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きっとそれが、あなたの幸せなのでしょう。  作者: 篠宮 楓
時は進む。

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イルクという男。9

「普通は奇襲とかに備えなるべきだというのに、まさかの見えない見張りつき極安全な野宿ときた。なんなんだこれ、戦舐めてるな」

「同意」


 中央から離れて数日、イルクと凪は順調に何事もないのんびりとした隠密? 行動を続けていた。今夜は街道から少し横にそれた場所に野宿することに決め、小さな焚火を拵え食事をとったのは少し前のこと。

 その際、枯れ木を拾いに行ったイルクにはじめて接触してきた十軍からの伝言は、「我々が見張ってますので、お二人ともどうぞゆっくりとお休みください」だ。

 戦中の野宿で、ゆっくりとお休みくださいっておかしすぎだろう。どんな配慮だ。


「こんな間抜けな珍道中を繰り広げて、相手を油断させたいとか……そんな何か裏の意味があるとか?」

「はぁ? そんなとこまで深読みしなきゃいけないの……? うっわ面倒くせぇ。余計なこと伝えてくんなよ、面倒くせぇ」

 あぁ面倒くせぇと、面倒くさいの大安売りをしながら凪がごろりと横になる。

「とりあえず俺が見張りっぽいことしとくから、王子殿下はゆっくりお休みクダサイ」

「お前、見張り舐めてるだろう。どこの世界に、寝っ転がったまま見張る奴がいるんだよ」

「――ここに……っと」

 凪はイルクの言葉をうわの空に流して、左肩のホルダーに入れていた短剣を右手で空に放った。それは凪達がいる場所の少し斜め後ろにある大木の幹に、鋭い音を立てて突き刺さった。

「敵か?」

 とっさに身構えたイルクは、傍に大剣を引き寄せる。けれど凪は大きく欠伸をしながら、再びごろりと横になった。


「いんやぁ? なんだか耳がでかくて口がかるそーですばしっこそうな、よくわかんねぇイキモノが見えたんだけど? 気のせいかなぁ。んじゃぁ、王子殿下、おやすみ」

「……それは十軍と言わないか……?」

「……」

「オイ、もう寝たのか」

 イルクのツッコミは、誰に聞かれるでもなくため息に消えた。







「本当にこれで良かったんですか? 二人とも、ホンキで緊張感皆無なんですけれど」

 早々に寝た凪を暫く眺めていたイルクがやっと諦めて寝転がった頃、ナイフの刺さったままの木の上。茂った葉に隠れるようにして佇んでいた若い男が、傍らで幹に寄り掛かったまま目閉じている壮年の男性に囁くように声をかけた。

「上等上等。イルク殿下に隙がなさ過ぎて、ボンクラ近衛が手が出せん。凪もたいした使い手だが、やっぱり王族の持つ威圧っていうのは無意識でも相手に伝わるものだな」

「ボンクラ近衛って、口悪いんだからもう。まぁ確かに少しでも手を出してくれないと、責任追及できないし殿下を囮に使った意味なくなっちゃいますけどね」


 若い方の男はそう笑うと、少し離れた木へと飛び移り徐に手のひらを口元に当てて深く息を吸った。

 上司曰くのボンクラ近衛を見張ってる十軍の仲間に伝わる様、夜間でもおかしくない位の声量で夜泣き鳥の鳴き声を連ねていく。

 キョキョキョキョキョ……、くぐもった様な低い声で決められた回数声を出せば、少し遠くの方から同じく夜泣き鳥の鳴き声が数回聞こえてきた。


 十軍が使う互いの意思伝達方法にはいろいろな種類があるが、鳥などの野生動物の声真似を使うのもその一つ。毎回同じだと気付かれる恐れがある為、いくつか組み合わせて変えていく取り決めがある。

