来たるべき時のために
本作はみどりいろさんより寄贈されたものです。
※このお話は大内義隆の尾張での法要が終わった頃(1552年晩夏頃)と設定しております。それを加味して御覧ください。
side:ウルザ
私とヒルザはここ美濃不破郡の関ヶ原にこのところ活動拠点を置いている。私が選抜したいわゆる影の衆と呼ばれる精鋭の忍び衆もいっしょに滞在しているけど、精鋭を一か所においておくのは多少もったいない気もするなと思っていた頃、ふらっとアンドロイドの2人が私の元を訪れてきた。
「あら、若菜とマーガレットじゃない。珍しい組み合わせね」
「ほえっ?そんなに珍しいかな?まあ珍しいっちゃあ珍しいのかもね」
「ウルザも元気そうで何よりでありんす。今日はウルザに頼みがあって来たでありんす」
早口でうつむき加減でボソボソ喋ってるのがマーガレット。設定の年齢は17歳で万能型だけど自称『技能型に限りなく近い万能型』。体型はやや細身。
艷やかな金髪を腰の辺りまでのばしていて、見た目は白いストローハットとワンピースが似合いそうな少し儚げかつ清楚清純を絵に書いたような感じで、食器より重たいものを持ったこと無いんじゃないかと思わせるような西洋の良家の子女系美少女だけど、喋らせるとなんというか見た目から想像すると少し残念。
今着てる着物は黒基調だけど喪服ほど真っ黒じゃない、上品な黒系の着物で柄は西洋的なゴシック柄。ギャラクシー・オブ・プラネットの頃はオシャレに頓着無い感じで普段着は地味で簡素な服だったけど、そんなマーガレットにしてはいいセンスね。なにか心境の変化でもあったのかな?それとも誰かがアドバイスでもしたのかしら?これで口を開かなければ、『上品な和服着てる西洋の清楚な令嬢』に見えるのに。
ギャラクシー・オブ・プラネットでは調査研究部の総合分析班の一員だけどそっちの活動より開発製造部で技能型の子たちと一緒に何やら研究している方が多い子だった。こちらに来てからは何を思ったか細菌やウイルス、カビ、寄生虫といった微生物の研究に没頭しているそう。本人曰く、ギャラクシー・オブ・プラネットでは微生物は発酵などで使う決められたものしか無かったけどこの世界では無限に存在しているからそれを研究せずして何を研究するのか、ってことみたい。
一方の若菜は設定の年齢が19歳の戦闘型。体型は普通だけどバストはそれなりにある。名前の由来は源氏物語だと司令が以前言っていた。切れ長の目で色気というより妖艶という言葉が似合う立ち振舞の和風美女。
髪の色は黒髪でギャラクシー・オブ・プラネットのころは髪型をシニヨンスタイルにしてたけど、この世界に来てからは元の世界の花魁を真似た髪型にしていて、着物も花魁が着てそうな赤基調で黒や青などがバランス良く入っている派手な色合いのものを着ている。首筋の露出はこの時代にしては大きいけど、はだけているという程ではない。そのあたりは一応司令の妻という手前もあるから自重はしてるって。
そういえば若菜がみんなの前で初めてお目見えしたときに司令が言っていたわね。『新しい子を設定している最中に横で延々とすずとチェリーが時代劇の話をして騒いでいたから、影響されてしまって花魁と必○仕○人が合わさったような子になってしまった』って。
ギャラクシー・オブ・プラネットでは私と同じく諜報などの工作を得意としていて、私とは別のチームで動いていた。私はヒルザと組んで行動していたのに対して若菜は単独が多かった。ただ、今は司令の方針もあるから比較的暇な戦闘型や万能型の子と一緒に行動してるらしいけど決まった相手は定めてないみたい。あと、その見た目からか各地の遊里も頻繁に見回っているそう。
得意な武器は暗器全般。敏捷性と暗器使用においては戦闘部でも屈指だったわね。
「私に?」
「ウルザのもとに子飼いの精鋭忍び衆がいるでありんしょう?しばらくあちきに何人か預からせておくんなんし」
若菜が言うには、マーガレットが北美濃や東美濃など最近織田家に臣従した地域の草や土などをサンプル収集したいらしくその護衛をするのと、ついでにその地域の現状を巡察するらしくその際に精鋭のいわゆる影の衆とまだ護衛任務に就いて間もない忍び衆をチームで組ませて経験を積ませたいらしい。
「いいわよ。国境の任務だけでは彼らにはちょっと役不足かと思ったところだし。派遣するメンバーは任せてくれる?」
「もちろんでありんす」
「じゃあ、私からお願い。たまに忍び衆の入れ替えをしたいから時折関ヶ原に寄ってくれない?」
「承知でありんす。逆にあちきが選んでくる新参の忍び衆でウルザの目に叶う者は引き抜いていいでありんすよ」
若菜が扇子で口元を隠しながら色っぽい流し目でそう言った。私にそんな目でなにか言われても。ていうか、それ鉄扇よね?
