それぞれの休息 その2 ~蟹江でのひととき~
本作はみどりいろさんから頂いたものになります。
side:ミレイ
今日、私はエミールや鏡花とともに休息日になった。蟹江が多忙なのは相変わらずだけど、海祭りもあってこのところ特に忙しかったから湊屋殿や善三殿が海祭りが終わった後の合間を見計らって三人揃って休んでほしいと言ってくれたので、お言葉に甘えてそうさせてもらうことにした。実際のところ疲れがあるのは事実なのよね。
とはいっても休みは一日だけだから何処かに行くわけでもないし、那古野の屋敷に行っても御幸とかいろいろあって司令をはじめみんな忙しくて落ち着かないから、同じ蟹江にあるうちの屋敷の敷地内にある温泉施設でゆっくりすることにした。鏡花は船の建造が慢性的に間に合ってないから少し気がかりだったようだけどエミールと二人で半ば強引に連れてきた。
さっそくゆっくりしようと浴場に入ったら先客がいるじゃない。
「アンジェとレミアじゃないの」
「あら、蟹江常駐の三人が一緒にお風呂なんて珍しいわね。今日は揃ってお休み?」
「湊屋殿や善三殿が気を利かせてくれたワケ」
レミアが湯船に入る前の掛け湯をしようとしていたところに私達が入ってきたので、私の声掛けに振り返って答えた。一方のアンジェの方はすでに湯船に入って満喫中ってところね。頭にタオル乗せちゃっておっさんみたいなんだけど。
「わたしも今来たばかりよ。アンジェリカはずいぶん前から入ってるみたいだけど」
「え~っ、いっくら私がお風呂好きだからってずっと入ってるわけじゃないよぉっ。ちゃんと湯船から入っては出てを繰り返してるんだから」
うん。それは『ずいぶん前から入ってる』っていうのよ。
改めて挨拶する間柄でもないから、とりあえずお互い早々に掛け湯をして湯船に浸かる。
「蟹江の状況はどう?」
「忙しいのは相変わらずよ」
レミアに聞かれるが蟹江は相変わらず多忙ね。冗談や大袈裟ではなく蔵まるごと売買されていくかのように商品が入ったり出ていったりしている。
特に蟹江の海祭りをはじめ大規模イベントが有る前後はその傾向が顕著になる。それに人の出入りも多くなるから検疫もしなきゃならないし、間者対策もしなきゃいけないし。
さらに、今年の海祭りは上皇陛下もお見えだったから警備も大変だったのよ。さすがに久遠諸島からもアンドロイドの娘たちが応援に来てくれたけどね。
「今年の海祭りは駿河や遠江の水軍衆がいてピリピリしてたワケ」
「ああ、あれね。あんなのスルーして終わりよ。陰でブツクサ言うだけで所詮何もできないんだから。リーファや佐治殿も言ってたけど己が我を通したいなら一端に船を操れるようになってから言えばいいのよ」
駿河や遠江の水軍衆もそうだけど、この時代の武士って何かにつけて『一戦交われば』とかいうのよね。たとえ実際に一戦交ったとしても自分たちが勝てなければ今一度とか平気で言うんだから。一戦交えた後に和睦とかいっても舌の根も乾かないうちに何もなかったように騒ぎ出すんだし、司令がもうその手の輩は相手にしないというのはわかるのよね。
「レミアはいつこっちに来たん?」
「正月終わってみんなと一旦帰ったんだけどすぐ戻ってきてそのままよ。那古野の病院の応援に来ててね。お清が産休で看護部門が手薄になって思いの外忙しくて。だからもうすこし手伝うつもりよ」
「せわしないのはどこも一緒やなあ」
鏡花がため息混じりに言った。
「アンジェはいつこっちに?」
「私は今日の早朝来たばっかりだよっ。リーファと雪乃が今クリッパーに乗ってるでしょ。ちょうどいい機会だからこっちで最初に乗ってたガレオンから父島でクリッパーに乗り換えてもらったついでで、ガレオンの点検と保守をするために預かってたんだよ。で、確認航行兼ねて物資を蟹江に持って来て、こっちの荷物積み終わったらすぐ戻る予定だよ」
こっちでは速鰐船という名前になったクリッパー船は海祭りでお披露目したわね。お披露目のとき船首に白鷺が止まって思わぬ騒ぎになってしまったけど。
「アンジェリカだけで来たの?途中大丈夫だった?」
「だいじょぶだいじょぶっ。久遠諸島から鳥島の中間まで通常航行した後は渥美半島を視界に捉えられる場所まで離水ステルス航行してたから。それに尾張から久遠諸島の間であればヤバいのもいないでしょ。いたとしてもこの時代の海賊程度なら自動戦闘システムにお任せだねっ」
レミアがアンジェを心配するけどアンジェはあくまで朗らかに話している。
「ていうか、司令から言われてる常に二人以上で行動しろって指針は、アンジェの頭の中から消えてしまっているワケ?」
「ほえーっ、それはすっかり忘れてたあ」
