閑話・三百話記念
本作はYVH様から頂いた作品です。
ご厚意により公開致します
少し先のヨーロッパ
- 欧州・イベリア半島。アブスボルゴ(ハプスブルク)朝・スペイン帝国 -
- 帝都バリャドリッド・宮廷 -
side とある廷臣
「……ご報告は以上です。侯」
はぁ……また船団がやられたか……
千五百四十八年頃から我が国はじめ、隣国のポルトガル王国所属の船が多数
謎の大型生物に襲われ壊滅しておる……
それに加えて、短期ではあったが天候の異常……
このままでは……
国庫のほうも新大陸からの収入がないと、遠からず破綻するの……
それと海軍のほうも。十年以上前に
異教徒共との海戦で被った損害の回復が遅れてしまう……
最初の頃は、船主たちが上納金惜しさで遭難を偽装しているかと思っておったが
ある時、奇跡的に襲撃から逃れた船が帰国してからは、その疑惑も消えた……
緘口令を敷く間もなく、帰国した船の水夫どもが声高に大きな白い鯨に襲われたと触れまわり
その船に乗船していたパードレ(宣教師)殿が
「もう駄目だと思っていたら、天使様がご降臨なさって
『貴方は、かの地で虐げらている民たちの為に、大変な苦労をしてきましたね。
主は、その様子をご覧になって大変御喜びになっておいででしたよ。
さぁ、敬虔なる人の子よ。故国に戻って。同じ志を持って活動している
ある司教を助けなさい
主は、何時も貴方たちを見守っておいでですよ』と、仰っておいででした……エーメン」
と、出迎えた民衆に語ってから。何処からともなく……
『主の御心を悩ましている痴れ者の乗った船は、御使いの聖獣に滅せられるであろう』
という噂が、まことしやかに帝都に流布されるようになってからは
船を出す者もめっきりと減った……
当初は東の異教徒の謀略も疑ったが、沈んだ船の乗員の身辺を調査した所
出るわ出るわ……よくもここまで、と思うような事が目白押しであったな……
水夫たちは……まぁ、予想通り重犯罪人が多数であったから。意外とは思わぬが……
乗船していたパードレ殿達については……溜息しか出ぬ……
だからであろうか。ローマから異端審問官殿が派遣され、多数の者たちが取り調べを受けた。
それと並行して例の噂の出所も、徹底的に捜索されていたの……
審問官殿は、我が国の国王にして神聖ローマ皇帝であらせられる
カルロス一世(カール五世)陛下が帝国(神聖ローマ)から追放された
ルターなる者の一派の仕業であろうと断じておられていたが。
果たして、そうだろうか……
しかし……
植民地からの収入が激減した以上は、他からの更なる徴税で補わなければならぬが
どこが良いか……
有力な収入源であった植民地からの収奪が減った事に悩み
別の収入先を思案している彼の下に
支配下にあった旧アラゴン王国領・旧ナバラ王国領・ネーデルラントで
大規模な騒乱が発生したと報告が入ったのは、暫く経ってからであった……
また。この国内混乱時に、新大陸のインディオ達を「先天的な奴隷人種」と定義し
奴隷化を正当化しようとしてた神学者で哲学者のフアン=ヒネス=デ=セブルベダが
原因不明の病で急死し、先の帝都で流布されていた噂と関連づけられて
神罰が下ったのだろうと。スペインの民衆たちは、異端審問官に隠れて語り合ったという……
同時期、セブルべダとは真逆に新大陸のインディオ擁護の活動をする為
ヌェバ・イスパーニャ(メキシコ)チアパス司教区から帰国していた
司教・バルトロメ=デ=ラス=カサスへは、匿名の篤志家から多額の援助が行われたという。
この一連の流れで、史実で行われるはずだった「バリャドリッド論戦」は行われず
一応はインディオ擁護の法令は出たが、スペイン自体が国内騒乱・白鯨襲撃による艦船喪失と植民地経営どころではなくなっていた。
また、この法令に前後して。
時のローマ教皇から新大陸の民を奴隷にしてはならないと布告が発せられ
先の宣教師の語った話の事も相まって。この布告はある程度、効力を発揮し
これによって新大陸への出足がさらに鈍り、欧州勢は徐々にヨーロッパに引き篭もるようになる。
彼らが、嘗てのように海外に出ていくようになるのは。この時から実に百数十年後となる……
その為、かの司教の活動は欧州では埋没してしまっている。
半生をインディオ擁護の活動に捧げていたラス=カサス氏は後年、司教位を返上し
インディオ擁護の為の執筆活動と啓蒙活動に専念。千五百六十一年になると
体力低下を感じた彼はマドリッドの修道院に移る為の旅に出たが、途中で行方不明となる。
後世、彼が久遠家が本拠にしていた久遠諸島(小笠原諸島)に居たと主張した学者もいたが真偽のほどは明らかにされていない。
ただ同時期に。久遠家の島屋敷の離れに欧州人風の老人が起居していて
何やら書いていた事は、久遠家の記録に残されている。
- 欧州・イベリア半島。ピレネー山脈内、アンドラ公国某所 -
side??
