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宰相様とは私と同じく魔眼仲間ということと、意図せずして弱み(?)を握ってしまったことで、なんだかよくわからないうちに和解した。
それから公私は別けたいようで宰相様からは名前で呼んでほしいと言われた。王宮では勇者に引っ掻き回されて事後処理なんかをしなければいけない方だし、自宅でゆっくりしようとしたときに役職で呼ばれたのでは、仕事のイライラを引き摺りそうだと思った。
翌朝、いつも通りの時間帯に目が覚めて、衣装ダンスに入れてある服をスルーして持参した服に着替えようとしていたら、私を起こしにやって来たコレットさんとばっちり目があってしまった。
誤魔化すようにへらっと笑ったら、コレットさんもにっこりとほほ笑んで、そのまま有無を言わさず衣装ダンスの服に着替えさせられた。
着替え終わるとコレットさんは歌いそうなほど上機嫌で、服に合うように編んでくれた。流石公爵家侍女、結い上げスキルが凄いと思った。
朝食も昨日と同じくみんなで食べるのかと思ったら、皆さん起きる時間がまちまちなので、みんな違うらしい。そんな話を教えてもらい、朝食はここで食べるかと聞かれたので、挨拶がてらギルの部屋に乱入することにした。
ギルの返事があったから、部屋に入ってみると。強張った表情で突っ立ったままのギルと、コレットさんと同じく満足そうな侍女さんが居た。
なんで立ったままなのかと聞いてみると、服が上等すぎて動くのも座るのも怖いらしい。
「―――じゃあ、ギルの方もそんな感じだったんだ」
「うん。俺だけでも着られるって言っているのにさ……。あと、使用人さんの目が怖かった」
「まぁ、みんな見ているね……、ギルの耳」
王都じゃ獣族も珍しいからかもしれないけれど、朝食を準備してくれている侍女さんたちがチラチラとギルの耳と尻尾に視線が向かう。
まとわりつく視線になれないのか、ギルの耳がぴくぴく動いていてかわいい。
でも、ギルにとっては居心地悪いことこの上ないだろうし、正直言うと私も面白くない。あまり目立つようなら、コレットさんに言ってどうにかするしかないと思った。
ギルの部屋に運んでもらった朝食はとろとろのスクランブルエッグにバターの効いた柔らかいパン、それとサラダだった。ありきたりな朝食メニューだったが、サラダにかかっている濃厚なドレッシングの味が絶品すぎて思わず鑑定してしまうほどだった。詳しいレシピを教えてはくれないだろうなぁ……。ソースは料理人が秘匿する技術の結晶だし、でもなんの材料を使っているのか分かれば自分で作れないかなと考えながら食べた。
そんな感じでおいしい朝食を頂いているあいだ、ミケ姉さんたちのスケジュールを聞いたら、ロビン兄さんとセヴラン様と一緒に今日から王宮に行くことになるだろうとのことだった。
長旅の疲れで少しはゆっくりできるのではないかと思っていたのだけれど、二人とも古巣である騎士団にも顔を出しに行くとのことだった。
そうなると、今日は何もすることがない。どうせ王都に来たのなら、市場とかお店とか露店とかを回ってみたいなと思い、コレットさんに外出してもいいかと聞いてみたら、今日は公爵夫人が会いたいと言っていたとの伝言を貰った。
呼び出されるような心当たりもなく何の用事だろうと思い、私たちは顔を見合わせたのだった。
朝食後にコレットさんの案内で公爵夫人の部屋に行ったのだが、そこに居たのは男装の麗人だった。部屋を間違えたのかと驚いてしまったが、良く見たらその男装の麗人は公爵夫人だった。貴族の女性は皆、ドレスを着るものだと思っていたので正直面を喰らってしまった。
「ああ、急に呼び出してしまった悪かったね。何も用事がないのであれば、少し付き合ってほしいのだけど?」
「はい、僕たちは特に用事はないです。だよね、サラ」
「うん。お姉ちゃんたちにもまだここから出るなって言われているので」
「お姉ちゃん? ミケーレはそんな風に呼ばれているの!? なんてうらやましい! コレット、可愛い娘がひとり増えたみたいでいいものだな」
「左様でございます。奥様」
つい私がミケ姉さんのことをいつもと同じように『お姉ちゃん』というと、何故か公爵夫人は感極まってしまったようで、私のことをかわいい娘がもう一人増えたみたいだと言って、ぎゅうっと抱きしめてくれた。
なんか感極まると抱き着くところがミケ姉さんに似ているなぁと思った、どことなく変わった人だけれど、悪い人ではないだろう、多分。
「それより、奥様。サラさんたちにご用事だったのでしょう? 説明をされませんと」
「ああ、そうだった。ミケーレの母親のマリエルがサラ殿とギル殿に会いたいと言ってきてね、時間があるようであれば会ってくれないか?」
「えっと……。あの……、私たちがお会いしてもよろしいのですか?」
公爵夫人から出てきた台詞は予想外のことだった。まさか、公爵夫人の口からミケ姉さんの母親と会ってやってくれと言われるとは思わなかった!
