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きっとそれが、あなたの幸せなのでしょう。  作者: 篠宮 楓
時は進む。

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30/45

イルクという男。8

 打ち合わせの後、隊長は配下の第9軍を集めると翌朝の西への進出を命じた。そこはリアトが指揮を執る戦闘地域で、地理に詳しくない9軍を配するには逆を言えばそこしかなかった。

 しかし援軍が来て人員に余裕ができたことで、リアトは本軍を分けて東へと派遣することができた。それは先ほど指摘されたダラン子爵が守る東の果てで、クレイグル皇国と共闘している地域の西寄り。

 本軍が現状の把握に努めることを最優先とし、少しずつ手下の兵を分散させていくことになった。



「で、俺たちはこっちか?」

「そうだ。行くぞ」


 すでに日を跨いだ深夜帯。イルクと凪は暗闇に紛れるようにして、拠点を発った。






 途中の村で乗ってきた馬を預け、イルクと凪は徒歩で東の端を目指していた。本隊から離れてすでに三日。馬に乗ればあと二日もあれば目指す場所へと向かえたけれど、秘密裏に動かなければならない為、時間はかかるがある程度進んだところで徒歩へと変えた。

「あとどのくらいで着く予定?」

 斜め後ろを歩いている凪が、疲れを感じさせない声音で空を見上げる。村で明け方まで部屋を借りて休んでいたからか、夜明け前に歩き出した割には体力をまだ残しているらしい。

 空には霞んだ青空の真上に、白っぽく浮かぶ太陽が見える。


 イルクはメモ書き程度に自身にしかわからないような暗号文で手書きした行程票を捲って確認すると、ちらりと凪へと視線を向けた。

「徒歩だしな。あと四・五日ってとこか」

「まぁ、敵中と思わしき所に馬で乗り付ける馬鹿はいないもんなぁ」

 だな、と頷いて背中の大剣を揺すって風を通した。


 秋と言えどまだ気温はそこそこある。

 汗で張り付く服をぱたぱたと揺らしながら、二人は東へと向けて歩き続けていた。





 レイノールとトンノを情報収集に送り出した後、隊長はリアトが信頼できる手下を全体に配することを提案した。

 それは願ってもない事だとリアトは頷いたが、いかんせん手下を割いて派遣してしまうと中央の守りが希薄となってしまう。それにもしクレイグルやダラン子爵から密偵が放たれているとすれば、手下を割いた後、希薄となった中央へ大規模攻撃をされてしまうと壊滅的な損害を追ってしまう恐れもあった。


 隊長は拳を口元に当てて小さく唸ると、徐にイルクと凪を見遣った。


「イルクと凪を、囮として東端へ派遣しましょうかね」

「は? 王子殿下をですか!? いやいや待ってください、何かあったらここどこじゃない戦闘が始まってしまうじゃないですか!」

 驚いたように両手を机についたリアトだったが、イルクが放った言葉に目を真ん丸に見開いた。

「それはいい手かもしれませんね。周囲に味方のいない場所へ私が出ていくなんて、格好の暗殺日和じゃないですか」

「暗殺日和って何ですか!」

「暗殺しやすい日ってことですよ」

「意味を聞いてるんじゃなくて!」


 まるで意味の通じていない会話に、リアトがガクリと肩を落とす。そして情けなさそうな表情で、えーと……と口を開いた。

「ぶっちゃけて言えば、もしこの地で何かがあったとしたら私の責任になるので、不用意なことはしてほしくないです」

「素直な良い子です」

 うんうん、と隊長が頷いた。頷いたけれども、撤回する気はないらしい。

「他の人選はないんですか? せめて王子殿下以外で」

 その言葉に、隊長とイルクと凪が視線を交わす。

「イルク以上に囮として価値がある者はいないし、凪と二人でいることが日常だから少人数で動いても勘繰られることもないですし」

 他なんていないですね、と一刀両断されて、二の句を続けられないリアトは口をはくはくとさせていたが、そのまま閉じた。

 隊長はその姿を面白そうに見遣りながら、とんとんと地図上のここ、拠点の上を指で叩く。


「密偵がいて一番面倒だし困るのはこの拠点です。まぁ何人潜んでいるのかはわかりませんが、本体から割く手下の各小隊、そしてここ。さらに我々九軍に加えてイルクと凪の別動隊とくれば、結構な人数を割かないといけません」

