それぞれの休息 その3 ~とあるアンドロイドのモノローグ~
本作はみどりいろさんから頂いたものになります。
side:マーガレット
今、私は那古野の屋敷にいる。
いつもは蟹江から来るんだけど、今日は熱田行きの船に乗ってきたからそのまま精進川の川舟に乗って工業村のあたりに行ってからここに来た。
蟹江は物流拠点としては便利だけど那古野に行くにはちと遠くて不便よね。史実のように堀川を通さないのかな?農業用水路程度の江川や、史実の堀川を通す場所になる那古野からの伏流水が流れてる小川程度では川舟も満足に使えないし、精進川は工業村への物流でそれなりに使ってるから改修とかしてるけどそれでも蛇行してるし中心部からは外れるし。那古野を大都市名古屋にするには必要だと思うんだけどな。
数日屋敷でゆっくりしたら微生物サンプルを集めにどっか気ままに行く予定。今回はどこに行こうかな。あんまり変な場所だと護衛の人たちが困っちゃうしエルに注意されたりするからなあ・・・そうだ、額田の菱池の辺りでも行こうかな?あの池も史実では埋め立てられてるし、今は史実からだいぶ変わってるけど農業用地確保やら治水の関係やらで将来的に埋めてしまう可能性高いから、今のうちに行っておこうかな。うん、そうしよう。
というわけで今日は着いたばっかりだしお休み。司令がいなくてちょっとさみしいけど、屋敷でぼおっとしたり、同じく屋敷にいる他のアンドロイドの娘たちと話をする。特に最近は産休の娘たちがいるし子どもたちもいるから賑やかだよね。
話すことは他愛もないことからそれぞれの専門や得意の話など様々。政の話は辛気臭い話になることが多いから、少なくとも私からはしない。政に深く関わってる娘たちはどうしてもそういう話になるんだけどね。そういう場合はテキトーに合わせてる。
・・・えっ?万能型だから政もできないことはないだろうって?だって面倒じゃない。機械とかの仕組み考えたり今やってる微生物の研究してる方がよっぽど楽しいし、政とか謀は私の性には合わないよ。それに、その手のことはエルとかメルティがいるし、他の万能型の娘たちもいるから私が口出す余地なんてないし、そもそもそのあたりの経験積んでないし。なんせ私は自称だけど『技能型に限りなく近い万能型』だもんね。
屋敷には私の他にナザニンとメルティと産休のかおりさんがいる。ああ、アンドロイドじゃないけど同じく産休の千代女殿と身重のお清殿もいる。
メルティはさっきまで絵理をはじめとした子どもたちを昼寝の時間だからと別の部屋で寝かしつけていたけど、みんな寝たので後は千代女殿に任せたみたい。
千代女殿のお腹はまだそれなりだけどかおりさんとお清殿のお腹はだいぶん大きくなったよね。私も妊娠したらあんなにお腹が大きくなるのかな。自分事としてあんまり想像できないな、と思わず自分のお腹をさする。
妊娠してる二人は麦茶を、私とナザニンとメルティは紅茶を飲みながらまったりしている。お茶請けはカステラにようかんがサンドされて・・・ってこれ、司令の元の世界で『シベリア』って呼ばれてたお菓子よね。こっちでわざわざ作ったんだろうけど誰が作ったんだろう?エルかな?
