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王族という名の、筋肉家族。

「王弟殿下を、ソクラートに……?」


 ふて腐れた顔で修練場を走る凪を剣を手入れしながら面白そうに眺めていたレイノールは、私の言葉に眉間に皺を寄せながら振り向いた。

 既に見習いの従兵は水筒を持って兵舎に戻って行った後で、今私達の周りには誰もいない。

 それをいいことに、私は言わなきゃいけないけど言いたくない事をさっさと済ませてしまおうと口を開いた。


「代わりに、ソクラートから王子が来ます」

 レイノールの綺麗に澄んだ目が、不快感に染まった。それを微かに瞠って、ゆっくりと表情を消し去る。


「……戦の、生贄ですか」


「戦の、希望……だそうですよ」


 レイノールは私の言葉に、目を伏せた。





 私の住むこの国は、小規模ではあるけれど現状隣国と戦争状態にある。

 



周辺国と小競り合いはあるものの、平和な日々が続いていたある日。突如、砲弾とともに隣国との戦端は開かれた。どちらが先に発砲したかなど、今になってはわからない。

しかし確実に、ただ一発の砲声が、睨み合っていた隣国との均衡を崩した。なだれ込むように中立地帯であるベガリア地域に、両国の国境警備を担当していた軍隊が攻め入った。

情勢は一進一退。大規模な軍勢を衝突させてしまうと他国に付け入る隙を与えてしまう事だけはお互いに理解していて、元々その地を守っていた国境警備隊と小規模な軍勢同士のが交戦している。

 けれど小規模とはいえ戦は戦。その間、国家財政や治安など、色々なものが戦に引きずられるように悪い方へと向かっていた。それを憂いた両国の宰相同士が、この度ある案を互いに提示した。


 云く。

 互いの王族を交換人質として送り合い、ベガリアを両国で共同統治しよう、と。


 その国の名は、智の国ソクラート。

 我がランディアが新興国で鉱山と傭兵の国であるのに対して、歴史ある古王国。国の産物は少ないが、その知識と技術で周辺国と渡り合っている。






「で、隊長がそうおっしゃるってことは、もしかしてソクラートから来る王子はうちにこられるのですか」

 レイノールが伏せていた視線を上げて、こちらを見た。私は先程軍師殿から渡された調査書を指先でひらひらとさせながら、そうですよ……と溜息をつく。

「ソクラートの王子なら近衛隊に入れて差し上げた方がいいと思いますけど、そうしないって事は……」

 眉を顰めてそう言葉を濁すレイノールに、調査書を差し出して頭を横に振った。

「まぁ、その通りですよ。それにうちの王弟殿下がうちの国に似合わないように、あちらの王子も確実にソクラート出身の王族だと思えない方ですから」

 そうですか……と、どこか暗い影を落としながらレイノールが頷いた。


 

 何度でも言おう。我が国ランディアは傭兵の作った国だ。確かに事務官とかもいただろうから全員が全員じゃないけれど、ほとんどの国民が国を築いた傭兵達……途中から噂を聞いて集ってきた者達……の遺伝子を受け継いでいる。たとえば国と成ってから民になった者達がいるから平民は別としても、少なくとも王族は体格の良い力の強いものが多い。

 領主とはいえ、あの時代。その名の前には、「戦う」がついて当たり前だった。

 

 女性王族でも小柄な方は少なく、例え力が弱くとも戦うすべは受け継がれている。


 が。何事にも絶対という事はないわけで。


 現国王の弟シェナルド様は、兄とは違いとても線の細い……剣など持てそうもない体つき……というか本当に持てない。護身の為に携帯しているのは確か短剣……小型ナイフをいくつかだったはず。

 どうやっても剣を振るえないシェナルド様の為の苦肉の策として、腹黒軍師が十軍……諜報活動を主とする隊の女性軍人(同じくらいの体型)に命じて訓練したもの。


 戦う事は苦手でも王族としての義務と立場を忘れてはいないシェナルド様は、周囲の心配も理解しつつ遠慮する女性軍人に頼んで本気で鍛えてもらったらしい。

 今ではナイフの投擲や戦わずに力を受け流すような体術を会得し、たまに十軍の手伝いをしているとかしていないとか。本人は王位継承権を放棄して一軍人として諜報活動を行いたいとおっしゃっているようだが、それは教官であった女性軍人を始めすべての関係者に頷いてもらえていない。


