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真っ白になったヴィクトル兄様を放置するわけにもいかず、そろそろ帰ってもいい時間帯になったところでもあったため、辻馬車を拾って三人でロア公爵家に戻った。
辻馬車を拾う際、子供に両手を引かれた呆然自失の強面の男は異様に映ったらしく、御車の人に大変心配された。説明が面倒になったから恋人に振られて真っ白になっていると言ったら納得された。このことが後になってヴィクトル兄様にとって大きな問題になったのは別の話。
ちなみに、ヴィクトル兄様をモンターニュ伯爵家に直接送らなかったのは、一応保護者の名目でお出かけをしているため、真っ白になって途中放棄したとなったら後々が大変になりそうで、辻馬車に一人で乗せて帰らせるのも問題だろうと思ったのだ。
その判断は正しかったようで、ロア公爵家の執事であるクレマンさんにお願いして送り届けてもらった。
「一体何があったのですか? あんなヴィクトル様は初めて見ましたが……」
「私がギルのこと結構好きって言ったら、ああなったの」
「あぁ……。なるほど……」
出迎えてくれたコレットさんも、ヴィクトル兄様の様子に驚き、こっそりと何があったのか聞いてきた。隠すことでもないから、その通りのことを話すと納得したようだった。
そういえば、ミケ姉さんとセヴラン様も同じようだったのだろうか。後でコレットさんに聞いてみようと思った。
「そうだ、ギルベルト君に手紙が届いておりますよ?」
「俺に?」
「誰から?」
「ああ、師匠からだ。槌を打つ腕が鈍るだろうから王都の知り合いを紹介するってさ」
「そうなんだ。場所は分かる?」
「うん。今日行ったところの近くみたいだ」
馬車の手配を終えたクレマンさんが、預かっていた手紙をギルに渡していた。誰からだろうと思ったら、ギルの鍛冶の師匠であるドミニクさんからだと言われた。
手紙の内容の聞くと、鍛冶師の修行の一環で王都に店を構えている知り合いを紹介してくれたらしい。
「後で挨拶に行かないと」
「ここに手紙が届いているってことは、その知り合いって人のところにも届いているだろうから、早めに行った方がいいね」
「……でも」
ドミニクさんの知り合いとなると、おそらくドワーフ族だろう。ドワーフ族は種族的にせっかちなのだ。手紙がギルのところに届いているのであれば、早めに顔を出した方が良いだろうと言うと、ギルは申し訳なさそうに私を見つめた。
私は出かけられないのに、自分だけ外出できるので気が引けているのかと思い至った。
「私のことは気にしなくてもいいよ?」
「でもさ、俺だけだよ?」
「あのね、ギルは自分の将来の為に頑張っているんだから、ここで私がその努力を邪魔しちゃいけないの」
「!!」
「自分のなりたいものがはっきりしているのだから、それに向かって進まなきゃ駄目じゃない」
ギルがちょっとごねるので、ここぞとばかりに言いたいことを言ったら、何故か感激したギルに抱き着かれた。
周りにはコレットさんをはじめとした侍女さんたちや、クレマンさんが居て恥ずかしい!!
「俺頑張って国一番の鍛冶師になってサラを嫁にするからな!!!」
「っ!!? い、いまそんなことを言うんじゃない!!! ええい、くっつくなってば!!!」
「青春ですなぁ」
「ギ、ギルの馬鹿ぁ!!!」
衆人環視の中でなんという事を言いだすのだ!
