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ロビン視点
魔王の討伐に向けて王宮では連日の軍議が行われていた。
この日は王国騎士団を率いるモンターニュ将軍や俺の兄をはじめとした騎士団の重鎮たちと、俺も含めた冒険者ギルドから派遣されたS級冒険者たちも揃っての話し合いの予定になっている。
勇者が召喚されて自分が冒険者になった時点で、こういう事態になるとは分かっていたが、数年前であれば騎士団での立場で参加をしていた軍議を、冒険者側の立場として聞くことになるとはあの頃は考えもしなかった。
ミケーレと二人でかつては良く一緒に訓練をした王宮の訓練場に行くと、勇者が騎士たちに訓練を付けてもらっていた。
俺が前に見た時よりも身体能力は上がっているが、技術が全く伴っていなかった。勇者はミケーレを見つけて、話しかけてはいるが全く相手にされていない。
最終的に自分たちに追いつけたと言い出したものだから、ミケーレが一戦だけ手合せをしてやったのだが、試合内容があまりにも酷かったとしか言いようがなかった。
最終的にボッコボコにしてから冒険者に与えられた控室に行くことになった。
冒険者たちに与えられた控室は王宮の端にある客間だった。およそ晩餐時にしか使用されない部屋ではあるが、権力の象徴でもある華美な装飾の部屋だった。
王国の強制依頼といえども、権力を嫌い自由に生きたいという人物が多い冒険者である。13名しか居ないS級冒険者たちはギリギリまで顔を見せないつもりなのか、与えられた控室に居るのは俺とミケーレを除き目の前に居る二人だけだった。
「久しぶりだね、ロビン」
「筋金入りの貴族嫌いのアサギがこんなに早くに来るとは珍しいな?」
控室に居た俺たちを見つけた狼獣族のアサギがにこやかに手を振ってきた。彼の妻である兎獣族のレンカはミケーレに飛びついている。
この二人は人族至上主義である王国には足を踏み入れることすらしないことで有名で、今回も最後の最後に来るだろうと予想していただけに、召集日より前に来たことに驚きが隠せなかった。
「ミケーレが自慢していた妹さんと、君たちの娘に会って見たくてねぇ」
「……それだけじゃないだろう?」
「いや、会ってみたいのは本当だよ? そのほかについては君のご想像にお任せするかな」
そんなことをしみじみとした感じで言われたが、こいつは顔に出ていることと腹の中で考えていることが全く違う。腹黒いと言うのとは違う、抑えきれない狂気を笑みという仮面で覆い隠しているのがアサギという人物であった。
S級というランクの中でも上位に位置する彼らは、小さい体格に似合わず苛烈な性格のレンカは双剣の使い手で、それを的確にサポートしつつ回復も魔術も使える万能型の魔導師であるアサギは珍しいことに杖を使わず、魔導師のくせに種族特性である力を存分に生かせるソードメイス使いで、少々見た目も役割も変わった組み合わせの二人だった。
彼らと初めて会ったのは、俺が騎士団に居たころ超大型魔獣の討伐の助っ人としてやってきたのが最初で、討伐の最中に無能な指揮官が彼らを侮辱する言葉を吐き捨てたことで、宰相様を巻き込む大騒動になったのだ。当時からS級冒険者としては高位に位置していた彼らを止められる実力者が俺だけだったこともあり、会えば話すくらいの間柄になった。
俺とミケーレが騎士団を辞めて家や国を捨てた時には、冒険者ギルドを経由して彼らから祝辞を貰った。何故祝辞だ?と疑問に思っていたのだが、俺たちがS級に昇格した際にくすぶっていた疑問を投げかけたところ、腐りきった貴族の中にいるのはもったいない奴だったからと言われ呆気にとられた。
まぁ、アサギなりの身内に対する親愛の情のようなものだと、後々になってレンカに教えて貰いようやくはっきりした。俺やミケーレが彼らの身内に数えられていたのは、少し照れくさいものがあったが……。
