凪の事がバレまして。
「で。お前はいつから女だったんだ」
「なぁ。その言い方、すっげーおかしくね?」
北方戦が有耶無耶の内に終わり、王都に戻ってきた日。夕方には王城内第9軍居住区に全員入っていたが、荷物の片づけや不在時の書類仕事などにそのまま就き、その後、午後九時をもって警戒態勢が解かれた。
訓練場での解散宣言を受けた後、夕食を城下に出ようか食堂で食べようかと考えながら寮へと向かう凪を、イルクは食堂へと誘った。「もう遅い時間だし、食堂で飯食わないか?」という何でもない会話に、凪はなんの疑問も抱かずついてきたわけだが。
「しかもこんなとこで、こんな時にする話か?」
フォークで鶏肉の照り焼きをブスッと刺しつつ、イルクを見る。
今日の肉料理は、鶏肉の照り焼きと鶏のから揚げという鶏肉好きの凪にとっては最高の食事だった。夜遅い時間にボリューム凄くね? とか、まったく問題ない。それどころかまるでご褒美のようだとも思った。のに。
それ食べながら聞く話か? しかも警戒態勢が解かれて一息ついたところで、その上、ここ食堂。
イルクは自分でもそう感じているのか、ちょっと罰悪そうに後頭部に手をやるとガシガシと髪を掻き上げる。
「いやしかし、女性の部屋に夜間に上がり込むなど……」
「いやお前、今まで普通に上がり込んでたし。ていうか、女オンナっていうんなら、こっちが疲れ果てるまで挑んできただろうが。先にそっち謝れ」
「いっいど?! 挑む、挑むって!」
おたおたと両手を上げ下げしながらどもり込みまくるイルクに、目を細めて視線を向ける。
「お前もう忘れたのかよ、北に行く前日にこっちがもう終わりだって言ってもやめなかっただろ?」
「は? はぁ? 俺は何もしてな……っ」
何をこいつは焦ってるんだ?
「お前と俺じゃ、打ち合いしてもこっちの負担が激しいんだよ筋肉馬鹿。しかも大剣と刀で何試合とか、翌日すげぇ腕が筋肉痛だったんだかんな。馬に乗るのがめちゃくちゃ疲れたわ」
刀……? と小さく呟いたイルクが、思い出したのか次の瞬間顔を真っ赤にさせてテーブルを叩いた。
「言い方!!」
「んあ? 話が通じりゃあいいじゃねぇか。ってなんでお前らまで頷いてんだ」
周りのテーブルに座る9軍の同僚までもが雁首揃えてイルクに同意する様を見ながら、おかしな奴らだなぁと鶏肉を頬張る。
「大体女性ならばそうだと、最初に言えばいいだろう」
まだ顔面を真っ赤にしつつもイルクが、牛肉の煮込みをスプーンの先でつついている。でかい図体の奴が身を縮こまらせながらその仕草をすると、一週回って可愛らしく見えてしまうのは自分の目が腐ってるからなのか。
思わず片目を指先でこすりながら、凪はへらりと笑った。
「わざわざ自己紹介で、俺は女です、なんていうかよ。てか気付け」
「気づくかそのなりとその口調で!」
「そうかー?」
そうだよっ……と大声になってしまった口を慌てて片手で塞いで、勝手に肩を落とす。
今日のイルクは情緒豊かだなぁと明後日の方向の事を考えながら、夕食を食べすすめる。顔を赤くしながらまだぶつぶつ言い続けているイルクの皿から、フォークで牛肉の煮込みをかってに切り分けて奪い去った。
じっくりと煮込まれたすね肉は、ほろほろと繊維がほぐれて柔らかい。フォークだけで崩れるその肉を噛みしめながら、かんかんと行儀悪くイルクの皿の端を軽く叩く。
「早く食えよ、もう遅いんだから。風呂入って寝なきゃなんねーんだからさ」
「ってそうだ風呂! お前風呂どうしてるんだっ、ここ共同じゃないかっ」
大人しくフォークを持つかと思ったその手が、再びテーブルに叩きつけられる。
「お前それこそ今更だろ……。俺が何年、ここにいると思ってんだよ。ちゃんと風呂は隊長んとこの個人風呂使わせてもらってる。俺的には、共同でもいいんだけどな」
「駄目に決まってんだろ!!!」
