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何度も言うようだが、クロエは話が通じない相手だった。
トラブルになって以降、幾度となくロビンに声をかけていたのだが、ロビンが相手をしなかった結果、訓練中にベタベタくっついてくるようになった。勇者にも同じようなことをしているのを見たいことがあったため、確実に篭絡する手段に出ているものと思われた。
騎士や冒険者たちからは、ロビンには気の毒そうな視線と嫉妬にかられる視線が向けられており、私にもうんざりするほど同情の視線が送られてきて、そんなの要らんわ!と叫びたくなった。
ロビンも私から始終離れず、クロエからの視線や声かけはすべて無視。触られそうになったら距離をとったりしているのだが、逆に私が命じているのだろうと本気で怒ってきたりして次第にいちいち対応するのも面倒になっている。
いい加減、勇者に引き取ってもらいたいのだが、勇者もクロエの話の通じなさにドン引きしてしまったようだった。
「本当に見境がない雌は嫌になるわ、獅子獣人でも上位者には逆らわないって言いうのにねぇ」
「んー? 後がないとか?」
「竜族の結婚適齢期が何時とか知らないってー」
途中の休憩時間の時に、レンカちゃんたちがそんなことを言っていた。
異種族間の結婚観はかなり違うとは思うのだが、それをこちらに当てはめないでほしいと切に思った。
訓練場の淵に座って水分補給をしている時だった。私がロビンに果実水を手渡した一瞬の隙をついて、クロエがロビンの背に張り付いてきた。
わざとビキニアーマーの装甲部を外しており、ぴったりとしたインナーで胸の形がもろに分かった。
「な、何をするんだ!」
むにゅりと音がしそうな巨乳をわざと、ロビンに押し付けるようにして抱き着いたのだが、ロビンは心底いやそうに本気でクロエを引きはがして捨てた。
「いい加減にしてくれないか!! 俺は貴様とは付き合いたくもないし、話もしたくないと言ったはずだ。俺は愛する妻以外は受け入れられないとも言ったよな。聞いていないとは言わせない」
「だからそれは、この女が権力に任せて言わせたことだろう?」
「それは違う。ミケーレが実家を頼ったのは、身分違いだとうるさかった周囲を黙らせたときだけだ。お互いが一目ぼれ同士だったが、俺は子爵家の庶子でミケーレは同じ庶子でも公爵家の令嬢だ。普通であれば俺が認められるように頑張ったとしても家の格が違うとどうしても、周囲がうるさくなるからな」
「そうか、その女は関係なかったんだな。だったら、アンタの子種をくれるだけでいい」
「ちょ、全然わかってない!!!」
「あーあー、ミケーレ? この人なんか話が通じないからさー、今日はもう帰った方が良いよ。なんか、色々と疲れているだろうし、しばらく二人でゆっくりしてもいいんじゃない?」
そこまで言えば諦めると思ったのが間違いだった。だったら、私が居てもいいから子種をくれと言い出したのだ。
流石に話が通じなさ過ぎて気持ち悪くなってきた。どうやっても収集が付かず、トラブルの元になるならアサギ君が先に帰ってもいいよと言ってくれた。逃げるようで癪に障るのだが、今はアサギ君の言葉に甘えることにして、私たちは早々に訓練場を後にしたのだった。
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実家に戻ると、予定よりも早くに戻った私たちを執事のクレマンが出迎えてくれた。
「ミケーレお嬢様、ロビン様いかがなされました?」
「クレマン。ちょっと、お風呂の準備をしてちょうだい」
「クレマン殿。居候している身で悪いが……」
「かしこまりました。すぐに湯を張ってまいります。ロビン様、貴方様はミケーレお嬢様の旦那様でらっしゃいます。どうぞ、私共を手足の様にお使いください」
クロエに抱き着かれたところを早々に洗い流したくて、私は屋敷に帰ってそうそうにクレマンに風呂の準備をするように命じた。未だに、実家の執事たちの上げ膳据え膳に慣れないロビンが、すまなそうにしているが、この屋敷の使用人たちは全員ロビンを歓迎してくれている。
