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「そうだわ! せっかくの母娘の再開ですもの、きれいなお洋服で会いたいと思いませんこと?」
「えっ!?」
「そうだな。今度は私が選ぼうか……と、言いたいところだが私が選ぶよりもマリエルのセンスの方が良いからな、私の予算を使って設えてやってくれ」
「そんなにいただけません。本当に十分です!」
「ふふふ、グラン殿には散々振り回されたからな、かわいい娘の服を先にオーダーで作ったとあれば、絶対に悔しがると思わないか?」
「まさか、仕返し……ですか?」
「うふふ、かわいい仕返しだと思いませんこと? あとは、ソフィア様へのお礼でしょうか。あの方は、私たちがサラさんのドレスを用意しても喜んでくださる方ですもの」
なんだかノリノリのディアーヌ様とマリエル様を相手にすることは無理だと思った。まぁ、母が喜ぶのならいいかと思い、私は早々に白旗を挙げた。
マリエル様はさっそく侍女さんたちに御用達の商人を呼ぶように指示を出しているし、ギルは話についていけなくて空気になっている。連れてきてしまってかわいそうだったと少し反省した。
「さて、マリエルが服を選ぶ間は私も暇になるな。ギルベルトも暇だろう!」
「ふぇ?!」
まったく関係のない話をしていたから油断をしていたのだろう。ギルの口から府抜けた声が出た。
「ミケーレとロビン殿に剣の指南をされているのであれば、私の稽古相手になってみないか?」
「えぇ!? ディアーヌ様とですか?」
「そうだ。ミケーレの剣は私が教えたからな、基礎を見るくらいは全く問題ないぞ? それに、この場に居たらサラの着替えを見ることになるだろうが……」
「っ、お供させてください!!!」
「決まりだな。サラ、ギルベルトを少し借りるぞ? コレット、木剣を二振り持ってきてくれ」
暗に私の着替え姿をみたいのかとディアーヌ様はニヤリと笑いながら言った。こうなったら気の毒だが、ギルに残された選択肢は一つだけで、彼は顔を真っ赤にしてお供すると宣言することになったのだ。
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ギルがディアーヌ様に連れていかれたので、私はマリエル様と二人で大急ぎで公爵家御用達の商人さんの相手をすることになった。
「服を選ぶだけかと思ったんですが、そうじゃないんですね……」
「しっかりと身体に合った服を選ぶものよ。サラさんが今着ている服もアニスが採寸してくれたものをもとにして作ってもらったものだけれど、さすがにプロが採寸したわけではいないですからね」
「……私にはこれで十分なんですが」
てっきり商人さんが持ってきた服を選ぶのかと思ったら、完全なるオーダーメイドだった。採寸が終わったので、マリエル様と侍女さんたちがはしゃぎながら私に似合いそうな布をあてたりしている。
商人さんはニコニコしながら揉み手をしている。足元に広げられた色とりどりの生地は鑑定するまでもなく超高級品。聞いたことがあっても見たことがないものばかりで、こういう時じゃなければじっくりと観察したい品物ばかりだった。
「マリエル様、サラ様はこの色が似あうと思いませんか?」
「あら、すこし重すぎません? それなら、こちらの淡い紫色の生地の方が良いのではなくて?」
「えっ、ちょ!? エルフ国産のフェリシアシルクなんて、そんな高級生地を着たら心臓が止まります!!」
「おお、お嬢様よくご存じですねぇ。商人の中でもこの生地を扱えるのはほんの一握りでして、特にエルフ国との太い販路を持っているのは私の店だけです」
触るのも恐れ多いような高級品で服を作られるのは勘弁してほしくて、鑑定の結果を口走ってしまったら商人さんが凄い目利きですねぇと褒めてくれた。
違う! 私は目利きを褒められたいわけじゃないんだってば!
商人さんが色々とうんちくを話しているうちに、マリエル様が先ほどの生地を確認してとりあえずキープの山に追加していた。
ディアーヌ様の財布から支払われるものらしいが、予算は一体どのくらいなのだろうか。生地を選んでいる侍女さんたちとは別に、マリエル様はアクセサリー関連の商人を呼ぶように言っていたみたいで頭が痛くなった。
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ギル視点
ディアーヌ様に連れてこられたのは離れの庭の端だった。庭の端といえども、地面は土ではなくよく手入れされた芝生である。
侍女のコレットさんが使い込まれた二振りの木剣を持ってきてくれた。
「ここで行うとしようか。ギルベルト殿もミケーレからも手ほどきを受けているのだろう?」
「はい。ですが、今はロビンさんに稽古をつけてもらっています」
「ほぉ、ロビン殿が……。それは楽しみだ」
そういってディアーヌ様はにやりと笑った。まずい、ロビンさんの名前を出したのは失敗したかもしれない!
