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きっとそれが、あなたの幸せなのでしょう。  作者: 篠宮 楓
望み

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18/45

王妃の望み。

 

こんなに、この家は、広かったでしょうか。












 ――こっちは元気でやってるよ。凪もまだ両親の元には行けないけれど、俺と師匠と一緒に暮らしてる。心配すんな












 数日前に来た深青の便りは、一度読んで、そのまま箱にしまった。












「師匠、貴方は私の家族を全部連れて行ってしまった」





 独り呟いた言葉は、誰に聞かれることもなくただ静かに掻き消えた。












 深青は師匠の指定した回答日ぎりぎりまで悩んで、そうして、首都行きを決めた。帰ろうと思えば帰れるこの集落と、行くことはきっと一生叶わないはずの両親のいる首都を秤にかけて、両親を取った。


 当たり前だ。


 もう二度と会えないと思っていた両親に、しかも国の大切な役人として会うことができる。これで肩身の狭い思いをしてきたはずの両親に、恩返しができる。


 そうして。








「まさか、凪も連れて行くとはね」







 凪という名を隠し、自分の身の回りの世話をする者として彼女を一緒に連れて行った。師匠が、そう願ったらしい。もしかしたら、凪も家族と会えるチャンスがあるかもしれないからと言って。


 当たり前のように深青は頷き、少し躊躇した凪を迎えに来た師匠と共に説得してそのまま連れて行ってしまった。ほんの少し、寂しそうな表情をしてくれたのが心の慰めだった。








――行ってらっしゃい、二人とも








 にこやかに笑って、二人を送り出した。私には、そうするしかなかった。













 朝起きて、適当な果物をつまみ、自分で調合した栄養剤を飲み、一日のノルマをこなす。午後に取りに来る薬剤を準備して梱包して。取りに来た診療所の使いに渡す。


 その後、必要な薬草を許可されている森へ採集に行き、自分で育てている薬草の世話をし自宅に戻る。


 夕飯は診療所のお使いで来る医師の弟子が持ってきてくれる、パンが多い。自分で作ることは、面倒でしていない。









 そんな時を、半年ほど続けたある日。


 ひょっこり師匠がやってきた。









「それで、どうしてうちの子達をどうして連れ帰ってくれなかったんです」


 目の前には、いつもに増して髭がもじゃもじゃの師匠。その目の前に、どすんと湯呑を置く。深青が作りおいてくれた、お茶ももうすぐ底をつく。その貴重な一杯だというのに、師匠は美味そうに喉を鳴らして一気に飲んだ。


「仕方ないだろ? 国王の許可が下りなかったんだから」


「そこはもぎ取ってくださいよ、一応国のお偉いさんなんでしょうが」


「號玖の言葉と視線が、いつにも増して厳しい!」


「それで何の用があってうちに来たんです、二人ともいないのに」


 仕方がなくもう一杯お茶を注ぐと、師匠は苦笑しながら一口だけ飲んだ。





「お前の作ってる麻酔薬をもらいたくてな」


 自分の湯飲みにもお茶を注いでいた私は、思わず手を止めて師匠を見つめた。


「なぜです? 首都には私以上に腕のいい薬師がいるでしょうに。それに集落の薬ですよ? 首都の江人が使うとは思えませんが」


 前にも言ったけれど、江人は他国をよく思っていない。それこそ首都で使われている薬は、昔ながらの江国の薬。私が作っているのは、もちろん江国の薬もあるけれど他国の薬も多い。殊この集落は他国民しかいない事から、そちらの方が需要がある。





 私の疑問に、師匠は小さく息を吐きだした。


「この国は本当に閉鎖的だからな。元々俺がお前の両親に会いに来たのだって、出身国の薬を作ってほしかったからだったしな」


「首都のお偉いさんが突然やってきて、うちの両親縮み上がってましたけどね」


 何かやらかして消されるかと思ったって、ガタイのいい父親が後にこぼしていたから、本当に驚いたんだろう。あの後も慣れるまでは緊張していたみたいだったけど、しばらく交流をもって友人として関係を築いていった。


 その繋がりで知識や戦う術、そして両親が亡くなった後は薬師としてまだ若造だった私の貢献をしてくれたわけだからまぁ悔しいけどむかつくけど感謝以外何物でもないけれど。





「この国の王様ってさ、何人子供がいると思う?」


 しばらく湯呑のお茶を見ていた師匠が、おもむろに口を開いた。それでも視線は、手元に落としたままだけれど。


 私は小さい頃に習ったこの国の歴史を思い返しながら、確か……と呟いた。


「お二人じゃなかったでしたっけ。側妃様の子の第一王子と王妃様の子の第二王子」


「そうそ、で、俺は第二王子の傍についてるんだけどさ」


「第二? あれ? 師匠って、そんなに偉い人じゃなかった?」


 師匠はひどい言い草だなと笑うと、湯呑を小さく揺らす。


「第二だけど、後ろ盾が王妃だからな。こちらが後継者」


 うわぁ、どろどろな感じですね。さすが王様、さすが王宮。期待を裏切る事無く恐ろしい。


「では深青も師匠と一緒に?」


「そう。で、ここからが本題なんだけど、この第二王子が病気でな。強力な麻酔を必要としているんだ」


 病気? と問い返すと、こん……と指先で頭をつついた。


 その仕草に、思わず眉を顰める。


「脳、ですか?」


「そ。腫瘍がね、できてて。江人の医療技術で取り除く事はできそうだけど、それに見合う麻酔が見つからないらしくて。で、王妃に薬探しを頼まれてお前を頼って俺が来たわけ」


 だから二人には許可が下りなかったと。





 私は小さく息をつくと、第二王子の病状と体格を聞き出しそれに見合うだけの量の薬剤包んだ油紙を仕事部屋から持ってきて紙袋に包んだ。


「必ず向こうの主治医に確認してもらってくださいよ。失敗した時、私のせいにされてはかないませんからね」


「まぁね。そこのところは、まぁ大丈夫だと思う」





 師匠は大事そうに包みを指先で撫でると、ありがとうとへにゃりと笑った。








 きっと師匠にとっては、どろどろに真っ黒い王宮の中で守ってやりたい王子様なんだろう。でなければ、薬一つの為に国の端っこまで来ることもあるまい。そして翌日とんぼ返りなんて。





 疲れからかぐっすりと寝た師匠は、翌朝早くここを発った。





「そうそう、これ、凪から」


 出発の前に渡されたのは、青いリボン。


「深青の瞳の色と同じリボンが奇麗だったからって。號玖は寂しがり屋だから、渡してって言われたよ」


「……」


 新しい環境で、慣れるのも精いっぱいだろうに。


「まったくうちの子は、二人とも可愛い」


「三人とも可愛い。じゃぁな、號玖。また来る」






 そういって笑った師匠は、一路首都目指して戻っていった。







 少し、気持ちが落ち着いた。


 そんな、ある日。


 江国に訃報が流れた。









 ――第二王子が病の為、お亡くなりになられた








 師匠と深青、凪はどうするんだろうか……





 集落から出れない私は、唯々魔石だけを頼りに師匠からの連絡を待つしかなかった。


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