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マリエル視点
目の前にいる女の子はとても可愛くて利発そうな子だった。
その子はサラという名前で、話を聞くと生まれながらの魔眼持ち、妾の子であるために養母から疎まれ借金の形として奴隷になり、何の因果か勇者に買われた哀れな子という印象だった。でも、ディアーヌ様に連れられて初めて会ったサラの印象は聞いていた話とは違っていた。
初めて会った彼女の意志の強そうな目を見て、私は彼女が辛い境遇に受け身になるような子ではないと思った。なぜなら、私の娘であるミケーレと似た意志の強さを感じたからだ。
そして、勇者と因縁を持つ二人が出会い、家族になったのもまた運命なのかもしれないと思ったのだった。
ミケーレやロビン様とどんな暮らしをしているのかを聞きたくてお茶に呼んだのだが、サラがグラン様にお会いしに来たと分かりディアーヌ様の提案でサラのドレスを選ぶことになった。
年甲斐もなくはしゃいでしまったが、女の子を綺麗にするのはとても楽しい。
ディアーヌ様の背中を追うように騎士になると宣言した娘が、ロビン様と婚約したいと旦那様にわがままを言った時には、ようやく娘を思う存分着飾れると思っていたのだが、そっちの方向には全く興味を持たなかったゆえの反動だろう。
こんなところで、娘に出来なかったことを発散しているとは思われたくはないけれど、少しくらいは許してねと、着せ替え人形になって遠い目をしているサラさんに心の中で謝った。
いくつかの目星を付け商人に作成の依頼をし、侍女のジゼルにお茶の準備を頼んだ。
他人に動きを拘束されるのは、精神的に疲れるのだろう。サラさんは椅子に座ってほっと息をついていた。
「サラさんは目利きが凄いのねぇ、私も貴族の娘だったから宝石や生地の見分けが付くように教えて頂いたけれど、産地までは分からないわ」
「ああ、これでも商人の端くれですので……」
「それなら、モンターニュ伯爵家の一員になったときに安心ですわね」
そうか、実の父親は商人だったかとアニスから送られてきた手紙の内容を思い出した。宝石を扱う店ならば、宝石の目利きが出来なければ問題になるだろう。
彼女がモンターニュ伯爵家の養女になった際に勉強をし直すのは大変だろうと思っていたが、そんな心配はなさそうでよかったとも思った。公爵家の妾になるに当たり、私も宝石の目利きが出来るまでかなりの時間を要したものだったからだ。素質があればスキルとして身に付くようであるが、私はそうではなかったから本当に大変だった。
「マリエル様。何か勘違いをなさっておいでではないでしょうか、私は伯爵家には入りませんよ? 血がつながっておりませんし」
「あら、王都に呼び出すのであれば養女として迎え入れる用意があるものだと思っていたのだけれど? グラン様が『娘が出来る』言っていたとディアーヌ様もおっしゃっておりましたし」
どうやらサラさんは純粋に遊びにおいでと言われたから、遊びに来ただけらしかった。
私はあのグラン様が、こんなに可愛い子を手元に置いただけで満足するわけがない。もしかしたら、サラさんの許可も得ずに勝手に養女として登録する可能性もあるのではないかと思った。
「もしかしたら、ドワーフ国には返していただけないかも知れませんわよ?」
「マリエル様、今から申し上げることはこの場だけの発言にしていただけませんか?」
「ええ、良いわ。ディアーヌ様や旦那様にも言いませんわ」
「ありがとうございます。私は後妻の連れ子という立場でモンターニュ伯爵家にとっては異端です。後妻である母とは一緒に暮らしたことすらなく、且つ元奴隷で勇者のパーティに居たと言う経歴すらあります。下手をしたら、私という汚点がモンターニュ将軍を政争に引きずり込む火種になるかも知れません。考えすぎかも知れませんが、現におねえちゃんは勇者が原因で政争に巻き込まれました。貴族でない私にはどのような可能性があるのか分からないですけど。たとえ将軍が私を養女にしたいと望んでも、私はこの国に残るという選択肢はありません」
