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ミケ姉さんが善は急げとセヴラン様に話をしてくると言って部屋を出て行くと、珍しく一人だけで考える時間が出来た。
いつもは何やかんやとギルが居たり、コレットさんをはじめとした侍女さんたちが居たりして、一人の時間が出来たのはここにきて久しぶりかも知れない。
訓練場での竜族のお姉さんの話を聞いて思ったことは特にない。勇者のパーティに居た頃でさえ、話をあまりしたこともなかった。
あちらは私をパーティの会計役であると認識していたし、私はあの人をハーレムメンバーで旅の中で遅れがちな私を運んでくれる人という認識だった。お互いに交流を深めようとする気もなければ、しなくても問題ない関係だったのだ。
日常茶飯事だった聖女とエルフのお姉さんの女の戦いの中に、二人にはない豊満な胸を持ったグラマラスな竜族のお姉さんを突然勇者は連れてきた。ただでさえ勇者の寵愛を競ってギスギスしているのに相手が増えたものだから、当然の如く女の戦いは更にヒートアップした。
炎の中に大量の油を注いだ張本人の癖に、勇者はギスギスしているパーティメンバーから離れて私のところに来たものだから嫉妬の矛先が私に向かい、勇者のいない戦闘で私は聖女にキメラの囮にされて、シャレではなく本当に腹に大穴が開くほどの大けがを負った。
そんな私を助けたのがイマイチ事情を汲み取れない竜族のお姉さんで、大けがの原因を作った張本人の聖女は完全治癒という名の証拠隠滅を図り、エルフのお姉さんは罪悪感でこちらにすり寄ってきたりして色々あってやさぐれた。
竜族のお姉さんに関しては助けてくれたのだから、命の恩人ではないかと言われてしまえばそうなのだが、この人が来なければこんな目に合わなかったと思ったのが当時の私だった。
そんな状況の中で見つけたのが、竜族のお姉さんのことが書いてある依頼書だった。
始めは同姓同名なのだろうかと思い観察を続け、本人があまり深く考えない性格であることが分かると、情報を聞き出すためにお酒を飲んでいたり、寝ぼけていたりしているときに依頼書に関連する話題に水を向けてみると、あっけなく私が知りたい情報をするすると吐き出してくれた。
依頼所の掲示が既に30年も前であり、本人も捜索の手が伸びないだろうと高をくくっているのか、それとも単純に忘れているのかは分からないが、本人から聞き出した話と、私が鑑定した名前などを繋ぎ合わせると探し人本人であることが分かった。
このままパーティに残って聖女たちのように私をひどい扱いをするのであれば、この情報を持ってギルドに駆け込んでやろうと思っていたのだが、竜族のお姉さん私に対して無関心だった。関心事項は勇者のみで、ハーレム作ってもそれは男の甲斐性であるというスタンスを崩さず、その時の私はかなり拍子抜けをしたものだった。
その後勇者のパーティ内で人間関係を構築するうえで、この人は強くないのが悪いと言う思考回路で、なおかつ関心がなければ助けることすらしない人なのだと理解したため、この人とは付き合いをするだけ無駄だと考えを改めるに至ったのだ。
何時態度が豹変するかと内心かなり不安だったのだが、その後も私を会計役で雑用係の子供としか扱わないため、振り上げた情報を一旦降ろしたのだった。
お互いが無関心同士で関わり合いがなければ、持っている情報をどうこうする気はなかったのだが、私の大好きなミケ姉さんが被害をこうむっているのであれば別である。
結婚が嫌で国から逃げ出したのだから、本人にとっては連れ戻されるのはたいそう苦痛だろうが、そんなことは私の知ったことではない。むしろ、王族と言われるような人の婚約者だったのであれば、相応の責任というものが付随するのではないだろうか。
国に戻って婚約者と強制的に結婚させられるにしろ、逃亡をしたことに対する罪を償うにしても、今までの行いに対する因果がめぐってきたのだろうと思った。
恩を仇で返す? そんなことは私の知ったことではない。
どうでもいい人と好きな人を比べてどちらを優先するかと聞かれれば、好きな人の役に立ちたいと思うものだ。
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その後、セヴラン様から今回の件で詳しい話が聞きたいと呼び出された。
ミケ姉さんはセヴラン様に丸投げするつもりだったようだが、そういうわけにもいかなかったようだ。
「すまないな、サラ。いくつか聞きたいことがあってな」
「竜族のお姉さんの件ですか?」
「それもある」
それ以外の聞きたいこととは何だろうか。まったくと言っていいほど見当がつかなかった。
「クローティエスタの素性を知ったのは、君の『眼』で読み取ったということで間違いないか?」
「本名に関しては。素性に関しては、本人の自己申告です。お酒を飲んで気が緩んでいるところで聞いたら、案外あっさりと話してくれました」
「……やはりか。こちらでも、彼女の素性の洗い出しをしていたのだが、こうも簡単に自分の素性をしゃべってくれると何かあるのではないかと手の者たちも色々と勘ぐってしまった。私が直に話を聞くことが出来れば、手っ取り早いのだがそういう訳にもいかんしな」
「それならあの人の性格的に嘘偽りはないと思いますよ。思ったことを話すので腹芸は苦手な人でしたから。普通に油断をしているのだと思います。素性や名前の他にも色々フェイクを入れていますからね。その最たるものが年齢ですけど」
「ああ、20歳もサバを読んでいたあれか」
「はい。人族ならあり得ないんですけど、長命な種族なら外見で判断できませんからね。当時から冒険者をやっていたとしたら、30年も経てば人族や獣族は引退する人の方が多いですから」
「そうだろうな」
情報収集をさせていた部下たちからの報告書でも会ったのだろう。竜族のお姉さんは何と20歳も若く年齢のサバを読んでいたのだ。
人族や獣族なら恐ろしく年齢を誤魔化しているなと思うのだが、長命な種族の外見年齢は大体10年程度で1歳くらいの年を取ったかな?程度しか変わらないのだ。
30年も見つからなかったのは、名前と年齢を誤魔化してしまえば、依頼書の本人の特徴をとらえていても、多分他人で済んでしまうからだろう。
「まったく、鑑定眼というものは恐ろしいものだな。一人の経歴をこれほどまでに洗い出せるとは思わなかった」
「……個人的には、あまり見たいものでもないんですけれどね」
「こういう仕事をしているとな、人の裏を見ることも多いからその気持ちも良く解るつもりだ。私も人の感情が見えるが、言っていることと思っていることが見事に違う人が多いこと!」
「それは分かる気がします」
種類は違えども、同じ魔眼の持ち主である。お互いに感じている苦労は似ているようで、似ていないのだが、『視る』ことに疲れるという気持ちは同じだった。
何となく気になったことを聞いてみると、初対面の相手に対する警戒の度合いに関しては、セヴラン様とはかなり共感できる部分があったりした。
「さて、今回の件はギルドに報告すれば報酬が出たのだが、今回は国として動くからギルドの報酬は出ない。同等の価値のあるものを渡そうと思うのだが、何が欲しい?」
「……なんでもいいんですか?」
「私にできることであればな。仕事に私情は挟めんが、なるべく便宜は図ろう」
さて何をお願いしようか。何か欲しいものがあるかと言われると、それほど物欲があるわけでもない。お金稼ぎは趣味だから報酬を貰えるのならそれも嬉しいのだが、今回の件に関しては何となく気が進まなかった。
今は何も思い浮かばないため、後でもいいかと聞くとセヴラン様は快諾してくれた。今は少しだけ疲れているから、後でゆっくりと考えようと思った。




