閑話・料理競技会 前編
本作はみどりいろさんから頂いたものになります。
side:セルフィーユ
わたしはセルフィーユ。医療型のアンドロイドよ。
専門は栄養学、食物学や調理学、あとは食品衛生学など、調理にまつわるスキルね。
わたしがギャラクシーオブプラネットで造られた当初は薬学を専門にする予定だったけど、わたしが造られてまもなくギャラクシーオブプラネットで有名調理専門学校とのコラボ企画があって、二週間限定で調理関連のスキルを取得できるというイベントに司令の許可を得て好奇心半分で参加したらすっかり調理する魅力に取り憑かれてしまった。
必死にイベントをこなして、イベント期間内ですべての調理関連スキルを取っちゃってそれ以来そっちが専門になってしまったのよね。後にイベントランキング確認したらすべてのイベントスキルをとったのはわたしだけだったのは少し笑っちゃったけど。
医療型だから医療行為は一応できるしナノマシンも使えるんだけど、力量的にはケティやパメラにはもちろんのこと他の医療型の娘たちにも及ばない。もっぱら調理とか栄養とかそっちの方に重点を置いてきたから、そっちはそれなりに自信はあるんだけどね。
なので、ギャラクシーオブプラネットでは医療部には所属していたけど、事実上の独立部署として調理や栄養などに関する役割を担っていた。
具体的に言えばルフィーナとか主に戦闘型で身体を使うタイプの娘たちに鍛錬のための特別な献立を考えたり普段の栄養指導とかはわたしの役目だった。もちろん他のアンドロイドやバイオロイドたちの食事管理もしていたわよ。放おっておくと食べなかったりいいかげんな食事で済ませる娘たちもいたから。そういう娘は主に技能型に多かったわね。具体的に名を挙げればギーゼラとかあいりとか、あの手の娘たちは寝食を忘れて没頭してしまうから。
自分で自分の外見のことを説明するの気恥ずかしいけど、背丈は雪乃とほぼ同じくらい。髪の毛は香草のチャービルと同じ緑色でストレートのセミロングをハーフアップにして、その結び目には白色に薄い水色のグラデーションが入った幅広のリボンをしてる。俗に『お嬢様結び』と言われるものかしらね?
ギャラクシーオブプラネットではほとんどコックコートと調理帽子姿だったし、制服も白基調だし、司令が初期設定のコーデで選んでくれた服も白系のブラウスで、白ばっかりになって面白みがなかったから、この時代での着物はリボンと対というわけではないけどセルリアンブルーを基調にして下側に少し白いグラデーションが入ったものにした。
設定年齢は17歳。性格は・・・どうなんだろう?自分ではフランクな方だと思ってるけど。
体型は決して細めではないけどそれなりだと思う。ただ、ちょっと大根足っぽいのは、司令がどういうつもりでそういう設定にしたかを問い質したいところよね。
一応専門にしてるくらいだから料理関連はそれなりに自信があるのだけれど、ギャラクシーオブプラネットの頃から今までどうしても追いつけない存在がいる。・・・それはエルよ。
とはいってもライバルとかそんなんじゃないし、ましてや敵視なんてしてない。エルも他の娘たちも司令を支える大事な仲間であり、仲の良い親友だもの。それにエル自身はとってもいい娘だし、わたしの料理も手放しで褒めてくれて『セルフィーユはセルフィーユの料理を極めていけばいいのよ』と言ってくれるんだけどね。でもね、全くなんとも思ってないかと言えば嘘になるわよね、やっぱり。
ギャラクシーオブプラネットの頃はエルの料理の腕に追いつけ追い越せみたいな感じでちょっとガツガツしてたけど、この世界に来てデジタルな存在ではなくなり不老だとわかってからは、何年かかるかわからないけれど料理の腕を磨くための目標と思うことにした。そうしたらなんか肩の力が抜けたというのか気が楽になったわね。
戦国時代に飛ばされて司令やエルたちが尾張に行った後、他の娘たちもそれぞれ役割をもって順次行ってたけど、わたしはしばらくは行かなかった。シンディが行くことになった熱田派遣のじゃんけんにも参加しなかったし。
だって戦国時代ではわたしが専門とする栄養とか調理技術とかそれ以前の問題で絶対的に食糧が足りてなかったからわたしがいってもあまり役に立てないだろうと思ってた。