せっかく二人がわざわざ来てくれたので、不破関で医療活動をしていたヒルザも呼び4人以外は人払いをさせて女子会さながらに紅茶を飲みながらお互いの状況報告と意見交換をする。
若菜は私とヒルザとは別に今川などに捕らえられた忍び衆の救出にあたっていたけど、私が関ヶ原から動けなくなってからも各地を動いてくれていてその情報も共有できた。
あと、各地に散らばる遊里の状況も話してくれた。遊里で働いている遊女の環境改善や心身のケアはもちろんのこと、梅毒を始めとした性病に関してはケティが抑えてくれているものの、彼女が行ききれてない場所や最近領地に組み込まれた場所に関しては若菜が事あるごとに行っているそう。でも若菜自身は医療型じゃないからナノマシンが使えない。なので、どうしても必要なときだけ使用するようにしているようだけど錠剤を中心とした性病に対応した薬をいくつか持ち歩いてるみたい。ただ、薬を飲ませるときは医療部からの指示で虫下しとか別の理由をでっち上げて飲ませてるって。
あと、遊里独特の揉め事や騒動に関しては『誠意を持った物理的な説得』でみんなわかってくれるとコロコロと笑いながら話してくれた。
それはともかく、話したり笑ったりするときに扇子で口元を隠すのはいいんだけどそれを鉄扇でするのはやめたほうがいいと思う。危ないから。
マーガレットはこの世界に来てからほぼずっと領国だけでなく行ける限りの世界各地で草木や土など様々なサンプルを採取して回ってるみたい。こちらに来て間もない頃は一人で行動してたようだけど司令が安全のため二人以上でまとまって行動するよう言われてからいろんな子たちと行くようにしたらしく、鉱物サンプルの採取で同じく各地を動き回ってるプロイとは一番多く行動してるって。今回はプロイがシルバーンのシステムアップデートで忙しいから別らしいけど。
最近はリーファと雪乃がルソン島の近くまで行くついでにガレオン船に乗せてもらってマングローブ林でオーランチオキトリウムを狙って採取してきたらしい。元の世界ではうまく実用化できなかったようだけど、すでにシルバーンに採取した藻を送ってシルバーンで培養して実用化するつもりみたい。
あとは、まだ領地になってない甲斐でミヤイリガイに寄生している日本住血吸虫を結構な数採ってきたって。さすがにそれはシルバーンからの高速艇とショートジャンプを使って深夜のうちに取りに行ったようだけど。元の世界の資料はあるけど今のうちに実際生きてるものをつかって詳細な解析をしてシルバーンのデータベースにデータを蓄積しておきたいんだって。
最後にマーガレットが今回行く場所の一つの奥美濃について、プロイに頼まれてる件も話してくれた。
白山が二年後に噴火することは史実でもシルバーンの予測でも確認しているものの、現地のレポートが少しでもほしいとのことで現地の話の分かりそうな者に日記スタイルでもいいので異変について書き残すよう頼んでほしい、とプロイから依頼されたらしい。
「で、忍び衆を選抜するまで少し時間をもらうけど、それまでどうするの?」
私が二人に聞くと最初に答えたのは若菜だった。
「あちきはこのあたりにできている遊里を見てくるでありんす」
「若菜のことだから大丈夫だとは思うけど程々にね。・・・で、マーガレットはどうするの?」
「えっ?それまでぼおっとしてようかな・・・っていうのはウソで、このあたりでサンプル採って回ってくる」
マーガレットの若干の面倒臭さに軽く苦笑しつつ二人を見送った後若菜の依頼通り派遣する忍び衆の選抜に入ることにする。
そして翌々日、選抜したメンバーを若菜に預け二人を見送った。二人は東美濃から北美濃、そして越前との国境近くまで行くという。でも東美濃から北美濃に行くには道沿いだとまだ領地でない下呂のあたりを通るのは障りがあるからどうするのでしょうね?まああの二人もアンドロイドだし、忍び衆もついてるから、なんとかなるでしょ。
side:石徹白胤正
もうあれから十年以上は経つだろうか。
