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「ホントに俺が居なくても大丈夫?」
「平気よ? 今までだってギルと一緒じゃなかった時間の方が長かったじゃない」
「ううう、俺が平気じゃない~」
こちらの手をしっかりと握りながら、ふかふかの虎耳を伏せて出かけたくないと言う雰囲気を全面に押し出している。
私の自立しまくる性格のせいか、ギルに好き好き言われてほだされて恋人になった感が強いのか良く解らないが、こうも公衆の面前で私たちは恋人です!!という雰囲気を押し出すのは好きではない。ギルはところ構わず好き好き言ってくるが……。
「ええい、暑苦しい!! 王都にいる間の師匠が待っているんでしょ!? うじうじしていないでさっさと行く!!」
最終的に私に抱き着きながら行きたくないと駄々をこね始めたので、べりっと音がしそうな勢いで剥がし、ギルの修行先へ案内してくれるロア公爵家の侍従の人に引き渡したのだった。
「恋人になったばかりなのに塩対応で良いんですか?」
「いいんです。最初が肝心と言われましたので」
「誰にです?」
「ギルのお母さんに紹介された『獣族の番を持つ苦労人の会』の人たちです。奥さんが別種族の人は、みなさん獣族の番に対する執着が半端ないから、恋人関係になったら、まずここだけは譲れないと言うところは殴ってでも躾ないと後々が大変だと教えられました」
一部始終を見ていたセヴラン様の従者であるジュリアスさんが、ギルに対する扱いが雑過ぎると思ったようで心配そうに声をかけてきた。
ドワーフ国に居た時に色々とお世話になったギルのお母さんが入っている集まりである『獣族の番を持つ苦労人の会』で言われたことである。
まさかそんなコミュニティがあるとは思わなかったが、結構同じような悩みを持つ人が多いらしく、女性陣ほぼ全員に最初の躾が大事!と口をそろえて言われた。ちなみに、男性陣の苦労話としては、浮気を匂わせる程女の近くに寄ってはいけないだった。下手をすると血の雨が降るらしい。
「いや、それにしたってギルベルト君が気の毒じゃ……」
「獣族は番に対して基本仕様が『どえむ』?だから大丈夫だって言っていました」
『どえむ』の意味は分からないが、最初が肝心ということだけわかったので、ここだけは譲れないと言うところだけは一番に躾けるのが正解なのだろう。
ついでに『どえむ』の意味も聞いてみたが、ジュリアスさんが口ごもったところをみるとあまり知らなくてもいい単語らしい。
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そんなやり取りをしたのが今朝のことなのだが、帰ってきたギルを出迎えたら、何やら不機嫌な様子で挨拶もそこそこで私に抱き着いてきた。
普段と様子が違うからどうしたのかと聞こうにも、話しかけようとするとグッと力が入って息苦しくなってきた。
「……ギル君、そろそろサラさんを離してあげたらいかがです?」
「やだ! 俺はサラの番だもん」
「ですが、サラさんの顔色が悪くなってきておりますよ?」
「わっわわ!? サラごめん!!」
危うく人生の回想シーンが見えそうになってところで、こちらの様子にようやく気が付いてギルが力を緩めてくれた。
「で、何があったの」
「俺が虎族だから自分を助ける義務があるとか言ってくる変な奴が居て」
「ん?」
「私が俺の番だーとか言い出したから、俺にはもうかわいい番が居るから、お前なんか知らんって言って逃げてきた」
「そっかぁ……」
これは朝の塩対応が相当堪えたのかと思ったら、そうではないらしい。行きが出来るようになり気を取り直してギルに説明を求めると、帰り際に訳が分からんことを言われて逃げ帰って来たようだった。
フードをかぶっていて顔が良く解らなかったが、匂いからしておそらく猫族の女の人とのことだった。
「はい、一つ質問。ギルの番は私よね? 他に番が出来ることってあり得るの?」
「うーん……。信憑性が凄く低い話だけど、ごく稀にそういう話もあるとは聞いたことがある。でも、そういった場合は番以外に好きな人が居て付き合いたくなかったとかじゃないかなぁ」
「……ふうん」
「でもな、あの猫族は絶対に俺の番じゃないのは断言出来るぞ。俺は絶対に浮気なんかしないからな!」
「うん。そこは心配してないから大丈夫だよ」
私は人族だから獣族みたいに番がどうこうというのは分からないから、ギルに獣族の番についての疑問を聞いただけなのだが、それがかえってギルの不安を煽ったようで情けない顔で言い訳じみたことを言ってきた。
しょんぼりと伏せた虎耳が可愛かったので、撫でたら機嫌が直った。現金なものである。
「でも、なんでギルにそんなこと言ったんだろうね」
「猫族は虎族の下位にあたるから、自分の境遇を改善しろとかそういう事とか?」
「理不尽な」
人の話を聞かない猫族と聞いて一人だけ脳裏をよぎった。あの人は魔王討伐の召集がされたときに、彼女はエルフのお姉さんや竜族のお姉さんよりも冒険者のランクが低く、王宮にも呼ばれなかったはずだ。もしかしたらランクが上がって、裏方関連で呼ばれているのかも知れないが、実力や才能を踏まえると勇者のパーティの中ではさほど突出したものがなかったため、まさかねと思い頭の中から追い出した。
「でも、ちょっと面白くない」
せっかく覚悟を決めてギルと恋人になったのだから、横槍を入れられるのは面白くない。
ムッとした表情でつぶやいたら、感激したギルに抱き着かれた。
「面白くないし、ギルも心配だからこれを渡しておく。本当は研ぎに出して綺麗にしてから渡そうと思っていたんだけど。一応このままでも守護の力は変わらないし……」
「え、これって!?」
「一緒に出かけたときに買ったやつ。ギルが真剣に見ていたし、効果もよさそうだったし、それにこれは虎族の人が持つ守りの短剣なんでしょ? 他の人の手に渡るより、ギルが持っていた方が良いと思っただけよ!」
なんにせよ、ギルがトラブルに巻き込まれそうなのであれば役に立つだろうと思い、買い物に行った時に使っていた鞄の中から、見た目よりもずっしりとした重みの短剣を取り出した。
本当ならば研ぎに出してから渡そうと思っていたのだが、守護の効果付きである。お守りの代わりくらいにはなるだろう。
思い付くままにはいた言葉だったが、ギルが満面の笑顔になっていくのを見ていたら何となくじわじわと恥ずかしくなってきて最後の方が早口になってしまったのは仕方のないことであった。
その後、感激したギルが締まりのない表情で私を抱きしめているのを目撃したジュリアスさんに『ああ、成る程こういう事ですか』と妙に納得されたのは、正直気まずかった。
本当に、獣族の番に対する飴と鞭ってめんどくさい。