ガレオン船にて その2
本作は、みどりいろ様から寄贈して頂いた作品になります。
side:雪乃
わたしは雪乃。万能型の有機アンドロイドよ。
今わたしはガレオン船で久遠諸島の父島に来てる。物資の補給もあるけど今回はふたりガレオン船に乗っけなきゃいけないから港近くの建物で彼女たちと待ち合わせしてるんだけどまだ来ないわね。仕方ないからこの前手に入れた伊勢茶を要塞でこの時代まだ無い煎茶にしてもらったのでそれを飲んで待つ。
個人的にはこの時代飲まれてる抹茶より煎茶のほうがいいわね。でももっというなら一番好きなのは焙じ茶。焙じたての焙じ茶っていい香りで美味しいのよ。シルバーンにいたときは厨房でよく煎茶を自分で焙じてたっけ。そういえば機械任せにせず自分で焙じたいがために焙烙を素焼きで作ったけど、シルバーンのわたしの部屋にまだ置いたままだったかしら?折を見て取りに行かなきゃ。
「・・・」
「いい匂いだね。ボクたちにももらえるかな?」
やっと来たと思ったら最初の一言が煎茶の催促なのね。まっいいけど。
建物に入ってきたふたりのうち無表情で無言なのはあいり。技能系のアンドロイドでシルバーンやその末端を含むシステム全般の開発と管理を担ってる。黒髪のストレートで顔は元の世界のアイドルみたいなカワイくて気持ち派手な顔だちなんだけど表情の色がほとんどない。ケティも似たような感じだけどケティのほうが喜怒哀楽がわかり易い。あいりのほうがほんとうの意味でお人形さんみたいね。ぶっとい黒縁眼鏡も掛けてるし余計そう感じるのかも。年齢はわたしの一個上ってことになってる。滅多に表に出なくってギャラクシーオブプラネットでは今船で待ってるリーファと同じくらい司令に顔を見せなかった娘。三度の飯よりシステムのことを考えてる技術者そのものって感じね。
あとひとりのボクっ娘はプロイ。同じく技能系のアンドロイドで、こっちはあいりとは対象的に人懐っこくて社交的。男の子みたいなショートカットの焦茶色の髪で少し肌が浅黒い東南アジアっぽい感じの顔立ち。一言で言えばボーイッシュな女の子って感じね。年齢はわたしと同い年ってことになってる。アンドロイドの中では比較的古参の方で専門は鉱物学なんだけど普段はあいりのサブとして要塞のシステムを保守管理をしてる。本業というか専門分野の方はシステム管理の合間にいろいろ独自に研究してるみたい。本人曰くシステムの保守管理は趣味でやってて、本来はあいりだけで管理してたのを手伝ってるんだって。なんかアンドロイドのみんなってわたしもそうだけど、なんていうかひとクセある娘達ばっかり。司令はそういうクセのある娘が好きなのかしら?
煎茶をふたりに淹れてあげて飲み干すのを待ってからガレオン船に向かう。その間に遅れた理由を聞いたらシステムのアップデートで遅れたんだって。なんでもあいりの肝いりのアップデートらしくってそっちへ気を回してるうちにこんな時間になっちゃったってプロイが話してくれた。あいりにも否定する反応がなかったからまあそういうことなのね。
ガレオン船の貨物の上げ下ろしは終わってたから早速船に向かうと船の入り口でリーファが腕組んで仁王立ちで待ってた。
「遅かったな」
「ゴメンね、リーファ。ボクとあいりでシステムFG3のアップデート作業してたのが長引いちゃって遅くなったんだ」
そう言ってプロイが手を合わせて上目遣いで謝るとリーファがまあ仕方ないって言ってオペレート室に戻っていく。わたしはふたりとともにその後についていき、やがて船は父島を出港した。
今日このふたりを乗せるのにはわけがあって、海水内の金属をシルバーンのテクノロジーで抽出する実証実験をやってるんだけど、その機械・・『HMフィルタ』って呼んでるけど、そのフィルタを距離をあけていくつか海に沈めてあるからそれを回収して成果を見るため。実験自体は司令の依頼もあってわたしたちがこの地に降り立った当初からやってる。要塞内でシミュレートはもちろんしてるけど、実際に様々な環境で動かしてみると誤差もあるし改良点もみつかるからね。で、その機械の内部制御のソフトウェアを作ったのがあいりで、ハードを担当したのは鏡花なんだけど鏡花は蟹江の船作りで忙しくて立ち会えないからソフトとハードの両方でサブとして関わってたプロイが一緒に来たと、そういうわけ。