「いや、お前。さすがに一緒には入らねぇよ。全員が入る前か出た後に……」
「それでもだめだ!」
ここ一番の大声を出されて、一瞬食堂が静かになる。凪はフォークを加えたまま両手を上下に振って。どうどうとイルクを静めた。
「お前ね。俺がここに来た時、まだ10歳くらいのガキだぞ? まぁ、そうじゃなくても他の隊員にも隊長にも拒否されたかんなー」
「そりゃそうだろ。時間制限とかお互いに面倒くさい事するくらいなら、隊長の個人風呂使って貰った方が気が楽だ」
通路を挟んで隣に座っていた隊員が、苦笑ぎみに肩を竦めた。
「こちとら職務で時間なんて決まっているようで適当にしか風呂行けねぇし、凪は凪でこっちの生活に慣れるの最初は大変だったもんなぁ」
手を伸ばしてぽんぽんと凪の頭を撫でた隊員は、一瞬イルクの方へ視線を向けてそろそろと手を凪から戻した。
「まぁな。それもあって、いまもそのまま隊長んとこの風呂お使わせてもらってんだよ」
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「なぁ、本当にお前くんの? さっさと風呂行って寝ろよ……面倒くさいな」
食堂で夕飯を平らげた後、寮に戻って風呂へ行くという凪の後をイルクがくっついてきた。
凪は面倒くさいという視線を斜め後ろに向けながら、寮の上階にある隊長の部屋へと向かう。
「別にいいだろ。何か問題でもあるのか?」
「問題はないけど、面倒くさくてウザい」
「うざ……」
後ろでイルクがどんな顔をしているかまったく興味なく、凪はさっさと隊長の部屋のドアを叩いた。中から返答があったのを確認して、ドアを開ける。
そこにはいつも通り、隊長がソファにひっくり返ってた。
「おやー、イルクも来たんですか? 一緒には入らせませんよー」
「入りません!」
ひらひらと手を振りながらにこやかに笑う隊長は、確実にイルクをからかって遊んでる。凪は勝手知ったるように部屋に入ってすぐ右手にあるドアを開けた。イルクが後ろから覗き込めば、そこは寝室で。その奥の壁にもう一つドアがあるのが見えた。
「ほら、あそこ。もう安心したろ? じゃぁな」
凪はイルクが風呂のドアを見たのを確認して、軽くその胸を押した。そのまま一緒についていこうとしていたイルクは、油断からか一・二歩後ろによろけた。
その鼻先で、ドアが閉まる。
「おっさんはおっさん同士で、しゃべってな。隊長の少し下くらいだろ? 話あうんじゃね?」
くぐもった凪の声がドアの向こうから聞こえて、一瞬イルクはきょとんとして隊長を振り返った。
「……隊長はおいくつでしょうか」
「三十歳はちょっと過ぎてるかなー」
「俺はまだ十九歳だ!!!」
最後は凪へと聞こえるようにドアに向けて叫ぶと、一瞬の間の後、叫び声が上がった。
どすどすと遠慮のない足音の後に、またドアが向こう側へと開く。
「嘘だろ!! どんだけ老けてんだよお前の顔!!!」
「言い方! ……っっ!」
凪の容赦ない言い返しに叫んだイルクは、そのまま目を見開いて彼女の肩を指先で押すとドアを勢いよく閉めた。
イルクは顔を真っ赤にすると、思いっきりドアへと拳を打ち付ける。
「着替え途中で出てくるんじゃない!」
「うるせぇな! 口うるささで言ったら、隊長並みじゃねーか!」
勝手に巻き込まれて文句を言われている隊長は、もう我関せずと起こしていた上体をソファに沈めた。
「君たち、帰って来たばかりなのに元気だねぇ。私の前でいちゃつくんじゃありませんよー」
「いっ、い、いいいいぃいちゃついてなどおりません!」
隊長の声が聞こえたイルクだけが振り返って反論するのを見ることもなく、隊長は両腕を上げて身体を伸ばす。
「どっちでもいいけど、交際する時は私と決闘だからねー。負けませんよー」
「隊長!」
今日もうちは平和だねぇと、誤解だと懸命に言い募っているイルクをしり目に欠伸を一つ零した。




