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市場や露店を一通り見て回り、歩き疲れたと言うほどではないが、ヴィクトル兄様が母おすすめのカフェで休憩を取ることになった。
「食べたいものがあったら、遠慮しないで言いなさい」
「「……はい」」
案内されてやってきたカフェはとても可愛らしい店だった。
店は市民街の区画に位置しているが、貴族の住まう区画から差ほど離れていない立地にあるため、時には貴族のご令嬢がお忍びでやってくるほどの人気店らしい。
だが、雰囲気が怖いヴィクトル兄様は店内で非常に浮いている。私とギルが子供ということもあるから、確実に保護者には見られるのだろうが……。
なんか、場違いな場所に連れてきてもらった感が否めなくて、私もギルも少々居心地が悪く、視線でここは早めにお店を出た方が良いかもしれないと伝えると、ギルもすぐに頷いたため私と同じ事を思ったようだった。
「じゃあ、このサンドウィッチセットをお願いします」
「あ、俺もそれで」
「他に何かご注文はございますか?」
「ん? それだけか? 遠慮するなと言っただろう」
「え、別に遠慮なんてしてな――」
「日替わりのケーキを2つ追加で頼む」
ギルと二人ですぐに用意できそうな軽食とお茶を頼むと、ヴィクトル兄様に遠慮していると思われたようでケーキを追加されてしまった。
店員さんに追加の注文をしているヴィクトル兄様を横目で見ながら、隣に座ったギルと二人でぽしょぽしょと『いいのかな?』、『どうだろう?』と様子を覗っていたのだが、本人が堂々としており周りの様子を気にしていないので、ここは自分たちが気にしても仕方ないとお互いに言い聞かせて、ここは素直に甘えることにしたのだった。
程なくして注文をした軽食やらお茶がテーブルに並ぶ。真っ白いお皿に綺麗に盛り付けられたサンドウィッチは、確かに女性をターゲットにしているようで気持ち少なめな量だった。
個人的には丁度良い量なのだが、ギルにはかなり物足りないだろうと横を見ると、既にペロッと食べ終わっており、ニコニコと私を眺めているギルと目が合った。人に食べているところを見られるのは、何となく気恥ずかしい。
気まずくなって視線をヴィクトル兄様の方に向けると、眉間に皺を寄せてあからさまに不機嫌な様子のヴィクトル兄様がギルを睨みつけていた。
なんだ! この気まずい三角関係は!!!
見てはいけないものを見た感が半端なく、食べ終わったお皿の中に視線を戻した。
気を使って話題を振っていた私が黙り込んでしまったことで、会話が続かなくなり事態は更に悪化した。この微妙な空気の中でギルにヴィクトル兄様に睨まれていることに気付けと言いたくなったが、流石に本人の前でいう事でもなく、間に挟まれている私がいたたまれなくなった。
「サラはこれで足りるか?」
「え、はい。大丈夫です」
「そうか? 足りないようなら追加するぞ?」
視線を向ける先がそれしかなかったためにお皿の中を凝視していたのだが、ヴィクトル兄様にはサンドウィッチだけでは足りないように見えたらしい。
すかさずメニュー表を取って追加注文をしようとしたが、いやいや、ギルと違って私はデザートまで食べたらお腹もいっぱいになると言ったらちょっと不満そうにメニュー表を戻した。
デザートまでしっかりと平らげて、私たちは再び街に繰り出すことにした。とはいっても、昼食を取ったカフェが市民街のはずれに位置していて、近場には貴族が主に使用するお店が多かった。
大まかに商店街や露店は見て回ったからこのまま帰ってもいいかも知れないと思っていたら、ヴィクトル兄様が少し寄りたい場所があるとのことで着いて行くことにした。
「入らないのか?」
「「えっ!?」」
たどり着いたのは宝飾店だった。え、ちょっと、なんでこんな場所に来ているの?と、ギルと二人で入るのを戸惑っていると、手招きをされて入らざるを得なくなった。
「ギル、これ触っちゃ駄目なやつだ」
「目利き持ってない俺でも、そのくらいわかるってば!」
棚には天鵞絨が敷いてあり宝飾品が綺麗に並べてある。
視界の端に品質AとかSとかがチラチラ見える。ついでに言えば、鑑定眼を使わなくても分かるほど質が良い宝飾品ばかりだ。おまけにカウンターの横に王族御用達のプレートまであり、これは触ったらダメなやつだと思った。
