閑話・ある間者頭達の憂鬱
本作はYVH様より頂いた話になります。
気に入ったので許可を頂き掲載します。
side??
「……以上でございまする」
「……分かった。下がってよい」
「ハッ」
やれやれ……今月に入って何人目か……
尾張の久遠の様子を探らせに、手の者を送ったはよいが……
送った者のうち幾人かは、そのまま久遠に鞍替えしよる……
最初こそ追っ手を差し向けていたが、その追っ手も半数ほどは戻らぬ……
戻った者どもに詳細を聞けば、幾人かは久遠家の滝川か望月の者に討たれたらしいが
残りの者どもは、久遠家の滝川・望月両家への扱いや、同じように
鞍替えしたと見える者どもへの扱いを見て、寝返ったと聞く。
聞いた限りでは……
曰く『久遠家では、われらのような者どもにも、ちゃんと禄が与えられる』
曰く『久遠家では、働きによっては褒美が過分に下賜される』
これについては、はなはだ信じられなかったが……上手く話を聞けた者の報告によると
前に近江から流れてきた者どもが、三河へと送られて暫くして帰還した後に
士分へと取りたてられて、別途、褒美も出たという……
しかも、残った家族に対しても仕事が与えられ、それにも報酬が出たと……
さらに信じられぬ事に、久遠家では家中の老若男女問わずに菓子などが時々、振る舞われるとか……
しかも、それを差配するのは久遠家当主の奥方だというから、何とも……
……菓子など、食うたのは何時であったか……
偶々、手に入ったという久遠家の菓子が送られてきた事があったが、それを持って○○様の所に
報告に上がった先代の頭は……それきり戻ってこなんだ……
先代には子がなかったから、わしが後を引き継いだが……兄上……
side??
「それは、確かか?」
我は報告してきた配下に、思わず真偽を質した。
「ハッ。確かにございまする。
昨月。久遠家当主の奥方で、薬師をしている薬師の方が
女衒と思しき者どもに拐されそうになりました。
幸いと申しては何ですが、護衛の者たちの手によって事なきを得ました」
その報告を聞いて、我が思った事は……
なんと愚かな……
であった。
かの奥方は、尾張では神仏に並び称せられる程だというのに、どこの者どもが
手など出したのであろうか……呆れてものが言えぬ。
前にも同じ事があったが、手を出した者どもは久遠の忍び衆に滅せられたと聞く。
その様を見た配下の者は、暫くは使い物にならなんだ……どのような事をしたのやら……
「……ら……お頭っ!」
はっ……いかんいかん、報告の途中であった……
「済まぬの。少々、考え事をしておった。ほかにもあるか?」
わしの問いに配下の者は怪訝そうにしておったが、そのまま報告を続けた。
「?続けまする。
どうやら、その女衒の者ども。話しぶりから、どうも西国から来た者のようでございます
恐らくは、かの地に来るという南蛮商人に売るつもりだったようで……」
その報告に、我は思わず天を仰いだ……
この辺りは、まだ尾張が近いゆえに先の女衒の最期が伝わっておるが、西国ともなれば
その辺りの事は伝わりにくいのだろうが……
また我が物思いに拭けっておると、配下の者は続けてこう申した。
「その襲った女衒の者どものうち、幾人かは奥方が直々に相手をしたのですが……
件の奥方のなさり様は……それはそれは、正視に耐えるものではなかったようで……
おまけに、その襲った者たちを冷たい目で見て
『覚えておいて。私は治すのも得意だけど、壊すのも得意だから』と申したとか……」
その報告に、我は怖気がたった……報告をしている配下の者も、顔色が優れぬ……
「分かった。お館様には、我から報告しておく。
下がってよいぞ……おお、待て。これは褒美じゃ、収めておけ。ご苦労であった」
我は退出する配下の者を呼び止め、混ぜ物がしておらぬ金色酒と幾許かの金子を
労をねぎらいながら、配下に下賜した。
「!これは、有り難き幸せ……では、某はこれで」
褒美に喜色を浮かべた配下の者の言葉に頷きながら
我はお館様に此度の事を、どの様に伝えようか思案するのであった……
文中の薬師の方はケティ嬢です。
活躍から、巷ではそう噂されているのではと思い、通称として考えました。