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今日はサラがモンターニュ伯爵一家と面会する日だった。本当ならば私もついて居たかったのだが、今日に限って近衛騎士団のシントラー公爵が勇者の訓練を見に来ることになったのだ。
何の問題もなく終わればいいのだが、冒険者は見下す対象としている近衛騎士団が見学に来るとなれば、アサギ君やレンカちゃんが筆頭になり喧嘩を売りそうな予感がしたため、偶々休暇を取っていた兄様に様子見を頼んでおいた。
妹の頼みではあるが、宰相職に就いて忙しい兄様が良く引き受けてくれたなと思ったら、意外とサラやギルのことを気に入っているようだった。
「そういえば、なんで近衛騎士が見学に来るの? 近衛って王様の警護をする人たちのことでしょう?」
近衛騎士の偉い人が来るという認識だけのレンカちゃんが聞いてきた。
「うーん……。一応勇者の後ろ盾のような、そうでないような……」
「勇者の後ろ盾とは違うんじゃないか?」
「あー、なんて言えばいいのかな? 勇者をめぐって争っているのもなんか違うし」
勇者の後ろ盾は、第二王子のフレッド殿下になっているはずだ。
そこになんだか良く解らないうちに、第一王子派のシントラー公爵が加わり勇者を自分の派閥に取り込もうとしたらしいのだが、その前に勇者が旅に出てしまったため、色々が宙に浮いている状態になっている。
魔王が見つかり最終決戦に向けての準備が着々と進んでいるのだが、やらかし気味の勇者に関しては、引き取ってくれるのなら引き取ってほしいが、相手に渡した瞬間に地雷化しそうでフレッド殿下も持て余し気味だと兄様から聞いた。
「えーっと……。ややこしい問題なんだね?」
「巻き込まれるとヤバいとだけ覚えておけばいいよ」
「わかった!」
なんと説明すればいいのか悩むのも面倒になり、最終的には関わるなとだけ言っておいた。私の説明の仕方が悪くて、レンカちゃんが微妙な表情になった。
おそらく誤解を招いているのではと思ったのだが、貴族嫌いの二人だし積極的に関わることはないから問題ないだろう。
騎士団の上官たちがシントラー公爵を仰々しく出迎えている光景を、冒険者たちは呆然と眺めていた。
「あの人、剣を握る人じゃないね」
「ああ、公爵という位だけで団長になった男だ。優れているのは裏工作と金策だ」
「近衛騎士団はある意味特殊な場所だからね。王族の警備も任務だけど、実力よりも見栄えが重視されたり、貴族のコネ採用だったりそういうのが多いんだよ」
アサギ君とシントラー公爵の話をしていると、騎士団の方で何やら動きがあった。
知り合いの第三騎士団の副団長に呼ばれて話を聞いてみると、先日の勝ち抜き戦で騎士たちが冒険者に負けたという話を耳に挟んだのだろう、これだけの実力者が居るのであれば、彼らの実力が見てみたいと言い出したようだった。
今度は勇者も参加させよとの命令らしく、勇者と竜族のクロエの二人が参加することになった。曲がりなりにもS級冒険者である勇者たちを相手にするのであれば、こちらも相応の実力者でないと相手にならないとのことで、騎士団からはロビンの義兄であるヴェンデル含む6名の実力者と、冒険者側はアサギとロビンと勝ち抜き戦で実力を見せつけた4名が参加することになった。
試合形式は前回と同様に勝ち抜き戦だった。
試合の結果としては、一回戦はロビンもアサギ君も問題なく勝った。勇者や竜族のクロエ、ヴェンデルも問題なく勝ち上がった。
二回戦でアサギ君はクロエと戦ったが瞬殺して終わった。ロビンの方は、2回戦で兄であるヴェンデルと対戦だったのだが、憎々しげにロビンをにらみつけているヴェンデルを瞬殺して終わり、この時点で騎士団の面子は全員敗北となった。
アサギ君に敗北したクロエは、三回戦のロビンと勇者の試合は観戦徹したようだった。だが、自分の好きな男を応援するのかと思いきや、他のハーレムメンバーのように熱がこもっておらず、なんだが嫌な予感がした。
ロビンにとっては因縁の対決にはなったのだが、勇者はモンターニュ将軍に扱かれてそれなりのレベルにはなっていたものの、やはりロビンには叶わなかった。
