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宝飾店でのやり取りの結果、ギルが選んでくれたバレッタを買ってもらうことになった。ギルが選んでヴィクトル兄様が購入するという、おかしな流れになったがあまりに高価な物を買ってもらうよりも断然こちらの方がよかった。
このまま帰るかという流れになりそうだったが、宝飾店での色々なやり取りで色々と神経をすり減らした結果、ギルのお腹が鳴った。
ただでさえ成長期で大食漢の獣族の血を引くギルには、昼食で食べたサンドウィッチだけでは足りなかったようで、一度軽食屋が立ち並ぶ露店の方に戻ることになった。
一般区画の中でも昼時になると特に混雑するこの場所は、昼食の時間が過ぎたせいか少しだけ人が少ないようだった。
労働者に人気の濃い味付けの炒め物や揚げ物、惣菜を色々と挟んだパンや、麺類など腹にたまりそうな物を中心に選んでいく。ヴィクトル兄様はこの露店が立ち並ぶ通りには足を踏み入れたことが無いらしく、なんだか邪魔になりそうだったから食べる場所の確保をお願いし、私とギルが食べる物を買ってくることにした。
ヴィクトル兄様は護衛がなんだとかごにょごにょ言っていたが、こういった食事をとる場所は、商人や冒険者の間で決まっている暗黙の了解で一種の停戦区域のような感じになっているため暴れるような輩は少なく、トラブルになるようなことはないと伝えてもついて来ようとした為、面倒になって放置した。
こうやって二人で歩いて買い物をするのも久しぶりだなと思いつつ、ギルが足りなかったのだから、成人しているヴィクトル兄様にも量が足りないだろうと思い、あちらの方がおいしそうだとか、揚げ物が食べたいとか短い時間で色々と軽食を買い込んだ。
あれこれ見て回るのは楽しいのだが、ふと女の人の買い物に付き合わされるのは男の人は苦痛らしいと聞いたことを思い出した。今日は昼前の露店めぐりも含めて色々と連れまわした自覚がある為、ギルはそんなことはないのだろうかと思ったのだ。
「そういえば、ギルは私との買い物は嫌じゃないの?」
「なんで? 俺、サラと一緒に居られるなら何処に行っても嬉しいよ?」
「……」
にっこりと笑いながらなんでもないようなことを言うギルの言葉に顔が熱くなる。正直質問をする人選を間違えたと思った。
コイツは何でもないように素直に私と一緒に居られて嬉しいとか、ニコニコしながら言う奴だった……。
人前でなんて恥ずかしいことを言うんだ! と全身がかゆくなったような感じがして悶えたくなった。妙に熱くなった顔を誤魔化しながら、ヴィクトル兄様の元に戻ると何かあったのかと聞かれた。
「私の妹に何か可笑しなことを言ったのではないだろうな?」
「そ、そんなことないよ。男の人って女の人の買い物に付き合うのが苦手って良く聞くから、聞いただけだよ。それで、私と一緒に買い物するのは嬉しいって言われて嬉しかっただけだから!」
「……貴様」
「っ!?」
「あ、これヴィクトル兄様の分ね! 兄様の為に買って来たの。私はあれで十分だけど、男の人には足りなそうだったから」
そんなに顔が赤かっただろうかと思いつつ、別に変な話をしていたわけではなかったから、ありのままに答えると今度はギルが睨まれた。別に変なことは言った覚えはないのだが、底冷えをするような声色で聞かれたものだから、ギルも委縮してしまっている。
話を有耶無耶にするべく、ヴィクトル兄様に買ってきた大量の食べ物を押しつけた。一瞬呆けた顔をしたが、食べたりなかったのか妹が態々買ってきてくれたのが嬉しかったのか分からないが、押し付けられた食べ物を黙々と食べ始めた。
食べたこともないようなものも多かったようで、これは何だとか聞かれたりしてこっちの方が楽しいと思った。
「……ギルベルトと言ったか」
「!!?」
二人が一通り食べ終えて食休みをしている時だった。ヴィクトル兄様がおもむろにギルに話しかけた。
ギルに至っては、ヴィクトル兄様が威嚇したり睨みつけたり舌打ちをされたりしたものだから、名前を呼ばれただけでもかなり緊張しており虎柄の尻尾がボワッと膨らんでいる。
「妹の友人に対して、色々と失礼な態度を取ってしまった。すまなかった。」
「あ、いえ……」
色々と引っかかる部分はあるのだが、なんか落ち着いた?
横から口を出すと拗れそうだったため、二人の成り行きを見ていたのだが、何となくヴィクトル兄様が今までの失礼を詫びたことで、ギスギスした空気が落ち着いた気がしたが、ギルが『妹の友人』という部分に反応してしまった。
「一つだけ良いですか?」
「何だろうか」
「サラは友達ですけど、俺の番です」
「……伯爵家の娘になると知っていても、そこは譲らぬか」
「絶対に、譲りません」
ギルがヴィクトル兄様に宣戦布告しよった……。
二人の間にバチバチと火花が飛び散って見える。
あまりの展開に頭が痛くなってきた。この状態をどう収拾すればいいのだろうかと、誰かに助けを求めたいところである。むしろヴィクトル兄様のストッパー役が欲しい!
「サラはどうなのだ!!」
「ええっ!!?」
「この者と付き合っているのか!!!」
ヤバいと思ったら、火の粉がこっちに振ってきた。
ヴィクトル兄様、目が爛々としてすごく怖い。ギルもなんか自信なさそうにこっちを見るな。
えと、これはなんだ。
こんな衆人環視の中で言わねばいけないのか?
何となく周囲の目がこっちに向いてるような気がするのは気のせいではない気がする。
「えと、まだ付き合っては居ないけど……。私は結構ギルが好き……」
「なん…だと……」
「サラ!!」
「わっ! 重いってば! ちょっと離れなさい!!」
ええい、ままよ! と言う気持ちで思っていたことを正直に言うと、ギルが感激して抱き着いてきた。
ギルが感激するのも分かる。私がギルに対して好きだと言ったのはこれが初めてだからだ。
最初は私のことを好き好き押し付けてくるだけかと思ったけれど、ギルは私が嫌がることは二度しないし、仕事に対して真面目だし、付きまとわれて自分に出来ることを真剣に取り組んで真面目な人だと知った。あまり人を信用できない私にとっては、何時の間にかギルは信頼できる人になっていたのだ。
異性が勇者のせいで苦手になっている私だが、ギルのことは嫌じゃない。
私にとってギルはどんな存在かと改めて聞かれると、恋愛なんかしたことないからこれが恋かどうかは分からないが、ギルのことは好きだと言い切れるくらいには好きだ。
だからと言って、周囲に人が多い所で抱き着かれるのは勘弁してほしい。感激するギルを無理やり剥がしたら、目の前でさっきまでギルとやり合っていたヴィクトル兄様が真っ白になっていた。




