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ギルが変な人に声をかけられてから数日後のことだった。あの後でディアーヌ様にその日の出来事を報告した結果、手が空いた護衛隊の人や使用人がギルの送り迎えをするようになってしまったのだ。
こんな大事になるとは思っていなかったギルが、『俺、普通の庶民なのに……』とボヤいているのを聞いて、気持ちが痛いほどわかるので慰めておいた。
ちなみに、コレットさんに手間じゃないのかとこっそり聞いたら、送り迎えのついでに手間賃という名のお小遣いが出来るとのことで立候補者が出るらしい。それを聞いて安心した。仕事の邪魔になっているんじゃないかと心配だったのだ。
そんなこんなで、日中もギルが居ないので暇を持て余し、図書室で眠くなる書物の筆頭である貴族名鑑を斜め読みしているときのことだった。
「こんなところに居たのか」
「どうされたんですか?」
何となく言い難そうな感じでセヴラン様が声をかけてきた。
「少し頼みたいことがあるのだが……。そんなものを読んでいるのか? 私でも読みたくない代物だぞ?」
「今年発行の最新版みたいだったので何となく。ないとは思いますけれど、モンターニュ将軍が勝手に養女にしていたりしないか確認しようかと思いまして」
私が読んでいた分厚い書物の題名を覗き込み、セヴラン様は分かりやすく顔を顰めた。それ程読みたくないものらしい。単純に人の名前だけ載っている文字の羅列だから、これっぽっちも面白くもなんともない本である。
一応、念のためではあるがモンターニュ将軍やヴィクトル兄様が勝手をしていないかの確認で開いていただけだ。あの二人の様子を見ていると、まったくないとも言い切れない為、セヴラン様も苦笑いをしている。
「態々私を探しに来る用事となると……。ああ、コレットさんの件ですか?」
「いや違う。……何故そう思った?」
「方々から聞こえてくる事実と思しき噂話でそうかなと?」
本を抱えて書棚に戻し、セヴラン様が言い難そうな要件とはなんだろうと思いコレットさんのことだろうとアタリを付けたのだが、違っていたようだ。
ディアーヌ様やアニスさんをはじめとした侍女のお姉さま方から、何処まで言っても平行線を辿る二人の噂話聞いているので、おそらくそちらの関連の依頼かなぁと思っていたのだが、反応を見る限り違うようだ。
「商業ギルドから奴隷法に関する調査依頼があってな」
「ああ、それ私が訴えを起こした当事者です」
「詳しい事情が聞きたいがいいか?」
「はい」
詳しい話を聞きたいとのことだったので、私が奴隷落ちする経緯から話すことになった。まぁ、ある程度はセヴラン様も知っているから要点を押さえて話しただけだけど。
事情を説明し終わると、セヴラン様は深いため息を付いた。直接の部下ではないが、下部組織が不正に関わっているとなると頭が痛い問題なのだろう。
「まさか宰相様が直接事実確認をしてくるとは思いませんでした」
「私も部下に任せたい案件ではあるが、ここにある名前が問題でな。商業ギルドの筆頭からの依頼になるとこちらも生半可な相手に任せられる案件じゃない」
「あー、アイリッシュさんじゃ何を要求されるかわかったもんじゃないですもんね」
「知り合いなのか?」
お互いに思い浮かべる人物が同じようだったので肯定すると、何故そんな人物と何故知り合いなのかと驚いた顔をした。
「ドワーフ国に住んでいた町の商業ギルドの顔役をしていました。会ったときは、まさかこんなところに商業ギルドの筆頭がいるとは思いませんでした」
「それがどうしてこんな訴えを出すに至ったのかが気になるが……」
「色々あったんですよ。思い出すのも面倒なやり取りをしてきたので、私の事情を話して商業ギルドのミスのようなので訴える体で脅しました。この面倒事の発端は私なので出来る範囲でしたらお手伝いしますが?」
手伝いを申し出てみたが、国の機密情報を一般人に見せることは難しそうだと思い至った。拙いことを言ってしまったと思ったが、逆にセヴラン様は思案する様子を見せた。
「一応聞くが、ここ最近のロア公爵家の私設騎士団の経理を管理しているのは君か?」
