ソクラートの第三王子
「てめっ、俺の技だろそれ! 盗ってんじゃねーよ!」
「いつ誰が何処で、凪のものだと決めたんだ?」
懐から投げ出されたナイフを飛び退ける事で避けた凪が、悔しそうに投げたイルクに喰ってかかる。彼はと言えば、そんな凪をおちょくるようにまだ手元にあるナイフをくるくると空中に放っては受け止めていた。
「因果応報。小賢しい技は、初手のみにしか大きな効果はないんだ。それはサブに変えて、メインで扱う獲物を決めた方がいいぞ?」
放り投げたナイフを奪おうとする凪を雑にいなしながら、イルクは口端を上げてにやりと笑う。その仕草が癇に障ったのか、凪は瞬間的に飛び上がると膝蹴りをイルクの腹筋に叩き込んだ。
「ぐっ」
咄嗟に腹筋に力を入れたみたいだけど、多少間に合わなかった分の痛みがあったようで、右手で腹を押さえて眉を顰めている。
「確かに初手では効果抜群だな!」
あははははははは!!!
そんな笑い声と共に、イルクの手から落ちたナイフを拾い上げた。
「俺だってメインの獲物は欲しいけどな、仕方ねーだろー? こちとらイルクみたいな筋肉馬鹿じゃねーんだよ。剣なんか持ったら、振り回されるのがオチだっての」
「それだけわかってるなら、十軍に移りなさいって私が何度……」
「あー、うっせーな! 隊長が俺を拾ったんだから、諦めて最後まで九軍で面倒見ろ」
ナイフをイルクの足元の地面に突き刺すと、凪はふて腐れたように両手を頭の後ろで組んだ。
私はとても優しい隊長なので、にっこり笑って外を指差す。
「それなら行ってきなさい、修練場外周10周マラソン。はいスタート!」
「は? はぁ?! 何で俺が!」
驚いたように私の指と外を交互に見た凪に、畳み掛ける様に命令した。
「小賢しい技を使うなと、私言いませんでしたっけ? 二十周に増やされたいですか?」
凪は悔しそうに私を睨みつけると、悪態をつきながら外に向けて走り出した。
「隊長殿は、凪に甘いのか厳しいのか分からないですね」
腹筋の痛みから復活したイルクが、微笑みながら横に立つ。私はそのデカい図体を見上げると、再び外を指差す。
「何言ってるんです、イルクも行くんですよ」
「……え?」
一瞬、何を言われたのかわからないとでもいう風に首を傾げたイルクに、これまた特上の目の笑っていない素敵な私の微笑み返しを見舞った。
「小賢しい技を使ったのはイルクも同様。さっさと走ってらっしゃい」
「隊長ど……、了解です!」
何か言おうとしたイルクは、私の顔を見るなり凪の後を追って駆け出した。
「ざまぁ! 俺の真似するからだろっ」
「余計な事をした……。まさか凪と同罪になるとは、一生の不覚」
「一生の不覚ってなんだオイ!」
言い合いしながら修練場の門から外へと飛び出していく二人の背を見送ると、肩をがくりと落した。
……確かに凪を傍に着けることでイルクが少しでも安らげるようにとか思ったけど、ここまで楽しめとは言ってない!
「すっかり、凪と仲良しさんですねぇ」
「私は認めんぞ」
「隊長、凪の母ですか」
「育てた私は、父にも母にもなるのですよ!」
「……今日も九軍は平和ですね……」
あきれ返ったレイノールの声も、生温い部下たちの視線も気にしない!
「まさかここまで仲良くなるとは誤算でした。今からでも付き人を替えますか、いっそ私がなるというのも……」
「どこまで阿呆を晒したら気が済むんです。あ、つい本音がぽろっと。皆、手が止まってるぞ! パートナーを変えて、打ち合い再開!」
「……」
レイノールめ……。最近、私の扱いが凪と似てきたのはなぜでしょうかね……!!!
部下たちの面倒をレイノールに任せ、少し離れたところで全体を見渡す。
今日も私の部下たちは、真面目に修練を積んでいて素晴らしい事です。
「俺の事抜かしてんじゃねぇ!」
「足が短いのが悪いんだろ」
「てめぇっ!」
修練場の外を走らせてるのに、なんで中にまで声が聞こえてくるんでしょうね。そこまで元気なら二十周でもいいんじゃないでしょうかね。
眉間に皺を寄せつつ、小さくため息をついた。
イルクがこちらに来て三か月。すっかり同僚として打ち解けたイルクと凪は、九軍の漫才コンビ……基い、いいパートナーになっている。
普段はとても大人っぽいイルクだけれど、凪といると年相応になるらしく見ていて面白い。
実はこの二人に関して賭けが発生してたりするんですけど、いつになったら気が付くのやら。
「おっさんなんだから、もっとゆっくり走らねぇと腰痛めるぜ。このおっさん!」
「お前こそもっと鍛えないと、いつまでたってもチビのままだぞチビのまま!」
……賭けに気が付くどころか、賭けがいつ終わるのかも分からなくなってますけどね。
ねぇ、二人とも。お互いに周りからなまぬるーい目で見守られている事に、まったく気付きませんかね?
イルクは凪から見ておっさんじゃないし、凪は今から鍛えても身長が一気に大きくなる成長期はもう通りすぎちゃってるんですよ。
ねぇ誰か教えてあげて……。
徐に周囲に視線を向けてみるものの、修練に勤しみつつ二人のじゃれ合いを見守って(聞き守って)いるだけで、誰も二人の勘違いを正してあげようとする隊員はいない。まぁ、賭けもあるし二人を見ているのが楽しいっていうのもありますしねぇ。
え? 私はどっちだですって? 教えるわけないじゃないですか。 そんなもの二人が可愛いからに……
「てめぇっ、どこ触ってんだくそじじぃっ!」
「ははは!」
……触っ……
「……」
前言撤回。凪が可愛いので……ちょっと行ってイルク地面に沈めてきましょうか。ねぇ?