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慌ただしく帰ってきたミケ姉さんは、何故かロビン兄さんを脱衣所に放り込んで憤慨している様子だった。
何があったのかと聞いてみると、勇者のパーティに居た竜族のお姉さんが色々とやらかしたらしい。
「ああもう! 本当に勇者と関わると碌なことにならないわ!」
「え?!」
「聞いてよ、竜族のなんて言ったっけ? ああそうだクロエって人がね。ロビンの子供が欲しいとか言い出したの!」
「……ああ、あの人ならそう言いそう。強い人の子供が欲しいからって、竜族の里を飛び出したって自分で言ってたもん」
最近、訓練場に行くミケ姉さんがイライラしているなとは思っていたのだが、ここまで状況が酷いとは思ってもいなかった。
ロビン兄さんにしても、あの人は見た目に関してだけはグラマラスな美女だし、独身男が多い冒険者たちからの嫉妬やら憐みの視線を向けられて面倒なことになっているのは想像するに難くなかった。
「そうなの?! いや、それはどうでもいい。私からロビンを奪おうなんて100万年早いのよ! 生まれ変わろうがあり得ないけれども!」
「強い人が良いならアサギさんにもなびきそうなのにね」
「獣族は番一筋だから、難しいと思ったんじゃないかしら。もしやったら、レンカが瞬殺よ?」
「じゃあ、お姉ちゃんもレンカさんみたいに瞬殺しちゃえばいいんだよ。クロエさんも強かったけどお姉ちゃん程じゃないでしょ? 瞬殺して、私の旦那に手を出すなって言えばいいと思う」
強い人の子どもが欲しいのであれば、アサギさんなんかは特に狙われそうだと思ったのだが、そういえば番持ちの獣族はそれ以外の雌には反応しないのだっけと思い至った。
レンカさんはこの前会ったばかりだけど、ミケ姉さんと親しくしている以上おそらく類友だろう。アサギさんに色目を使えば瞬殺されるのは確実だと思った。
「そんなの一番初めにやったわよ。あまりにムカついたからボロ雑巾のようにしたわ」
「おお!」
「まぁ、最終的には自分の方が女としての魅力が高いだの、こんな女を選ぶとか信じられないだの、権力にかこつけてロビンを手に入れただの、色々言われて存在を抹殺したくなったけれど」
「おおぅ……」
既に実行済みだったのか……。
その辺りはミケ姉さんの性格を考えれば特に驚くことでもなかったのだが、竜族のお姉さんが言ったセリフを聞いた瞬間、私は頭を抱えてしまった。
私が知っている竜族のお姉さんは、女の人がどれだけ居てもそれは男の魅力だろうと考える人だったから、ミケ姉さんに対して侮辱的なことを言っているとは思わなかったのだ。
よくよく考えれば、攻略対象が近寄ってくる女の人に関しては常にウェルカム状態の勇者だったから、私があの人の本性を知らなくても無理はなかった。
「うーん……。一つ聞いてもいい?」
「何かな?」
「竜族のお姉さんはSランク冒険者だけど、魔王討伐に居ないと駄目な人?」
「討伐の時にいきなり居なくなられたら困るかも知れないけれど、現時点では別にどうってことないかな。Sランクと言っても、Aランクに毛が生えたようなものだし」
竜族のお姉さんの実力云々はどうでもいいが、勇者や聖女みたいにこの人でなければいけないと言う役割があるのかどうかが知りたかった。
居なくても問題ないのであれば、問題児は排除してしまうのが一番いい。
「とりあえず、おねえちゃんの視界に入らなくなればいいかな?」
「そうね、それでロビンに付きまとわないように出来るのが一番よ」
「なら、一つだけ確実な方法があるよ?」
竜族のお姉さんに関してだけになるが、確実に排除できる情報を私は持っていた。ただし、あの人は私に対して無害に近かったため、取らなかった手段でもあった。
私に対しては無害でも、今はミケ姉さんたちにとって有害だ。訓練場の和が乱れている原因だとするのであれば、私が排除の切っ掛けを作ってしまっても問題ないと判断した。
「だったら、冒険者ギルドの塩漬けの依頼の中に竜族の第二公子の婚約者クローティエスタって人の捜索依頼があるから、それを報告すればいいと思う」