「別にいいけど、自称24歳で『ほえーっ』はいろいろ問題あると思うワケ」
エミールが冷静な突っ込みのなかにアンジェの声真似を入れるものだからエミールとアンジェ以外はクスクス笑い出す。
「司令の言葉じゃないけど、それも個性なんだからいいんじゃない?」
「笑いながら言っても説得力無いワケ」
「え~っ、いいじゃんねえ。個性だよっ個性」
アンジェが腕を腰に当てて頬を膨らませてエミールに抗議の姿勢をしていたが、鏡花にふと目を向けた。
「・・・鏡花、なんか疲れてる?」
「せやなあ。ここんとこ立て込んでたさかいにちとしんどいわ。クリッパーの設計もあったし。でも大まかな設計だけうちがやってアンジェに修正をお願いしたさかいに少しはマシやけど」
蟹江で船職人たちの面倒も見て作業もして新人たちの指導や教育もして、さらにクリッパーの設計なんてしてたらさすがの鏡花でも確かに大変そうね。
「それ聞いてたから一応細部の構造計算含めてすべて確認したけど私が修正するところはほとんど無かったよっ。私が手を加えたのは更に速度出るように喫水部の形状を少し改良したくらい」
アンジェって普段は『ほえーっ』とか言ってて見た目も言動もこんな感じで何も考えてなさそうだけど、こう見えても仕事や技術の話になると実はとってもロジカルなのよね。本人曰く普段と仕事はスイッチが切り替わるんだって。とはいえ喋り方は普段も仕事中もほとんど変わらないし、仕事中でも『ほえーっ』とか言ってた気はするけどね。
「アンジェリカがこっちに居るときだけでもいいから鏡花のお手伝いをしてあげたら?常駐になるかどうかは司令の判断になるでしょうけど」
「うん、いいよ。新人に技術者の心構えとか教えとく?」
レミアの提案にアンジェが楽しそうに二つ返事で了承した。仕事で大忙しだろうとなんだろうとすべて楽しんじゃうのよね、アンジェって。
アンジェは仕事を楽しむこともそうだけど、技術的な好奇心も旺盛だし思考がロジカルだから、まさしく『エンジニア』よね。何度も言うようだけど見た目や普段の言動からは全然そんなふうに見えないんだけどね。
「やってもらうことは今すぐ決められへんけど、少しでもアンジェに手伝うてもらえると助かるわあ」
「わかった。じゃあそういうことで。でもさあ、直近の疲れてるのはレミアにほぐしてもらったら?」
アンジェがニヤッとするとレミアは待ってましたとばかりの表情になった。
「いいわよ。今の鏡花ならやりがいありそうだから」
「ありがたいけど、痛いのは堪忍え」
「それは鏡花の身体の状態次第ね。じゃあ早速隣の部屋で用意しておくから身体が温まったころに来て。一時間くらい施術予定で施術用の服用意してあげるからそれ着てね」
眉を寄せて言う鏡花をしり目にレミアは少しうれしそうに浴場から出ていった。ていうかまだあの娘お風呂入ったばっかりなのに。
「折角だからやってもらったらいいワケ」
「あの娘のお節介焼きもあると思うけど、疲れてるならちょうどいいんじゃない?」
しばらく湯船で温まった後、少々渋っている鏡花を連れて私とエミールが隣の部屋に連れて行く。鏡花はレミアが用意したTシャツと短パン姿で、私とエミールはすぐ浴場に戻るからバスタオルを巻いてるわよ。他の誰かがいるわけではないんだけどね。
隣の部屋に行くとレミアは着物じゃなくて普段着の赤いへそ出しシャツと青緑色の短パン姿でマッサージ台を整えて待っていた。鏡花がマッサージ台に仰向けで横たわるとレミアがその上にバスタオルをかけて、早速施術が始まるようね。
「足は十分温まってるだろうから、足つぼからね。・・・やっぱり親指固いわね」
「イタタ!痛いのは堪忍言うたやないの!」
「はいはい痛がるのはいいけど力むと余計痛いわよ。リラックスして痛みを受け入れるの」
「そんな無茶な」
「全体的に固くなってるから柔らかくなるまできっちりほぐすわね」
「微笑みながらそんなせっしょうなこといわんといてえな・・・イタタタ!ほんま痛いてもう!」
悶絶する鏡花と嗜めるレミアに吹き出しそうになりつつ私とエミールは浴場に戻った。
浴場に戻るといつのまにかルフィーナが入っていた。
「あら、いつの間に?」
「トレーニングで熱田から尾張大寧寺経由でここまで走ってきた。少し休憩したらまた戻る」
私がそう声をかけると赤と黒の眼でぎろりと睨むようにこちらを見てルフィーナが答えた。
ルフィーナは相変わらずストイックなアスリートみたいね。手首と足首におもりを付けて走ってきたって。いくつかまたがってる川は仕方ないから渡し舟を使ってきたそう。人目がなければトレーニングの一環で泳いで渡るつもりだったみたいだけど。ていうか護衛の忍び衆はつかなかったのかな?