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雑談をしていると侍従がやってきて、軍議が思っていた以上に長引いているためもう少し待っていてほしいとの通達があった。いつものようにうま味だけ吸いたい無能な指揮官たちが引き延ばしているのだろうと考えていると、侍従の後ろに控えていた女官たちが、軽食などをもってやってきたところ。まだまだ時間がかかりそうだと感じてため息を付いた。
軽食を摘まみながら、軍議を前にしているとは思えないほどゆったりとした時間を過ごしていたところに、扉を叩く音が聞こえようやく打ち合わせが始まるのかと思い、顔をそちらに向けると招かれざる客が視界に入ってきた。
何故ここに勇者がやってきたのかと疑問に思ったが、奴は扉を開けてこの場に居る者たちを視界にとらえた瞬間固まってしまった。訓練の最中にミケーレに言われたことにショックを受けていたのだろう。この場で会いたくなかったに違いない。
俺とミケーレはこいつと因縁があるから分かるのだが、それにしては勇者の顔が真っ青になっている。何があったのかと思い、アサギに勇者と何かあったのかと聞こうとしたら、奴が勇者に向かってにっこりと微笑んでいた。
基本的に人族は好きではないこいつにしては珍しいこともあるものだと思ったが、目の奥が笑っていない。こいつらの間で何かあったのは間違いなかった。
「犬ですら上位の者には腹を見せるのだけど、君はしないのかな?」
「貴様!!」
「ちょ、クロエやめなさい!」
勇者に対する侮辱と捉えた竜族の女が抜刀しかけ、慌てたエルフの女に止められていた。
対する勇者の方は、首回りの色が変わるほどの冷汗を流し、アサギから視線を逸らさずにじりじりと後ろに下がっている。
「ははは! 僕の|レンカ≪番≫に手を出しておいて、よくも顔を出せたものだねぇ」
「勇者殿、それは……」
「馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが……」
アサギが嘲りの笑みを浮かべ、よくも自分の番に色目を使いやがってと言わんばかりにこの場で暴露した。番持ちの獣族に手を出す馬鹿は殆ど居ないため、やつの話を聞いた勇者のパーティメンバーはあちゃぁという顔をしていた。
若い軟派な人族がたまにする失敗であるからと、その時に居合わせたギルドマスターが将来有望な奴だからと必死で止め、アサギは不承不承ながらも半殺し程度で済ませてやったらしい。こいつのことだから、半殺しと言ってもおそらく虫の息くらいになるまでボコボコにしただろうが……。
一応、勇者たちは一緒に戦うことになる冒険者たちと交流を深めると言う名目でこの場に来たらしい。勇者付きの侍従の様子からして、おそらくは軍議でやらかして体よく追い出されたのだろう。
だが、控室に居たのは勇者が苦手とする俺とミケーレ、アサギとレンカ夫婦のみだった。
「まぁ、交流しに来たんだっけ? そんな扉の立っていないで、こっちに来て茶菓子でも食べなよ?」
「え、あ、ハイ……」
「ギルドマスターが勇者だと言うから、殺さないで捨て置いたのにこんなところで会うなんてねぇ……。二度と俺らの前に顔を見せるなと言ったよな?」
アサギは微笑みながら勇者たちを部屋の中に招き入れた。
俺は知っている、根に持つタイプのアサギがこんな風に笑っているときは、特に注意が必要だということを……。
勇者の心配はしたくはないが、この場でトラブルも犯したくはないため様子を見ることにしたのだった。
にこやかに近場にあったスコーンを勇者に勧め、茶菓子に注意がいってアサギに対する警戒心が少しだけ低くなったところに、アサギが地を這うような声でつぶやいた。勇者と隣に居た俺しか聞こえなかっただろうが、勇者が委縮するには十分だった。
奴はこの機会に勇者を半殺しで止められた溜飲を下げるため、精神的にいたぶるつもりらしい。|狼≪アサギ≫の縄張りに入ってしまえば煮るも焼くも好きに出来るだろう。
とりあえず、特にこちらに害がなさそうだったため俺は何も見ないことにした。地味に精神的にくる嫌がらせを、軍議が始まるまでアサギが続けたのは言うまでもなかった。