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きっとそれが、あなたの幸せなのでしょう。  作者: 篠宮 楓
ちょっと一服。

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トンノは見て見ぬふりをする

 僕の名前はトンノ。トンノ・セダ。

 平民に属する商家の三男。両親の手がけている商店は大成功とまでは言わないけど、不自由のない生活ができるくらいには繁盛している。

 家族は、両親と上に二人の兄、そして下に双子の弟妹がいる七人家族。結構な大所帯で不自由なく暮らせるのだから、ある程度金持ちには入るのだろう。


 そして、何度も言うけど僕は三男。

 

 長男は家を継ぐために、次男は長男をサポートするために必要だが、三男である僕は手伝い位しかできない。手を出し過ぎれば兄たちは困惑するだろうし、何もしなければ周囲から疎まれるだろう。

 まだまだ幼い弟妹は家族みんなから可愛がられているし、何よりも上の兄二人とは十歳以上も歳が離れているためライバルになりえない。

 優しい兄達だが、やはり微妙な年齢の僕がこのまま家にいれば邪魔になる日が来るかもしれない。面と向かって嫌な顔をされたくはないなぁと幼い頃から感じながら育ってきた僕は、十五歳になった日、家族に宣言した。


「僕は軍に入って兵士になるよ」

「「反対だ!」」


 兄二人が、椅子をけって立ち上がった。

 僕は、その言葉だけで心置きなく軍隊入りを決める事が出来た。







「トンノ、お前宛に差し入れが来ているようだよ。門番の詰所に行っておいで」

 昼食を食べ終え珈琲を優雅に飲んでいるこの人は、僕の教育係でもあり主でもある九軍副隊長レイノール・セルシア様。二十六歳の若さで副隊長にまで上り詰めたレイノール様は、とても穏やかでそしてお強い。十五歳の目下の僕にでさえ、とても丁寧に優しく接してくれる尊敬する上官。

「差し入れ……ですか。その、すみません」

 珈琲の入ったポットをカートに戻しながら、僕は身の縮こまる思いだった。週に一度、僕が軍に入隊してから欠かされることのない実家からの差し入れは、九軍どころか同じ平民を主とした十軍の間にも知れ渡っているという。

 心底恥ずかしい、どんだけ過保護だ。


 思わず頭を下げた僕に、レイノール様は不思議そうな声音で問いかける。

「なぜ謝るんだい? 嬉しい事だろう、家族から愛されているという事じゃないか」

「……愛が重いです」

「あはは、トンノは面白いなぁ。さ、その愛を受け取りに行っておいで。重かろうが大きかろうが、横からかっさらう不届き者が沸いて出る前にね」

 その言葉に、ピッと背筋が伸びる。

「……はいっ! ありがとうございます」

 そう言ってもう一度頭を下げると、慌てることなくカートと共に副隊長室を辞した。



 どんな時でも冷静に。


 それがレイノール様から教えて頂いた最初の戒め。どんなに敵より優勢でも、パニックに陥ってしまえば負けに傾く。例えそれが戦場ではなくとも、冷静を欠いた方の負け。

 その戒めを守って焦る心を押し込めた僕は、厨房にカートを戻してから詰所へと心持ち早足で向かったのだけれど。

「おっすトンノ。今日の差し入れはアップルパイだぜ」

「……」

 すでに不届き者な先輩が、差し入れされているはずの僕を待つことなく食べてました!

 分かってたけど分かってたけどねこうなる事は!


