井戸の物語
空虚な時はいつも
古い、手動のポンプがついた井戸を思い描いてしまう。
井戸のまわりには明るい緑が生い茂っていて
黒いポンプはよく手入れされ
鉄の取っ手を上下すれば
澄んだ水がすぐにでもほとばしり出そうだ。
でももうこの井戸は枯れてしまっているかもしれない。
ここしばらく水が出ていないのだ。
私は架空のシャベルを持ち
空想の中の水脈を探しに出かけた。
でもどこを掘っても
シャベルがはじき返されるほど、地面が固い。
想像していたよりもずっと私の中の土地は広く
疲れ果てるまで歩いても水はない。
立ちどまってあたりを見まわせば
そこは荒れて乾いた見覚えのない土地。
(こんなところに水は湧かない)
思った途端、足の力が抜けていった。
座りこんで
ただ、地平線と暮れかけの赤っぽい空を眺めていると
遠くにポコンと飛び出たシルエットがあった。
荒地に井戸が一つある。
近寄ると水の匂いがした。
こんどはつるべで水を汲む井戸だ。
しかし
おけを落としても落としても、水は汲めない。
水はあるというのに、おけに入らない。
夜になり、私は井戸のそばに座った。
私は喉も乾かないし、飢えもしない。
そのかわり不足を感じる。
何が不足しているのかわからなかったが
確実に不足していることだけはわかった。
そのまま横になると眠りが訪れ、夢を見た。
子供になった私がとかげをまちがって殺し、死骸を隠した。
次の夢では、私は懸命に怒鳴っている。
しかし誰にも理解されない。
一人の人が私に耳打ちすると
私の怒りは消え、代わりに
その場にいる人々の白い目だけが残された。
最後の夢は途切れ途切れ。
少女が私をひどくそこなう言葉をつぶやくが
私は別の誰かに同じ言葉を投げかける。
目が覚めると朝もやが出ていて
世界に私と井戸の二人っきりだった。
冷たく湿った空気を吸いながら
見ていた夢のことを思い返していると
昨日の夜に不足していたものが、なぜか補われていく気がした。
そして私は立ち上がり、井戸と向かい合った。
すると静かに静かに
水が井戸のふちまでせり上がり
あふれて地面にしみこんでいった。
井戸を中心に土は色を変えていき
色の境界は私の足元を通り抜けていった。
その後もこんこんと水は湧き続け
振り返ると
荒れた土地は肥沃な大地に変わっていた




