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きっとそれが、あなたの幸せなのでしょう。  作者: 篠宮 楓
望み

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17/45

深青の選択。

「ごうにーたん」


 が


「號玖じゃま」


 に、変わるのにそんな時間はかからなかった。



 凪がここにきて、早いものでもう五年。慣れたといえばいい事だけれど、慣れ方が気に食わないのは私だけでしょうかね。

 年齢にしては小さかった凪も、私の美味しい食事を食べ、私の厳しくも温かい訓練を受け、私の素敵な愛情を与えられてすっかり大きくなりました。

 もう私の子ですね。私の子です。三歳までしか見てない元の親御さんには悪いですが、五年間見てる私の方が勝ちましたよ、うん。

 だっていうのに。


「號玖、掃除の邪魔。ほんとに手のかかる」

「痛いですよ、凪」


 がんがんとモップを私の足にぶち当てやがる女の子、八歳になった凪です。ちゃんとお掃除もしてくれる八歳とか、くそ可愛いでしょう。ほんのちょっぴり殺意が芽生える可愛さですけどね。

「ホントじゃまだし、なんでこんなに散らかすのか分かんないし、八歳の子供に文句言われるとかホント情けない」

「口も達者な八歳……」

「掃除終わるまで、外出てて」


 なんとまぁ、しっかりしたお嬢さんになったものですよ。なぜ自分の家を追い出されるのでしょうね。


 凪の一言にすごすごと仕事部屋を後にする。


 私の家は、薬師を生業にしていることもあって集落の中でも大きな建物を与えられている。なぜかといえば、この集落は他大陸の人も住んでいるから魔力を持っていない人たちが多い。

 首都に出れば回復や癒しを生業とした魔力もちがいるけれど、この集落にはほぼいない。簡単な擦り傷を治せるくらいの魔力もちしかいないわけで。

 すると、必要となってくるのは医者と薬師。そのうちの薬師を、私とあと二人で賄っている。

 他の二人は胃薬とか痛み止めとかそういった類のものだけれど、私は元々母親が習得していた薬師としてのスキルに加えて呪いを継いでいて、麻酔や血止めなども作れるため他よりも大きい家を与えられたわけです。

 薬草の保管やら、新薬の実験やらいろいろ行いますからね。


 ……? 呪いって怖い?

 いえいえそんなことはないんですよ。間違えられますが、呪い(のろい) ではなくて 呪い(まじない)ですからね?

 基本的に薬草学なんですよ。医学的な知識と、精神的なアプローチを併せ持った……あ、興味ない?




「おい、號玖。独り言気持ち悪いぞ」

 後ろからひざかっくんされて、地面に沈む。地面についた両手が地味に痛い。

「あのねぇ、深青。もう少し穏やかな声掛けの方法はないのかな?」

「どうせ俺が近づいて来てるの知ってて、何かされるのを待ってたんだろ? さすが號玖、気持ち悪い」

 ……なんでこの子たちは、そろいも揃って口が悪いんでしょうか。

「癒しだった凪もいい性格に育ちましたし、深青は元からいい性格だし。私を労わってくれるかわいい子はどこにいるんですかねぇ」

「一生現れないんじゃねーの?」


 冷たい。私もうとっくに成人すぎたのに。


 地面と仲良くしているのも疲れたので、よいしょ……と立ち上がる。深青を振り向けば、手に布の被った籠を持っていた。

「おや? おやつを持ってきてくれたんですか?」

微かに香る甘い匂いは、ふんわりと焼いたどら焼きとみた。深青は少し口を尖らせながら、くるりと背中を向けた。

「お前にじゃない、凪に持ってきたんだ。凪に」

 後ろ向いてても照れているのが分かるとか、可愛いなぁ。これがいわゆるツンデレ!

「じゃぁ、お茶を淹れましょうね。前に深青が持ってきてくれた緑茶と一緒に、頂きましょう」

「だからお前には作ってないって……!」

「はいはい、分かりましたよ。余ったら、おこぼれをくださいね」

 ぽんぽんと頭をなでてその背を押せば、深青は顔を真っ赤にしながら大股で私の家へと歩いていく。

 まったく可愛い子です。可愛い子達なんですよ、うちの二人は。



 五年の歳月が過ぎ、深青も十八歳になった。三年前に成人を迎え(江国の成人は十五歳)未成年者の共同生活所をでて、今は集落のはずれに独りで住んでいる。うちに一緒に住めばいいんだけど、パートナーである私とは居宅を一緒にできない。入り浸ること自体はいいんだけど法的に居宅は別にしなければならない決まりがあって、小さな家を与えられた。

 仕事は、私の手伝い。魔力なしの深青は、私や師匠について剣術や知識を身に着けた。けれど平和で何もない集落では役には立たない。

 ゆえに私は薬師としてのスキルも教え、成人した直後、私の弟子として職種を登録した。


 そして……




――深青の事なんだが……





 昨夜届いた師匠の手紙の内容が脳裏を掠めて、私は小さく頭を振った。

 私の感情で決めてはいけない……、ことだ。








 家に入ると、楽しそうな声が居間から上がっていた。

「おやおや、二人は仲良しですねぇ」

 手を洗ってから居間へと足を踏み入れれば、凪が嬉しそうに深青に纏わりついていた。

「深青お兄ちゃん、座って座って!」

「凪、ありがとう」


 ……



 見てくださいよ、この私との違い! 私への対応、まったく違うから! しかも二人とも! なんで? 何なの?