「かおりさんもお腹おおきくなったね。お清もだけどそんだけ大きいといろいろ大変でしょ?」
「楽ではないですが、私にもお清にも侍女がついてますし、他の娘たちも色々助けてくれますから」
かおりさんとナザニンが話していることを、私は紅茶を飲みながらなんとなく聞いている。
「ふーん。なんかね、学校とかのうち主導の施設にふらっと行くと声がけされるんだよね。『かおり様のご様子は如何でございましょうか』なんてね」
「私は年増での妊娠だからみんな心配してくれるんじゃないでしょうか?」
かおりさんが少し苦笑して話す。それは私も同様に声がけされるから知ってる。
「ところでうちのダンナはどこ行ったの?」
「殿は清洲でエルとともに大殿に呼ばれていますよ」
「なんか、このところ年末年始以外でここに来てもダンナに会ったこと無い気がするね。アタシもそんなに来ないし、ダンナも忙しいんだろうからしょうがないんだろうけどね」
「殿も私達も忙しくなってしまいましたからね」
「そういえば、南洋の商いの方はどうなの?」
「まあ、それなりだね」
「ナザニンのことだし、うまくやってるでしょうから私からは何も言うつもりはないけど、エルからは少しお小言をもらうかもしれないから、まあほどほどにね」
メルティの言葉にナザニンが少し意味ありげに微笑む。
「まあ、ナザニン様はエル様からお小言をいただくようなことをされているのでございますか?」
お清殿はまだ呼び捨てに慣れないんだね。すずが聞いてたら『おやつ抜きでござる!』とか言いそうなものだけど、私は敬称の有り無しについては別にどっちでもいい。様だろうと殿だろうと君だろうと呼び捨てだろうと呼びやすいように好きに呼んでもらえばいいと思う。その部分に拘りはないかな。
でも私の名前の略称読みは絶対に嫌。司令が『メグ』とか『マギー』とかの略称で名付けたのならそう呼んで欲しいけど、司令が略さず『マーガレット』と名付けてくれたのだからそのまま『マーガレット』と呼んでほしい。そこは譲れない。
「商いの交渉の際にちょっとした小細工を弄してるだけだね。あの娘は生真面目だから『やりすぎるな』って釘は刺されるだろうけどそれ以上のことは言わないとは思うから、つまりはその程度のことだね」
南洋か。バンテン王国だったっけ、拠点を置いてるの。今度ナザニンの手伝いついでで連れてってもらおうかな。あっちの土とかのサンプル採取もしたいし、ナザニンの手伝いって言ってもブルカ着て暑い部屋で何も言わずに座ってるだけらしいし。それは少し前にアンジェリカから聞いた。
「そういえば、さっきまでいたルフィーナはどこへ行ったんですか?」
「ルフィーナなら、今日はアタシがここから出ないのを確認したら学校で武術やら運動やらを教えに行ってるようだね。あの娘はこの手のまったりした駄弁りが苦手でね。鍛錬とかで身体動かしてる方がいいみたいだし」
ルフィーナはギャラクシーオブプラネットの時にナザニン護衛の任務を司令から受けて以来それを忠実に守り続けてる。本人曰く『司令からの任務完了の辞令がない以上任務は継続だ』と言ってるけど、そもそもギャラクシーオブプラネット自体もうないんだけどなあ。ただ、司令の言う事を重視している姿勢は私もわかる気はするけど。
「あの娘も几帳面というかクソ真面目というか。とはいえアタシがルフィーナのことでダンナになにか言うのも違うと思うからね。アタシからは言わない」
「そうね、それでいいんじゃないかしら。ところでマーガレットにずっと聞こうと思っていたのだけど、その着物貴方っぽくないけど、どういう風の吹き回しなの?」
「確かに以前は服装に頓着なく野暮ったい服でも平気で着てたね。誰か他の娘に選んでもらった?うちのダンナはそんな感性無いから違うと思うけどね」
「誰だと思う?」
「わからないから聞いてるのよ」
「あのね・・・、やっぱ教えない」
メルティの私への問いにナザニンが同調して聞いてきたので私は思わずそう答えると、アンドロイドの3人は少し苦笑いで、お清殿はちょっとポカーンとして、すぐに何事もなかったかのように他の話題になった。うん、面倒くさいよね。わかる。私もそう思うもの。
私のことをみんなが面倒くさい女だと思ってるのは重々わかってる。あと、普段は早口でボソボソ喋って話が聞こえづらいけど私の得意なことは雄弁に話すからオタクっぽいって言われていることも知ってる。でもね、しょうがないじゃない。そういう設定になってるみたいだもの。私自身わかってても抗えないのよ、こればっかりは。
