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私、いま生まれ育った故郷である王国に向けての旅をしている。
生まれ育った場所とは言っても、あまりいい思い出がない場所だ。
そこそこ大きな宝石商を営んでいた実父の妾の子として生まれ、王国の政争に乗じて利益を出そうとした結果破産。本妻に借金の方として奴隷落ち。
その後は勇者に買われ、二年くらい勇者のハーレム要員だったけれど、勇者はそんなに好きじゃなかったし、子供の前でドロドロの寵愛争奪戦を見るのも嫌で、隙を見て借金を返して自分で奴隷の身分を返上したのち、逃亡生活を始めた場所でもある。
慣れない一人での逃亡生活で、勇者に手配をかけられていたところに出会った二人の冒険者は、同じく勇者に自分たちの居場所を奪われそうになり、冒険者として身を立てていたミケ姉さんとロビン兄さんだった。
その後、私の勘違いとミケ姉さんの暴走が重なって、私たちは家族になった。二人に会えたことは私にとっての一番の幸運だと思っている。
そんな私が、何故王都に向かっているのかというと、魔王が見つかったとギルドから連絡が入り、ミケ姉さんとロビン兄さんがSランク冒険者として王都に赴くことになったことから始まった。
一人で留守番をするのはいつものことだから問題はないけれど、この機会に実母の嫁ぎ先で親子の絆を深めてみてはどうかと言われて、その気になってミケ姉さんたちと一緒に王都に行くことになったのである。
勇者と同じ街に居るのは不安が大きかったけれど、実母の旦那様であるモンターニュ将軍から頂いた手紙に、将軍直々に性根を叩き直すため王城からは出さないとの約束してもらった。
ミケ姉さんが、将軍相手では勇者たちは確実に王城の騎士団寮に缶詰になって街には下りられないだろうと鼻で笑うような感じで言っていたし、もし訓練中に隙を見つけて逃亡でもしようものなら将軍を頂点とした実力派騎士団の面々からの『お 仕 置 き★』がもれなく付いてくると手紙で明言されていたことと、一緒に手紙を読んでいたロビン兄さんの顔色が読み進めていくうちにどんどん青ざめていくので、こりゃ勇者の逃亡は確実に出来ないなと確信したのである。
冒険者ギルドの仕事に関しては、申し訳ないけれどもキースさんに長期のお休みをほしいと言ったら、いつも働きすぎだから安心して休んできなさいと言われて快く送り出してもらえた。
もともと、ミケ姉さんたちが居ないときの安全確保のためのアルバイトだから、お休みをもらっても全然問題はないのですが、普通のお休み以外は全く休んでいなかったから、むしろ休めと言われてしまった。
「そんなに働いているつもりはないんだけどなぁ」
「サラは、俺より働いていると思うよ? 家事もギルドの仕事も、時々商業ギルドからも声がかかったりするし」
そうだったっけ? と首を傾げると、アニスさんにも同意されてしまったよ!
世間一般では私は働きすぎの分類に入ると初めて自覚したけれど、お金が増えていく過程が面白いんだもん! 肉体労働でもないし無理してないし、趣味の一環だからいざとなったら考えると言ったら、アニスさんとギルに呆れられてしまった。
そんなこんなで冒険者ギルドで借りた馬車に揺られること二週間の長旅。
そういえば、最後に旅をしたのは勇者のところから逃亡したときだったっけ……。
あの時は、いつ追手がかかるかわからない旅だったけれど、あの旅でミケ姉さんとロビン兄さんと会えたし、そう考えると私の人生はだいぶ変わったなと思った。
旅は勇者パーティに居た頃からやっていたから、慣れた手つきで野営やら野外料理なんかをしていると、アニスさんから尊敬のまなざしを向けられた。
野営をするような長旅が初めてのギルは手伝い程度だけど、料理に関してはミケ姉さんやロビン兄さんよりも筋が良くてアニスさんと二人で笑った。
特に獲物の解体なんかはダントツで上手だったことには驚いた。考えれば二人はSランク冒険者とはいえども、元々貴族出身だからそんなことまではしなくてもよかったのかと、王都のミケ姉さんの実家に着いたときにようやく思い至ったんだけどね。
ようやく着いた王都では、私とミケ姉さんたちとで滞在する場所で少し揉めた。
