王妃の望み。2
第二王子の訃報から二週間。師匠達からは、何の音沙汰もない。
訃報を聞いた時、心臓が壊れるかと思う程に心が悲鳴を上げた。
第二王子が亡くなったのなら、その側近たちはどうなるのでしょうか。王が大事にしているとはいえ、第二王子の教育者である師匠の立場は? 王が召したとはいえ、第二王子についていた深青の立場は? 二人とともにいる、凪の立場は?
ここぞとばかりに粛清されてしまうのではないか、最悪の想定が思考を支配する。
最初こそ魔石を前に何か連絡が来るのではないかと焦ったが、二日たっても三日たっても連絡が来なかったとき、ほっと胸をなでおろした。
連絡がないという事は、彼らの事が噂の端にも上らないという事は、生きているという事だから。
そして。
数日して私についた監視。
と、いう事はやはり皆は生きている。そして現状どこにいるのか、敵方が把握できていない状態という事。
その事実に、ほっとした。
それでいい。決して私の所には来るな。
薬草を採りに森に出かけると、必ず纏わりつく視線。それを無視していた私の耳に、 がさりと草を踏む音が届く。
「……」
少し息を飲む音と、こちらを伺う気配。
それに気付かないふりをすれば、あからさまにほっとした気配が漂う。
うまく隠しているけれど……と言えればいいのだけれど、諜報や監視をするにはまだ日が浅いらしくあんまり隠せていない人物が三人ほど。ちゃんと気配を消している人物が一人。この人物が多分首都から来た人間で、三人のなんちゃって諜報員は集落から急遽選んだ者なんだろう。
ていうか、もう少し頑張ろうか。さすがに、気づいていないふりするのも飽きて来てますからね、私。
いくつかの薬草を入れた籠を左右持ち直して、ふぅ……と息をつく。魔力があっても役に立たないスキルしか持たなかった私が身に着けた武術には、諜報も含まれていて。こんな時でも師匠に感謝なのでしょうかね。例え、監視されてる理由がその師匠にあったとしても。
腰をトントンと左手で叩きながら、身体を少し伸ばす。
私を監視している者達は皆、私が師匠と接触する……もしくは何かしらの情報を持っていると思っている。らしいが。
「全くないですねぇ」
小さく呟いたつもりが、静かな森の中で意外と響いた。かさりと右手後方で葉を踏む音がする。
いやいやだから、何か情報が聞けるかもとか期待するのはいいけど、もう少し隠しなさい存在を。せっかく監視させてあげてるんですから。
「さて、諦めて今日は帰りますかね。注文の薬も、なんとか作れるでしょう」
独り暮らしは独り言が多くていかんね、とぶつぶつ言いながら自宅へと足を向けた。
第二王子の訃報から二週間。師匠達からは、何の音沙汰もない。
私は三人に一番近しい者。第二王子が亡くなった時何の連絡も来なかったという事は、連絡できる状態ではなかったという事。という事は、何らかの陰謀に巻き込まれて逃げているか身を隠している状態なんでしょう。実際、王位を継承するはずだった第二王子が亡くなったばかりだというのに、既に第一王子の継承が発布されている。
人心を落ち着かせるためにとか奇麗事を添えていたが、結局第二王子は暗殺されたのでしょうね。
権力を持つというのは、本当に恐ろしい。魔力よりも武力よりも。己次第で、よい人生も悪い人生も……正義も悪事も全て選択肢に上がる。
「私は、そんな人生まっぴらですね」
採ってきた薬草の下処理をしながら、ぽつりと呟く。
この集落にいる他国から来た者の中には、権力争いに敗れて放浪していた所、偶然国境を越えてこの国に入ってしまった者も少なからずいる。
斯く言う私の父も、何処かのお偉いさん(武術的な)だったみたいだけど、権力争いに巻き込まれそうになって嫌になって、さっさとトンズラかましてきたって言ってましたしね。そして船が難破して、集落の海辺に流れ着いたと。
トンズラかませるお偉いさんも、中々いないんじゃないですかね。一体、どこの国のお偉いさんだったのやら(棒読み)。
魔力はあっても生活魔法とか全く使えない私は、薬草の下処理も一から丁寧に施す。魔法で乾燥やら浄化やらできれば簡単なのでしょうが、私にはそんな力はない。
けれど。だからこそ。丁寧に施す下処理によって、薬草本来の力を最大限引き出すことに注力している。そしてそうやって作った私の薬は、多分他の薬師が作ったものよりも効能がいいと自負している。
そんな薬を、ここの所、ずっと作り続け保存し続けている。
怪我の治療薬。内臓の薬。麻酔。回復薬、そして栄養薬。
三人分。逃げてくるかもしれない自分の家族の為に、役に立つかもしれない薬を作り続けている。
何もなければいいと念じながら。
本当は会いたいと思いながら。
それでも会うわけにはいかないと、分かっていながら。
第二王子の訃報から二週間。師匠達からは、何の音沙汰もない。
それでいい。決して私の所には来るな。
私に目が向けられているうちに、逃げられるだけ逃げなさい。
三人が安寧に暮らせる場所を、頑張って見つけなさい。
私を独りにしていったのです。
幸せにならなければ、許しませんよ。
だと、いうのに。
「號玖起きてるー? 森まで来られるか?」
魔石から師匠の声が届いたのは、その夜の事だった。