フィルタを沈めてある場所が離れてると船でいちいち回収してたら時間がかかって大変だろうって?ほら、ウチの船は離水航行できるから。他の船がいないところでは堂々と使ってるし、いてもよほど接近しなければ視覚ステルス効果のバリア張ってるから見えないんだけどね。
それに離水航行してるとき船は自動操縦に任せてあるから楽なのよね。それになにせ船揺れが無いし。リーファは多少退屈そうだけど。で、最初の目的地に着くまで3人でダベってる。あとひとりはいるけどただでさえほとんど喋らないところに遠隔操作用のシステム端末持ち込んで作業しながらだから余計喋らない。たまにかすかな反応する程度にはこちらの話を聞いてるみたいね。
「そういえば聞いたぞ、雪乃。本願寺の坊主に幽霊と間違われて相当ビビられてたらしいじゃないか」
いろいろダベってたらリーファがこの前の石山に行った時の話を思い出したみたい。
「失礼よね、人を幽霊呼ばわりとか。司令がせっかく雪女で設定してくれたんだからせめて怖がるにしても雪女だと思って怖がってほしかったわ」
「何を言っているんだお前は。・・だからこの前言ったじゃないか。その格好は幽霊扱いされると」
そういえばそんなこと言ってたわね。まあいつものことだから気にしてなかったけど。
「ボクは雪乃のその白装束好きだなー。髪の色にもあっててキレイだし」
「プロイがたまに着てる衣装もいいよね。2種類あるけど、プロイ的にはどっちが好みなの?」
「うーん、どっちかっていわれたらシワーライのほうかなあ。でもどっちを着てても設定してくれた司令は喜んでくれるよ。だけどシワーライもアオザイも作業してるときにはちょっと向かないんだ。司令がいるときはそれでも着てるよ」
プロイは自分の本業に打ち込んでるときとかあいりのサブやってるときはシンプルな白いブラウス着てるけど、年末とかの尾張に行くときは司令が喜んでくれるのが嬉しいからってずっとシワーライかアオザイ着てる。でも髪飾りはつけないんだって。司令が設定してなかったらしいわね。忘れたのかな?
尾張といえば、プロイは日ノ本に行ったら『暹羅の方』か『占城の方』とか呼ばれるのかな?名前的には前者だけど。ただ、この時代まだベトナムのアオザイはなかったと思うんだけど・・まっいいか。
ていうか、プロイって顔立ちの割にって言っちゃなんだけど意外にスタイルいいのよね。エルやリリーほどのバストはないし細身なんだけど、シワーライやアオザイ着ると身体の線が出るからそれがよくわかる。・・ちょっとうらやましいかも。
・・・はっ。もしかしたら司令がプロイの服装設定にシワーライだけじゃなくアオザイもいれたのはそのため?
「自分にはそんな設定なかったぞ」
リーファのキャラコンセプトは戦乙女だったわね。北欧神話の服装はシンプルなだけに設定しづらかったのかな?ただ、リーファの顔立ちはイケメンだから女の子っぽい服装はあんまり似合わないからかも。清洲での司令との結婚式の時にドレス着てたけど少し浮いててすぐ横にいたわたしは何度も吹き出しそうになったの堪えてたっけ。どっちかと言うとドレスよりタキシードのほうが似合いそう。
「要塞の制服以外の服装設定はある娘とない娘がいるわね。わたしは特に無かったけどせっかくの雪女のコンセプトなんだし」
「だからといって死人も着る白装束はまずいだろう。そんなこと言ったら自分なんて『ワ○キュー○の○説』とか『ヴァル○リー○ロファ○ル』とかの格好しなきゃいけないのか?」