 じと目で二人を見ていたら、逆に二人から見返された。


「早く座りなよ」

「はい」


 辛い(涙



 涙は見せずに貞一の椅子に腰かければ、目の前に湯のみとどら焼きがのったお皿がことりと置かれた。

「今ね、一つ食べたけどすっごく美味しいんだよ! 深青お兄ちゃん、本当にお菓子作り上手だよね」

 私にもお兄ちゃんと呼んではもらえないでしょうかね。

「號玖、気持ち悪い」

「勝手に人の心を読まないように」

「読めねぇよ、號玖の顔が主張してくるんだよ」

 そんなわけあるか!


 どら焼きを頬張りながら、二人を眺める。

 歳が近い事もあって、二人とも仲がいい。このままここで三人で暮らしていければ、意味を持つ事のない私の人生に納得して生きていける気がしていたのに。


 「私、買い物に行ってくるね」

 しばらくどらやきを堪能していた凪は、時間を見計らって席を立った。深青にいいこいいこと頭を撫でてもらうと、満面の笑みで部屋を出て行く。玄関へと続く足音が、扉の閉まる音とともに消えた。



「深青」



 凪がいる時に言うのは酷だ。きっと伝えるタイミングは今しかない。じゃないと、私の精神的にもよろしくない。

 お茶を啜っていた深青は、私の声に顔を上げた。

「號玖?」

 いつになく表情の硬い私に気が付いたのか、深青の眉が顰められる。

「深青。昨日ね、私宛に師匠から手紙が来た」

「手紙? 魔石じゃなくて、手紙で連絡?」

 そう。面倒くさがりの師匠は、手紙を書くくらいなら魔力垂れ流して魔石で連絡を寄越す。その師匠からの手紙。

 すでに封を開けているそれを、深青へと渡す。師匠の紋である、蘭の花が刻印された封書。深青は珍しそうにそれを手に取ると、私の方を見た。

「俺が見ても?」

「……えぇ。あなたの事ですから」

「え……?」


 まさか自分の事が書かれていると思っていなかった深青は、恐る恐る中に入っていた便箋を取り出した。それを広げ、目を通す。

 そして。


「なんだよこれ」


 時間にして数分。読み終えた深青が、呆けたように呟いた。



「深青、この国の王が貴方を首都に呼びたいらしいですよ。師匠の次期後継として」



 ――俺が教えた軍師としての知識を、王のもとで役立てよとの通達が来た。けれど、断ってもいい。俺が何とかする。選択は深青に任せる。



「軍師、としての知識って言っても……。聞くのが面白くて、師匠の話を聞いてただけだし」

「他国の戦略を身に着けていると、言い換えられる事なのでしょうね」

 そう私が言うと、深青が手紙を机に置いた。

「號玖は? どう思う……?」

「行きたいですか? 首都に」

「……っ」


 深青の目が大きく開かれ、ぎゅっと眉根が寄せられた。

 そんな深青を見ていられなくて、手元の食べかけのどら焼きに視線を移した。

「このどら焼きも、緑茶も、お饅頭も。すべてご両親が営んでいた、菓子屋の味なんでしょう?」

 そう。深青の両親の職種は菓子屋。その跡取り息子として生まれた深青。

 目が青いこと以外は江国人と変わりない深青を、両親は三.四歳まで手元で育てた。周囲も、それくらいは許した。

 その間、深青は両親のお菓子の味をうろ覚えにでも覚え、そしてここに送られる際にレシピを持たされた。手放す両親からの、せめてもの贈り物。



「会いたいですか? ご両親に」

「號玖!」

 混乱したように大声を出した深青の頬に、手で触れる。

「当たり前のことです。あなたは幼い頃にご両親と別れた。そしてこの先、一生この集落を出ることができない現状を鑑みれば、最後のチャンスかもしれません」

 小さく、息を吐く。

「ご両親と会える」

「両親に……」


 私と同じ言葉を繰り返して、そのまま口を閉じた。


「深青、あなたの人生です。あなたが決めなさい」

 冷たい言葉かもしれない。けれど、自分の人生は、自分で決断しなければ。

「どちらの選択をしても、あなたは私と凪の家族ですよ」


 きっと、首都に出てしまえばここに帰ることはほとんどなくなってしまう。

 師匠でさえ、年に二度ほど顔を見せればいい方。


「私は仕事部屋に行ってますね。よくお考えなさい。まだ返答までには時間もありますしね」

 手紙を見つめている深青を残し、私は仕事部屋へと引っ込んだ。


 いろいろな薬草のにおいが入り混じる、慣れた私の部屋。椅子に深く腰を下ろす。


「師匠……」

  

 このままここで三人で暮らしていければ、意味を持つ事のない私の人生に納得して生きていける気がしていたのに。

 家族を亡くした私に、もう一度家族を失えというのか。




 師匠、あなたは残酷だ。

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