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「ほんとうに、これはサラじゃないと分からないわね」
「もう一つは誰でも分かる場所にあったから何となく覚えていただけだもん。あとの一つは違うけど」
何が使えるか分からないけど、一応覚えておこう程度の気持ちだったらしいが、サラがくれた二つの情報はかなり重要ものだった。
魔王討伐の戦力集めに四苦八苦していた兄様あたりが聞いたら、確実に小躍りしそうな情報だったのだ。
だがそんな重要な情報であるとは本人は全く気付いておらず、私の役に立てばいいなくらいの気持ちで話してくれたようだった。
「……そうなると、情報提供者がサラだって分かってしまうかも?」
「多分……。でも、まだ私とおねえちゃんの繋がりはバレていないんでしょ?」
「いや、将軍とロビンが軍議で色々やらかしているから、今のところちょっと怪しい……」
それだけの重要情報を知る人物は少ない。クロエの近くに居て知っている者となると、おのずとサラに限られてしまう。
今はまだ勇者関係者にサラの居場所が知られてはいないものの、軍議でモンターニュ将軍とロビンがサラの名前を口走ってしまったこともあり、この情報の入手先がサラだと結びついてしまうか分からなかった。
「じゃ じゃあ、同じような情報が得られる人に心当りは?」
「あるわよ? ロア公爵家よ。まったく、何の情報が役に立つか分からないわねぇ。兄様に口裏を合わせてもらうようにお願いしておかないといけないわね」
「え、いいの?」
「サラ、ここは私の実家よ? こう見えても公爵家の娘よ? 良いに決まっているじゃない。大事なのは根回しだけよ」
少々申し訳ないと思いながら、身内から情報が流れてしまっているかも知れないと話したのに、サラはあっさりと話を切り替えた。切り替えの早さは相変わらずだ。
単純に情報が得られる場所となると裏ギルドに依頼するくらいだが、私にはそれ以外の手段もあった。ロア公爵家の力を使うことだ。
ただし、今必要なのは情報ではなく、サラを隠せる権力を持っているということが重要なのだ。それに、兄様が喉から手が出るほど欲しがっていた情報も手元にあるから、喜んで巻き込まれてくれるだろう。
そうと決まれば後は動くだけだ、不安そうに見つめてくるサラに茶目っ気を含めてウィンクしておいた。
「でもさ、そんなことしたら、あの人絶対に権力を使ってお兄ちゃんを手に入れたとか言いそうだよね」
「はぁ、それも既に言われているわよ……。それに、権力を使ったのは本当よ?」
「そうなの?」
「公爵家の庶子とはいえ、王家に嫁げる家柄だもの。私がロビンと結婚すると言っても、私の婚約者の席を狙った輩が沸いて出てくるから、そいつらを潰すのに使ったくらいよ」
私がそういうと、サラはお姉ちゃんらしいと言って笑ってくれた。
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サラと話をしてから、ロビンにもサラが教えてくれた情報を伝えた。どこで何が役に立つかわからないなとロビンもサラと同じことを言って微笑んだ。
二人で情報のすり合わせをして、兄様に話すべき情報と私たちが動くべきことを整理して、一緒に兄様の書斎の扉を叩いた。
少ない私的な時間を邪魔された兄様は少々不機嫌そうな顔をしたが、話を切り出した瞬間に仕事中と同じ真剣な表情になった。
「……この情報をどこで手に入れた?」
「兄様だから話しますが、サラが知っていました」
「鑑定眼か……。末恐ろしいな、成人していれば試験無しで私付きの文官にしたぞ」
「それは絶対に嫌がりますよ、あの子」
「いやはや、残念だ」
サラが知り得る情報はロア公爵家の持つ情報網よりも狭いが深い情報を持っている。