でも、その後ケティやパメラなど同じ医療型の娘たちから現状を聞いて、そんな選り好みするようなことを言ってられないなと思い直して自主的に尾張には定期的に行くようにしたのが、司令たちが美濃に行ってた頃だったわね。そう、チェリーが騒動起こしたときね。
で、とりあえずは病院の患者に出す給食の献立作成や食餌療法が必要な患者への食事指導をメインの仕事にしつつ、学校で調理や食品衛生のことを教えたり、清洲城や那古野城の料理人たちを相手に1・2ヶ月に一度の割合で勉強会を始めた。
その後学校に寮ができたから寮生への食事の差配もしたり、清州城にも食堂ができたりしてそこにも関わってる。あとは、清州城などで大規模な宴とか大量に調理が必要な場合はわたしも差配したり手伝ってる。そうそう、清洲や那古野など尾張の町では食べ物を扱う露天が増えたから、そちらの衛生指導も他の医療型の娘達としてるわね。
そんな感じで、尾張全体が底上げして食生活が豊かになってから、なんやかんやでわたしも忙しくなってしまった。
わたしは不定期に食堂で調理場の衛生指導や調理の手伝いをしたり、早食いや食べ過ぎの人たちを注意指導したりしている。
今日も何の前触れもなしに食堂に来た。昼時を少し過ぎているけどまだ人は多いわね。
まずは調理場の中に行く。当番の料理人たちが忙しく働いているけど、わたしが入ってきても恭しい挨拶は不要としている。もちろんそれは調理の手を止めて欲しくなくてわたしがそうお願いしたから。とはいえそれなりの挨拶はされるのでそれには応えている。
わたしが清洲に来始めた頃と比べると料理人の数も増えた。今は10の班に分けてそれぞれ1班あたりだいたい20人位いるはずだから総勢で200名くらいはいると思う。
普段は三交代制で働いていて、催事や要人への饗しなど特別なときはほぼ全員で対応するようにしている。それでも料理を出す規模も増えてきているので言うほど余裕は無いわね。
わたしがこちらに来始めた当初は夜間の当番は翌日の仕込みと火の番くらいの仕事量だったのでそんなに人は要らなかったけど、城勤めの文官や不寝番も増えて夜食を希望する人も増えたことにより夜間も増員する必要が出たから、三交代制はわたしが提案した。もちろん司令を介して大殿の許可は取ったわよ。
調理場の調理器具は原則煮沸消毒をお願いしている。以前は燃料にする薪や炭も馬鹿にならないからどうしても必要なものだけ最低限にしていたけど、プロイが美濃の御嵩のあたりで亜炭を見つけてきてからは那古野の工業村に運んでコークスにしてもらったものを使用できるようになり、煮沸消毒できない器具以外はすべて煮沸消毒できるようになった。できないものはリキュールを高濃度にした消毒用アルコールの代用で拭くようにしている。
あとは、肉用と魚用と野菜など用でまな板を分けてもらうなど、調理場での衛生管理はどんなに忙しくても徹底してもらってる。そのあたりは勉強会や普段でも折を見て口酸っぱく言ってるし。お城で食中毒なんてあってはならないからね。
ただ、わたしから見るとまだまだ穴はあるんだけど、その辺りはやっぱり元の世界ほどどうしてもできないところはある。司令は『この時代の人はそんなにヤワじゃないよ』って楽観してるけど、だからといって手を抜いてはいけないところだからね。この時代にできる自分なりのベストは尽くしてるわよ。
調理場を一通り見回ったあと食堂の方に行くと、いろんな人に声をかけたり声をかけられたりする。
「これはお方様」
「あら湊屋殿。今日はちゃんとケティの言いつけを守ってるみたいね」
「もちろんでございます。数多の料理を食すには養生も必要でございますれば。ですが正直申せばあと一杯飯を食いたいとは思いまするが」
養生の理由がいかにも湊屋殿らしくて少し笑いそうになる。
「もしもう一杯ご飯食べたいなら別に良いのよ。代わりにジュリアあたりに頼んで半日は腹ごなしの鍛錬してもらうけど」
「・・・い、いえ、これでやめておきまする」
湊屋殿は若干顔を青くして食べ終えた食器を配膳所に持っていった。もちろん湊屋殿にそんなことはさせるつもりはないけど、ケティだけじゃなくわたしからも釘を差しておけば大丈夫でしょ。・・・たぶん。
