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とりあえず、モンターニュ将軍がパパ呼びを要望してきた件については、私が拒否したことで話が流れた。
モンターニュ将軍が私の顔を見た瞬間に暴走したため、入り口付近で椅子にも座っておらず、『この場所で話すのも……』と執事のクレマンさんが声をかけてくれたおかげで、ようやくお茶を楽しみながら話をすることが出来た。
ギルは何処に座ったものかと悩んでいたようだが、気を利かせたセヴラン様が隣に来いと言ってくれてホッとしたようだった。
「この子は誰だ?」
「あら、ギル君お久しぶりね」
「ご無沙汰しております!」
ちなみにこの場に居るギルは完全なるとばっちりである。
家族の顔合わせという名目のお茶会なのに、ディアーヌ様に引っ張り込まれたのだ。なぜなら、私のドレスと一緒にギルの分も頼んでいたし、デザイナーが本気を見せた服を単純についでに作ったとは言える訳がないだろう。おそらく、採寸をした時からギルも強制参加させるのはディアーヌ様の計画のうちだろう。今朝の私とギルが揃って正装姿を見せに行った時のディアーヌ様は、淑女の微笑みではなくにんまりと笑っていたから間違いないと思った。
「ん、知り合いか? ソフィア」
「何をおっしゃいますの? 旦那様。以前、サラに会いに行った時に聞いたではありませんか。サラのお友達ですわよ?」
「そうだったか?」
「ミケーレとロビン殿が剣の見込みがあると言って連れて来たんだ。ギルベルトは才能なら彼らにも勝るとも劣らない物があるぞ?」
「おお本当か、ディアーヌ殿! ギルベルトとやら、後でワシが手合せしてやろう」
「は、はい」
すっかりギルのことを忘れているモンターニュ将軍にギルが私の番であることをうまく隠しながら、母とディアーヌ様は話をしている。母には手紙でもギルのことを話していたから、ギルに対する視線は好意的だった。
「そのお洋服、本当に素敵ねぇ。サラとギル君にとても良く似合っているわ。これはディアーヌ様がお選びになられたのですか?」
「いやいや、サラのもギルベルトのも私が命じてマリエルに選ばせた。私では、剣の目利きは出来ても服に関してはマリエルには負けるからな」
「サラ、今度は私に選ばせてね?」
「うん」
「ワシも一緒に行きたいが……」
「旦那様は女性の買い物は苦手ではありませんか」
「いや、しかしだな……」
モンターニュ将軍は妻と娘と一緒に買い物に行きたいが、ごにょごにょと口ごもりながらも自分も行きたいと言い出した。きっぱりと行きたいと言わないのは、女性の買い物は怖いものだと知っているからだと思った。
なんで怖いのに行きたくないのかと聞くと、娘を持つ部下たちに嫌というほど自慢話を聞かされたらしく、自分も娘が出来たら同じことをしたいと思ったらしい。
なんというか微笑ましい人だな。
「それに、旦那様は勇者殿のお目付け役を第二王子殿下より承っておいででしょう? 実力を伸ばすのもお役目でしょうに……」
「ううむ」
「勇者のお目付け役?」
「ええ、王都の自宅に引き取ってお目付け役という名の監視をしているの。幸い我が家は良く政務から逃げるので脱走をする人がいてねぇ、執事も侍女たちもみんな索敵スキルが上がってしまったのよ」
多分、政務から良く逃げ出していた人というのはモンターニュ将軍だろう。私とギル以外の全員の視線が将軍に集まっていたので、皆まで言わなくても分かってしまった。
当の本人は視線を気にすることもなく、侍女さんが追加で淹れてくれたお茶を啜っているけれど。
それにしても監視をするために索敵スキルが上がってしまったとか、どれだけ逃亡していたのだろうか? ヴィクトル兄様曰く、下手な牢獄よりも監視が厳しいとか、少しだけモンターニュ伯爵家が恐ろしく感じた。
「それなら、我が家で会えばいい」
「よろしいのですか?」
「幸いにして今は私の娘と婿がこの子の保護者となっているからな。妻も気に入っているようだし、私も身内として考えておるよ。ただ、この子の父親になるのがグランというのが気にくわないが……」
「夫もそう言っておる。それに、昔からグラン殿は我が家には先触れなくやってくるからな……」
「まぁ、そんなことをやっていらしたの?」
街中で会う訳にもいかないわねぇと話しているところで、ロア公爵がこの家に会いに来ればいいと母に言ってくれた。それと同時に貴族の一般常識である訪問前の先触れなしでやってくるモンターニュ将軍にため息を吐いた。