私の容姿を、他の娘曰く『清楚清純そのもののような西洋の良家の子女系美少女』として設定してくれた司令が、そんな性格設定したとは思えないからギャラクシーオブプラネットのランダム初期設定が悪い方に出たんだと思う。
でもね、そんな面倒くさい女であろうとオタクっぽい喋り方であろうと、自分が思ったようなキャラ設定になっていなくても司令は『それも個性だから』って嫌な顔一つせず言ってくれたから、嬉しかったな。後で、プレイヤーによっては思うようなキャラ設定になっていなかったら即刻削除されるって話を聞いて思った。私を造り出してくれたのが司令でよかったって。
その司令がちゃんと認めてくれているってわかっているから、心ならずもそんなことを言って面倒くさがられても挫けず病まずにいられるところもあるんだよ。
ちなみにね、この白のゴシック柄が入った黒い着物を選んでくれたのは司令なんだ。本来は着物ではなかったけど。
ギャラクシーオブプラネットの服装設定でコーデカタログがあって、ユニフォーム以外の普段着設定について最初は私の好みで選んでいいと言われたけど、私自身正直あんまりファッションはわからないし司令に任せたら、悩みながら『これはどうかな』って選んでくれたのが白いゴシック柄が入った黒いワンピースだった。司令自身もあんまりファッションに詳しくなさそうだったけど、私のためにわからないなりに一生懸命選んでくれたのがすごく嬉しくてね。あまりに嬉しくて私の部屋の見える所にずっと掛けてあったけど、結局ギャラクシーオブプラネットのときは私の性格設定のせいか素直に着られなくて適当な服装をずっと着てた。だから、部屋のワンピースを見るたびに司令が選んでくれた嬉しさとそれを着て見せられない悔しさ情けなさが入り混じって複雑な思いだった。
で、この世界に飛ばされたときに思い切ってバイオロイドに頼んで同じ柄の着物を仕立ててもらった。最初にこの着物を見たとき司令は別に何も言わなかったけど、ちょっと驚いたような顔をした後に喜んでくれてるのはわかった。服の形は違っても選んでくれた柄をちゃんと覚えてくれてたみたいだったから嬉しかったな。その司令の顔を見てようやくワンピースを着られなかった時の複雑な思いがすっと晴れた気がした。
「マーガレットが今回こちらに来たってことはどこかの土か草の採取?」
「三河の菱池に行こうと思ってる」
「そう。じゃあ松平殿に少し根回ししておいた方がいい?」
メルティが西三河代官になってる史実の家康パパこと松平広忠殿に事前に話をつけておくか聞いたけど、大事になっても嫌だな。サンプル採取程度で松平殿に気を使わせてしまうのも申し訳ないし。
私が首を振ると、メルティがじゃあ気をつけていくのよと言ってくれた。
そんな感じでまったりと紅茶を飲みつつシベリアをつまみつついろんな話題でだべっていると、急にナザニンが立ち上がった。
「ちょっと紅茶飲みすぎたみたいだね。小便してくる」
「そんなことわざわざ自己申告しなくていいわよ。早く行ってきなさい」
ナザニンの言葉にメルティが少し呆れ顔で送り出す。
「お方様、ご歓談中申し訳ございません。絵理様が起きて泣き出してしまわれたので・・・」
「あらあら、すぐ行くわね」
侍女の人がメルティを呼んでメルティが子どもが寝ている部屋に行ってしまったので私とかおりさんとお清殿だけこの部屋に残された。ナザニンはたぶんすぐ戻ってくるとは思うんだけど。
「みんな忙しいね。私はまだ気軽だからいいんだけどさ」
そんな他人事のような軽口を叩いてしまうけど、ホントはなにか手伝えるといいけどな。司令をはじめみんな大変そうだし。とはいえ私ができるのは今研究してる微生物関連のことくらいかな?司令から要請があればいつでも来る準備はできてる。だって少しでも司令の力になりたいから。
「お方様、北畠の大御所様がお見えになりました」
「あら、困りましたね。メルティもいま絵理をあやしてる最中でしょうし。私やお清はこんなお腹なので」
「うーん、私が応対してくる」
「大丈夫ですか?」
「しょうがないじゃない。今応対できるの私くらいなんだから」
かおりさんに心配されるが身重のかおりさんやお清殿が応対するわけにもいかないじゃん。ナザニンもついでに大きい方してるんじゃないかって思うほど戻ってこないっきりだし。
意を決して立ち上がって、大御所様が見えたという勝手口の方に向かう。ていうか北畠の亜相殿や大御所様といい、大殿や若殿とか孫三郎様といい、なんでうちの正面玄関を使わずに勝手口から入って来るんだろう?