「セルフィーユ様、大殿がお呼びでございます」
配膳所に行く湊屋殿を見送ってすぐにわたしに声がかかった。守護様の近習の方ね。ふと見ると食堂の一番奥の席に守護様と大殿が座っていて、大殿がわたしに手招きをしているのが見えるので、すぐにそちらに向かう。
近習の方たちが守護様と大殿が座る席と他の席の間で守るように座っているので、若干密談チックな感じね。とはいえ聞き耳を立てれば聞けるレベルではあるけど。
調理帽子とはいえ被ったままでは失礼かと思い帽子を取ろうとすると守護様からそのままでよいとお声がかかり、大殿から椅子に座るように促される。
「その白き着物は初めて見るな。それは厨での着物か?」
「はい、南蛮の着物をわたし達が独自に手直ししたもので、白いのは調理場で清潔を保つためです」
「その白き被り物もか?」
「わたし達では『帽子』と呼んでおり、これは特に調理場で髪の毛が落ちないように被るものです」
「ほう、そうか。いろいろ考えておるな」
大殿はわたしが来るとまず身なりのことを聞かれた。そうか、コックコートと調理帽子姿で大殿にお会いしたこと無いものね。ちなみにわたしが被ってる調理帽子は洋食とかのシェフのようなコック帽じゃなくてつば付きで後ろの髪もカバーしているものよ。
さすがにコックコートも調理帽子もまだヨーロッパには存在すらしてないけど、司令や他の娘たちが水着や洋服を南蛮の衣服とか言って誤魔化してるし、わたしもそれに倣うことにした。
「そなたからの上申の書を読んだが、武芸や書、物作りだけでなく料理も競わせるか。いかにも久遠家らしいな」
「恐れ入ります」
すでに大殿へは上申書を出してあるのだけど、尾張の食文化も、食べるのに精一杯だったり食べられるだけで満足だった頃からステージが一歩もしくはそれ以上に上がってきているので、これを機会に料理人にも競える機会が欲しいと思い立ったのよ。武芸を披露する場は武芸大会があり、絵画や工業製品も発表できて競える場があるようにね。
守護様と大殿は、今日は偶々食堂で食事をしに来ただけだったようだけど、ちょうどわたしがいたからついでにそのことでいろいろ聞こう思ったみたいね。
わたしも文字だけではわからないこともあるだろうと拝謁して直接説明しようとは思っていたのだけど。
料理人が競える場とはいってもわたしが勉強会をしたりエルたちの料理を習った料理人は清洲城か那古野城のお抱え料理人がほとんど。だから、まず清洲の料理人だけを対象にした料理の競技会を大殿に上申した。
主な目的は料理人のスキル向上はもちろんだけど、料理人の地位向上にもつながればという狙いもある。史実の日本では明治どころか昭和に入った頃になっても料理人の父親の職業を子が言えずに誤魔化していたと史料で読んだことがあったので、せっかくこの時代に来たのだからそんな低い見られ方を今のうちに少しでも良くしたい。
事前に予選会として10の班にそれぞれ普段のランチメニューを考えてもらって、その人気投票をもとに上位2班による決勝を行う。
決勝は課題となる食材候補を事前に3種類教えておいて、1ヶ月後くらいで3種類のうちこちらで指定した1種類を決勝の課題食材とする。課題食材を主役として必ず使って時間内に前菜、椀物、主菜、菓子の4品を作ってもらって審査員に判定してもらう・・・ていうのが大きな流れ。
司令の元の世界にあったという料理の腕を競わせるグルメテレビ番組のフォーマットを参考にさせてもらってそれをこちらの流儀に合わせて少し改造したものよ。
「その件で幾つか問い質したきことがある。まず、主審の件だが毎回違う者に主審を任せるべしとあるが、何故だ?毎回守護様ではいかんのか?」
「はい。特に味覚に関しては各人の主観が判じる要素となります。毎回同じ方、例えば守護様が主審をされると料理人たちは守護様のお好きな味の傾向を読んでしまい、守護様の嗜好に合わせて似たような料理を考え作ってしまうことになり、創意工夫が損なわれる可能性がございます。また、主審の方は当然審査する立場となり、料理を審査しつつ食べなければならないので、せっかくの新しい料理を美味しく楽しむことができなくなります。それは副審の方も同様です」
大殿がちらりと守護様を見ると守護様は同意するように頷かれた。