 まぁ、元来の体の弱さまでは治すことができなかったから、軍人として王族を抜けさせるわけにもいかないのだろう。


 はぁ、疲れた。説明って面倒ですよね。




「で、その王子サマってどんな奴なんだよ」

 その言葉と共に、じゃりっ……と砂埃が傍で上がった。気配を殺しつつ素早く寄ってくるとか、あなたどこの諜報部員ですか。

「……凪、十軍に転属希望だしてはどうでしょう」

「やなこった。俺の性分に合わないね」

 ……それは確かに。

 思わず内心頷くと、いつの間にか傍に来ていた凪に水筒を手渡す。

「随分早かったですね、あなた本当に十周走りました?」

「なんか面白い話してる雰囲気がビシバシしたから、全速力で終わらせてきた」


 

……ただの野次馬ですよそれ。



 その行動の矛先を努力の方に向けてくれませんかねと零しつつ、私は先を口にした。



「イルク第三王子殿下はソクラートの王族の中で、唯一の軍人として職務についている方です。線の細い王族が多い中で、がっちりとした体躯……軍師殿曰くうちの五軍に入ったらしっくりきそうな感じー☆とか言ってましたよ」

 だったら五軍にいれろよとか内心思いましたけど、あの腹黒には気づいてもらえませんでしたねぇ。口調くそムカツクし。

「だから隊長、心の声駄々漏れ」

「おや、これはこれは」

 隠すつもりはないからいいですけどね。


 にっこり笑って首を傾げると、レイノールは仕方がないとでもいう様に肩を竦めた。

「五軍……てことは、相当筋肉あるんだな。そりゃぁ楽しみだ」

 なぜか凪が喰いついてきたけど。って、あぁそう言えばそうですね。

「凪は相変わらずの筋肉フェチですねぇ。頼みますから、同僚を襲わないで下さいよ」

「隊長の言い方、親父クサい。いいじゃんか、やっぱ憧れるよ筋肉。でも、どーしてうち? 八軍までは貴族の坊ちゃんや金持ち連中が中心なのに、うちみたいな平民集団に入れていいのかよ。殉職率たけぇぜ?」

 勘は鋭いけれど空気が読めないっていうのは、やっぱり経験の差ですかね。


 疑問は抱くけれど、察することができない。元来思ったことを口に出してしまう素直な性格(単純ともいう)の凪は、嘘偽りの中で生きる御仁にきっと信頼されるようになるはず。

だから私は、あえて素直で猪突猛進な凪に話を聞かせたのだから。


「それが一番の理由ですよ。王子殿下を暗殺するなら、平民の方が周囲への影響がないからです」



 へぇー……と軽い返事をしようとした凪の目が、限界まで開かれる。信じられない言葉を聞いたとでもいう様に、視線を彷徨わせてからもう一度私と合わせた。


「暗殺、する?」

「そう、暗殺。ソクラートに正々堂々と攻め込む為の理由になって頂くためですよ」


 凪は私の言葉をかみ砕くように繰り返すと、途端、顔を真っ赤にして持っていた水筒をぶんなげた。

「意味が解らない! なんで戦争を止めるための人質が暗殺されるんだよ! 暗殺なんかしたら、正々堂々悪役で攻め込む原因になるだけじゃんか!」

 あまりの大きな声に、レイノールが小さく指を鳴らす。途端、私達三人を中心に半円状の薄い膜が張った。

 さすがに誰もいない修練場とはいえ、凪の声は大きすぎる。

 ……まぁ、聞かれてもきっと困らないでしょうけれど。うちに入るという事は、そういう事だと暗黙の了解なのですから。あの真っ黒軍師からは暗黙どころかストレートに言われましたけどね。


 凪が放り投げた水筒が、訓練場の端の方へ水を零しながら弧を描くようにして転がっていく。その軌跡を視線で追いながら、私は口を開いた。


「何のための平民の九軍ですか、私達は。凪曰くの貴族の坊ちゃん(五軍を抜く)たちが忌避する荒くれ仕事をする為ですよ。ソクラート以外の隣国との国境でも最前線で戦うのは貴族たち(五軍を抜く)ではなく私達です」