越前の朝倉と、当時篠脇の城におられた殿と戦となった際に我が石徹白家の当主であった源三郎兄上は朝倉側に脅されて道案内をさせられたが、源三郎兄上の奥方である佳見様が篠脇の殿の御息女であらせられる縁もあり兄上は『篠脇の東殿を裏切るのは忍びない』と仰せになって朝倉を裏切り篠脇の殿に内通した。
結果として篠脇の殿は城を放棄して現在の東殿山の城に移られるほどの損害はあったものの、朝倉は美濃から撤退した。撤退を余儀なくされた朝倉の兄上への怒りは収まらず母上が朝倉の手の者によって拐かされた。一乗谷に連行されて牢に入れられたというので兄上は母上に代わって牢に入ると言って出頭していかれた。その際の兄上の言葉が今も忘れられぬ。
「年寄りが先に死んでも若い者が先に死んでも極楽で会うことはできる。わしは恐らく先に行くことになろうが向こうで待っておるゆえ、与十郎は生きよ。佳見のことを頼む」
その後兄上は牢に繋がれたものの一度は抜け出すことができたが、朝倉の手のものに唆された石徹白村の民に酒をすすめられ酔った寝込みを襲われて首を取られたという。体躯も大きく弓の腕前もこのあたりでも随一と言われた兄上がそのような最期はさぞ御無念であったろう。
兄上の首をとった民は首を朝倉の城に持っていったようだが朝倉から怒りを被り城から叩き出されたと噂で聞いたな。『連れてこいとは言ったが首だけにしろとは言っていない。そもそも自分たちの城主を殺すなど不届き千万である』と。
そうしてわしは石徹白の城を追われた。朝倉のもとで石徹白家の一族のうち適当な者を次期当主に据えたことで、兄上とともに朝倉を裏切ったわしは厄介者扱いとなったのだ。兄上の奥方である佳見様も実家に戻された。佳見様は石徹白の民に『おおがみ様』と言われ慕われておったが御実家に戻ってから髪を下ろし兄上の菩提を弔う日々を送っているという。
領地を追われたわしに声をかけていただいたのは佳見様の御父上である東殿山城の殿であった。わしの祖母様が殿の叔母にあたる方だったためわしにも東家の血が流れているとはいえ、わしの耳には直接入らぬが周りからは領地を追われた愚か者と陰口を叩かれておると聞く。にもかかわらず殿からは良くしていただいており、殿には感謝しか無い。
殿が尾張の織田様というお方に臣従されることになった。美濃守護代の斎藤家ほどの力がある家でさえ臣従を余儀なくされたというから殿もやむを得ないご決断だったのであろう。
とはいえここ郡上郡は米の収穫も多くなく冬になれば雪に閉ざされる厳しき地ゆえわしらの暮らしは早々変わるものではない。そう思っていたのだが、織田様から飢えぬようにと当座の米や雑穀、そしてこの地の厳しき冬を越すため炭や藁などを送っていただいた上に、民たちには賦役をさせる代わりに銭や食えるものを与えるという。銭を与える賦役のことは噂では聞いていたが実際に見るとこれほど恐ろしきものはないと感じる。あっという間に殿の領民たちが織田様に心を寄せているのだ。民によっては雑穀や銭をもらうときに涙を流し遥か川下にある尾張の方へ向かって拝んでおる者もおるという。
わしは殿から関所の代官に任じられた。それは向小駄良にある油坂峠の入り口に当たる場所だ。そこに、とりあえず織田の大殿からお貸しいただいたというゲルなる布でできた異国の幕舎を設置して、その後風雪が凌げる木造の屯所をお作りいただけるという。
今までお世話になっておった殿へ少しでも御恩を返すべく新しきお役目に励んでおると、先触れで織田の大殿様の御猶子である久遠様というお方の奥方様が新たな領地のご視察に参られるという。久遠様というお方御自身でなくその御家臣というわけでもなく、何故視察に女子が来るのかと思いつつ先触れの者に殿の書状を手渡されたのでそれを読む。
殿の書状のはじめにはこの度お越しになる久遠様の奥方様の事が書かれてあった。あと、久遠様の奥方様は各地へ視察に出ることはままあることであり、その場の差配を任されることもあるそうだ。今回はこの地の視察と調査とやらでお見えになるらしい。特別な饗しは必要ないとのことだが決して粗相の無いようにとのことであった。