「ふむ、よかろう。とはいえ初回はやはり守護様が主審にて判じていただくべきであろう」
「承りました」
「審判人はそなたから甲案と乙案の提示があり双方見させてもらったが、守護様かわしが主審となる際は甲案、他は乙案としておるが分けるのは何故ぞ。この件は守護様と少し話をしたが全て乙案ではいかんのか?」
わたしが提示した甲案と乙案というのは、まず主審1人が判定してそこで優劣が付けばそこで審査終了で、もし主審が同点とした場合は副審3人で判定する、というのが甲案。で、審査員4人の多数決で優劣が付けば審査終了で、2対2になった場合は得点差、それも同じの場合は主審の方の審査内容を重視する、というのが乙案ね。
「例えば守護様含めて4人が審査されるとして、守護様が優とした班と別の班を他の3名が優としてしまうと守護様のご意見が蔑ろにされてしまうことになり守護様の御面目の問題になるかと愚考いたしましたが」
わたしの言葉を聞いた守護様が若干苦笑した。
「その程度で潰される面目など初めから持ち合わせておらぬしこれからも要らぬ。それにセルフィーユ、そなた先程言うたばかりではないか。『味覚に関しては各人の主観が判じる要素』であると。一人の審判人で完結してしまってはその一人のみの主観で決まることとなり公正に判ずることは難しかろう。そのような配慮は不要じゃ、のう弾正よ」
「はっ、左様でございますな。・・・セルフィーユよ、そう守護様も仰せであるしわしも考えは同様だ。乙案のみでよかろう」
「わかりました。ではそのように案を修正いたします」
なんか、守護様も大殿もわたしたちの考え方に学んでいるというか染まっているというか。まあ悪いことではないと思うし、お二方が良いと言うならそれでいいんだけど。
「それと、課題の食材についてだが、菓子については課題食材の使用は任意とあるが、他は強制で菓子のみ何故任意なのだ?」
「恐れながら、例えば大殿が審査されるときに課題が『鰻』となった場合は鰻の菓子を審査として食さねばなりませんが」
「・・・くっははは、そなたやエルならば上手く作りそうな気もするが、それは確かに好ましくはないであろうな。うむ、菓子は任意と認めよう」
大殿は鰻の菓子を想像したらしく一瞬沈黙されたが、すぐに膝を叩いて笑いながら仰せになった。
エルはともかくわたしには鰻の菓子を上手く仕立てる自信はあんまり無いかな。骨せんべいとか、元の世界にあったようなエキスにして混ぜ込んだものとかならともかくね。
その後、主に大殿から質問を受けたので答えていたら、守護様の近習の方から声がかかった。
「守護様、御歓談中恐れ入りますがこの後御予定がございますので・・・」
「おお、そうであったの」
「うむ、わしもそろそろ戻ろう。上申の件、守護様もわしも異論はない。正式には評定を通すことになろうが、下準備くらいは進めておいて構わぬ。料理競技会、楽しみにしておるぞ」
「畏まりましてございます」
守護様と大殿は席を立って食堂を後にされた。さて、近習の方がひとり残って手伝ってくれるみたいけど、お二方の食事の片付けはわたしがしておかないとね。
それから何日か後、評定で料理競技会の開催が正式に決まったと那古野の屋敷に戻ったとき司令から聞いた。
すでに班対抗の予選会を兼ねたランチメニューの人気投票は始まっている。もし評定で通らなかったら人気投票だけで済ませるつもりだったけど、そうならなくてよかったわね。
食堂のランチは普段3種類から選べるようにしてあり、それ以上の種類は煩雑になりすぎて出せないので人気投票対象のランチメニューは1日あたり3種類しか出せない。日によって投票の総数が違うから、単純な得票数ではなく公平になるような算出方法を考えたのよ、リースルがね。
わたしがリースルに頼んだのよ。あの娘そういうの得意だし。熱田にいるリースルにリモートメッセージで頼んだら、何分もしないうちに返事が帰ってきたのにはちょっとビビったけど。
そういえば審判員は誰にお願いしようかしら。とりあえず主審は守護様で今回は決まりなので、あと3人か。
余計な権威付けをする気はないけど、結果的にそういう人のほうが『口が肥えている』のよね。細かい味が分かんなくて、なんでも美味しいと思っちゃう人だと審判にならないから、今のところはその手の人たちにお願いせざるをえない。まあそれは時が解決することね。
