王族VS平民
どんなに凪がむくれていようと、同僚に八つ当たりしようと、時間というものは平和に平等にそして淡々と過ぎていくもので。
「ソクラートから来たイルクと申します。こちらに来るのは初めてですのでご迷惑をおかけすることも多いかと思いますが、どうぞご指導の程、宜しくお願いします」
噂の的のイルク王子殿下は、それはもう……従兵も真っ青な位、新入りの挨拶をかましてくれました。隊員一同(&盗み見している他軍一同)、ぱっかーんと口を開けて見守りましたとも。
もちろん私はそんな無様なことはしませんけれどね。
「はい、皆さんその間抜け面を隠してくださーい。ではイルク殿下、副隊長と世話を担当する隊員を紹介しますのでそのままここに残ってくださいね。他の者は修練開始」
私の言葉に、弾かれたように隊員たちが兵舎を飛び出していく。私はこんなに優しい隊長だけれど、修練を怠る者に慈悲はない。
バタバタと大きな足音をさせて隊員が去った後、そこに残ったのはイルク殿下とレイノールと凪。
凪はどこか呆けたように、イルク王子殿下を見上げている。
「では、殿下……」
「あの」
紹介を始めようとした私の言葉を遮って、イルク王子殿下が視線を向けた。
「確かに私はソクラートでは王子という立場に居りますが、ここでは隊長殿の部下の一人。ただの軍人です。敬称などは無用でご容赦願いたい」
男性の中でも低い方に入るだろう落ち着いた声が少しの寂しさを含んで願うことが、一軍人としてみて欲しいという事。
この男は、馬鹿じゃない。そして自分の立場を、きっと一番理解している。
そんな男を可哀そうだと思ってしまったこの時が、きっと私がこの国を裏切る分岐点だったように思う。後から思えば。
私はにこりと笑って、頷いた。
「ではイルク、副隊長を紹介しましょう」
その言葉に、レイノールが一歩こちらに近づいた。そうしてイルクの前に立つと、胸に手を当てて軽く頷くように頭を下げる。
「では私もイルクと呼ばせて頂きますね? 私はレイノール。副隊長の任に就いています」
「レイノール殿……。という事は、魔術を使われるという……」
少し驚いたように目を見開いたイルクの言葉に、レイノールは苦笑を零した。
「魔術と言っても、簡単な音消しや付加をつけ対になった鉱石を持つ者との遠耳が出来るくらいで、あまり役には立ちませんよ」
「それでも、力以外何も持たない私にとっては誇るべき能力だと思います。どうぞよろしくお願いいたします」
「力があるだけいいじゃねぇか!」
……ん? 何だろう。いきなり大人の会話雰囲気がぶち壊されました……。
突然声を上げた凪は、右手をイルクに差し出すとにっかりと笑って顔を上げた。
「俺は凪、ここで拾われてここで育った。イルクの世話をするように言われたけど、先輩は俺だからな! とりあえず手合せしようぜ!」
「……は?」
それまで大人のような表情を見せていたイルクが、ぽかんと口を開けて凪を見下ろした。凪はそんなイルクを見上げると、眉間に皺をよせた。
「なんだよ、早く手ぇ出せよ。ほらっ」
所謂握手というものなんだけれど、実はソクラートにその習慣はない。というか、ここランディアにもないんだけどねそれ。
「あ、えっと……。あぁ、あくしゅ……」
ひらひらと右手を振る凪に、勢いに押されたイルクが微かに納得した声で手を差し出した。
「初めまして、よろしく」
おぉ、流石に王子殿下なイルクは知ってたか。ていっても慣れてないから、したこと自体ないんだろうけど。
凪はやっと差し出したイルクの手を力任せに握ると、ぶんぶんと上下に振った。
「へっ? わっ何?」
戸惑いつつも握手してみたら凪に握手した手を振り回されて慌てているイルクが可愛いので、ここは凪を褒めておこう。内心。
凪は戸惑うイルクの姿がおかしいのかけらけらと笑い声をあげると、その手を掴んだまま外へと向かって駆け出した。
「もう話はいいんだろ!? ちょっと手合せしてくる!」
「えっ? は?」
力で掛かれば負けるはずのないイルクなのに、手を振り払わない所に好感を覚える。いや、そんなもの覚えてる所じゃないんですけどね。まったく凪は。
「はいはい、行ってらっしゃい。イルク、凪は小賢しい技ばっかり使うので、全力で倒してあげてくださいね」
「えっ、あの隊長殿……!」
最後の方の言葉は、既に部屋の外だった。流石、猪突猛進。
レイノールは面白そうに笑う私を見て、仕方がないなとでもいう様に肩を竦める。
そんな仕草もかっこいいので、まぁ許しましょう。
「いいんですよ、これでいいんです。私が凪を付き人にした理由、レイノールも分かってるのでしょう?」
分かっていて、そんな表情してるんでしょう?
ふふふ……と笑いながら歩き出すと、彼も隣についてくる。
「分かってますけど、ここまで隊長の思い通りだとなんだか凪が可哀そうですよ」
「そうですか?」
凪が可哀そう、ねぇ。
兵舎を出て、修練場へと足を踏み入れる。
すると、そこで繰り広げられていたのは……。
「うわっ!」
「へっ! これくらい避けらんなきゃ、 実戦で俺について来れないぜ!」
凪が放ったナイフを、イルクが横に飛び退ける事で避けたその瞬間でした。しかも周囲は止めるどころか、楽しそうに応援してるし!
「……凪、タノシソウデスヨ」
「隊長棒読み。凪は楽しそうで何よりですけどね、これ、最初から国際問題になりません?」
ナイフの後は、避けたイルクに飛び蹴りを喰らわせようとしつつ、地に着いた足で砂を巻き上げて目つぶしへと……
「凪!!! それはもう少し慣れてからにしなさいっ! 最初から飛ばすんじゃありません!」
通常の騎士同士の修練なら全部反則の技とか、最初からはまずいでしょう!
慌てて二人に駆け寄る私の後ろでレイノールは「突っ込むところはそこじゃないでしょう」と、面白そうに笑ってました。
冷静か!