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ディアーヌ視点
若い子に剣を教えるのは楽しい。
いや、違う。単純に若い相手ならいいわけではない。今手合わせをしているギルベルトが相手であるから楽しいのだ。
あの手この手を考えつつ繰り出してくる手数の多さや、獣族でも力の強さがぴか一である虎獣族だけあり、その年に見合わぬ力の強さと素早さがあった。
まだ、経験が足りないため私でも相手ができるが、これが数年後になったら手合わせすることも難しくなりそうだと思った。
ギルベルト本人も、私が稽古を通じて隙のある場所を教え込んでいるのだと分かっているようで、何度か剣を叩きこまれるとすぐに修正して次の手を考えてくる。叩き込んで反復させれば、砂に水がしみ込むようにスルスルと吸収していく過程が見えるのが楽しくない訳がない。
騎士団の教官をしていたミケーレだけでなく、実践が主だったロビン殿が積極的に教え込むほどである。それだけの才能がギルベルトにはあった。
流石に息が切れてきたギルベルトを見かねたコレットが、お茶の準備をしてくれた。庶民であるため、アニスがお茶会の作法やら食事に関する手順などを叩き込んだようで、ぎこちないながらも、一気に飲むようなことはしなかった。
虎獣族ではあるが、借りてきた猫のように緊張している様子のギルベルトだったが、私が彼の知っている話題を振ってやると、少しは落ち着いたようで少しずつ話をしてくれるようになった。
今頃、マリエルがサラの衣装を嬉々として決めている頃だろうと思い。私はコレットが淹れてくれた茶を口に運んだ。
まさかあの子がグラン殿の養女になりえる子だとは思わなかったが……。
「もし、サラがモンターニュ伯爵家の養女になるとしたらどうするかね?」
「そんなことは俺がさせません」
「!?」
もしサラが貴族になったらどうするかと、普通に聞いたつもりだったのだが、ギルベルトは違った。猫科の獣族特有の瞳孔を開き、毛を逆立てそんなことはさせないと言ってのけたのだ。
二人は友人同士ではないのだろうか、恋人同士というにはサラがギルベルトに対してそっけなさすぎると思ったのだが、まさかと思いギルベルトとサラの関係を聞いてみることにした。
二人は仲の良い友人で、サラがギルベルトを王都見物に誘ったのかと思ったが、昨日の晩餐の様子を見ていても、ギルベルトはサラ以外に興味がないようだった。
「サラは俺の番です」
「!? サラはそのことを知っている?」
「はい。俺はサラが番だと伝えているし、サラは獣族にとっての番がどういうものかも、既婚の先輩に教えて貰っています」
まさかと思ったが異種族間の番だったとは、驚いた。
異種族間の番は難しいと聞く、特に人間と獣族であれば持って生まれた常識が違う。人間同士は番という仕組みはないから、獣族から番だと言われても拒否するような場合すら出てくると聞く。
「……異種族間の番は大変なのではないのか?」
「大変だったそうです。俺は父が獣族で母が人間ですから。身近な話が聞けました。特に母が言うには、出会った瞬間から付きまとわれ、別に聞きたくもない愛をささやかれ鬱陶しかったが、最終的には絆されたと教えて貰いました」
「ふふふ、母上殿がそういうのであれば、そなたも同じ轍は踏むまい?」
「……」
母親の苦労を知っているのであれば、同じ轍を踏んでサラに同じ思いをさせないように出来るだろうと思ったのだが、ギルベルトの様子を見ると気まずそうに視線を逸らしているため、獣族の番に対する本能は同じ轍を踏んでしまったようだった。
「まぁ、色々ありまして最終的に友達から一歩進んだくらいの関係になったと言うか……。俺は絶対にサラと結婚するつもりなんですが」
興味本位で色々あったという話を聞いてみたが、やっていることは付きまといとあまり変わらないのだが運よく送り迎えが出来る立ち位置に着けたというか、一歩間違えれば嫌われただろうに、よくサラが良く許したものだと思った。
