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戦々恐々としながらも迎えた晩餐は、和やかな雰囲気とはかけ離れたものだった。
いや、一部の人を除き和やかと言った方が正しい。
宰相様は晩餐が始まったころにやってきた。
公爵夫人譲りの緩やかなウェーブのかかった淡い金髪に、ミケ姉さんと同じ色の灰色の目。ただし、公爵様譲りなのか目つきが怖い。書類仕事が多いのか眼鏡をしていて、恰好いい人なんだろうけれどそれ以上に冷たい感じのする人だった。
なんでも政務が溜まっていたようで、大きなため息をついて私の相向かいの席に座った。
公爵様が私たちを宰相様に紹介してくださったが、宰相様は私たちを一瞥したのち軽く手を挙げて私たちの自己紹介は不要といった。
晩餐は慣れないテーブルマナーで精いっぱいだったけれど、それで手元に集中しすぎて無言になってはいけないとアニスさんに釘を刺された。会話に入れなくても、話に耳を傾けて相槌くらいは打つべきと言われたから、なるべく会話を耳に入れるようにしながら食事をとっていた。
ギルは手元に集中しすぎてそれどころじゃないだろうけれど……。
「では、国境を越えるころに、この子と会ったと?」
「乗り合い馬車で一緒になったの。何日か一緒に旅をすることになって、丁度国境の審査が厳しくなった時で、ドワーフ国に向かう国境の町で足止めされてね、サラったら子供一人で宿を取ろうとするから見てられなくて」
「……訳ありだとは思わなかったのですか?」
「あたりまえじゃない訳があるとは思ったわよ? こんなにかわいい女の子とですもの。人狩りから逃げているのかと思ったの。それなら、保護するのが私たち大人の務めでしょう?」
晩餐での話はエーファちゃんの話から、私とミケ姉さんたちが出会ったころの話に移ったみたいだった。
あのころの話をされるのは別にかまわないけれど、その間ずっと宰相様がずーっとこちらを観察しているようで、ものすごく居心地が悪かった。
「それが勇者から逃げてきた奴隷の子だったと……」
「私のスキルで暴いてしまったようなものだけど、借金を返してしまえば自由の身だもの。逃げたというのは語弊があるけれど、勇者の近くにいない方がよかったのも事実ですからね。勇者に振り回されたという境遇は似ているし」
「国境の審査を強化したとなるとあの時か……。はぁ、勇者が王宮に殴り込んできて娘を一人見つけてほしいなどと喚いて散々な目にあったな。あの後でミケーレからの手紙がなければ、勇者にどれだけ振り回されたことか」
そういって宰相様は香ばしく焼かれた魚料理を口に入れた。
……なんだが私はここに居ない方が良い気がしてきた。さっきから宰相様のまとっている空気がピリピリしている。
勇者が原因とはいえ、間接的に国の機関を動かす事態になった私がここに居るのは良くないんじゃない?!
「こういってはサラに申し訳ないのですが、サラと会えたことで私たちも癒されたんですよ。特にミケーレが妊娠した時は本当に助かりました。本来なら年長者の私たちがしなければならなかったのですが、私もミケーレも家事に関してはからっきしで」
「そうだったな」
ロビン兄さんが私のことを褒めてくれるけれど、考えすぎかもしれないけれど、少しばかり地雷を踏んだ気がした。
何が地雷だったかというと、ミケ姉さんが妊娠した時に、公爵様・公爵夫人・宰相様がそろって侍女を送ってくれたのだ。それはいいのだけれど、結果として公爵夫人が送ってくださったアニスさんを残し、公爵様と宰相様の送った方はミケ姉さんの逆鱗に触れて首になっている。それはその人たちの性格がアレだったのと、私を家族として接してくれているミケ姉さんやロビン兄さんが居ないところで、私を下女みたいな扱いをしたことが原因だった。
横目でちらりと宰相様の方を確認したのだが、ここで蒸し返さない方が良い話を言ってしまったことで、宰相様のまとう空気がさらに冷え込んだ気がした。
なんとなく気まずい心持ちで、晩餐は終わりを迎えた。ここに滞在する間は毎日こんな思いをするのだろうかと思ったら、また気が重くなった。
「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」
「そうか。それは良かった」
食事自体はさすが公爵家と思うほどとても美味しかった。正直こういった場でなければもっと味わって食べられただろうと思うほど美味しかった。