奥方様がお着きになったとのことで、ゲルの中で上座を開けて待っておると後ろの幕の外から人の気配が複数あるので平伏して待つ。護衛のものと思われる気配が周りにあるが、奥方様はお二人いるようだ。平伏したまま気配を感じつつ名を名乗る。
「向小駄良関所代官、石徹白与十郎胤正でござりまする」
「面を上げておくんなんし」
面を上げると驚きのあまり声が出そうになったが寸での所で堪える。あの髪の色はなんだ?殿の書状にあった南蛮の者か?獣かと思うような色の髪で顔立ちもわしらと異なる。声をかけていただいたと思われる黒髪の方がまだわしらに近い。とはいえその派手な出で立ちに戸惑う。しかしあまりじろじろと見るわけにも行かぬゆえ多少目を伏せて自らを落ち着かせる。
「与十郎殿、早速でありんすが関所の者たちに賊を引き渡しておいたでありんすから、いずれかの城に連行するなりこの場で詮議するなり処断するなりしておくんなんし」
「はっ」
ここに来る途中で賊に襲われたらしいが逆に叩きのめして全員縄でふん縛ったらしい。奥方様の護衛に相当な手練が当然何人もついているのだろうが、襲ってきた賊を逃さず全員捕らえるとは。
賊なればこの場で処断しても良い気もする。とはいえ、それだけ多いとなると本来であれば殿の御判断を仰ぐべきであろうが・・・。とりあえず近くにある六ツ城の猪俣殿にお任せするか。関所の部下に賊を六ツ城まで連行するよう伝える。
「この辺の視察と調査については下野守殿のとこに寄って話はつけたからこっちはこっちでやるし、そちらは自分の仕事をしてくれればいいんで。迷惑かけないようにするし」
南蛮の奥方様は少しうつむき加減に話された。やや早口でぼそぼそ喋られるので少し聞き取りづらいが、意図はわかった。
南蛮の奥方・・・マーガレット様という名らしいが、マーガレット様が仰るにはこのあたりの草や土が欲しいのだそうだが草や土など何処にでもあるというのに何故ここまで来てそのようなものを欲しがるのであろう?よくわからぬお方だ。
派手な出で立ちの奥方・・・若菜様はここから更に川を上って前谷村や鷲見村、畑佐村のあたりまでも行くという。前谷村と我が故郷の石徹白村の境にも関所を新設したので、そこも訪れられるとのこと。護衛がついているとはいえ奥方様だけでは危ういと思いこちらからも護衛を出すと言うたが負担をかけたくないとのことで不要と言われた。
奥方様お二方とも調査と視察のため少しの間このあたりに逗まるとのことだが、饗しの類は一切不要であることは改めて言われた。奥方様らが逗まる場所は近くに別のゲルを建てるという。
久遠様の奥方様がお越しになってご視察などをされている間もわしは己の仕事を全うするように命じられておるので普段どおりの役目をこなす。
何日か経ったある日、わしが詰めておるゲルにマーガレット様がお越しになり、人払いを命じられた。ゲルの外にも余人が立ち寄らぬように人が配してあるようだ。なにかあったのだろうか。わしか部下がなにか粗相でもあったかと思いやや緊張する。
「ああ、そんな咎めるとかそんな話じゃないし楽にしていいから。・・・実はね、与十郎殿にお願いがあって」
「はっ。何なりと」
マーガレット様は冗談とも真面目な話ともとれぬような話され方をされるのでやや困惑するのだが今回は真面目な話であられるらしい。
早口でぼそぼそと喋られるので相変わらずやや聞き取りづらいが、いつもよりも周りに人がいないせいか静かなので聞き取るのが楽だ。
「何年か前に白山が火を吹いたのは知ってるよね?」
「はっ。白山長滝の者が城に知らせてくれたのを聞いていたゆえ良く覚えておりまする」
あれは四・五年ほど前か。朝倉との戦以来誼がある白山中宮長滝寺の者が東殿山城までわざわざ来て殿に知らせてくれたのだが、偶々わしもその場におったからな。噂では飛騨のある村は作物の出来が良くなかったとも聞く。
「一度火を吹いた山は再び火を吹く可能性があってね、とはいえ何時かはわかんない。明日かもしれないしわたし達が生きてる間ではないかもしれない。ただ、火を吹くときは山の近くで何らかの予兆が出ることがあることをわたしたちは知ってる」