「大御所様、ようこそおいでくださいました。本日はどのようなご用向でございましょう」
「学校の帰りにふと寄りてみたのだが、内匠頭はおるかの?」
「申し訳ございません。主はエルとともに清洲の大殿に呼び出されており生憎留守に致しております。もしよろしければこちらでお待ちいただくか、戻りましたら大御所様のお屋敷に使いを出しましょうか?」
「いや、それには及ばぬ。先触れを出さず来たわしが悪いのだからの」
「もし何かの御相談であればメルティがおりますので、メルティをお呼び致しましょうか?」
「絵師殿も子の世話で忙しかろう。いやなに、以前内匠頭から聞いた『かりもり』なる瓜の漬物についてちと話を聞きたかっただけじゃ。さほど火急の用でもない故また出直すことにする」
「左様でございますか。ご足労いただいたのに申し訳ございません。それではお見送りさせていただきます」
「よいよい」
そういって大御所様はふらりとまた勝手口から出ていかれた。漬物の話なら微生物絡みと言えなくもないし、内容によっては私でも説明できるけど・・・行っちゃったからまあいいか。
ふーっ。屋敷にいると来客がいろいろあってなんだか休まらないな。
・・・んっ?今私、大御所様の応対していた時に変なことを一切言わずに普通に応対していたよな。
思い返せば守護様や大殿や若殿に声掛けをされて話したときにもそうだった気がする。・・・ギャラクシーオブプラネットのときはそういうシチュエーションがなかったから気付かなかったけど、もしかしたら目上と認識した人に対しては面倒くさいことを言う設定がはずれるのかな?なら、アンドロイドの娘たちも目上だと思って話せば普通に話せるんだろか?
これは思わぬ収穫かもね。もしかしたら他にも設定はずれるパターンがあるかもしれないし。
私も好きであんなこと言ってるわけじゃないし、言わない仕組みさえわかればやってみる価値はあるかもしれない。でも他のアンドロイドの娘相手にもあんな口調にしたら他人行儀とか言われてかえって引かれるかな?
急に変わっても気持ち悪がられるかもしれないし、折を見て少しずつ試してもいいかもね。でもずっと目上と思って気使ってたら私のほうが疲れちゃうかな?
その後ナザニンもメルティも戻ってきて、大御所様が来た後は特に来客もなく紅茶を飲みながらだべりつつまったり過ごす。
「申し上げます。殿と大智の方様は清洲にお泊りになるとのことでございます」
夕方、司令からの使いが来てメルティに告げた。
「あらそう、なにかあったのかしら?」
「近江の蒲生様や浅井様の御一行が御到着されたとのことでそのまま歓迎の宴に御参加されるとのことにございます」
「わかったわ。貴方はとりあえず休息を。他の者に、こちらは私もいるから大丈夫ということと、もしかおりさんやお清が産気づいたらすぐ知らせを出すって、殿へ使いを」
「はっ、畏まりてございます」
そう言って使いはさっとどこかに走っていった。
その後、学校へ行ってたルフィーナや津島に行ってたという琉璃も帰ってきて、子どもたちやみんなと賑やかに夕食を食べて、お風呂にゆっくり入った後床につく。
数日は屋敷にいるつもりだったけど、やっぱり明日出発しようかな・・・。うん、そうしよう。
隣に寝ている琉璃に同行してもらうことにしたから、明日出発することを言わないと。
「琉璃、起きてる?」
「ん~起きてるよ~」
「やっぱ明日出ることにしたから、よろしく」
「ん~わかった~」
半分寝てるような声だったけど、大丈夫だよね。そのあたりはちゃんとした娘だから。
司令は宴とはいってもお仕事だから大変かな。夜遅くまで続くこともあるみたいだし。・・・私は先に寝させてもらうから、司令も無理しないでね。じゃあ、おやすみ。