実力差は縮まってきてはいるが、まだまだ未熟者だった。そんなことを考えていると、クロエが対戦していた二人の元に駆け寄っていった。
勇者を気遣うのかと思いきや、勇者はスルーしてロビンの腕に抱き着いたのだ。
「アンタ、アタシの男になってくれ」
「ちょっ、話せ。寝言は寝て言え!!」
「く、クロエ!?」
「リョウ。アタシは前に言ったな? 強い男の子供が欲しいと……、だから敗者はいらない」
いきなり何を言うのかと思ったら、自分の夫になれと勇者の前で宣言したのだった。勇者は自分のハーレムの一員だった彼女が自分の目の前で鞍替えしたことに驚愕していた。
抱き着かれたロビンは怒って腕を振り払い、私も怒りで目の前が真っ赤になった。
「いや、こんなところで痴話喧嘩されても困る。俺には愛する妻も子供もいるし、アンタと浮気をする気すらない」
「いや、痴話喧嘩などではない。私がリョウに魅力を感じなくなったと宣言しただけだ。それに浮気ではなく、アタシは別に奥さんは居ても構わない」
「いやいや、そっちが何を言っているのよ!」
「ん? 強い男は女を沢山囲うべきだろう。そこに私を加えてほしいんだ」
種族差なのか、常識が違いすぎて話が全く通じなかった。
目の前でお前はいらないと言われた勇者は気の毒ではあるが、こんなことを言ってくるとは思わなかった。
クロエとしては自分の常識で話をしているのだが、愛する夫に粉をかけるのを黙認しろと言うことだ。こんなに頭に血が上ったのは久しぶりだ。
「竜族の決まりは知っているわ。強者が正義なのよね?」
「なんだ、私が勝てばロビンを貸してくれるのか?」
「私が負けるはずがないし、負けたとしてもロビンを貸すわけない」
「ハッ、どうだか? だったら一戦してみようじゃないか」
シントラー公爵も雲行きが怪しくなったと思ったのか、既に訓練場には姿がなく、喧嘩も売りやすくなっていた。
態々挑発をしてくるところを見ると、相手も負ける気はないのだろう。私が勝ち抜き戦に参加しなかったことで、どうやら実力が低いと思われているようだった。
審判はレンカちゃんがやると申し出てくれた。
お互いに剣を構えた。はじめという号令と同時にクロエが動いた。先手必勝と言わんばかりに、アサギ君の試合と同じような速度で切りかかってきた。馬鹿だな、大剣相手で私が負けたことがないのにね?
クロエの振りかぶった大剣は私の残像を切り裂き、私はクロエの懐に潜りこみ、手甲に仕込んであった短剣をのど元に突き付けた。少しでも動けば、竜族の弱点である逆鱗を切り裂く位置である。クロエはそのまま動くことが出来ずに、レンカもそれまでと試合を切り上げた。
相手が侮ってくれていると本当にやりやすい。
「実力の差が分かった?」
「……ようやく見つけた男だ、アタシは諦めない! いくらそっちが強かろうと、アンタみたいな貧相な女よりもアタシのように体つきのいい方が元気な子供を産めるだろう? それに、アンタが勇者の剣術指南役だったことも、権力を使ってこの人を得たことも知っているぞ」
「……」
「ふうん? 負け犬のくせに吠えるんだ?」
色々と気に障ることを言ってくるなぁと思っていたら、レンカちゃんが静かにキレた。負け犬と言われたことがむかついたのか、クロエがこちらを向いた。
「アタシに勝ったのだから、この女が上位になるのは認めるが、ロビンの女に加わるのはまた別の話だろう」
「おい、勇者。こいつお前の女だろう! とっとと引き取ってくれ!!」
「!?」
「今ここでレンカがキレるとヤバい! 狂戦士の名は馬鹿にならん!!」
「クロエ、今日はもう帰るぞ!! 話し合いをするなら、訓練所に来ればいつでもできるだろう!!!」
本格的に話が通じないクロエに対して、レンカちゃんが殺気を放ち収集が付かなくなった頃に、観戦に徹していた冒険者たちが本能的に身の危険を感じたのか、勇者にクロエをどっかに連れて行けと言い出した。
勇者も流石にこの空気は拙いと思ったのか、クロエの腕をつかんで訓練所の裏手の方に去っていった。
シントラー公爵よりも、私としてはこちらの問題の方が大きくなってしまい、ロビンと二人で面倒なことになったと大きくため息を付いたのだった。