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「今度ドライブに行こうよ」と突然シゲルは言った。
シゲルはベージュのハリスツィードのジャケットを羽織り、ブラックのラルフローレンのズボンとGUCCIのローファーを履いていた。おまけにバレンシアガのキャップも被っていた。僕はというと、もらい物の長袖のTシャツにユニクロで買った黒のズボンにボロボロのスニーカーだ。まるで金持ちと便所掃除員じゃないか。
シゲルは僕の向かいに座り、大きな丸いテーブルの上には氷だけのグラスが置かれていた。店内は薄暗く、セロニアス・モンクの曲が静かにかかっていた。テーブルの周りには仮面をした無数のウエイトレスがウロウロと歩いている。深い海の中みたいだった。
「行きたいところでもあるのかい?」と僕は言った。
「海岸線を走りたいね」
「うーん。悪くないかもしれない」
「トップギアで窓を開けてセックス・ピズトルズの曲をかけてジンジャーエールでも飲もう」シゲルはにんまりとしながらそう言った。それからウエイトレスを呼び、ジンジャーエールを一つ頼んだ。
「それは最高だね。でもね、キミは免許なんて持ってないじゃないか?」そう言うとシゲルはそれが何の問題なんだ?とでも言いたげな顔をした。そしてぷうっと、おならをして「それが何の問題なんだ?」と言った。
「もしかして僕が運転するのか?」
「もちろんじゃないか」とシゲルは言った。僕はむうっと嫌な顔をした。
「ドライブは嫌?」
「嫌じゃないけれど」と僕は言った。ここでジンジャーエール到着。ウィルキンソンのジンジャーエールだ。シュワシュワシュワ。
「じゃあいいじゃないか。それにキミのビートルは良い車だしね。天井は低くて、シートはシミだらけ。おまけに車内はハンバーガーの匂いだ」
僕はテーブルの下でGUCCIのローファーを軽く踏みつけた。
するとシゲルは慌てて「嘘だよ。嘘さ。オレはあの車は好きなんだよ。マジさ。落着くし、気を遣わなくてすむ。まるでオレらのアジトみたいだしね」
僕はシゲルの顔を見た。シゲルも僕の顔を見た。彼はなんだか嬉しそうだった。
「良いタッグになれるよ」彼は不意にそう言った。「そうだな、きっとキャプテン・アメリカやアイアンマンだって勝てやしない」
僕は彼らのキャリーケース見たいな胸板を、像の脚くらいある上腕二頭筋を想像した。「確かにそうかもしれないな」と僕は渋々言った。金持ちと便所掃除員。良いタッグに2票。
「昔みたいだね」とシゲルはポツリと言った。
「キミは何も変わらないよ」無意識に口から出た言葉だった。
「キミは、みんなは変わったのかい?」
「ああ。みんな変わったさ。金持ちが偉くなって、ユーモアは消えた。そしてみんな映画を観なくなった」
「酷い世界だね」
「みんな同じ服を着て、同じ場所に行くんだ」
「ウソだろ?」
「本当さ」
「まるで、蟻みたいだ」シゲルはジンジャーエールを飲んだ後にそう言った。
「蟻の方がマシさ」と僕は吐きつけるように言った。
「それでキミは、何処にいくんだ?」
僕は少しばかり考えた後に「人の流れに逆らって歩くようにするよ」と言った。
「本当にそれでいいのかい?肩をぶつけられるかもしれない。笑われるかも、石が飛んでくるかもしれない」
僕もシゲルと同じようにウエイトレスを呼び、ジンジャーエールを一つ頼んだ。
「そんなのは、慣れっこさ。石だって、食べかけのサンドウィッチだって投げてくれよ。それに僕の人生だ。僕は自分の行きたいところに、自分で行く。たとえそれが、君と別れなくてはならないとしてもね」
「キミなら落ちたリンゴを木に戻せるかもしれない」とシゲルは満足そうに言った。
そこでジンジャーエール到着。ウィルキンソンのジンシャーエールだ。シュワシュワシュワ。
「ジンシャーエールはいつだって、どこだって美味い」
「全くだね」ジンシャーエールはいつだってどこだって美味いに2票。
「乾杯しよう」とシゲルは言った。
「何に?」
「金持ちと便所掃除員にさ」そう言ってシゲルはまた、ぷうっとおならをした。