ほほえましい様子でこちらを見ていたクレマンさんが微笑みながらつぶやいたのを聞いて、ますます恥ずかしくなり私は抱き着いていたギルを張り倒し、部屋に駆け込んだのだった。
部屋に駆け込むと、着いてきたコレットさんに今日はもうお出かけすることもないのだが、嬉々としてこれに着替えましょうねと言われたので着替えた。釈然としないが、こればかりは公爵家にお世話になっているし、もし急な来客があった時に私たちが私服でうろうろしていると色々と面倒なことになるのだろうと思い、以上これは致し方ないと思って諦めた。
「もうやだぁ……」
「ふふふ、若いってうらやましいですねぇ……。私も恋人作ろうかしら?」
「……コレットさんは、周りを見た方が良いかと思います」
顔が熱いから本当に真っ赤になっていることだろう。ニコニコとほほ笑みながら、恋人を作ろうかとコレットさんが言っていたから、ここはコレットさんにも同じ目に合ってもらおうかと思い、チラッとほのめかしてみた。
「周りですか? 独身の男性となると、セヴラン様の従者のジュリアスさんか、庭師のコリン君くらいしか居ませんねぇ……」
「……」
ダメだ、|コレットさん(この人)激ニブだ!! この場合はセヴラン様のアピール不足だろうか?
今朝のセヴラン様の様子を見た限り、どっちもどっちな気がしてきた。
コレットさんみたいな人には、ギルみたいに好き好き攻撃をするくらいじゃないとアピールも分かってもらえないのではないだろうか?
身近な大人の恋愛事情に内心突っ込みを入れつつも、コレットさんはおめでとうと言ってくれた。
ただ、こっちの事情に関しては私が頷かなかっただけなので、祝福はギルに言ってあげた方が良いと思う。こっちは体がかゆくなるほど恥ずかしいので、そっとしておいて欲しいと切に願った。
そっとしておいて欲しいという願いは終ぞ叶わなかった……。
私とギルが付き合いだしたことを知ったディアーヌ様が、これは目出度いと言わんばかりにマリエル様と一緒に部屋に乱入してきたからだ。
この方、騎士のような凛々しい見た目のわりに、他人の恋バナが好き過ぎだと思う。
王宮から戻ってきたミケ姉さんにもきっちり伝言されていたようで、訓練を終えて騎士団から帰ってきたミケ姉さんとロビン兄さんにも根掘り葉掘り聞かれた。
興奮しきりのミケ姉さんとは対照的に、ロビン兄さんに至っては凄く真剣な顔をして本当にギルで良いのかとか、考え直さないかとか色々言われたが、今更自分で出した答えをひっくり返すつもりがないと分かると、私の肩を掴んでこう言った。
「いいか、サラ。ギルと何かあったら、真っ先に俺に言うんだぞ?」
「……お兄ちゃん。何かって具体的にはどんなことを言うの?」
「そうだな……。たとえば浮気とか、賭け狂いになって稼いでこないとか、そういった類のことだ」
「……ギルは獣族の血が濃いから浮気はないと思う。種族も虎族だし」
「だがな、万が一ということがあると思うと」
「獣族は番が一番だって聞いたけど、本当に浮気するの?」
真顔で何を言うのかと思ったら、そんなことだった。
獣族の知り合いは何人も居るが、本能で選んだ番を蔑にすることは絶対ないと言い切られた。奥さんになっている他種族の人にも聞いたけど、浮気は絶対にないらしい。ただし、愛が重すぎるらしいが。
私よりも社会経験が豊かなロビン兄さんのことだから、そういった事例を知っているからこその忠告なのかと思い聞いてみたのだが、口ごもってしまったところを見ると違うらしい。
「それにギルは私が今から躾けるから大丈夫」
「!?」
「ギルに商才がなくても、私が居れば鍛冶屋さんを開いても何とかなるよ。商売に関しては、ロア公爵家にいる間に出来る限りの勉強をしておくし」
「ぷっ、くくく……。本当にサラらしいわ、将来設計がしっかりしているのなら大丈夫ね」
ここまで言い切ると、ミケ姉さんは笑いをかみ殺しながら肩を落としたロビン兄さんを連れて部屋を後にしたのだった。
部屋を出て行くときのロビン兄さんの様子がヴィクトル兄様とダブったので、ミケ姉さんにその後の様子を聞いたのだが、ミケ姉さんは爆笑しながらロビン兄さんが『妹が自立しすぎて辛い……』と言っていたと教えてくれた。
まぁ、その後でミケ姉さんに自分の娘もそうなるとトドメを刺されたのは別の話である。




