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きっとそれが、あなたの幸せなのでしょう。  作者: 篠宮 楓
動き出す

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過去が動き出す 2

 手合わせを終えた隊員から受け取った書類を確認し次へと進む希望者のものを抜き出して渡すと、隊長はぐるりと辺りを見渡した。

 傭兵が作った国と言われているように、傭兵を祖先に持つものが国民に多く体格もよければ圧も凄い。隊員ももれなくそういう雰囲気の者が多く、あえていうならむさ苦しい。


 その中で、細身の隊長やレイノール、凪は結構目立つ。

 リアトもどちらかと言えばがっちりとした体格だが、ランディアでは細身の部類に入る。はっきり言ってしまえばイルクの方が、周囲と違和感がない。

 

「……おや」


 いつもと変わらずむさ苦しい男たちばかりの中、隊長は珍しい存在を見つけて小さく呟いた。

「隊長?」

 隣でリアトと話していたレイノールが、視線を向ける。その声に、隊長は口端を上げて目を伏せた。

「やっぱり来ましたね」

「やっぱり……? どうかしましたか?」

 独り言のように呟いた隊長に、リアトが聞き返す。けれどそれにこたえることなく、隊長は小さく首を傾けてレイノールへと視線を向けた。


「……隊長?」


 その表情に嫌な雰囲気を感じ取って、レイノールが一歩後ろに下がる。けれどそんなレイノールを気にすることなく、にっこりと満面の笑みを浮かべた。


「さて。レイノール、今日の面談はリアトと一緒に私も横で見てますからよろしくね」

 またですか! そう叫ぶレイノールに、リアトは彼の気苦労を感じて宥めるように肩を叩く。


「よろしくねじゃないですよ、隊長。それはあなたの仕事です」

 一刀両断するレイノールにひらひらと手を振って否やを返し、面談をする予定の寮の作戦会議室へとリアトを促す。

「隊長、いつもいつも面倒ごとを私に押し付けないでください」

「うふふ、第三者目線というのも大事なんですよ」

「レイノールも気の毒に、ただやりたくないだけですよね」

 リアトの呆れた声に笑い声を上げながら、イルクと凪に共に来るように目線で指示した。自分達も? と疑問の表情を浮かべるイルクの斜め後ろで、ちらりと凪がこちらを見る。


 私の意図に気付いたようで、何でもないようにイルクの背中を叩いて歩きだした。


 


 北の防衛戦で、少し成長したようで嬉しくもありちょっと切なくもあり。

 本当なら、……本当なら。

 この手の中で大切に……。


 集落で共に暮らしていた頃の凪の姿がふと脳裏をよぎって、小さく息を吐く。あのまま何事もなく凪と深青と暮らしていたならば、彼女をこんな血生臭い場所に置かなかったのに。

 深青と一緒に彼女の成長を見守りながら、二人を守ってそれだけで生きて行けたのに。


 ……例え、心の何処かが腐っていったとしても。



 


 何処かしんみりしとてしまった感情に目を伏せ、自嘲気味の笑みを浮かべる。彼女を手元に置くために、軍隊に引き込んだ自分が今更何を。






 レイノールとリアトが書類を見ながら何か言い合っているのを耳にしつつ寮へと向かうと、あともう少しというところで後ろから呼び止められた。


「九軍隊長殿! すみません、伝令です!」



 振り返れば、向こうから他の隊の隊員が走ってくる。それに思わず死んだ目になってしまいつつ、レイノール達に先にいくよう指示を出した。

 なんの疑いも抱かず4人が寮の中へ消えれば、目の前まで駆けてきた男性隊員が徐に耳へと口を寄せた。


「おいどういうことですか、なんであの二人組がここにいるんだよ」

 敬語とタメ口がまぜこぜになった低い声が、抑えた怒りを滲ませる。思わず笑いそうになりながら、ぽんぽと頭を叩いた。

「よく気付きましたね、あなた今日は書類仕事じゃなかったでしたっけ」

 彼は苛立ったようにそんなことはどうでもいいと、小声かつ早口で続ける。

「あの時向こうに潜入してた部下が見かけて、俺のとこに言いに来た」


 毛を逆立てた野生動物のような覇気が、じわりと彼から滲みだす。そんな時じゃないと思いつつ、眉を垂らして笑ってしまった。

 目の前にいる伝令はどう見ても二十代前半、けれど彼の本当の年齢は――。


「ねぇ、若作りが激しすぎやしませんか?」

「うるさい、俺の問いに答えろ。なんであいつらがここにいるんだ」

 敬語はどこかに消えたらしい。いつもの話し方のまま、詰め寄ってくる伝令の姿に笑いが止まらない。

「うちの隊に志願してきたみたい」

「そんなの分かってるよ、なんで捕まえないんだ! 防衛線の重要参考人じゃないか」


 半ば隊長の胸ぐらを掴み始めた隊員の頭を、力を込めてがばりと掴む。


「アウル、落ち着いてください。変装の意味がなくなりますよ」

「……、俺の方が年上だってのに」

「あはは。それだけ若作りしてれば、私より年下にしか見えません」

 ぷぷぷと肩を震わせて隊長が笑うと、少しトーンダウンしたのかアウルは肺から絞り出すように息を吐きだした。


「ったく慌てさせないでください、九軍隊長。信じていいんですね?」

 体勢を戻して背筋を伸ばし敬礼をする姿は、内密の言伝を伝え終えた伝令の姿。四十歳を越えているはずの二十代にしか見えないアウルの姿に、隊長はゆっくりと頷いた。


「えぇ、大丈夫ですよ。彼らもここに来た理由があるんでしょう。なくても取り込みます。もう一人は分からないけれど、あの男の術はとても役に立つ」



 私達の目的のために。



 言外にそう含ませれば、アウルは敬礼を解いて頷く。

「うちの上司に報告は致しますか?」

「そうですね、時間があればと伝えてください」


 了解ですと頷くと、アウルは何事もなかったかのように元来た方向へと戻っていった。


 その後姿を目を細めて見送ると、隊長も踵を返して寮へと歩を進める。



 彼らが何のためにここに来たのか、なぜ自分のもとに来たのか。その理由をちゃんと話してくれるのか。色々と気になることはあるけれど、ただ分かるのは。

 自分達がしようとしていることにとって、彼が戦力になるという事。

 防衛戦もサハランの事もどうでもいい。それ以上に自分達が持つ目的にとって、彼の存在はとても役に立つ。




「さて、彼らの目的もちゃんと聞かないとですね」




 捕まるかもしれない危険を冒してまで、ここに来た理由を。

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