クレマンもそれを知っているため、にっこりと微笑んでロビンに気兼ねをせずに命じてくれと言ってくれた。そのあたりは慣れればどうにかなるだろう。
準備ができたと言われロビンを脱衣所に押し込むと、少しおめかしをしたサラが玄関ホールからやってきた。そういえば、今日はソフィアさんが来る日だった。
「お姉ちゃん何かあったの!?」
脱衣所に押し込んだところを見ていたらしく、サラは何があったのかと不安そうに聞いてきた。この時間帯に戻ってくる方が珍しいから、怪我をして戻ってきたのではないかと思ったらしい。
「ああもう! 本当に勇者と関わると碌なことにならないわ!」
「え?!」
「聞いてよ、竜族のなんて言ったっけ? ああそうだクロエって人がね。ロビンの子供が欲しいとか言い出したの!」
「……ああ、あの人ならそう言いそう。強い人の子供が欲しいからって、竜族の里を飛び出したって自分で言ってたもん」
心配しているサラを見ていると、どうにも勇者の所業を思い出し、連想ゲームのように再びムカムカしてきた。思わず愚痴を言ってしまうと、私よりも勇者のパーティメンバーのことを知っているサラは、なるほどと理解してくれた。
「そうなの?! いや、それはどうでもいい。私からロビンを奪おうなんて100万年早いのよ! 生まれ変わろうがあり得ないけれども!」
「強い人が良いならアサギさんにもなびきそうなのにね」
「獣族は番一筋だから、難しいと思ったんじゃないかしら。もしやったら、レンカが瞬殺よ?」
「じゃあ、お姉ちゃんもレンカさんみたいに瞬殺しちゃえばいいんだよ。クロエさんも強かったけどお姉ちゃん程じゃないでしょ? 瞬殺して、私の旦那に手を出すなって言えばいいと思う」
私の性格をよく知っているこの子は、実際に私がやったことをピタリと当てた。
「そんなの一番初めにやったわよ。あまりにムカついたからボロ雑巾のようにしたわ」
「おお!」
「まぁ、最終的には自分の方が女としての魅力が高いだの、こんな女を選ぶとか信じられないだの、権力にかこつけてロビンを手に入れただの、色々言われて存在を抹殺したくなったけれど」
「おおぅ……」
だが、何を言っても相手が話を全く聞かなくて困っているところなのだと愚痴ると、サラは頭を抱え込んだ。確実にサラ自身も、クロエの話の通じなさに悩まされたことがあるに違いない。
「うーん……。一つ聞いてもいい?」
「何かな?」
「竜族のお姉さんはSランク冒険者だけど、魔王討伐に居ないと駄目な人?」
「討伐の時にいきなり居なくなられたら困るかも知れないけれど、現時点では別にどうってことないかな。Sランクと言っても、Aランクに毛が生えたようなものだし」
私の愚痴を全部聞き終わると、サラは何かを考え込むようにうつむいた。
そして、何かを決意したような目で私を見つめ、クロエは魔王討伐には必要な人材化と聞いてきたのだ。
どうしても必要かと問われれば、私自身は別に必要ないと思われる。曲がりなりにもSランク冒険者であるだけの実力はあるが、言った通りAランクに毛が生えたようなものだ。原初に近い竜族には竜化という手段があるらしいが、クロエが使えるのか使えないのか分からない。そんな不確定な要素を期待するよりは、和を乱すような輩は最初からいない方が良いと思った。
「とりあえず、おねえちゃんの視界に入らなくなればいいかな?」
「そうね、それでロビンに付きまとわないように出来るのが一番ね―――。って、ん? サラ、どういうこと?」
「なら、一つだけ確実な方法があるよ?」
本当は存在すら抹消してしまいたいが、それはまず無理だからサラの言う通り視界に入らなければいい。それでロビンに近寄らないのが一番だと言った。
まず無理だろうなと、半ば諦め気味で王宮に苦情を入れるかと考えていると、サラが私に驚くべきことを言い出したのだ。
思わずサラを見つめてしまうと、サラは自信あり気にニヤリと笑った。