「ヴィクトル兄様は、なんでここに来たんだね?(朴念仁っぽいのに)」
「まさか伯爵家に本気で迎えるとかで宝石買いに来たとかじゃ……」
「まさかぁ……」
まさかねと思ったが、お互いにそれがないとは言い切れないのが怖い。
「サラ、こちらにおいで」
「……」
店主と何かを話していたヴィクトル兄様が呼んだので、深く考えずに近くに寄ると何かを手に持って私の髪に差し込んだ。何かと思ったら、ニコニコ顔の店主が鏡を顔の前に持ってきてくれて綺麗な銀の髪飾りが目に入った。
「おお、素晴らしい。お嬢様の黒髪に良く映えますな」
「なかなかいいな。店主、これを貰おうか」
「え!? そんなに高価なものはいらないですよ!」
「ん? これはそれ程高価なものでもないぞ?」
淡い白蝶貝の小花と小粒の真珠があしらわれた銀の髪飾りは、高価な貴石は使っていなくても物凄く良い品物だと思った。製作者は分からないがかなり腕がいい。
店主が言うには、無名であるがこれから売れるだろうと思われる職人の作品らしく、贔屓にしてくれそうな客を取るために比較的安価な物なのだそうだ。だが、安価とは言っても貴族が使ってもおかしくない品物が庶民感覚で安いわけがない。むしろ、受け取ったが最後、モンターニュ伯爵家の一員に!という動きに拍車がかかりそうで怖い。
「あのですね……。貴族の感覚で言えば高くはないかも知れませんが、一般庶民の私としては大銀貨5枚というのはとても高価なものですよ?」
「そうなのか?」
「はい」
「そんな高価なものを買っていただくことは出来ません」
「妹に買ってやる初めての贈り物なのにか?」
「将軍がはり合ってもっと高価な物を送ってきそうなので絶対にダメです」
「……」
高級宝飾店で大銀貨5枚は確かに安い方だろう。貴族にはぽいっと出せる金額かも知れないが、大銀貨5枚となると庶民の金銭感覚で2か月分くらいの生活費にあたるのだ。そんな高価な物を買ってもらう訳にはいかないとヴィクトル兄様にはり合って更に高価な物を駆ってきそうな将軍の名前を出して断ると、しぶしぶといった表情で髪飾りを元の棚に戻してくれた。
だが、ここまで来て何も買わないというのもお店の人に失礼にあたるだろうし、ヴィクトル兄様は他のものを物色し始めたので、どうしようかと思ったところで、意を決したギルから助け舟が出た。
「サラは、金額が高いのが嫌なんだよね?」
「うん」
「なら、このくらいの金額なら良いんじゃない? 高いとは言っても、ちょっと背伸びしたら買えるくらいの値段だし」
ちょっと自信なさそうにギルが指差したのもヴィクトル兄様と同じく髪飾りであるが、先ほどの髪飾りのようにドレスを着た時に使うような仰々しい物でなく、普通に使えるようなバレッタの方だった。
色ガラスが細かくあしらわれ素晴らしい出来であるが、材質などが安い為それ程高価ではない。これだったらギルが言う通り、庶民がちょっとしたおしゃれをするときに使っても問題ない。個人的な好みならヴィクトル兄様が選んだ見応えがある銀細工より、ギルが選んだバレッタの方が好きだ。
尚且つ、これくらいなら貰っても私が罪悪感を覚えなくて済む!
「うん、私もこっちの方が良いです」
「だが、こんなに安い物でいいのか? ソフィア殿はこのくらいなら受け取ってくれるだろうと言っていたが……」
「あのですね、母の金銭感覚は庶民とはかなり乖離がありますよ」
心底不満だという雰囲気を出されたが、こればかりは譲れない。私に対する不満よりも、ギルに対する不満の方が大きい気がするのも気のせいではないはずだ。
母の名前が出たことで、間違いなくこの店を紹介したのは母だと分かってしまった。まぁ、女性ものの装飾品とは縁遠そうな人だから、その辺りは身近な女性である母を頼っても仕方ないだろうなと思うが、高級娼婦であった母の金銭感覚は庶民の物とは言えないと私は少々叫びたい気分になった。
なにせ、母から聞いた話では、高級娼館の娼婦は一晩のおつきあいをするだけで金貨が何十枚も飛び交ったりするような場所らしい。貢がれたドレスやアクセサリーなどは数知れず、下手な貧乏貴族のご婦人よりも現役時代の母はお金を持っていたことは確実だった。