それにミケーレもロビン殿もサラを可愛がっているだろうから、確実にギルベルトに手を出すなと釘を刺しただろうと思ったのだが、二人はもちろんのことサラが働いている冒険者ギルドの職員たちや鍛冶屋と商業ギルドの関係者からも釘を刺されたというではないか! あの子は一体どんな人脈を持っているのかと驚いた。
「……認められなければならない人物が多すぎではないか?」
「それだけサラには才能があって、魅力があるんですよ。俺はそれに見合う男になるだけです」
きっぱりとサラに魅力があるから仕方がないと言ったのち、ギルベルトはそれに見合うだけの男になるだけと大真面目に言い切った。
見栄を張る男が多い中で、これほど真面目な男は珍しい。
だが、それも私には好ましく見えた。そう思うのも、ミケーレがロビン殿に一目ぼれをした時を思い出させるからかもしれない。
グラン殿がサラを養女に迎え入れるのであれば、ソフィア殿もかかわるはずである。あの脳筋をうまく操縦する彼女のことだ。自分の娘の意に沿わぬ方向には持っていくまい。
「ならばサラが伯爵家の養女になられると、ギルベルトは困るな」
「はい、俺も困りますが。それ以前に、サラ自身が困ると思います」
「ほお、何故そう言える?」
「サラは、お金稼ぎが趣味なんです。もちろんお金も好きなんですが、増やしていく過程が好きらしいです」
「何を言うか貴族もお金を増やすのが仕事だぞ? 最も規模は違うがな」
「えっと、なんていえばいいのかな……。サラは根っからの商売人なんです。資金を渡されて貯蓄を増やすのは好きそうですけど、貴族になったら自分の足で稼げないし、貴族の義務も権利もいらないと言うと思います。むしろ束縛されるようなことがあったら、真っ先に逃げるんじゃないかな……。俺は死んでも着いていくけれど」
流石、番う相手のことを良く解っていると思った。アニスからの報告でもミケーレからの手紙でも、同じようなことが書いてあったと思い出した。
特にミケーレからの手紙には、周囲に翻弄されすぎて人間不信になっていたと書かれていたこともあり、サラのことを一番に考え理解しようと努力しているギルベルトは彼女が番ということもあり、絶対に裏切らない人物である。サラの相手がギルベルトでよかったと思った。
「俺は今回ミケーレさんに一緒に来ないかと誘われたんです。お二人は魔王討伐に向かうから、その間のサラを守り手が居なくなる。勇者とかモンターニュ将軍のことだけじゃなくて本当に最悪の場合は俺がサラと一緒に逃げるために連れてきたのだろうなと覚悟して来たんです」
「……」
「ただ俺は本当に未熟で、俺より強い人はたくさんいる。いざという時にサラを守れないかもしれない」
ギルベルトは悔しそうに拳を握った。初めて会った時はサラの後についてきている獣族の子供だと思っていたが、番う相手を守ろうとしている一端の男の顔をしていた。
「そのために、ミケーレは公爵家に預けたんだろう。わがロア公爵家はこの国の政治の中枢を握り、貴族たちの筆頭となる立場だ。私たちのもとに居る以上はその権力に守られていると思っていい。勇者もグラン殿もそうそうと手は出せまいよ。ミケーレもそれを望み君たちをここに預けたのだしね」
「……」
「実力がないと嘆くのであれば私が君に剣を教えよう。君が出来ることはサラの一番近くであの子のことを守ってやることだ。わかったな、ギルベルト!」
「―--っ、はい! よろしくお願いいたします。ディアーヌ様」
そういってギルベルトは勢いよく私に頭を下げた。
まぁ、まずはグラン殿との面会の前に礼儀作法から叩き込むとしよう。アニスが叩き込んだようだが、動きがぎこちなさすぎるからな。
はてさて、ミケーレに匹敵する才能の持ち主だ、この家に居る間とはいえ楽しくなりそうだと思いギルベルトの頭を叩き、私は彼の願いこたえたのだった。