二人で生きていく為に
世界の3分の1を占めるリーベル王国、その都市アランにあるギルド酒場は今日も人で賑わっていた。
ここの酒場には様々な依頼が毎日飛び込んでくる他に、どこかのギルドに入りたい者や、新しくギルドを設立したい者などが訪れる。
そして、今日もギルドを新しく作りたいと申し出て来た2人の男女に受付嬢のヘレナは困惑気味の態度を示していた。
「本当にお二人でギルドを新設するつもりでしょうか?」
「だから、さっきから言ってるじゃないですか」
まだ幼い感じが抜けきらない少年はさも当然の様な態度を崩さない。隣にいる少女は、長く綺麗な黒髪に、透き通る様な大きな青い瞳で、華奢な体は戦いなどした事もないのではないかと思わせた。
「設立に必要な資金もこうして持ってきてるんですし、何も問題ないですよね」
「それはそうですが、設立にはもう一つ条件がありまして」
ギルドの新設には設立資金の他にギルド酒場が指定した条件を達成する必要がある。そしてその条件は決して簡単なものではない。
「条件を達成すればいいんですよね、それで条件は何ですか?」
ヘレナは少年と少女に目を配り、諦めの溜息を吐く。
「今、国から来ている案件はアランから少し西の森を拠点にしているオークの討伐です」
正直この2人には申し訳ないが今設立するための案件は決して簡単なものではない。オークは数こそ少ない種族だが個体事の力は馬鹿にできない。
一般的にはそれなりの経験を積んだ大人が5人組ぐらいで倒すのがセオリーになっている。
それをこの子達は二人で討伐しないといけないというのはあまりに無謀すぎる。
「今の案件は正直オススメできません、もう少ししたらまた違う案件が来ると思いますのでその時に再度受注するのが良いかと思います」
ヘレナはこの子達が到底オークに勝てるとは思えなかった、そう思って忠告したのだが
「西の森ですね、じゃあ今から行ってくるので終わったら設立の手続きをお願いします」
「え!?ちょっと待ってください!」
ヘレナの忠告など全く気にしてない様子で二人は話を進める。
「今日中には戻ってきますんで」
そう言い残して二人は酒場を出ていってしまった。
「何なのよ、人の話をちゃんと聞きなさいっての!」
忠告を無視して去っていた二人に苛立つヘレナに誰も話しかけようとはしなかった。
「もしもの事があったら目覚めが悪いじゃない」
討伐依頼を失敗して誰かが亡くなるなんて事はよくある事だが、その度に依頼を出す側のヘレナが達はいたたまれない気持ちになる。ましてやあの子達はまだ若い。ヘレナが心配するのは当然の事だった。
「あの子達が何かあったのかい」
そんなヘレナに声をかけたのはこのギルド酒場のトップ、バッカスだった。かつては王国魔術師団の団長を務めていたほどの実力者で5年前に引退してからは、王国が運営するこの酒場を任されている。
「ギルド設立の為の案件がオークの討伐なんですけど、それを聞いたらすぐに出ていってしまって・・・」
「なんだ、オークの討伐なんぞあの子らにとっちゃ楽勝すぎるわい」
「え?」
「なに、あの子らが小さい頃からワシは知っておっての、何も心配する事はないぞ」
バッカスの言う通り、ヘレナの心配は杞憂に過ぎなかった事を、たった数時間後に思い知る事になるのだった。
――――――
酒場を出てから、早速討伐に向かう事にした。
「とりあえず剣はあるけど、アイルは鎧着ていく?」
「いや、鎧は着ないでこのままで行く、 討伐した証も魔石で十分だし、大して時間もかからないだろうし、リナはどうする?」
「討伐も一体だけみたいだしね、私もこのままでいいいかな」
隣を歩く少女、リナとそんは話をしながら家へと向かう。
ちなみに今の二人の服は戦闘用に作られた物ではないので、攻撃から身を守る要素は何一つ備わっていない。
「距離的にもそんなにかからないだろうから、早く行って帰って来よう」