「誰もそんなこと言ってないじゃない。ていうかなんでそこでゲームのキャラクターがでてくるのよ。それも微妙にネタが古いし」
とは言いながらも元々わたし達もゲームの中のキャラクターだったんだけどそれは今はいいっこなしってことで。
そんな他愛もないことをダベっていたら最初の目的地についた。ここは元の世界で千島列島と言われた所の沖、千島海流のど真ん中。
水深5・60mほどのところに留めてあった大きさの違う複数の小型フィルタをクレーンで引き上げる。小型フィルタって言っても付随した装置や抽出物貯蔵庫とか色々ついてるから結構な重量だしね。
えっ何もなく漂わせてたら海流の流れに流されないのかって?それはほら、要塞のテクノロジーってやつよ。あと、なんでわざわざ海流なのかっていったら、フィルタを1年ほっぽらかしにするから海水を取り込むモーターのバッテリー消費量を少しでも節約したかったようよ。
で、フィルタを引き上げてすぐに次の目的地に向けて帆を進めてるんだけど、航行中にフィルタの抽出物の一部をプロイが目視とか成分分析機とかで確認してる。
「金属あたりの総量は帰って改めて計算しないとわかんないけど、やっぱり金属ごとで選別せずに金属全体をごっそり抽出するオールタイプのフィルタの方が抽出効率いいね」
わたしも海水内の金属のことはある程度は分かってるつもりなんだけど海水内の金属まるごとだとウランが大量に取れちゃうんじゃないかな?まあわたしたちはある程度の放射線は大丈夫だけど、あんまり大量に長くあたってもいいものでもないだろうし。プロイにそのことを聞いたら、
「実はウラン除去が前回までシミュレートよりうまくいってなかったんだけど、今回はうまくいったよ。でもいずれウランは専用の抽出フィルタを作らなきゃいけないね」
だって。さすがにそのあたりは対策が取れてるんだね。
プロイ曰くこのオールタイプのフィルタを1年沈めてとれたのは少なくとも金に関しては1kg弱だろうって。意外に少ないのねって思ってたらプロイとしては満足らしい。まあ小型の実験機だし。
次の目的地は元の世界でアラスカ海流と呼ばれる海流の真ん中。千島海流のときと同じく大きさが違う複数のフィルタ装置を引き上げて、すぐに次に向かう。
「ところでさ、大きさ違うのは何?」
「あ、そうか。雪乃達に手伝ってもらうの今回が初めてだったっけ。一番大きいのはウラン以外のほぼ全部の金属をごっそり抽出するオールタイプ。一番小さいのは金だけを抽出するタイプで、その間は銀とか銅とかの金属一種類だけ抽出するフィルタなんだ」
「へー。いろいろ試してるのね」
フィルタは最終的には大きくしたものを固定式にした大型と潜水艦型の動力源で移動しながら抽出する自走式にする予定。
大型のフィルタ装置はフィルタへ強制的に水を通して金属を抽出する感じで、久遠諸島のたぶん硫黄島の近くに置く予定だって聞いてる。その抽出物をパイプか何かを通して硫黄島の地下の基地に運んで金属の選別や精製をするんだって。
自走式は潜水艦に模した装置で海の中を動き回って水をフィルタに通してある程度金属が貯まったら自動で久遠諸島に帰ってくる仕組みなんだって。なんか元の世界のお掃除ロボットみたいね。
「なあプロイ、自分の思いつきなんだが自走式はその金属単体を専用に抽出するフィルタというのにしたら小型化できるんじゃないか?特に金とかは貯蔵タンク容量はそんなに大きくなくてもいいんだろう?」
リーファがプロイに言うとニンマリして答えた。
「うん、そだね。でも小型化してフィルタも単体用にするならするでソフトとハード両方とも新たに構築してもらわなきゃならないんだけど・・あいり、大丈夫かな?」
するとあいりは是と答えた。あいりって肯定と否定と承諾はそれぞれ『是』『否』『諾』って答えるのよ。わたし達はわかるからいいけど司令の設定の仕方もちょっと問題よね。たぶん無口っ子の設定にしたかったんでしょうけどパラメーター低くしすぎたんじゃないかしら?
