腹黒軍師
「お前の所は、いつ来ても平和そうだな」
バサリ
抜けるような青空から、真っ黒い鳥……まぁありていに言えば東の国の方で言うカラスが羽を散らかしながら私の肩に降りてきた。
さすが隊長の私、揺るぎないこの体幹。
今まさにイルクを凪の父ポジテンションで殴り飛ばしに行こうとしたことなんて、きっと誰にも気づかれまい。
「……」
なぜだろう。レイノールの視線を感じる。うん、無視しよう←
小さく息を吐きつつ、肩に乗った重みに視線を滑らす。
「あなたはいつも忙しそうですよねぇ、カラス」
私が名を呼ぶと、鳥のくせに嫌そうな表情をして足の爪をぐいぐいと肩に食い込ませてくる。
「カラス言うな」
「本名呼んだらばれちゃうでしょ? ジェラス。良いじゃないですかそっくりで。カラスとジェラス」
「まだ本名の方がいい、カラスはやめろ。どうせ周りからは、鳥に話しかける変態ぼっち隊長としてのお前しか噂にならない」
「私に一つのメリットもない……!!」
カラス……ジェラスは小馬鹿にしたように笑うと、足を一・二回動かしていいポジションを探してそのまま体を下ろした。
「お前んとこのはねっかえり。まさかの大物だったな」
どうやら私の親愛のノリはスルーされたらしい。呆れの含んだジェラスの声音に、口端を軽く上げる。
「思った以上の状態になっちゃって、さすがのジェラスくんも頭痛い案件でしょうか?」
私の言葉に嫌そうに目を細めて、凪たちの声が聞こえる方に顔を向けた。
「……まったくだ。ここまで仲良くなるとは望んでない」
確かに、私もここまでとは思っていませんでしたけど。でも。
「仕方がないよね。ジェラスくんが発案したんだから、最後まで責任とってよ? うちの可愛い凪ちゃん、貸したんだから」
「可愛げないはねっかえり娘だがな。まぁ、こうなったらこうなったで、どうにかするさ」
そう言い捨てて飛び上がろうとしたジェラスくんの足を、がっしりと掴む。
「てめっ、離せこのバカ隊長!」
「うちの子、泣かせたら許しませんからね?」
ばさばさともがいていたジェラスくんが、その言葉にムッとした表情を浮かべた。
「俺を誰だと思ってる。自他共に認める、最強の軍師だぞ?」
「最悪で最恐ってのもつきますけどね。腹黒軍師、ジェラス・ウィード」
フルネームで肩書までつけると、じっと私を睨みつけて顔を背けた。
「……腹は余計だ。じゃあな」
足を掴んでいる私の手を一噛みすると、力が緩んだすきにバサリと空に飛びあがった。そのまま飛んでいく黒い鳥の姿を見送りながら肩を竦める。
「いつまで隠し通せますかねぇ。腹黒どころかかっこつけて対面保っている小心者のジェラスくんは」
この国には主席軍師が二人いる。
一人は貴族や神殿などを味方に付けた、魔術や貴族子弟の軍を中心に纏める白の軍師。そしてもう一人が国民を代表する黒の軍師……またの名を最強で最恐で最悪な腹黒軍師。
それが黒の軍師、ジェラス・ウィード。
彼は色々な呼ばれ方をするけれど、実際は多方面を考えて最善な軍略を立てる誤解されやすいうちの腹黒軍師。凪にも毛嫌いされてる、可哀そうな子。
実際はもう一人いる白軍師の無茶な戦略や要求を自分が盾になって防いでいるのだが、見目と性格と……そして出自のせいでなぜかジェラスの方が悪と見られがちなのだ。
まぁ、白軍師の外面と立ち回りが上手いという事もあるけれど。
ジェラス・ウィードは私の幼馴染であり、友でもある。
今回のイルクと凪の件は……、いや、その前に九軍に彼を越させたこと自体ジェラスの差配。確かにイルクからの要望もあったけれど、白軍師や王族達は貴族の軍にいれようとしていた。
要するに、見える範囲に置いて監視の上飼い殺し。
何か事があれば、即処刑に持って行けるよう中枢の息のかかった隊にいれようとしたのだ。
それを言い包めて九軍に入れるよう要望を通したのは、ひとえにジェラスの尽力による。まぁ、それも自分の都合のいいように進めるための布石と言えばそうだけれど。けれど常に最善の……それは人として……策を講じている。
誤解されやすいけれど、国の中心では良心に当たる立ち位置にいると言ってもいい。直属の部下以外、誰も気が付いていない事実。
白軍師の方が真っ黒腹黒軍師なんですけどね。いつになったらみんな気が付くのやら。取り巻き達も皆似た様な性格だから、ジェラスの側近以外皆知らないんですよねぇ。
王も白軍師も「国の為」という名の元、卑怯な手を使う。それは仕方がないにしても、今回は他国の人質でありソクラートの王族から好かれている第三王子殿下。
流石に卑怯な手を使わせるわけにはいかないと、ジェラスにしては表情に出さずとも必死だった。
「国」の評判を落とさない為にも、人質としてソクラートに渡った王弟殿下の為にも。
イルクに何かあれば、王弟殿下に害が及ぶ。
ジェラスと王弟殿下は、仲がいい。傍から見ればジェラスに怒られてばかりだっただろうが、王弟殿下の事を一人の人間としてそして王族としてちゃんと考えて接していたのは彼だけだ。
そして王弟殿下もそれを分かっていたから、ジェラスをとても信用していた。
なぜかそれが「王弟殿下を取り込んで、その力を借りた不届き者」って言われるとは思ってなかったですけどねぇ。
ジェラスにその噂を離したら「……コレに、借りられる力があると思うのか?」と、不敬罪ものの言葉を王弟殿下の目の前で言ってましたけど。そして王弟殿下も「ねー」って頷いてましたけど。
「まぁ、軍師なんか嫌われてナンボとか言ってますしねぇ。念願かなって、けっこう嫌われていますけどね」
そしてそう仕向けておいて、内心悲しがってる可愛い私の幼馴染。
彼が考えていることは、私には大体分かる。なぜなら、その手のものを教えたのは私だから。
「ま、あなたが思った通りに事が運ぶよう、私も二人をちゃんと見守りますよ」
ハッピーエンド、目指して欲しいんですから。
「ぐぉぉぉぉぉっ!!!」
「待てっ!!!」
砂埃を上げて修練場の入り口から、二人が突入してくる。
「てめぇぇっ! 先輩の顔立てろやゴルァァァァァ!!!」
「立てる顔が見当たらないっ!!!」
必死な形相の二人と対照的に、周囲はいつものじゃれあいだと笑いながら応援している。
仲のいい平和な第九軍。
「少しおねんねしてやがれっ!」
「んあっ!?」
凪の回し蹴りが隣のイルクへと向かう。驚きながらも躱したイルクは、凪よりも二.三歩遅れをとってゴールした。
「ざまぁみやがれ」
ドヤ顔で踏ん反り返る凪と、心底悔しそうなイルク。
……
イルクが凪に染められる前に、どうにかしてくださいよ腹黒軍師……!