思わず肩を落としながら、あたかも自分の差し入れのようにアップルパイをほおばっている一つ年上の凪先輩の前に立った。

「先輩。せめて僕が来るまで待ってはもらえませんか」

「なんで?」


 ……家族からの手紙とかが入ってたら恥ずかしいからと毎回凪先輩にはそうお願いするんだけど、まぁいつもの如くの一刀両断だ。


「ホント、お前んちの差し入れは美味いよなぁ。なんだっけ、カナデウス? ホシナエス?」

 今更だけど……とバスケットを探ってみれば、案の定、紙の質感が指に触れた。引っ張り出すと、長男のお嫁さんである義姉からだった。

 食べられる前に食べるのよ……というありがたい忠告も、もう食べられている今の状況じゃやっぱり今更だけれども。

 便箋の最後の方には双子の弟妹の可愛らしい文字で、「兄様がんばって」と並んでいた。


 僕は肩を落としながら、手紙を小さく畳んでポケットに仕舞い込む。

「スェシナ義姉さんです。ほとんどかすってもいないじゃないですか」

 カナデウスって誰一体。

 凪先輩はまったくちっとも悪いと思ってない笑顔で手をひらひらとふりながら、バスケットから食べやすいよう小さく作られたアップルパイをつまみ上げた。

「その義姉さん、ホント料理美味いよな」

「なんだ凪、お前、トンノの義姉さんに横恋慕か」


 突然会話に割り込んできた低い声に、思わずピッと背筋が伸びる。


「あぁ? なんだよ、隊長の用は終わったのか?」

「ちょ、凪先輩……」


 慌てたのは僕だけ。体を少し屈めながら詰所の入り口をくぐってきたのは、同じ隊員と言えども隣国の王子。イルク第三王子殿下。

 大きな体に無駄なくついた筋肉、幼い頃から剣を振ってきたのがわかる硬そうな大きな手。この国に来てのびのびと鍛錬しているからなのか、ここに来た時より肌が褐色を帯びてきて余計偉丈夫に見える。

 本人からは同じ隊員として仲良くとかなんとか言われているけど、貴族でもなきゃ大人でもない、ただの庶民の十五歳の僕には到底無理な話だ。


 けれど、僕と同じく庶民で子供な十六歳の凪先輩はさらっと受け入れてて訳わからん。

「あぁ、終わって戻ろうとしてたら副隊長殿に差し入れの事聞いて、御相伴に預かりに来た」

 にっこりと笑って僕を見るイルク殿下に、机に置いてあったバスケットをサッと差し出す。

「どうぞ! 義姉は料理人の家の出なので、味は保障できます!」

「勢いがいいなぁ、トンノは」

 くすくす笑いながらアップルパイをつまむイルク殿下は、立ち食いしてるのにもかかわらず雰囲気が上品。凪先輩とは大違い。


「つか、なんで俺がトンノの……えーあー……スナエに横恋慕しなきゃなんねーんだよ」

「スェシナ義姉さんです」

「……その義姉さんに」

 見事に覚えられないらしい。

 イルク殿下は一つ食べ終えて指先のパイ屑を舐めとると、がしがしと凪先輩の髪をかきまわした。

「こんだけ美味い物作れる女性に惚れる気持ちは分かる! が、もっと大きくなんなきゃな。頑張って牛乳飲め牛乳」

 イルク殿下のなすがまま頭を振られていた凪先輩は、ぐぁぁっっ! と大声を上げて、その手を叩き落とした。

「関係ないだろ身長は! イルクこそ、惚れたとかなんとかおっさんくせぇ話してんじゃねーよ! っつか、既におっさんか! 悪かったな!」

「誰がおっさんだ!」


 ぐぬぬ……と睨みあった二人は、「修練場に来い!」「修練場行くぞ!」ととても息の合った果し合いをしに詰所を出て行った。


「……」

「……」


 実は詰所には当番の兵が二人ほどずっといたわけだけど。


「……お騒がせしてすみません。良ければどうぞ」


 トンノはすっかり数の減ったアップルパイを勧めながら、二人と目を合わせて微妙な表情を浮かべた。それにつられるように、兵たちも呆れたように笑う。


「凪さんとイルク殿下、いつになったら気が付くんだろうな」


 ぼそっと、今みんなが思ってる事を一人の兵が呟く。


「「ホントにな!」」


 思わず残り二人で同意してしまった。


 九軍を越えて広範囲で賭けの対象となってる、凪先輩とイルク殿下。二人はお互いをお互いで勘違いしてたりする。


「凪先輩は女の人だし、イルク殿下はまだ十九歳……」


 あんなに仲いいのに、全く気付かないのは逆に凄い。

 いつ気付くのか、実はみんな楽しみにしていたりする。


 僕から教えては、あげないけどね。

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