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きっとそれが、あなたの幸せなのでしょう。  作者: 篠宮 楓
時は進む。

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凪 4

「しかし、なんでこれがあいつの奥の手なのか、まったくもって分からんな」

 教会から出てきた第一軍近衛隊長……まじで名前なんだっけ?……の、おっさんがゆっくりと近づいて見下すように凪に視線を投げかける。

 それはゴミ屑でも見るような、いや……なんか使い捨てのおもちゃでも見るような。


 凪は嫌悪感を覚えながらも、その目を見返した。このおっさん隊長の言葉を反芻して、にやりと笑う。あいつの奥の手。すなわちそれはうちの隊長の奥の手に自身がなっていることに相違なく、普段の行動に出ていなくても隊長に恩を感じている凪としては嬉しい限りの言葉だった。

 直接本人に言うことはないけれど。言うかそんなもん。


「ん? 怖くて何も言えないか? 今日は守ってくれるお仲間は誰もおらんからなぁ」

 にやにやと笑う姿は、近衛騎士というよりそこら辺の盗賊か山賊の類のようだ。周りで様子をうかがってる奴らの親玉と言った方が、しっくりくる。

「彼があの?」

「?」

 ひょこりとおっさん隊長の後ろから顔を出したローブ姿の男に、視線が行く。あの男……察するにうちの隊長なんだろうけれど、を、知ってる人間? でも軍関係で見た記憶ない……と思うけど、俺の記憶力は皆無だからな。

 覚えてない可能性の方が、ダントツで高い。


 おっさん隊長は丁寧な仕草でその人へと向き直ると、小馬鹿にしたような表情でもう一度凪を見た。


「えぇ、そうですよ。これが奥の手とは、あの男の奥行きが知れますな」

「しかし皇帝陛下にも覚えがめでたい御仁だと、こちらは伺ってるのですが」

「覚えがめでたいなど。珍妙な存在で面白がってるだけですよ、我が陛下は」


 珍妙……。


 思わず口端を歪めて、苦笑を零す。まあ、物珍しいっちゃそうだよな。それは間違っちゃいないや。

「……っ」

 内心、おっさん隊長に同意していた凪の身体が、一瞬宙に浮いてそのまま地面に転がされた。

「誰が立ってていいといった。そこで地面にでも這いつくばっとれ」

 おっさん隊長に意識を集中させ過ぎたからか、背後に近づいてきていた男の存在に気づけなかった。


 足払いを掛けられて転がった体に響く痛みは、受け身を取ることができなかったせいもあって一瞬息が止まる。それでも声を上げることは負けたような気がして、凪は奥歯を噛みしめた。


 おっさん隊長はそんな凪を見遣って目を細めると、ローブ姿の男へと慇懃に頭を下げる。


「少しお待ちいただけば、これも皇国へ持っていって構いません。あの若造にいう事を聞かせるにはいい駒だと思いますよ」

 ローブの男は深く被っていたフードを少し浅めにすると、ゆっくりと凪へと近づいた。

「彼の方は、この子をそこまで重用してるのですか?」

「私にも分からない趣味です」

「ふぅん……」


 痛みをこらえる為に瞑っていた瞼を持ち上げると、思ったよりも目の前にローブの男の顔があって本能的に後ろへと身体をずらす。

 

 上げた視界に、フードの中の長い白髪に目が留まる。怖さや痛さより、初めて見る髪色に視線が奪われた。

 そんな凪の様子に、彼の銀の虹彩が面白そうに揺れた。


「……僕と真逆だねぇ」


 その言葉に、凪の目が大きく見開かれる。

 白い髪、白いまつ毛。そして


「目、も……」


 いや、白いとは違う。瞳は濃灰色。白目との境は目を凝らさないと分からないけれど、白目と銀の虹彩、そして灰色の瞳。

 自身の黒い瞳と同じ人を隊長以外見たことはなかったが、逆に白色の瞳も若いのに白髪の人も見たことはなかった。


 驚く凪を眺めながら、フードの男は口端を上げる。


「物珍しさで言えば、僕の勝ちかな?」

「いや別に勝負してねぇし」

 

 思わず言い返した凪にちょっと目を丸くして、可笑しそうに目を細めた。

「君、面白いねぇ」

「喧嘩売ってんのか」

 面白いってなんだ、面白いって。

 不遜な態度を取り続ける凪の事などお構いなしに、フードの男は指を伸ばして首元のスカーフを小さく揺らす。なにやってんだこいつという感情のまま見上げれば、凪のスカーフから手を離してその指で自身の顎を撫でた。


「今のまんまって、生きづらいんじゃない? ソクラートの王子と一緒に、うちに来るかい?」

「行かねーし、行かせねぇよ!」

「そう? いやでもさぁ、君、兵士なんだろう? あそこのおっさんみたいな奴らがいるさぁ」

 その言葉に、後ろのおっさん隊長が顔面を紅潮させてるけど面白れぇからいい。もっと言え。

「その中で、大変じゃない? あのおっさん、差別とかきつそう」

「……? 黒髪黒目がか? 別にそういう差別は……」

「じゃなくてさ」

 フードの男は少し思案気に指で顎を撫でると、そのまま凪のスカーフへと手を伸ばした。



 徐に、しゅるりとそれを引き抜く。



「君、女の……」



 その、一瞬の後。

 フードの男が言葉を言い終える前に、凪との間に大剣が突き刺さる。フードの男は身を仰け反らせ反動をつけると後方へと二.三歩飛んだ。

「なっ……!」

 おっさん隊長の叫び声が途中で途切れる。目を丸くした凪がそちらに視線を向けた瞬間、背後に気配を感じて立ち上がろうとして……失敗した。ばさりと降ってきた上着が肩にかかると同時に、頭をぎゅっと押さえつけられる。

 何するんだよ! と怒鳴ろうとして開けた口が、思わずそのままで固まった。


「……なんで」


 聞きなれたその声にほっとするはずなのに、なぜか背筋に冷たいものが走る。多分、次会う時は怒られるんだろうなとかさっきまで思ってたソレが、まさしく現実になろうとしていた。


「凪」


「……ん? んー?」

 思わず曖昧な声が喉元から出て、……何かこう……失敗したと直感した。


 後ろの男は目の前に突き刺さった大剣の柄を掴むと、それを引き抜く。目の前で土塊を落としながら上へと抜かれていく剣を視線だけで追った。……まるで現実逃避のように。



「なんで俺が知らなかったのに、敵国の人間が知ってるんだ!!!」

「俺が知るかそんなもん!!!」



 ――というか。


 

 「……っ」



 男の、静かで低い声が、凪の上に降りる。



「俺を出し抜くとは、いい度胸だ」

 いつもの品行方正、もしくは凪の兄ポジションの彼からは想像もつかないドスの効いたその声に、思わず周囲も固唾を飲む。


 


「後で覚えてろよ」



「イルク……」


 まるで悪役にしか聞こえないセリフを吐いた男……イルクは、凪を片腕で荷物のように小脇に抱えると、逆の手で大剣を構えた。

 フードの男へと、その切っ先と殺気を向けて。

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