そう言われて近くにいた近侍の者にマーガレット様が目配せをすると、近侍の者がわしの前に何枚かの紙と筆などを置いた。
「ほんの少しのことでいい。もし普段とは違うおかしいと思ったことがあったら何でもここに書いて。例えば地揺れがあったとか、長良川の水の色がいつもと違うとか」
「・・・ながら川・・・で、ござるか?」
ながら川とは何処の川であろう。このあたりにそんな名前の川があっただろうか?いつもの冗談か?と思っていたらマーガレット様は慌てて訂正された。
「ああ、ごめんごめん。上ノ保川ね、上ノ保川。・・・とにかく、ちょっとのことでもいいから与十郎殿が変に思ったことはこの紙に書き残しておいて欲しいの。あと、もし白山の修験者と話すことがあったら白山の詳しい様子を聞いてそれも書いて欲しいのよ」
マーガレット様が言うには、いつ頃どういう事が起こったかを日記のごとく紙に書き記せとのことで、紙と筆などは用立てていただけるとのことらしい。また、書き残したことについては普段の役目と別に殿を介して褒美をいただけるとのことなので、断る理由もないしそもそもわしごときでは断ることなど出来ぬ。マーガレット様曰く重要なお役目とのこと。そのようなお役目をわしのような所領を追放されたような者にいただけるとは畏れ多いが光栄であるな。
そう思っていたらゲルが少し軋む音がして地面が少し揺れた。
「お方様!」
近侍の者たちが慌ててマーガレット様に寄って何が落ちてきたときに身を挺せるようお守りしておる。
「大丈夫。大丈夫だから、元に戻っていいよ。ありがとう」
「はっ」
結果としてそれだけで済んだがマーガレット様は微動だにされぬな。見た目では虫も殺せぬようなお顔立ちをされておるが、肝は座っておられるようだ。
「そう。こんな感じにグラグラっと地揺れが来たら、今の時とどういう状況だったかを書き残すの。もちろん与十郎殿の役目を優先してのことだけど」
「畏まりましてござりまする」
「まあ、つまりは日々の記録だからそんなに深く考えずに関所の出来事も記録しておいてくれればいいよ。そのほうが他の関所でも参考にできることがあると思うし。正直言えばどちらかというとそちらが主な目的かな」
「左様でござりましたか」
要は日々のことを書いておけばよく、そのようなことで褒美がいただけるなど久遠様というお方も御無礼ながら奇特なお方だと思わなくもない。だがそれでもお役目に違いはないゆえ関所のお役目同様果たさねばならぬな。
side:プロイ
奥美濃の武士の誰かに日記スタイルで白山噴火に関するリポートを書いて欲しいとマーガレット経由で依頼しておよそ半年ほど経った。
明日からボクはマーガレットと一緒に西三河の猿投や小原など山地を中心にまわる予定で、今日はあいりのサブとしてシルバーンのメインコンピュータルームで基幹システムのお守りをしてるわけだけど、マーガレットがこのメインコンピュータルームにわざわざやってきた。
「やあやあやあ、プロイサン。ご機嫌如何にござりまするかな?」
相変わらず少し面倒くさい挨拶をかましてくるけどいつものことなので気にしない。
「あれ?メグと一緒に行くの明日からじゃなかったっけ?」
「そのメグっていうのヤメてくんないかなあ。魔法少女かハリウッド女優じゃないんだから」
マーガレットの短縮形はメグっていうけど本人はメグと言われるのは何故か嫌らしい。あとマギーとか他の短縮形も嫌がってたから短縮形で呼ばれること自体が嫌なんだろうな。
「で、マーガレットがここまで来るなんて珍しいけど、なんかあった?」
「半年ほど前にプロイに頼まれた白山のリポートの件あったじゃんね?あれのさ、第一便来たのよ。早速スキャンしてあるからここから呼び出せるよ」
筆で書かれてある書面がヴァーチャルで手元に出てきたのでそれを見ながらマーガレットに念の為と思って聞いてみる。
「ところで誰に頼んだの?」
「誰に頼んだと思う?」