揶揄いながらグラン様がサラさんのことを養女に迎える準備があるのではないかと問いかけると、彼女の纏う空気が変わった。
彼女は綺麗な紫紺の瞳を細め、私の指摘した可能性についても考えていると答えてくれた。私は政治にはあまり明るくないが、様々な思惑が蠢く貴族の社会では時として予想もしないことが起きたりする。特に勇者に関連する事柄については、政治の中枢にいる旦那様やセヴラン様ですら流れがつかめない状況にある。彼女が言う可能性もあり得ないと言い切れないのも事実だった。
「では、グラン様が貴女を無理やり伯爵家に迎え入れようとされたらどうなさるおつもり?」
「普通に逃げます。私は勇者の手から逃れるために2年の月日をかけました。必要な知識、資金、勇者の手が届かない場所がどこになるかの予想が確実なものになるまでは黙って機会を待ちました。今であれば、商業ギルドと鍛冶屋ギルドの幹部との人脈も借りもある。逃亡資金も、その後の暮らしに関しても私の眼とスキルを使えばどうともなります」
淡々と事実を話すサラさんだったが、手は緊張からか不安な未来の想像からかわずかに震えていた。
彼女はしっかりと意見も言えるし、いざという時の度胸もある。案外貴族の生活もうまくいくのではないかとも思えるが、本人が望んでいないのであればそうしてあげるのが一番だろう。
「そうね、選べるのであれば生き方は自分で選択するべきね。ミケーレもそうしたもの、サラさんもあの子の家族でしょう? それにかわいい彼氏もいるようですものね」
「か、彼氏って……! ギルとはそんなんじゃ……」
「あら、いい子じゃないギルベルト君。ミケーレがそうだったけど、ああいう子は恋をしたら一直線よ? ましてや番なんでしょ?」
「うう、否定できない……」
ギルベルト君のことを引き合いに出すと、途端に頬が赤く染まった。口ではどうとも思ってないと言ってはいるものの、意識しているのは間違いない。
大人びているのに、色恋沙汰に関してはとことん疎いのだろう。うぶな反応がかわいいと思った。
「多分だけどね、ギルベルト君は貴女が思っている以上に貴女のことをよく知っているんじゃないかしら? 貴女は最悪の場合は逃げると言っていたけれども、ギルベルト君は迷わずついていくわよ」
「……わかっているんです。勘が鋭いギルを出し抜くなんて私には絶対に無理だし、いつも一緒に居るから私も離れたくないし……。いざとなった時のことを考えると、いつの間にか隣にはギルが居るだろうってことまで計算しているし……」
きっとギルベルト君がサラさんの初恋なのだろう。私は侍女のジゼルと一緒に彼女が悩む様子を微笑ましく思った。
打算的で結構じゃない、私の娘は両想いとはいえ騎士団においても実力が高かったロビン様に群がる他家の令嬢を、彼に気付かれないように排除していったもの。
ミケーレとよく似ているギルベルト君も、おそらく似たり寄ったりのことをしているだろう。ましてやサラさんは稀に見る美少女だから、彼は相当苦労して今の地位を得たのは想像に難くない。
素直になれないサラさんをジッと待っているギルベルト君か、若い二人の恋路を応援するのもまた楽しいと思った。グラン様には気の毒かも知れないけれども。
「まぁ、まずは目の前のことから片付けるとしましょうか。グラン様に関しては本当に簡単よ? この一言で手も足も出なくなる素敵な呪文があるのよ」
「ええ、呪文?!」
「それはね―――――、って言うといいのよ?」
私はサラさんにグラン様によく効く呪文を教えた。半信半疑のようではあったが、この手のセリフは娘を持つ父親には効果覿面なのだ。人の恋路を邪魔する父親は懲らしめるべきだと言って、私とサラさんは顔を見合わせて笑いあったのだった。