「それとハードは・・・鏡花に聞かないといけないね」
「鏡花、蟹江で今船作ってて忙しいと思うけど大丈夫かな?一応呼んでみるけど」
わたしが通信機で鏡花を呼んでみたけどなかなか出てくれない。やっぱ忙しいのね。
「ボクも小型用の運用のことはいろいろ考えてたけど、たまにはリーファも良い事言うね」
プロイがリーファに向かってニヤッとしながら言うとリーファは気持ち視線を外して言った。
「たまにはとは心外だな。一応自分もアンドロイドだからな」
通信機で蟹江を呼んでから2・30分くらい経ってようやく鏡花が出てくれた。
「あら雪乃、久しぶりやね」
「忙しいところごめんね」
「まあかまへんよ。今日はどないしたん?プロイも一緒にいてってああ、HMフィルタのことやね?」
鏡花の問いにわたしの隣にいたプロイが自走式の小型化について話すと、鏡花は少し考えた様子だったけどすぐに答えを出してくれた。
「せやなあ・・・今立て込んでるから1週間だけ待ってくれへん?それまでに図面をプロイんとこに送るし、そしたらあとはそっちであんじょうしといてや」
「うん、わかった。ありがとね」
そしてプロイは鏡花にフィルタの状況を簡潔に説明した後通信を切った。
その後、かなり前に久遠諸島を出たバイオロイドやロボット兵だけが乗った船と途中で落ち合い、元の世界でカリフォルニア海流やペルー海流とよばれるあたりの海域に沈めておいたフィルタを回収してもらっていたのでそれを受け取り、最後に黒潮の海流域でそれぞれフィルタを回収した。プロイ曰くできるだけいろんな場所のデータが欲しかったんだって。
「うん。昨年や一昨年よりフィルタの効率も上がってるし、ちょっと慎重になりすぎたかもしれないけどこれで本格運用始めても大丈夫かな」
プロイが満足そうに少年ぽくニンマリするとあいりも軽くうなずいた。あいりも満足しているみたいね。
「・・・大型機と自走式の・・構築はできてる・・」
あいりがボソリと言った。相変わらず声もカワイイけど、ほとんど喋らないのよね、あいり。
初期運用は大型フィルタ1台あたり年間で金は1t、銀は50tを予定して今後さらに抽出量を上げるってプロイはさらっというけど史実の石見銀山が最盛期年間40tだったっていうし佐渡金山は年間400kgっていうから結構なものよね。それに銅とかに至ってはもっと抽出できるって言うし、プラチナやレアアースもそれなりに抽出できるってプロイは説明してくれた。ドヤ顔で。
自走式は抽出金属を貯めるタンクの量に限度があるから大型フィルタのようにはいかないけど、リーファが提案してた単体用フィルタには確かに合ってるかもね。
「大型は1台ほぼ出来てるけどできれば距離あけてもう3・4台は欲しいな。あと自走式はすでに何台か用意してHMフィルタ本体を組み込むだけにしてあるよ」
「しかし、そんなに自分達が取ってしまって大丈夫か?司令は地球の資源が枯渇しないかとかあまり取りすぎて価格が下がらないかとかを気にしてるみたいだが」
リーファが司令が言ってたらしい言葉を少し心配そうに聞いたけどプロイはどこ吹く風って感じね。
「海ん中には金だけでも800万tとか1000万tはあるんだし、銅なんて150億tはあるんだよ。ボクたちがそんなくらい取ったってヘーキヘーキ。それに取ったもの全部が全部をすぐに表に出す必要なんてないし。それぞれの金属を要塞に貯めておいて、司令が心配する価格の下落が起きない程度に必要な分だけ小出しで尾張に持ってくんだったら司令もわかってくれるよ」
その言葉でわたしは金属入手の手段がもう一つ存在していることを思い出した。
「そういえばさあ、小惑星の採掘作業はどうなってるの?」
「順調だよ。みんなでこっち来た頃に手頃な小惑星をいくつか目星つけて、金銀銅や他の金属を今も採掘量を調整しながら取ってるけどこれが本格稼働し始めたら鉄の比率を上げる予定にしてる。日ノ本は今鉄も全然足りないし。念の為ボクも確認しに行ったけどあの小惑星だけで少なくとも200億tとかあるんじゃないかな。もちろんいきなりそんなに取れはしないけどね」
プロイったらなんかいつもにも増して饒舌ね。元々話すのは好きな娘だけど専門分野だし抽出がうまくいったから機嫌がいいのかしら。ていうか、システム管理とかいろいろやってるのにいつの間にか小惑星にも行ってたのね。
船は何事もなく久遠諸島に戻ってきた。ほとんど離水航行してたから大して時間かからなかったんだけどね。
硫黄島の港にフィルタを全部下ろして基地経由でシルバーンに運んでもらう手配をした後、父島に戻ってプロイとあいりを下ろす。
そしてプロイが降りた港の桟橋で手を振ってくれるのを背に父島を出港する。いつもなら物資を乗せるんだけど、今から特別なミッションがあるから今回はある程度の食料だけで、人員もリーファとわたし以外はバイオロイドとロボット兵だけ。
そして、しばらく父島の近海で待機してたら中央司令室からの連絡が入った。ついに来たわね。わたしはリーファをオペレータ室に呼んで中央司令室から送られてきた映像に切り替えた。