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きっとそれが、あなたの幸せなのでしょう。  作者: 篠宮 楓
時は進む。

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イルクという男。5

 修練場を出た凪が向かったのは、与えられている私室だった。確かに通常腰に佩いて剣を持ち歩いているイルクと違って、普段使用しないのなら私室に置いてあるのだろう。部屋の鍵を開け中に入っていく凪に続いて、イルクも足を踏み入れる。

 おおざっぱで面倒くさがりの凪の部屋は、その性格に反してほとんどと言っていい程何もない。最低限必要な、机と椅子、そしてベッドと小さなチェストがあるだけだ。そのチェストさえも最近になって隊員のお古をもらったらしく、それまでは軍用の行李を物入として使っていたとトンノが少し呆れたように言っていたことを思い出す。


 あまり生活感のない部屋は、イルクのそれと共通するものがあった。


「長さを持て余すから、ナイフの方が楽なんだけどなぁ」

 凪はそうぶつぶつ言いながら、チェストの横に置いてある行李の鍵を開け中から布に包まれた細長いものを取り出す。それは真っ青な布で上の部分を折り返して紐でくくるようになっており、中身がどういうものなのかよくわからない。

「それがお前の得物か?」

「んー、そう」

 剣以外に行李から紐状のものを取り出すと、凪は用無しとばかりに行李の蓋を適当に投げ閉めて立ち上がった。

「さてと、くっついてくんなら練習付き合え」

「そりゃ、もちろん」

 ここまで見せられてそれでおしまいってことはないだろう、と、イルクは即答した。


 なにせ、初めて見る凪の得物。どういうものなのか、どう戦うのか興味は尽きない。戦を前にして不謹慎だとは思うが、ソクラートでは軍人自体少なく剣技も体術もほとんど種類がなかった。むしろ統一された剣技を誇るようなお国柄で、実際の戦の時にはパターンが読めてしまう弊害があったのだ。

 それに気が付いたイルクは国軍に新しいものを取り入れ技術を磨き、少しずつ変革を齎していた。自身がいなくなった今、その変革が潰えていないことを望みながら。


 二人が再び修練場に向かうと、すでにそこに人の姿はなく皆入れ違いに寮や市街地の方へ出て行ったようだ。ここに来るまでにすれ違った数人の同僚は、市街地に保存食を求めに行くといっていた。

「保存食なんて、食堂で準備してんだろーに」

 凪は修練場の隅の方で足を止めると、ざりざりと足元の砂を払った。イルクは上がった砂埃に視線を向けながら、少し肩を竦める。

「まぁ、好みもあるんだろう。俺は黒砂糖を持っていくがここにはないだろうし、後で市街地に買いに行かねばならんだろうな」

「は? 黒砂糖?」

 得物の入った袋の紐を解きながら、驚いたように凪が声を上げる。

「何? お前甘党? 砂糖そのまま食うの?」

「うるさいな。甘党ってわけじゃないけど、頭使う時は甘味が食べたくなるんだよ」

「あぁ、隊長が同じこと言ってたかも」

 なるほどね、と呟きながら凪が袋から出したのは、近衛式の剣よりは身幅があるがそれでも通常の剣に比べれば細身の剣だった。柄の後ろに紐が垂れ鍔の部分に穴が開いている、珍しい装備品。

「それがお前の得物か? あまり見たことがない剣だが……」

 凪は頷きながら、一緒に持ってきた紐で腰に括る。

「そ。こういった時にしか使わないけどさ、さすがに馬上や白兵戦の時にナイフだけだと不利過ぎるから。隊長に相談して鍛冶屋に作ってもらったんだ」


 準備ができたのだろう凪は、持ち手に垂れていた紐を解くとそれを鍔に通して輪を作った。

「それなにしてるんだ?」

 初めて見る事に、沸きあがる興味は尽きない。凪は作った輪に右手首を通して柄を握りこむと、軽く左右に振りぬいた。

「これでよしと。これは腕貫緒っつって、元々剣が手から抜け落ちないようにするものなんだけど、それとは別に振りぬく際の威力を増すために着けてる意味合いが俺の場合は強いかな。どうしても俺の腕力と体躯で長剣だと、強く降りぬくと遠心力ですっぽ抜けちゃう事があるからさ」


「腕貫緒」


 初めて見るやり方に、イルクはまじまじと観察する。諸国を巡ってきた隊長の知識が込められた剣は、イルクの見慣れたものではなかった。

 通常は柄に紐などないし、レイピアならともかく鍔に隙間など空いていない。

「片刃剣なのは?」

「ん? だって身幅が狭いのに両刃にしたら、強度が低くなるだろ? かといって戦が長引いた際に片刃だけだと不安もあるから、切っ先1/3は両刃になってる」

 その説明と共に視線を動かせば、なるほど切っ先に向けて半ば程から両刃になっている。そしてその下部分は溝が二本掘られていて、血溝としての役割と共に軽くする要素があるのだろう。

 細部に置いて、体躯のあまりいいとは言えない成長過程の凪にとって扱いやすい剣になっている。


 イルクは感心するとともに、隊長の知識に感嘆のため息をついた。

「初めて見る剣だ。隊長の知識には、本当に恐れ入る」

「……ホント、男って奴は武器が好きだよな。まぁ、そういうわけでちょっと手合わせよろしくな」

 逆に興味があまりないお前のような男の方が珍しいだろうに……、そうイルクは独り言ちながら後ろ歩きに足を進めて凪との距離を取った。

「それはもちろん」

 練習用の剣を取ってこようとしたイルクを、凪が止める。

「イルクくらいの大剣とはあまり手合わせした事ないから、それでいいよ。試したいことあるし」

「え? これ?」

 思わず自身の腰に佩いた剣の柄を、右手で掴む。凪はその言葉に、小さく頷いた。

「それに刃を潰した練習用の剣と手合わせしても、練習にならないからさ」

「いやでも、真剣だぞ?」

「当たり前だろ、刃を潰して戦に行くかよ」

 剣を両手で持ってこちらに構えている凪が、早くしろとばかりにかすかに口端を上げて笑む。イルクはそれに煽られたように、すらりと剣を抜いた。


「そこまで言うんじゃ、仕方ないよな。怪我しても知らないからな?」

 させるつもりはないけれど、そう内心呟きつつイルクは剣を構えた。

 体格のがっしりしたイルクに相応の、刃も身も厚い大剣。両手持ちのその剣を、右手で握りしめて構える。


「「いざっ」」

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