一般常識的に考えて本妻とお妾さんが仲良くしているとは考えにくかったのだ。公爵家にやってきて、何が一番驚いたかと思ったらミケ姉さんが公爵夫人と仲良くしていたのは、公爵夫人が育てたからかなとも思ったし……。
実際、私が妾の子で本妻さんにいびられたから、二人の仲の良さを見て本当に驚いたのだ。
「奥様、貴族でない方ですと奥様とマリエル様のことは……」
「ん? ああ、そういうことか……。貴族、と言っても高位貴族に限るが庶民の一般常識とはかけ離れた常識があると思ってくれていい。まぁ、妾を持つことも良しとしない者もいるし、妾を必要としないほど仲睦まじいものもいる。ただし、ロア公爵家としては後を継ぐための子がどうしても必要だった。むしろ妾になってほしいと彼女に頼んだのは私の方なのだ」
「そ、そうなんですか?」
「それに、私と彼女は友人同士でもあり、ともに育児をした戦友でもある。だから、君たちが心配するようなことはない。一応、妾という立場であるから建前として離れに住んではいるが、私も良く遊びに行ったりするからな」
高位貴族ともなれば公爵夫人の話のような例もあるのだろう。それ以上はなんか怖くて聞くのを止めた。
それにしても、お妾さんとはいえ公爵夫人はその人のことを親しそうに名前で呼んでいるし、なんだか近くに住んでいるみたいだし、例に当てはまらない人もいるのだなと思った。
公爵夫人に案内されて向かったのは、公爵家の離れだった。離れとは言っても普通のお家よりも大きな屋敷である。うまい具合に木で隠れていたので、客室からは見えなかった。
離れの庭は小さいけれども、端正に手入れをされた季節の花々が咲き乱れており、この家の主は花が好きな人なのだろうと思った。
「いらっしゃいませ、ディアーヌ様!」
「やあ、マリエル。君が会いたいと言っていたお客人を連れてきたよ」
「あら、いやだわ……。お客様の前でなんてこと……」
離れの主人はミケ姉さんと同じ栗色の髪のご婦人だった。なんというか若々しいと言うか、少女みたいな雰囲気の人だった。
本当に仲がいいんだな、この二人。
玄関を開けて公爵夫人を目視した瞬間に抱き着いてるし、公爵夫人は男装しているからナチュラルにいちゃついているようにしか見えなかった。しかし、公爵夫人に客がいると言われなければ、私たちのことも目に入っていなかったのだろう、私たちを目に入れた瞬間、顔を赤くして公爵夫人から離れた。
こちらも色々と衝撃が大きかったせいか、男装の麗人と若々しい雰囲気のご婦人とか、公爵様は気苦労が絶えないのではないかとか、下世話なことまで考えてしまった。
「ミケーレお姉ちゃんのところでお世話になっております、サラと申します」
「ミケーレさんに剣を習っています、ギルです」
「まぁ、貴女がサラちゃんね!!?」
「こらこら、マリエル。二人が困っているよ」
「まぁ、本当にどうしましょ! こんなにすぐに会えると思っていなかったわ。 本当にかわいいわ、手紙に書いてあった通り綺麗な髪ねぇ……。 ギル君も剣の筋が良いって聞いているの。 あ、こんなところでお話しすることではないわね、客間にご案内しなきゃ、あとお茶の準備と――――」
私たちが自己紹介をすると、飛び上がって喜んでくれた。
……うん、本当に飛び上がって喜んでた。(遠い目)
急にテンションが上がってしまったので、どう反応をしてよいものかと反応に困っていたら、マリエル様付きと思われる侍女さんが咳払いをして、ようやく正気に戻ったのだった。