閑話・囀る者と悩む者
本作はYVH様より寄贈されたものになります。
-京の都・宮中-
side:ある公卿
「卿、お聞きになられたか?
山科卿が久遠内匠頭の招きで
彼の者の本領に赴いた話」
「うむ。耳にした。羨ましきことよ。
吾も一度は内匠頭の本領に赴いてみたいものよの」
「家格・位階からいえば、吾らの方が山科卿より上。
吾らこそ、先に招くのが筋というものであろうに……」
……あの者らは、何を申しておるのだ……
此度の事。宇多院の御世に廃された遣唐使と同じという事が
なぜ分からぬのか?
山科卿は嘗ての遣唐大使と同じぞ。
物見遊山に赴むいたのではないのだぞ。
近くに居られる飛鳥井卿も呆れ果てておられる御様子。
これでは御上の御機嫌が良うなられる事も、もそっと先であろうな……
side:飛鳥井雅教
この者らは……このような大事、内匠頭の一存でない事くらい
なぜ分からぬ……
少し考えれば、何方の思し召しかくらい察せぬようで
ようも臆面なく公卿などと言えるものよな。
これでは尾張が朝廷を厭うのも無理からぬ事。吾でも嫌になるわ……
-宮中・別室-
side:近衛植家
此度の山科卿の久遠内匠頭の本領行き。
実の所は院の思し召しであろうな。
招きとしたのは内匠頭の配慮であろう。院の御意向と知れれば
御還御の後、またぞろ御側で良からぬ企み事に耽る輩が
出るであろうからな。前極臈め、まったく余計な事をしてくれたわ。
side:二条晴良
近衛太閤が難しき顔で考え込んでおるが、山科卿の事であろうな。
「二条公。此度の事、何処から話が出たと思われる?」
「恐らくは院の思し召しであろうな。
山科卿は諸国を見ておる。嘗ての遣唐使と同じとはいくまいが
久遠の本領から何かを学び取って来るは必定。
それ次第では、吾らも腹を括らねばならなくなろうな」
「警固固関儀の事は、漸く協議をし始めたばかり。
昨今では、その遅さに対して御上が御不満を抱かれておる御様子。
このままでは吾ら朝臣一同、勅勘を被りかねん」
「かと言うて、古の頃よりの儀式。性急に変えては反発も多かろう」
此処が悩み処だの……尾張を見ておると、古きものを廃しておるが
それによって糧を得ていた者達には別の糧を与えて収めておるが
同じ事を吾らが成せるかと問われれば、否としか言えぬ……
じゃが、武衛や弾正の不満も尤も。並以上の忠勤を励んでおるからの。
にも関わらず、廃されたとなれば、並の者なら謀反を起こしておろうな。
吾、個人も。彼の者らには亡き父上と弟の中将の事で借りが有るのも事実。
何とかしてやりたいとは思うものの、ままならぬとはの……
摂家じゃ、一の人じゃと持て囃されても
いざとなったら何も為せぬとは、情けなき事よのう……