母もモンターニュ将軍がロア公爵に対して、そんな振る舞いをしているとは知らなかったようで、驚いたようだったが、今後はそんなことはしないようにしてくださいねと釘を刺していた。モンターニュ将軍も素直に頷いていたので、母が将軍の手綱を握っていると言う話が本当だったのだと思った。
その後は母娘で積もる話もあるだろうと言うことで、私と母だけが部屋に残された。
手紙に書ききれなかったことを色々と話した。ミケ姉さんのように姉妹のような関係でもなく、友達付き合いとも違う、包み込まれるような安心感を覚えた。
母と一緒にゆったりとした時間を過ごしていたのだが、にわかに庭の方が騒がしくなった。
「あらあら、ギル君に旦那様が稽古をつけてくれているみたいね」
「本当だ、ギルってば、この前ディアーヌ様に筋が良いって褒められたって言っていたんだよ」
「凄いじゃない! ディアーヌ様に認められるなら本当に才能があるのねぇ。良かったわ、この前サラに会ってからあの人、剣の才能がない者には嫁がせないとか気の早いことを言っていたから」
「えぇ……」
「まったく、好いた人と結婚するのが一番なのにねぇ」
「……うん」
窓際に行って様子を見てみると、ディアーヌ様とギルとモンターニュ将軍が庭に居て、剣の稽古をしていた。
母はニコニコとしながら稽古の様子を眺めており、そんなような会話をしている時だった。稽古の様子はというと、たまにディアーヌ様の激が飛ぶくらいで、最初のうちは普通に打ち合いをしているようだったが、なんだか先行きが怪しくなってきた。
母と顔を見合わせて庭に行ってみると、どうやらモンターニュ将軍にギルが私の番だとバレてしまったらしい。
「どこの馬の骨とも分からん輩に、ワシの娘はやらん!!」
「グラン殿。ギルベルトは何処の馬の骨ではないぞ? ドワーフ国のドミニク老の直弟子だ」
「なにぃ!? あのすばらしい剣を作る生きる伝説の……。いやいや、それでもだワシの娘はやらん!」
モンターニュ将軍からどこかで聞いたことのある台詞が飛び出した。
ディアーヌ様がドミニクさんの名前を出した時は、一瞬ぐらついたがやっぱり嫁にはやらんとツンとそっぽを向いてしまった。
「大体、何時知り合ったのだ!」
「えっと、モンターニュ将軍とお会いする前です」
ギルが正直に答えると、モンターニュ将軍はぐぬぬと唸った。
確かに、ドワーフ国に移住して冒険者ギルドで働き始めてからだから、ギルの方がモンターニュ将軍よりも付き合いは長い。
「えと、モンターニュ将軍。ギルは良い人ですよ?」
「可愛い娘から彼氏の話を聞くのは20年先でいい!!!」
「それではサラが行き遅れになってしまいますよ?」
忌々しいと言わんばかりにギルを睨みつけており、ギルもそれに恐縮してしまっている。流石にこの流れを変えなきゃだと思ったので、一応フォローを入れてみた。
モンターニュ将軍は、彼氏は20年後で良いとか言い出して、頭を抱えて唸ってしまった。母から突っ込みが入るが、耳に入っていないようだった。
「サラ、ワシのことはパパと呼んでくれと言ったではないか!!」
「あの、すみません。いずれは父と呼びたいとは思いますが、今はちょっと無理です……」
将軍は急に私の方を向き、再び自分のことを『パパ』と呼べと言ってきた。
自分の感情に正直に行動する破天荒な人物であるモンターニュ将軍だが、この人は父というよりも『モンターニュ将軍』という人物であるという認識の方が強いため、今すぐ父と呼ぶのは無理そうだと感じ、私はそれを正直に話したのだが、この一言がトドメとなりモンターニュ将軍は撃沈した。
最後はモンターニュ将軍が男泣きをするカオスな状態になり、一足先に呆然自失状態のモンターニュ将軍をヴィクトル兄様が引きずって退場した。
母はロア公爵様とディアーヌ様にご迷惑をおかけして申し訳ないと頭を下げ、ディアーヌ様はいつものことだから気にしていないと言い、遠慮なく会いに来るようにと母を励ましていた。
私も拙いことを言ったという自覚があったから、今度ゆっくりモンターニュ将軍と話をしたいと伝えてほしいと、母に伝言を頼んだ。ただし、居候をしているロア公爵家には迷惑をかけたくないから、先触れは必ず出してくださいと付け加えたうえで! 母は笑って伝言を頼まれてくれて、帰り際に私を抱きしめて帰って行った。
こうして私とモンターニュ伯爵家の面会は幕を閉じたのだった。