「はい。ディアーヌ様が暇ならやってみないかって。一応、クレマンさんのお手伝いという名目にはなりますが」
「母上……」
なんでロア公爵家の私設騎士団の経理処理を私がしているのかと言うと、そもそもの発端はディアーヌ様である。お茶をしにおいでと言われて部屋に伺ったら、丁度ディアーヌ様が経理書類に目を通しているところで、見てみるかと言われて見せて貰った書類の計算ミスを発見してしまったのがそもそもの発端である。そこから思わぬ戦力が居たと言わんばかりに手伝うことになってしまったのだ。
色々と書式やら書類の前後関係が分からない部分などは、クレマンさんに確認しつつ、書類の整理やら経理的な処理やらお手伝いの名目で色々やった。
「色々突っ込みたいところもあるが、あれは実に良く出来ていた。経理処理だけなら問題ないだろう」
「え、良いんですか?」
「問題ない。宰相ともなると仕事が多岐にわたりすぎるから私設補佐官は就けて良い決まりになっている。今のところはジュリアスしか居ないし、むしろジュリアスからはもっと人を増やせと言われていたから丁度いい」
ディアーヌ様のお手伝い案件と思ってしていた仕事ではあるが、子供にも出来る仕事なのではなく、実際はかなり本格的な経理書類だった。最初こそ私が触ってよいものなのだろうかと冷や冷やしながら仕事をしていたのだが、クレマンさんに確認しながらではあるが問題なく処理することが出来て逆に驚かれてしまった。私が持っている暗算・暗記スキルが良い方向で活躍してくれたらしい。
「ん、そうか……。ただ働きはイカンな。給料も出すぞ?」
「ええ!?」
スキルのおかげで一度見た事や聞いたことは忘れないし、ロア公爵家に来て暇を持て余して色々と知識をあさった成果が出ているのはとても良いことだが、子供が国政に関わるのは良いのだろうかと気にして返事を渋っていると、妙な方向で勘違いをされたらしく、給料の話まで出てきてしまった。
セヴラン様の話はお手伝い程度の話だと思ったのだが、そうか給料か。言われてみればただ働きは嫌だな。ディアーヌ様の案件に至っては、至れり尽くせりのロア公爵家へのお礼の面が強いしな……。
「そうだな、日当でこのくらいでどうだ?」
「っ、乗った!!」
「!? そ、そうか。なら後できちんとした雇用契約書を作ろうか?」
流石公爵家というか、国政を担う宰相様付きの私設補佐官というべきか、お給料が物凄く良かったのだ!
冒険者ギルドで働くのも楽しいけれど、将来的にはギルの奥さんになるのはほぼ確定事項だから、それまでに稼げるものは稼いでおくのも良いだろう。将来的には鍛冶屋になるのなら開店資金が必要だ。運営資金も必要だ。ギルのことだから、私が出すのは渋るかも知れないが、そこは置いておいてお金はあるに越したことはない!
瞬間的にそこまで考え、セヴラン様の提示した金額に思わず声を上げてしまったのだ。
「問題は、少々……、いや、かなり幼すぎるところか。義理の妹が仕事を手伝いに来たと言う名目にするか?」
「それは後々血の雨が降りそうですけど……」
「……」
「……」
セヴラン様の言う通り、確かに十代前半の補佐官なんて見た事も聞いたこともない。一応、ギルド関連の戸籍上はミケ姉さんの妹になっているから、この場合セヴラン様の義理の妹になる……の、か?
セヴラン様が軽い口調でそんなことを言ったが、言ったら最後、その後で起きることが洒落にならない事態になるだろうと手に取るように分かるので、二人して沈黙する羽目になった。
最終的にはジュリアスさんの助言で、私とコレットさんを派遣するということで落ち着いた。コレットさんを追加したのは、私一人だと遊びに来た子供としか思われないので、コレットさんを影武者として参加させることにしたのだ。
これを機会にじれっじれな間柄を進展させてくださいというのもあるだろう。
セヴラン「ははは」
サラ 「さっきの、わ、忘れてください!」
セヴラン「子供は元気な方がいいな。別に身内なんだから、そこまでかしこまって話さなくてもいいぞ? ミケーレにはそんな話し方なのだろう?」
サラ 「……緊張の度合いが違いますよ(汗)」
二人の間には、こんな会話があったかもしれない。