さて、審判員の人選だけど・・・ひとりはやはり織田一族がいたほうがいいわね。大殿は次回主審をしていただくとして、今回は・・・やはり文化に造詣の深い伊勢守殿かしら。
審判員に女性がいても良いと思うけど、できればわたしたちアンドロイドの娘たちは審査員の対象外にしたいところね。とはいえいずれは引き受けざるをえなくなるわよね。まあその時はその時考えるとして、今回はどうしよう。・・・うーん、やっぱり今回は女性は見送るかな。初回からの慣例で女性を審査員に入れなければならないって話になったら、それも違うと思うし。
あとは・・・若いセンスもあっていいわね。とはいっても口が肥えてる若い人は更に限られてくるわね。口の肥え具合だけでいえばよほどリリーんとこの孤児たちが向いてるんでしょうけど、そういうわけにもいかないしね。
結果として、伊勢守殿はすんなり審判員を引き受けてくれた。瀬戸で焼き物村を差配する伊勢守殿は、料理を盛る器との組み合わせによる見た目も審査の対象だと話したら喜んでいたわね。
次にお願いしたのは斎藤山城守殿。美濃と飛騨の代官職の関係で井ノ口にいることが多くなったようで、わたしが井ノ口まで出向いた。料理競技会の話をして審判員の依頼をしたら二つ返事で引き受けてくれた。
最後に、わたしたちの料理もよく知っていると思い松平次郎三郎長親殿、史実の徳川家康ね。彼にお願いしようと思ったけど、さすがに考えが飛躍し過ぎたわね。畏れ多いって固辞されちゃったし。
あとは誰が良いかな・・・あ、あの人がいた。
「某でございますか?」
「ええ、彦五郎殿。料理競技会の審判人をお願いできないかしら?若い感性も必要なの」
わたしは食堂で昼食をとっていた今川氏真殿に声をかけた。
「真っ先に新たな料理を馳走していただけるのじゃ、羨ましいの。彦五郎が嫌ならわしが代わってやっても良いぞ」
「御祖父様は若いとは言えませぬ。セルフィーユ殿は若い感性が必要と仰ったではありませぬか」
「お、言うたな。わしもまだまだ気持ちは若いぞ」
一緒にいた武田の先代殿がニヤニヤしながら氏真殿に言うと、しれっと氏真殿は言い返してる。まあ、お互い上手くやっているようで何よりね。
「セルフィーユ殿、そのお話願ってもない事ゆえ是非お受けしたい」
「彦五郎殿に受けていただいてよかったわ。審判は忖度や配慮は一切不要だから彦五郎殿の思ったままに判じてもらえばいいからね」
「承り申した」
「のうセルフィーユ殿、次以降で良いゆえわしも審判人をしたいのだがの。新たな料理を是非いち早く馳走にあずかりたいゆえな」
無人斎殿が相変わらずニヤニヤしながらそう言った。料理を楽しんでもらうことは良いことなんだけど、今回はあくまで競技会であってただの御馳走会じゃないんだけどなあ。
「実は料理競技会では審判人の方含めて10人分を作ることになってまして、審査人以外の方は見届人ということで審査人の方と一緒に味見することになっています。大殿や若様などの分は確保してますがまだ若干名空きがありますので、無人斎殿はそちらでよろしいでしょうか?」
「おお、さすがは久遠家のセルフィーユ殿。話がわかって何よりだ。喜んで見届けさせてもらおう」
10人分のうち4人分は審判員の分。あとの6人分は名目上見届人となっているけど、実際は新しい料理を楽しんでもらうだけみたいなものだから。ただ、新しい試みをする分、奇をてらい過ぎたりあまり美味しくなかったりするリスクとかはあるからそれは説明しておく。
ちなみに、10人分といっても2班とも通常の分量にしてしまうと結果的に2人分食べなければならなくなってしまうから、一人あたりの分量をそれぞれ少なめに出してもらうんだけどね。
ていうか、武田信虎ってこんなノリのひとなのね。史実でいわれている事と実像というのは違うとはわかってるけど、イメージ変わるわね。もっと厳然とした人かと思ったわ。
さあて、審査員は決まったからあとは競技会に向けての準備ね。決勝に進む2班分の試作食材もこっちで確保しなきゃいけないし、いろいろやることあるわね。比較的ヒマな娘達にいろいろ頼んじゃおうかしら?