食堂を出るときに宰相様にご挨拶をしたのだが、非常ににこやかに受け答えをされたけれど、どことなく目の奥が冷たい感じがしたのが少しだけ気にかかった。
これも社交辞令というものかと思い、この場を辞する礼をしたとき、私にしか聞こえないくらいの声で『魔眼持ちめ……』と嫌悪感がにじみ出るような冷たい声が降ってきた。
ああ、これは単純に私が気にくわないのだろうと判断するに至った。
紫色の目は例外なく確実に魔眼だ。
血統によって受け継がれるものではなく生まれ持ったスキルと同じ扱いになる。でも、その目が持っている力がどんな効力なのかは人それぞれだ。
私のような鑑定眼や千里眼みたいに人や物の情報を見るだけという能力もあれば、人を傷つけたり操ったりするような能力を持つ者もいる。
どの魔眼も色の濃淡くらいでしか違いがなく、見た目だけではどのような能力を持っているかの判断が付きにくい。今では魔眼についての知識なども周知されるようになったせいか差別は少なくなったものの、魔眼は魔族の証だと差別されてきた時代もあったらしい。
勇者関連で間接的に迷惑をかけたことが積もり積もったのかと思っていたから、最初は魔眼が原因だとは思い至らなかったけれど、宰相様の発言で私はこの人はそういう方なのだと判断するには十分すぎるほどだった。
コレットさんの後について客間に戻り、着慣れないドレスから持ってきた部屋着に着替えようかと思ったけれど、なんとなく億劫でそのままベッドの上に横になった。
魔眼に対する偏見は地方に行くほど強い。勇者と一緒に旅をしてきた時が一番酷かった。でも、最近は私の目を見ただけで嫌われるようなことがなかったし、魔眼を持っていても温かく見守ってくれる人が多かったから油断をしていたのかもしれない。
「サラ、いる?」
「ちょっと待って、今開けるから」
ドアを叩く音がして、むくりと起き上がる。
誰だろうと思ったら、ギルだった。
それぞれ宛がわれた部屋に戻ったから、ギルから声がかかるとは思っていなかったのだけど、部屋着に着替えていなかったことを少しだけ安堵した。
「どうしたの? ギル」
「いや、ちょっとサラと話がしたくて」
「いいよ、入って? 座るのが怖い部屋だけど」
なんだか気まずそうなギルを部屋に通した。恋人同士でも密室を作っちゃいけないんだっけ? ミケ姉さんに言われた気がしたから、一応扉を少しだけ開けておいた。
しかし、ギルを招き入れたのはいいものの、ここは自宅じゃないからお茶の準備をすることもできない。無茶を言ってもいいから、宿屋に泊まるべきだっただろうか、宰相様のこともあるし……。
「あのさ……。サラが居心地悪いようなら、宿屋に移れるようにミケーレさんに話そうか?」
「へ?」
「だって、宰相様に『魔眼』がどうとかって言われていたし……」
私が思考の海に沈んでいると、ギルは思いもよらぬことを言った。
ギルはしっかりと宰相様の言ったことが聞こえていたんだ。まぁ、それもそうか、ギルは獣族の血が濃いから耳もかなり良いだろうし、それに宰相様の雰囲気も察していたのだろう。
「別に宰相様に言われたことは気にしてないよ。話の行き違いがあったんだよ、たぶん」
「気にしてないって? そんなことないだろ、じゃあなんでサラはそんな困った顔をしているんだ」
「別に困った顔じゃないもん。それに、宰相様っていうくらいだから忙しいはずでしょう? そんなに会うわけじゃないと思うし」
魔眼がどうこう言われた件に関しては、本当に気にはしていない。
むしろ、味方かそうでないかを炙り出す良い手段だと思っている。
現時点で宰相様は、私にとって偏見が強い偉い人というだけで、関わりを少なくすれば嫌味を言われることも減るだろうから大丈夫だと考えている。それに勇者に関してはあまりいい感情を持っていないようだから、私の情報を売り渡すようなことはないんじゃないかとも。
あ、でも打算的な性格だったら、目の前にニンジンをぶら下げるように勇者の供物にされる気もしないでもないけれど……。
そのあたりは、公爵夫人に助けを求めても大丈夫だろうか?
助けてくれるって言ってくれたけど、社交辞令って言われないよね?
私を気遣ってくれているギルをよそに、そんなことをつらつらと考えていると、不意に後ろから声がかかった。
「早速、男を連れ込んだのか。そうやって勇者も魔眼で取り込んだのか? 報告書にあった通り、娼婦が生んだ子だけはあるな」
なんだか、早々に喧嘩を売られた気がした。