これで暫くの間、スペインは国内の事に掛かりきりになるわね……(ニヤリ)
お次は……そうね。イングランド王国にでも行って、史実では早世したエドワード六世を助けて
後々、大英帝国にならないように国政を誘導しようかしらね……(黒笑)
ポルトガル王国のほうは、別班が上手くやるでしょう……
- 欧州・イベリア半島。アヴィス朝ポルトガル王国 -
- 王都リスボン・宮廷 -
side ジョアン三世
どうしたものか……
東に派遣していた船団が、また壊滅したと報せが入った……
インドのゴアに植民都市を築き、さらに東に進出して
かの「東方見聞録」にて紹介されていたジパングと思われるところに到達して
エスピンガルダ(火縄銃)を高値で売却出来た事から
かの地の黄金を我が国に多量に持ち込めると思っておったが……
なんとした事。東の果ての異教徒の蛮族と思っておった者どもが、旧式とはいえ
我ら欧州人が作った物を寸分の狂いもなく再現してみせおった……
しかも、今では国内に広めて大量に出回っているという……
最初は歯噛みもしたが、彼奴らは火薬の材料の硝石製造法を知らぬと見えて
こちらの言い値で買ってくれていたが……それも、ここの所は減少傾向じゃ……
原因については……風の噂レベルじゃが、我らの物より大きな黒いガレオン船で
何処からか来航した者どもが安価で、大量に硝石を売りさばいたからと言うではないか……
まさか、あの伝説のブレスター・ジョンの東方王国が実在するのか?
ジパングのオワリという所に、我らの同胞の娘たちを大勢侍らせている原住民の小僧がいるとゴアから奇跡的に帰国したパードレ殿が申していたが……救出を名目に出兵するか?
いや。ダメじゃな……先の東の異教徒どもとの海戦の傷が癒えきっておらぬ……
それにしても、忌々しい怪物じゃ!
義兄陛下(カルロス一世=カール五世。ジョアン三世王妃の実兄)の
おひざ元のバリャドリッドでは、聖獣などと噂している者どもがいるらしいが
そんな事があるものかっ!!
敬虔な信徒であるパードレ殿を弑するものが聖獣である訳がない!
ならば……
後に勅命で
『東の海(インド洋)に出没する怪物を滅した者には
臣下として許される最大の富と地位を下賜する』
との事が大々的に触れられ、それに触発された大勢の者たちがインド洋方面に向かい
結果、多くの犠牲が発生しポルトガルの国力を削り
財政をさらに圧迫する結果になったという……
後に、スペインのほうでも白鯨狩りが計画されて実行されたが、やはり結果は無残な失敗で
傾き始めていた国力と、新大陸からの収入の途絶えた国庫に
大打撃を与えただけの事になったそうである。
千五百四十七年後半頃、地球・月間の重力バランスが一時的に崩れたとする説がある。
その所為ではないだろうが。アブスボルゴ朝スペイン帝国では、精神疾患を患って幽閉中の
女王・フアナ(カルロス一世の母親にして、共同統治者)の容体がこの時期に悪化し
周りの者たちが、その対処で多大な苦労を強いられたとする記述が
当時の宮廷書庫に残されているという……
また同時期に。潮位の著しい変化が発生し、千五百三十八年に勃発した
対オスマントルコ帝国とのプレヴェザの海戦で失った戦力を回復中の
スペイン・ポルトガル両海軍の船が多数、被害に遭い、暫くして発生しだした
大型生物による襲撃で更なる被害を出し、海軍の再建が大幅に遅れたという。
以上になります。
作中のラス=カサス氏は、執筆にあたって欧州史をおさらいしていて感銘を受けたので
登場させてみました。
こんな人物もいたのだと、皆様の御記憶に残れば幸いです。