夜の森は視界が悪いので出来るならあまり長居はしたくない。
「じゃあ早く行こうよ、バッカスさんにも挨拶しときたいし」
「あの人には世話になったからな、何か上手い酒でも持っていこう」
「酒場のマスターなんだからどうせなら別のにしようよ」
バッカスは無類の酒好きでもあるからきっと喜ぶと思うんだが、そんな話をしながら二人で都市の門を通り西の森へと向かう。オークが拠点にしている森はそう遠くないが、普通に森の中からオークを探すのは時間がかかりすぎる、だがリナがいればその心配はいらない。
「リナ、精霊を呼べるか?」
「うん、ちょっと待ってね」
リナは魔法も使えるが、それとは別に精霊などを使役する術師でもある。ぼんやりとリナの体の周りに小さな光が飛び回り、リナの命令に従って森の中へと飛んでいく。
「あとは見つけてくれるのを待ちましょ」
「ほんと精霊って便利だよな」
「そんな物みたいな言い方しないの、皆意思だってちゃんとあるんだから」
「そうだな、ごめん」
リナは精霊の事になると少し沸点が低くなるが、実際に精霊を道具としか見てない精霊術師も少なくない。
まぁ、リナの場合は他の術師よりも結び付きが深いというのも理由があるんだろうけど。
「あっ、見つけた」
精霊を見送ってから、ほんの数分もしない間にリナの方に連絡が来たみたいだ、リナは目を閉じ精霊と意思を交わしている。
「ここからそんなに遠くないよ、着いてきて」
「わかった」
精霊と会話できるのはリナだけなので、言われた通りに森の中をついていくと、そこには一匹のオークが確かにいた。
「あいつを倒せばギルドが作れるんだな」
「受付の人は辞めとけって雰囲気を凄い出してたけどね」
「まぁ、ただの子供と思われてるんだろ」
「もう18だけどね」
「確かに、絶対幼くみられてるよな」
だけど、俺達二人はギルドを作り、二人で生きていく事を決めた、それを変えるつもりはもうない。
「よし、じゃあ俺が行くぞ」
リナは無言で頷き一歩下がった。
剣を抜きオークの方へと向かう、隠れながら近づくなんて事はしない、堂々とオークの正面へと歩みでる。
3メートルは軽く超えた体長は近づくとそれなりの威圧感がある。
俺を視界に捉えたオークが獰猛な雄叫びをあげた。
「一体一で不意打ちは卑怯だもんな」
オークの右腕が俺目掛けて振り下ろされる。確かに力は相当なものだがオークは鈍重だ、慣れていれば避けるのはたやすい。
空を切った右腕が地面にめり込み、オークの動きが止まる。その隙にめり込んだ右腕を剣で切り落とした。
「グォォォォォ!」
オークの悲痛な叫びを無視して、痛みで動きが止まったオークの右脚を剣で一振り、自身の体重を支えきれなくなったオークの体が崩れた。身長差で届かなかったオークの首が俺の前に晒される。
「悪いな」
首をはね落とし絶命するオーク、剣を鞘に戻し深い息を吐いた。
「帰ろっか」
近づいてきたリナに頷き返し、俺はオークの体から魔石を取り出す。これをギルドに見せればめでたくギルド結成となる。
「でも、少し複雑だね」
リナが少し悲しい顔をして呟いた。
「もしかしたら、私達も討伐の対象になる時がくるかもしれない」
「まぁ、な」
咄嗟に言葉が出なかった自分が情けなく感じると同時にリナの言った事は少なくない確率で有り得る未来だと悟る。
過去の出来事で、人間とは呼べなくなった自分達もいつか討伐される日が来るのかもしれない。だけどこれだけは言わなければ駄目だと思った。
「たとえ俺達にそんな未来が来ても、リナだけは守ってやる」
顔全体が赤くなる感じがしたがこれだけはハッキリと伝えとかなければと思った。リナはしばらく俺の顔を眺め、ニターっとした笑みを浮かべた。
「じゃあ、その言葉をそのままアイルに返してあげる」
その笑顔に今度こそ言葉を失った俺は都市に着くまでほとんど無言のままだった。