 五軍は、貴族の中でも武芸に秀でている者達だからして。←説明

「だからなんだよ!」

 私の言わんとしていることがわからないのか、地団太を踏みながら叫ぶ凪をレイノールが落ち着けとばかりに背中を軽く叩いた。

「落ち着け、凪。話が進まないだろう?」

「うっ……」

 まだ何か叫び足りなかったようだけれど、レイノールの言葉はちゃんと聞く凪なので口を噤んだ。

 ……隊長は私なんだけど、なんでだろうね。なんか心がしょっぱいよ。


「戦闘になるのです。傷つき命を落とすことがあっても、それは戦争が理由なのですよ。私達が殺したわけじゃない」

「そんなの詭弁だ!」

「おや、凪にしては難しい言葉を知っ……っ」


 私の足の上に、二十三センチの足が力いっぱい落されました。

「凪……、私が痛いでしょう?」

「なら痛そうな顔しやがれ、顔面無神経! 大体、ソクラートは納得してんのかよ、平民の隊に入れる事をさ!」


 ねぇちょっと待って、顔面無神経ってナニ。

 この際隣国の話とかもうどうでもいいから、顔面無神経について小一時間話し合いを……。


「……」


 目の前で私を睨みつけてくる凪を見下ろして、小さくため息をついた。

 思った通りの反応に、喜んでいいのやら悲しんでいいのやら。


「これは、イルク王子殿下の希望なんですよ」

「え?」


 この言葉は意外だったのか、ぽかんと口を開けた楓と怪訝そうなレイノールの視線が私に向けられる。

「イルク王子殿下自ら軍に属したい、許されるのなら九軍に……私の元にと」

「隊長の元に?」

「そうですよ」


 ちょっと胸を反らしながら、目を細める。

「私の素晴らしさが、ソクラートにまで伝わっているとは知りませんでした。さすが私、王子殿下自ら私の下に……」

「人質に決まって、頭のねじ飛んじまったんじゃねーのか?」

「ありうるな」


 オイコラ、私の部下1.2。


「まぁそう言うわけなので、来月には来ますからね。よろしく、凪」


 最後は楓に向かって言うと、首を傾げてなんで? と問い返してくる。そんな仕草はまだ幼く見えるんですけどね。いつの間に小賢しい技を使う可愛くない子供に育ったのか……、おとーさんは悲しい。


 凪に聞かれていたら、確実に「お前に育てられてねぇ、レイノールの方がいい」とか心をえぐってくる言葉が返ってくるんだろうなとか思いながら、腹黒軍師が凪宛てに書いたメモ用紙をぴらりと手渡した。

 首を傾げつつもそれを受け取った凪が、何気なく読み始める。


「イルク第三王子殿下。母親は側室で、軍閥の出身。母親の方の血を濃く継ぎ、軍人としての能力が高い。しかし智の国ソクラートでは軍人の地位は文官より低いとされている為、宮廷では疎まれている。その代わり、国王はじめ兄弟間は仲がいいと知られている。うちだったら、隊長級の素敵な軍人?」


 イルク王子殿下の紹介みたいなもの。


 凪はそれを読み終えて、余計に首をひねった。

「これを俺に読ませてなんなの?」

「軍師殿からのラブレターですよ」

「腹黒軍師なんざ、こっちから願い下げだ。で、なんなの」

 おっと一刀両断、さすが私の凪。

 まぁ、ふざけていたら怒られそうなので、ちゃんと隊長の仕事でもしましょうかね。


「イルク王子殿下のお世話を頼みましたよ、凪」

「はぁ?! 世話?!」

 ぐしゃり

 軍師殿からのラブレターを手のひらで握りつぶした凪は、眉間におもいっきり皺を寄せて睨みつけてきた。

「なんで俺が王子サマの世話なんかしなきゃなんねーんだ! 軍人だってんなら、てめぇの事はてめぇでしやがれ!」

「幼い頃からここで働いているから免除してましたが、普通は隊員になる前に従兵としての見習い期間があるんですよ。ほら、レイノールにもついているでしょう?」

 ほら……と言いながら、視線だけ兵舎の方へ向ける。

 そこには先ほど水筒を持って兵舎に戻っていった従兵が、直立不動で壁際に立っていた。

 彼の名前は、トンノ。今年入隊したばかりの、十五歳。レイノールの従兵として、武術はもとより食事の準備(作るのは厨房だけど)や洗濯に、紅茶や珈琲の淹れ方まで一通り身に着けていくことになる。

 その期間は三年。それを乗り越えて、やっと正式な隊員となる。


「俺に紅茶や珈琲淹れろってのかよ」

「無理ですね」

 思わず即答したら、足蹴が返ってきたよ。なんでです、せっかく同意したのに。

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