 今夜は夜泣き鳥と呼ばれる鳥の鳴き声だった。


「アウルさん、フィアから了承の返事きましたよ」

 音を立てることなく元の木へ戻ると、アウル……十軍主長の通り名……が片目を開けてこちらを見た。

「凪が気づいてこっちを見たぞ。ホント、十軍に来てくれればいいのに。人手不足なんだようちは」

 アウルはぼやく様に言葉をつづけた。

「十軍の隊長である王弟殿下がソクラートにとられ、密偵も一人連れていかれ、代わりを務めるのは黒軍師殿。実質二人抜けて一人も補充がない状態でどうまわせと」

「あー、主長が頑張るしかないんじゃないです? 実質のトップだし」

 主長であるアウルはしかめっ面をしながら、凪へと視線を移した。


「だからこんなに頑張ってるだろう。やっと書類仕事メインで嫁と子供といちゃいちゃしてればいい立場までこぎつけたのに、人手不足でまさかの自分派遣だぞ? どんな命令だよ、もう四十歳だっての。少しは労わってくれよ」

 そんなこと言いながら、まだこの人に勝てる密偵は十軍にいないんだよなぁ……、と若い男……ゼル……は苦笑した。

 確かに若い頃は暗殺や戦場の諜報活動など体力を使う場所へと派遣されるが、ある程度年齢を重ねると密偵で派遣されるにしても敵方の屋敷や国の中枢などへ身分や素性を隠して潜入し、体力・武力よりも知恵や言葉を巧みに使ってどうどうと諜報活動を行うことが多い。経験を積んだ密偵ほど、他国の王宮など重要な場所へと派遣される。

 しかし実質のトップである主長は、書類仕事や折衝、全体の把握などにその経験値を注ぐことになり、逆に諜報活動に出る事は稀ではあった。


 ちなみに十軍は裏名と呼ばれる、本名以外の通り名があり、基本的に国にいてもそれで通す。主長はアウル、自身はゼル、近衛をつけているのはフィアという裏名を持っていた。


 アウルは心底嫌そうな顔をしながら、腰に下げていた短剣というには長い、長剣よりは短めの得物の柄を掴みゼルへと笑いかける。

「嫁といちゃいちゃしたいから頑張って面倒くせぇ主長になったのにさ、こき使いすぎなんだよ黒軍師と九軍の隊長は」

 そういって、もたれていた幹から身体を離した。ゼルも徐に懐から短剣を取り出す。


「……ボンクラだけじゃなく、面倒な方まで同時にきやがったな」

 アウルの声が、低く響く。少し離れた木の下では、目を開けた凪が周囲の気配を探り始めていた。

 イルクは起きない。


 アウルはため息をついて笑うと「やっぱり凪が欲しいなぁ、俺が楽をするために」そういい捨てて、ゼルの背中を叩いた。


「じゃ、こっちは任せた。俺はクレイグルの密偵を、お前はダラン子爵の密偵を、フィアはそのままボンクラどもな」

「りょーかい」


 ゼルは一瞬でかき消えたアウルの残像を視界から飛ばしながら、手近にあった枝を掴んで空中に身を躍らせる。



「しかし、いいのかなぁ」


 ゼルはため息とともに呟きながら、脳裏に怒り狂うイルクの表情を思い浮かべた。

 考えるだけでも怖そうだなぁとぼやきながら、懐の小瓶にしまってあった指輪を取り出し左の人差し指へとはめる。そしてアクセサリーのロケットのようになっていたトップの鍵をかちりと開け蓋を外した。

 持っていた短剣の刃を、そこに滑らせた。


「その場に居たくないけど、絶対俺の役目になるんだろうな。下っ端はつれぇな」

 斜め前の木の枝を左手で掴んで方向を変え勢いをつけると、ちらりと凪へと視線を向けた。一瞬目が合ったかと思ったが、次の瞬間にはやっと目を覚ましたのだろうイルクと背中合わせに立ち上がっている。



 ふと思い出す、九軍隊長から命令を下された日。任務を言い渡した後、彼はちょっと困ったように笑った。


 ……凪には言ってありますから、気にせずイルクを守ってくださいね


 凪を猫かわいがりしているとみられていた隊長からの、俄かには信じられない命令。


「近衛隊長とダラン子爵の繋がりをあぶりだすために、凪をわざと捕らえさせるとかさぁ」

 後が怖いんじゃないだろうか。


 ゼルは凪と近衛隊長の悶着の時に、イルクが彼女を心配して怒鳴ったあの姿を思い出す。あれの再現は見たくないなぁと呟きながら、ナイフを敵へと放った。

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