兄様が本気で自分の傍に置きたいと言うのも無理もない、私ですらサラが財務関連の監察官にでもなったら無敵だろうと思ったほどだ。
そうなる未来もあり得なくはないが、サラには自分の好きなことをやってほしいと思った。
「はぁ、本当に涙が出そうなほどありがたい情報だ。竜族の国はエルフ並に引きこもりで外交官泣かせだったからな。ようやく突破口が開ける」
「冒険者ギルドの方はどうしますか?」
「それもこちらから話を持っていこう。お前たちは表に出る気はないのだろう?」
「ええ」
「だったら私が話を持っていくのが筋だ。公爵家の情報網に引っかかって、我が国で保護したと言う名目ならどこも文句は出まい。まぁそうなるとギルドからは報酬はでなそうだが、こちらで何か恩賞を出すか」
「それはサラに渡してあげてください。元々あの子が持っていた情報でしたので」
「そうか。いや、助かったとサラには伝えておいてくれ」
兄様は暗礁に乗り上げていた案件がようやく片がつきそうだと言って、眼鏡を取って目頭を押さえて深くため息を付いた。本気で困っていたらしい。
なるべく早く動くが竜族の国との交渉になるためしばらくの間は辛抱してほしいと兄様に言われたが、終わりが見えている苦労は苦労ではない。ロビンも苦笑しながらそう言って私たちは執務室を後にしたのだった。
しばらくの間とはどの程度だろうかと思いつつも、私たちは引き続き訓練場で騎士と冒険者たちの稽古をつけていた。
勇者は特別メニューでモンターニュ将軍の地獄の特訓をしており、一瞬の隙を見せたら殺されるのではないかと思われるほどの殺気と威圧を浴びせられ、特訓が終わればモンターニュ将軍の副官に引きずられるようにして帰る勇者を見て、同情的に見られている。
ここ最近の訓練メニューが過酷なものになっているのは、クロエがハーレムから離れたことによるショックによる喝入れだと思われがちだが、単純にサラに会えないモンターニュ将軍の八つ当たりによるものだと知っているのは、私とロビンだけだ。
クロエはというと、散々色仕掛けをしようが口説こうがロビンは全く相手にしないため、標的を私に変えたようだった。
全く、私を排除できればロビンがなびくとでも思ったのだろうか?
ロビンに色仕掛けしているのを排除するよりも、直接相手に出来る方が対処しやすいため、兄様の方の動きがあるまでは面倒ではあるがこのままでもいいかと思ったのだが。
「いい加減、ロビンを解放しろ!!」
「いやですー」
「権力を使ってまで酷いと思わないのか!!」
「相思相愛なんですー」
正直、言って鬱陶しい。
兄様はしばらくの我慢と言ったが、既に一週間が過ぎている。
クロエは相変わらず、語彙がこれしかないのだろうかと思うほど、毎日毎日同じ言葉の繰り返しで、二人して無視をしようものなら相手にするまで突っかかってくるし、ロビンが私をかばって言い返すと叫ぶようになったので、三日ほど前からは面倒になって近寄ってきたらクロエの意識を狩るようにしたのだが、彼女はそれでも懲りなかった。
「私もね、そろそろ我慢の限界なのだよ~。レンカちゃん」
「そうだねぇ。毎日毎日よく飽きずにミケちゃんに突っかかるよねぇ」
「もうね、闇討ちしちゃってもいいんじゃないかなぁと思うんだよ」
「私は良いと思うよー。むしろ、番に手を出したら抹殺でもいいと思うんだ~」
「だよねぇ」
そんな物騒で気の抜けた会話をレンカちゃんとしていると、後ろの方で訓練中の騎士と冒険者たちがドン引きしていた。
後二日で解決しなければ、闇討ちして討伐隊から排除コースでもいいんじゃなかろうかと思うほど、私は苛立っていた。
いい加減いつまで待たせるのかと思った頃、明日の午前中に軍の責任者と冒険者を交えた軍議が開かれることになったと、文官からの知らせがあった。