うん。わかっていてもやっぱり少し面倒くさい。そういえば司令が言ってたな。アンドロイドの設定で個性の一部として一か所設定者の意図に関わらずランダム設定になることがまれにあって、マーガレットに関してはそれがこの面倒くさい喋りになったって。司令は『それはそれで個性だからいいけど』って言ってたっけ。
「わかんないから聞いてるんだけどな」
「そのような答え方は無粋である。が、まあいいや。向小駄良の関所にいた石徹白胤正って人。まあマトモっぽかったから任せたけど」
石徹白・・・どこかで聞いたような。ああ、史実で石徹白騒動とかあったり本当は福井県になる予定が岐阜県になったあの石徹白かな?石徹白胤正は史実のデータベースでも兄と一緒に朝倉を裏切ったくらいしか記述のほとんど無い人だったっけ。
そう思いながらヴァーチャル書面に目を通す。崩し字でかつあまり綺麗な字とは言えないし当て字も多いけど読むことはできる。これはこれでいいとして、どちらにしてもこれは楷書に直さなきゃいけないかな。わざわざ尾張の文官にやってもらうのも何だしシルバーンのコンピュータ使って自動処理しちゃうか。
本当の原本はシルバーンの書庫で保存しておいて、紙質や筆跡、墨の質などを完全コピーしたのを原本ということにして、それと楷書で写本したものの二種類を尾張のウチの書庫に保管しておくかな。
「結構丁寧に出来事書いてるね。ほぼ毎日書いてあるじゃないか」
「任せて正解だったっしょ?」
「この分だと”本番”でも期待できそうだけど、逆に本来の役目をおろそかにしてないかな?」
火山の前兆とは全く関係ない出来事のほうが多いけどいつも前兆があるわけじゃないから、それはしょうがないね。でも資料としては十分。火山関連をピンポイントに書かれても逆に困るし。ただ、これだけきっちり書いてあるのはありがたいけどそもそもの役目は大丈夫なのかな?
「それは大丈夫じゃね?本来の役目優先するようには言ってあるし。・・・あ、そうそう。冒頭に私から頼まれたとか火山に備えてとか書かれてあったからそれはスキャンしてない。うちらが噴火を知ってたのかって話になると厄介でしょ?まあもちろんその部分もシルバーンに保存はしておくけど」
「そうだけど、そういうことするの司令が嫌がらないかな?」
「エルやメルティにも後で説明しとくし機密保持ということであれば司令もわかってくれる・・・と思う」
ほんとに大丈夫かなあ?折を見てボクも司令やエルに一言言っておくかな。マーガレットに依頼したのはボクだし。
◆◆◆
『向小駄良郷関所録』
天文21年(皇歴2212年)からの関所の活動や出来事についての日々の記録。
著者は当時向小駄良関所の代官の役割を担っていたといわれる石徹白胤正など。
この年に主に郡上郡を拠点としていた東家は大内義隆の法要と公家の来訪にあわせるように織田家に臣従しているが、その直後からの記録とされる。
記録の動機などについては一切記されていないので詳細は不明であるが、東家の織田家臣従直後であることから織田家もしくは久遠家から何らかの意向があったと思われる。
記録時期は東家の織田臣従直後頃から美濃越前間の関所が廃止される頃まで。
記録には日常の何気ないやり取りや関所のトラブル、そして地震などの異変や白山に出入りしていた修験者の言葉も詳細に記録されており、結果的に天文23年(皇歴2214年)の白山の大規模な噴火の予兆や噴火した当時、そしてその後の状況を知ることができる貴重な資料となった。
これは白山中宮長滝寺(現 長滝白山神社)に残る『白山宮荘厳講中記録』などとともに天文23年の白山の火山活動記録において重要な一級史料とされており、原本は重要文化財指定をされて厳重に国立図書館で保管されている。
現在では保存を目的としてコンピュータで画像として読み込まれデータとしても保管されておりインターネットから一般でも閲覧が可能である。
なお皇歴2670年に世界気象機関の事務総長に就任した石徹白佳恵氏はこれを記した石徹白胤正の直系の子孫にあたる。
※石徹白胤正が言っている『殿』=マーガレットの言った『下野守殿』=東常慶のことです。