ミケ姉さんたちは王城でSランク冒険者として謁見があるから、ギルと相談して宿をとって二人で王都見物をしながらお留守番をしていようかと話していたのだけれど、ミケ姉さんとアニスさんの猛反対にあった。
なんと、滞在先に関してはミケ姉さんの侍女であるアニスさんが、雇い主であるロア公爵家の方に先触れを出しており、先方からも是非に!とのお誘いが……(遠い眼)
私とギルは庶民だし、それは貴族特有の社交辞令というものではないのかと勘繰ったものの、そんなことはないとミケ姉さんとアニスさんに言われてしまい、いくら将軍が勇者に対して目を光らせていたとしても公爵家以上に安全な場所はないだろうと、ロビン兄さんに言われた結果、庶民ながらも保護者たちがいない間は公爵家に御厄介になることになった。
筆頭公爵と宰相を兼任するお家なだけあって、ミケ姉さんのご実家はお城かと思うくらい大きなお屋敷だった。ミケ姉さんが言うには、このお屋敷の他にも領地の方に本宅や別荘があり、王城にはくらべれば質素だけれども城もあると聞かされて、住む世界が違う! と本気で思った。
ロビン兄さんとミケ姉さんを先頭に、大きな門を馬車に乗ったまま潜り抜け、王都の中とは思えないほどの庭園を横切り、ようやくお屋敷の前に着いた。
馬車から降りるとミケ姉さんと顔なじみと思われる使用人さんが出迎えてくれて、お重量感のある扉を開くと、玄関というかお客様をお迎えする吹き抜けのホールに、ロア公爵様と奥方様と思しきお二人と、その両脇にずらっと並ぶ使用人の方々……。
こんな光景は物語の中でしか知らないし、見たこともないからびびって後ずさってしまった
「お久しぶりでございます、公爵閣下」
「ただ今帰りました、父上。ディアーヌ義母上」
「二人ともよく戻った」
ロビン兄さんはきびきびとした騎士の礼、ミケ姉さんは流れるような淑女の礼を取った。冒険者の服装なのに、こうも動きが違うというのはやっぱり生まれ持ってから身に着けたものというのは、そう簡単になくなるものではないのだと思った。
二人の挨拶が終わり、公爵様が私たちに視線を送ってきた。
私たちも挨拶をしなければならないのですが、舌が張り付いてしまったかのように緊張しすぎて何も出てこない。ちらりとギルの方に視線を送ると、そちらも同じようでガッチガチに固まっているギルと視線が合った。
エーファちゃんを抱っこしたアニスさんが大丈夫ですよと、声をかけてくれなければ、永遠にこの状態のままだっただろう。
「お、お初にお目にかかります、サラ・クライフと申します」
「同じく、ギ ギルベルト・フリーダーと申します」
「この度は、お招きいただきありがとうございます。王都滞在に御迷惑にならぬよう、心がけますので、よろしくお願い申し上げます」
本来なら、礼の他に時節の口上などを続けるらしいけれど、庶民であるためそこは略式でも問題はないだろうとのことで、王都に向かう道中でアニスさんに貴族の方に対する礼儀作法を叩き込まれた。
もっとも、私を捨てた実父が貴族相手にそこそこ大きな宝石商をしていたこともあって、物心つく前に叩き込まれていた。当時は使用人のような扱いだったから、お客様に失礼のないように叩き込んだのだろうが、それがどういうものなのかは、アニスさんに貴族に対する作法を教えてもらって初めてこれがそうなのかと知った。
昔取った杵柄というか、自分の身に刷り込まれていたものを引っ張り出したというか、作法に関してはアニスさんが呆気にとられるほど簡単に終わった。
逆にギルはというと礼はどうにかこうにかの及第点。
食事の作法に関しても最低限叩き込み、少々不安が残るけれど、その辺りは公爵様も平民の子供が完璧に出来るとは思っていないだろうから大丈夫とミケ姉さんが言ったことで、及第点とはいかないまでも要点だけ絞ってこれだけは守れとギルに厳命して、どうにかこうにか様になる程度までという感じだったっけ。
そんなことをつらつらと思い出しながらも、私たちは公爵様を始めとした方たちに、王都滞在中にお世話になると頭を下げた。
「話は執事のクレマンから聞いておる。ミケーレの恩人でもある、王都滞在中はゆるりとしていかれよ」
公爵様は表情も変えずに声をかけてくれた。
ほっとして顔をあげると、一瞬だけ公爵様と目が合った気がした。けれども、そのまま後ろに居るアニスさんの方に視線が流れたので、おそらく私の気のせいだろう。