「クローティエスタ?」
「うん、竜族のお姉さんの本名。30年前の失踪者ってことで、ギルドに捜索依頼が出てる」
「え、ちょっと待って!? 30年前からずっと貼ってあるの?」
「うん、30年前から貼りっぱなし。私がその依頼を知ったのは勇者と旅をしている時だったけど、職員の中では結構有名な話なんだって」
ミケ姉さんは依頼の内容よりも、30年貼りっぱなしになっている塩漬けの依頼に驚きを隠せないようだった。冒険者ギルドは依頼料がある限り依頼書は掲示を続けるが、ギルドが貼り出した依頼でもないのに30年も残っているのは異例中の異例だった。
探し人みたいな低ランクの冒険者が受けるような依頼は、ミケ姉さんは知らないだろうと思ったら案の定だった。
「……竜族の第二公子はずっと探しているのかしら?」
「わからないけど、主要都市限定とはいえギルドに30年も依頼を出し続けられるくらいの資金を持っている人だとすると、第二公子本人が探しているんじゃないのかな?」
「30年も待ち続けるとなると、相当の執念というか、執着が凄いと言うか……」
「……」
「……」
婚約者だった第二公子という人は相当執着心が強いのだろうか? 思考の深みにはまるほど背筋が寒くなるので、お互い無言になってしまった。
「ほんとに、これはサラじゃないと分からないわね」
「もう一つは誰でも分かる場所にあったから何となく覚えていただけだもん。あとの一つは違うけど」
その後、考え込むようにしていたミケ姉さんだったが考えがまとまったのだろう、後ろに控えていたアニスさんにいくつか指示を出して深く息を吐いた。
「……そうなると、情報提供者がサラだって分かってしまうかも?」
「多分……。でも、まだ私とおねえちゃんの繋がりはバレていないんでしょ?」
「いや、将軍とロビンが軍議で色々やらかしているから、今のところちょっと怪しい……」
ああ、そうかミケ姉さんの言う通り、その心配もあった。
竜族のお姉さんは私が鑑定眼を持っていることは知っている。でも、今まで王宮やら貴族とは縁もゆかりもなかった私である、この場で自分の情報が漏えいしたことと私を結びつけないだろうと思っていたのだが、既にモンターニュ将軍とロビン兄さんがやらかしていたらしい。
「じゃ じゃあ、同じような情報が得られる人に心当りは?」
「あるわよ? ロア公爵家よ。まったく、何の情報が役に立つか分からないわねぇ。兄様に口裏を合わせてもらうようにお願いしておかないといけないわね」
「え、いいの?」
「サラ、ここは私の実家よ? こう見えても公爵家の娘よ? 良いに決まっているじゃない。大事なのは根回しだけよ」
将軍は兎も角として、ロビン兄さんは何をしでかしたのだろうか、険しい顔をしているミケ姉さんを見ていると不安が募る。バレないようにするにはどうすればいいのか聞くと、なんとロア公爵家の持つ情報網を使ったと偽装工作するとのことだった。
実家の力を使って何が悪いのかとにんまりと笑みを浮かべたミケ姉さんは、既に今後のシナリオを作り出しているようだった。
話を聞いていると、私が持っていた情報はセヴラン様が喉から手が出るほど欲しがっていたらしかった。ほんとうに何が使えるのか分からないものだ。
「でもさ、そんなことしたら、あの人絶対に権力を使ってお兄ちゃんを手に入れたとか言いそうだよね」
「はぁ、それも既に言われているわよ……。それに、権力を使ったのは本当よ?」
「そうなの?」
「公爵家の庶子とはいえ、王家に嫁げる家柄だもの。私がロビンと結婚すると言っても、私の婚約者の席を狙った輩が沸いて出てくるから、そいつらを潰すのに使ったくらいよ」
現状でミケ姉さんに食って掛かっている竜族のお姉さんが言いそうだと思うことを聞いてみると、既に言われた捨て台詞だったらしい。大きな権力は必要な時だけ使うものと言い切りつつ、使った内容が恋人であるロビン兄さんとの障害を排除するだけというのは何とも微笑ましく、ミケ姉さんらしいなと思い私は笑ったのだった。