まずは実力を見たいから打ち込んできなさいと言われ、俺は窮屈な上着を脱いでコレットさんから木剣を受け取った。
お互いに木剣を構え、様子を見る。
打ち込んで来いと言われても、ディアーヌ様には隙が無い。
どうにか間合いを詰めようにも、うかつに飛び込むと斬られるイメージが消えない。ふかふかとした芝生で足元が踏ん張り難いが、含み足足跡が残らないのはいいことだ。俺は、含み足でじりじりと少しずつ間合いを詰めた。
ディアーヌ様の隙を見つけようにも、視線も体制も変わらない。こうなると、打ち込んで体制を崩すしか道はないと決め、俺は一気に勝負をかけた。
「打ち込みの鋭さはなかなかのものだなっ!!」
「っ!」
「種族性か柔軟性も力も十分ある。いやぁ、楽しい!」
渾身の一撃と思われた一刀はディアーヌ様にはじき返された。体制を崩すことなく距離を取り、次の一刀を打ち込むがそれも受け止められてしまった。力いっぱい打ち込んでいるのだが、ディアーヌ様の細腕でもびくともしない。
次は速度を重視すればどうかと思い、今度は一気に間合いを詰めてディアーヌ様の間合いに飛び込んだが、そちらは半歩後ろに下がり俺の一刀を軽々避けた。
ディアーヌ様に言われるままに何度も打ち合ったが、俺の打ち込みは全てはじき返され、かつ避けられてしまった。
ただ、そんなことを凹むことはなかった。
俺に剣の才能を引き延ばしてくれたのはミケーレさんで、ディアーヌ様はその師匠である。それに力任せに打ち合いをするだけでなく、打ち合いをするごとに前の問題点をクリアすれば次に進めるような、俺に教え込むような稽古をしてくれたからだ。
何度も手合せをして俺の息も切れ始めたころにコレットさんがお茶を淹れてくれたため、稽古は一時中断となった。
喉が渇いているので本当は出された冷たいハーブティーを一気飲みしたいのだが、ここはディアーヌ様が居るため我慢。俺に合わせていうと、話しながら少しずつちびちび飲むのが良いらしい。
礼儀作法はアニスさんに叩き込まれたけれど、いまだに何故食事やお茶をする度にこんな堅苦しい作法が必要なのだろうと思う。こんな面倒なことを、ばっちりこなせるサラが本当にすごいと思った。
「ギルドに登録しているのだろう? ランクはいくつだ」
「今は、Dランクですが、年齢制限がなければCだと言われました」
「そうか、ギルベルトは未成年だったか……。実に惜しい、成人していたら速攻で騎士団に勧誘したのだが」
「あの、俺は見習いですが鍛冶師なので、騎士団には入りません」
おそらく社交辞令だと思うのだが、ディアーヌ様は騎士団に勧誘したいと言ってくれたが、俺は鍛冶師だから騎士団には入らないと言うと、ディアーヌ様は目を見開いて驚いた。
「驚いた、その実力で鍛冶師とは……。師は誰だ?」
「ドワーフ国のドミニクと言いますが、ご存知ですか?」
「そなたはドミニク老の弟子か! 通りで、ミケーレやロビン殿が数か月教えたにしては基礎が出来ているし、年齢に見合わぬ実力を持っていると思ったわ! あの者は大陸でも最高峰の鍛冶師で、自らが鍛える剣を振るうことが出来るほどの実力者だ。弟子の育成方針も同じだろうしな」
ドミニク師匠の話をすると、ディアーヌ様には妙に納得された。あの国には師匠の弟子が多く居るから、自然と剣を振るうことの出来ない鍛冶師は少なくなっていったらしい。まぁ、鍛冶屋ギルドは血の気の多い人が多いから師匠の育成方針とは相性が良かったのだろうとそんなことを思った。
ディアーヌ様の持っている細剣もドミニク師匠が作った剣らしい、そんな話をしながら俺たちは稽古の合間の休憩を取ったのだった。