「ナザニンはどうしたの?」
「あいつは今頃熱田でシンディやリースルあたりとなにやら喋っているのだろう。私はああいう止め処無い喋りは好きではないから、あいつが今日はもう熱田の屋敷から出ないと確認してから出てきた」
ルフィーナはストレッチをしつつ2・30分ほど湯船と冷水とを交互につかった後、また熱田に戻っていった。
その後私はエミールたちとお風呂に入って温まったり、外から見えないよう高い塀があって風情はないけど庭に出て風にあたってまったり話をしたりしていた。
「なんか、こんな時間久しぶりね。エミールとグアム島制圧したりしてたのが昔のことみたい」
「蟹江に来てずっと忙しかったから仕方ないワケ」
「湊屋殿や善三殿もできればまとめて休ませてあげなきゃいけないわね。もっとも善三殿は第一線からは退きはじめてるらしいけど、後進の指導とか色々動いてくれてるものね」
「湊屋殿も大概いい齢なワケ。当人は『御家でいただく美味い食事が何よりの活力でございます』とかいってるけど」
「息子の儀介殿をはじめ湊屋殿の一族も頑張ってるけど、慢性的な人手不足はもうしばらく続きそうね」
会話が瞬間途切れると、隣の部屋からあれだけ聞こえていた鏡花の悶絶する声がいつの間にか聞こえてこないことに気付いた。
「終わったのかな?それともいい具合にほぐれて痛くなくなったかな?」
「私がちょっと見てくるよっ」
そういってアンジェがザバーッと勢いよく湯船から出るとそのまま隣の部屋に行こうとした。
「バスタオルくらい巻いて行きな」
「見に行くだけですぐ戻るからヘーキヘーキ」
誰かが見てるわけじゃないけど何も纏わずに浴場の外をうろつくのはやめなさい。そう見えなくても一応大人の女ってことになってるんだから。
「足つぼは終わって、ふくらはぎのオイルマッサージに入ってて鏡花は寝入ってたよ。『やっぱり疲れてるのね』ってレミアが言ってた」
アンジェが戻って来るとそう言いながらタオルを頭に乗せつつすぐに湯船に入る。
「タオルを頭に乗せるとおっさんみたいなワケ」
「え~っ、理由なく乗せてると思ってたのぉ?タオルを冷たい水で濡らして頭の上に乗せてるから頭が冷えてのぼせるのを防いでるんだよっ」
お風呂好きでよく入ってるアンジェに、特に親しいパメラが入浴についてアドバイスしてくれたんだって。詳しい理由はパメラに聞いてくれってことだったけど、意味なくやってたわけじゃないのね。
「あ、レミアから伝言。『鏡花が戻ったら次はエミールが来てね』だって」
「え?アタシもやるワケ?」
「せっかくだからやってもらったらいいじゃない」
「そうそう。私は別に疲れてないからやってもらう必要ないけどねっ」
その後、鏡花と入れ替わりでエミールが隣部屋に行った直後に悶絶する声が聞こえてくることになるが、さらにその後私も同じ目に合うことは言うまでもなかった。




