。
今日も那古野は賑やかで空は穏やかだよ。このところ瓦版でさえも血なまぐさい話は滅多に聞かなくなった。
あんたのことだからそっちでまた料理屋を始めるつもりなんだろう?でもどうせ銭勘定や接客はあたしがいないとできやしないんだから、息子や嫁たちが心配いらなくなってお迎えがきたら、そちらでまた一緒に料理屋をやろうじゃないさ。言うなれば『新竹』の二号店だね。いや、そっちが本店の『新竹』になるのかね?
だから、あたしがそっちに行くまでもう少しだけ待ってておくれよ。
ね、あんた。