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ミケーレはため息を付くと、苦笑いをしながら言った。
「まぁ、いいわ。私の実家だし冒険者仲間が来たと言えば大丈夫でしょう」
「やったぁ!」
「ただし、口外しないでね? ばれるとちょっとややこしいことになるのよ」
アサギとレンカだけなら問題ないだろうとミケーレは判断したようで、近くに居た侍従に先触れを出す様に指示をしていた。
ただし、レンカたちには公爵家への訪問に関しては口外しないように、しっかりと釘を刺した。
「え、なんで? ミケちゃんが元貴族なのはみんな知ってることじゃない」
「そっちじゃなくて妹がね、今微妙な立場なのよ」
「ふうん? まぁ、後で事情を聞かせてよ」
サラは立場が微妙であるため、王宮では極力話題にしないようにしている。
モンターニュ将軍に関しては、時期が来たら引き合わせる予定にはなっている。今は機会を見ている状態であるから時期が来るまで注意していればいい。
逆に勇者に関しては、サラの話とセヴラン様の話を統合すると、サラに対する執着が強かったことから何が起こるか分からないということもあり、慎重にならざるを得なかった。
それに控室には俺たち4人だけがいるわけではなく、何か用事を伝えたりするために部屋の空気と同化するように侍女が控えている。能力の高い者たちが揃っている王宮の侍女や女官たちではあるが、以前勇者が片っ端から侍女に手を出した結果、どこに勇者の手が入っているか分からない状態になっている。そのような事情があるため、このような場所でサラの事情を話せるわけもなく、言葉を濁すようにしていると何かを察したアサギがあとで話を聞かせろと言ってきた。どういう情報網を持っているのかは知らないが、おそらくアサギはサラの事情も知っていることだろう。どこまで情報を持っているかは知らないが、会いたいと言ってきたのも単純な興味本位ではないだろう。
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公爵家に戻ると、客間でぐったりとした表情のサラとギルが出迎えてくれた。
一瞬何かあったのかと驚いたのだが、本人たちが大丈夫と言うので先に公爵様にこれから来客があることを伝えることにした。
公爵様の執務室では、珍しいことに公爵様はディアーヌ様とマリエル様の三人でお茶をしており、女性陣が大変満足げな笑みを浮かべていて、それを見た瞬間俺はサラたちに何があったのかをなんとなく悟った。
「お母様たちは楽しそうですね」
「ああ、久々に才のある者を育てるのは楽しいな!」
「ええ、本当に二人とも可愛らしくてどんな服を設えても似合うのですもの、品物が届くのが本当に楽しみですわ」
ちょっと呆れ気味のミケーレが話しかけると、ディアーヌ様とマリエル様が口々にサラとギルことを褒めまくった。どうやら二人は気に入られたらしい。
「それで、先触れの件か?」
「はい、冒険者ではありますが長年の知人でして、客間を一つお借りします」
「友人との語らいですからね、ゆっくりしておいで」
そんな様子をミケーレと同じく呆れた様子の公爵様が話を本題に戻してくれた。どうやら、先触れの件に関しては公爵様が直々に執事のクレマンに手配をしてくれていたようだった。
ホールで待たせていたアサギたちを客間に案内し、急な来客に面を食らっているサラとギルに彼らを紹介した。
レンカの行動パターンはミケーレと似ているため、挨拶と一緒にサラに抱き着いており、サラは目を白黒させていた。
「いやぁ、前から君とどうしても話がしたくてね、機会がなくてどうしようかと思っていてね、ロビンが君の保護者になってくれて助かった」
「え、と……」
「おい、どういうことだ?!」
「あ、そんなに警戒しないでよ。そこの虎族の子も君の番に手を出したりしないから安心して」
各々自己紹介をしたときに、アサギが思いもよらぬ爆弾を落とした。
いつものように笑みを浮かべていても、その目は冷たくサラをかばうように前に立ったギルは少しだけ震えていた。
しかし、サラにはアサギ達に関わり合いがなかったはずで、何故アサギがサラを探しているのか全く見当がつかなかった。サラ自身も何故自分に用事があるのかと困惑している様子だった。
「でも、少し話難いことだから、ギル君だっけ? 君は少し席を外してくれると助かるんだけどな」
「っ!?」
「アサギ、事と次第によっては俺らはお前らと縁を切るぞ」
そういうと、アサギはギルに向けて殺気を放つ。この場には居てほしくないらしい。
格上からの殺気を浴びたギルは顔を真っ青にしていたが、サラをかばう姿勢だけは変えなかった。アサギの目的が分かるまでは、この場を動かないつもりらしい。
アサギに抗議をすると、ようやく殺気をこちらに向けることを止めた。それでもサラとギルは殺気を浴びたことで硬直しており、俺が緊張を解くように背中を軽く叩いてやると、ようやく力が抜けてほっとしたようだった。
「だったら、この場で言えばいいだろう。ギルはサラに不利になるようなことはしないぞ」
確認するようにギルに問いかけると、ギルは真剣な顔で頷いた。
アサギはサラとギルの様子を見て、少し感心したように目を細めた。異種族間の番は関係が難しいと思っていたようで、二人を見て安心をしたようだった。
サラもギルに対して、まんざらではないはずなのだが、恋愛事や男女間のドロドロな関係を見て育ったせいか素直になれないのだ。
「……アサギさんが話したいと言う話は、私の過去のことですか?」
「うん」
「だったら、ギルも知っているからこの場に居ても大丈夫だと思うんです」
「ふうん、でもそれが重要な情報だったらどうする?」
「他言しません」
「ならいいか、単刀直入に言うと勇者のパーティに居た聖女の話を聞きたいんだ」
「……聖女って」
何故ここで聖女の話がアサギの口から出てくるのか、この場に居る皆が分からなかったようだった。アサギたちの勇者との接点は一度だけと聞いている、聖女に関しては勇者よりも接点がないはずだった。
話の流れが分からず、首を傾げているとレンカも同様にサラに問いかけていた。
サラにとっては、勇者のハーレムの中でも特に天敵のような人物であるため、聖女のネガティブキャンペーンともいえるほど、聖女の資質を疑われるような話が続々と語られた。その中には過激派と言えるような教会関係者に話したら速攻で暗殺されるような内容もあった。
俺たちは一度聞いたことがあったため、そういう人物だという認識でおり、アサギたちはさぞかし驚くのではないかと思ったら、そうではなかったらしい。
何かあるのかと問いかけると、勇者が召喚される前に起きた国の根幹が崩れたほどの政争の遺恨に関わっているとは、このときの俺やサラは考えもしなかったのだった。