 隊長の視線の先は、広げられた地図の上。東へと滑っていき、東端でとまった。


「特に凪は、今、第一軍の近衛に目をつけられててね、たぶんここにも相手の手下が潜んでると思うんですよ。あの陰険近衛隊長のことだから。ついでにその人達も拾って拠点から一番遠い場所へ密偵を連れて行ってもらうと。まぁ、なんて都合がいい」

「いやいや隊長、さすがにそれはリスクが大きすぎやしませんか」

 少し疲れたように肩を落としたリアトに、隊長ののんびりとした声が続く。

「イルクの護衛に十軍から数人連れてきていますから、完全に二人というわけではないですよ。安心なさいな」

「できません! っていうか、勝手につれて来てよかったんですか!? びっくりなんですが!」

 それはイルクも同様で、自分に護衛が付いているとは思いもしておらず驚いたように目を見開く。ここに来るまでの間も、護衛されている事に少しも気がつかなかった。


「十軍は基本個人で動くことが多いですから、お互い今何をしているかなんてわかりませんしね。それに元々トップは王弟殿下。今は人質としてソクラートに行ったので、代わりを黒軍師が勤めています。ですから、数人連れて来ても近衛にも国王にもそれこそクレイグルの密偵にも気づかれませんよ。さすが私、素晴らしい予知力」


「王弟殿下には、感謝してもし足りません。私も、もっと殿下が過ごしやすくなるよう、整えてくればよかった。後悔しかありません……」

「そこのイルク君。私を褒めなさい、私を」


 隊長の主張を耳から流し、イルクは人質交換の場で会った王弟殿下を脳裏に思い浮かべる。

 線の細い、白い肌の可愛らしいと形容したくなるほど柔らかい雰囲気の男性だった。もちろん自分より年上だろうけれど、守ってあげたくなるほど華奢な体つきだった。

「うちに遠慮したのか、連れてきたのは一人の侍女だけ。ソクラートで健やかに過ごされていることを、唯々願うばかりです」

「完璧スルーをありがとう。という事で、リアトは手下の人選、イルクと凪は目的地までの地理の把握と出立の準備。レイノール達が戻るまでに自軍の状況を把握して、情報を手に入れたらすぐに動ける準備をしておきましょうか」





 そうして、今、イルクと凪は別行動をとっているわけだけれど。


「しかし、まったく十軍の奴らの気配がしないなぁ」


 水分補給代わりの小さな果実を口に放り込みながら、凪がちらちらと辺りに視線を向ける。

 今歩いているのは、街道に沿った林の中。隠れ過ぎず、見え過ぎず。尾行されるにはもってこいの、隠密工程だ。

 逆に言えば、護衛としてついてきている十軍達の姿も隠してくれるため、リスクでいえば低い方だろう。


「私はあまりよくわからないが、隠密諜報部隊なんだろ? 十軍て。なら、俺達みたいな素人が感づけなくても仕方ないだろう。いると思っておいて、いざという時は死に物狂いで戦うんだな」

 ぽんぽんと背負っている大剣の鞘を軽くたたけば、腰に佩いた長剣の柄を凪が掌で抑えた。

「まぁ、暗器も用意してあるし剣もあるし。どうにかなんだろ」

「お前の楽観的性格、ある意味軍人に向いてると思うよ。猪突猛進は直さなきゃなとは思うけど」

「余計なお世話だ」

 口を尖らせてすねる凪の頭を軽く撫でて、その手のひらから果実を一つ失敬する。

「お前くらいなら、俺が守れるさ」

「俺が、お前くらいなら、守ってやるってんだ! 逆だ逆!!」

「口の減らない奴だな!」

「どっちがだ! おっさん!」


 本人たちは真剣でも、いつの間にか楽しそうな言い合いになってしまい、隠密工程の割には林の中でとても目立っている。

 そんな二人のやり取りを聞きながら、十軍の面々は苦笑しながら見守っていた。

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