子供三人が望んだもの。
「お師匠様!」
翌朝、太陽が森の上に顔を出した頃、少し大きめな荷車を引きながら一人の男が集落の門をくぐった。嬉しそうな声を上げて駆け寄った深青を見下ろして、その男はにっこりと髭だらけの顔をくしゃくしゃにした。
「深青か。大きくなったな、何年ぶりだ」
「半年ぶりだよ、もう耄碌したの爺さん」
「お師匠様になんてこと言うんだ!」
男の下に駆け寄った深青に阿呆なこと言うから突っ込みいれてあげたのに、深青に怒られた。不満を露わに深青の頭をガシガシゆすると、男が笑い声をあげる。
別に耄碌しているわけじゃないのは知っている。なんせ、ここに来るたびに同じやり取りしてるんだから。
「お疲れ様ですお師匠様。老けました? むしろご老体?」
深青の頭を押さえたまま視線を向けると、その男……私達の師匠……は伸び放題の髪をがしがしと掻き上げながらもみあげから繋がってる髭へと手を滑らせた。
「なんか面倒くさくなって、王都を出てから何もしなかったからなぁ。伸び放題伸び放題。呪いに丁度いいだろ」
「そんな汚い髪の毛に髭はいりませんよ。私にも、好き嫌いがあります」
「へぇへぇ、號玖は可愛くも何ともねぇな。深青の可愛さを少し分けてもらえ」
「深青は私に対して少しも可愛くないので、分けてもらえません」
「お師匠様!」
私と師匠が憎まれ口の応酬を重ねていたら、仲間外れにされたようで悲しかったのか深青が声を上げた。
「ん? どうした、深青」
すぐさまにこにこ笑いながら深青に視線を向けた師匠に、深青は嬉しそうな顔をしながら指を差した。
「今回の荷物は多いですね。何を持ってきてくれたんですか?」
不思議そうに後ろの荷車を指さした深青は、師匠の体の横から覗き込むように顔を出す。
「そういえば気になってました。どんなお土産を持ってきてくれたんです、もちろんいいものなんでしょうね。隔離されてる私達が喜び勇んで踊りまくるほどにいいものなんでしょうね」
「お前、成人してからホント口が達者になったよな。魔術師や呪師じゃなくて占い師の方があってる気がするわ。もっと思いやりがあれば」
師匠はため息をつきながら荷車に近づくと、掛けてあった布をゆっくりとめくった。
「……は?」
「……」
思わず、声が出た。深青は目を見開いて、口を開けている。珍しい表情でちょっと見ていたいけど、それどころじゃない。
荷車にはいつも持ってくるような魔道具や食料、それに本などもあった。んが。
「……んー?」
じっと見ていた私達の前で、その物体は身じろぎをした。
「動いたっ」
驚いた深青が、ぎゅっと私の上衣の裾を掴む。
いや、まぁ動きますよね。うん。動くっていうか、えー?
凝視している私達の前で、小さいそれは顔を上げた。
「……おにいちゃんたち、だぁれ?」
肩の所で切り揃えられた黒い髪が、頬に張り付いたままぼんやりとこちらを見上げる「その物体」は。
「女の子?」
まごうことなく、人間の女の子だった。
「……」
「……」
思わず二人して師匠を見つめる。
この人を師匠と仰いでから十年以上。よもやまさかそのまさか。
「師匠がロリコンの上、人さらいとか嘆かわしい」
「誰が人さらいだ」
「ロリコンは否定しないんですねそうですか」
「否定したいけど、可愛いぞー」
寝起きのぼーっとした表情で私達を見上げている女の子は、ぐるりと三人の顔を見回してこてんと首を傾げた。
「おなかすいた」
「「「……」」」」
可愛いんですけどどうしましょうね!
きっと三人とも同じ事を脳内で叫んだはずですが、にこにこしながら一番耐性のある師匠がその子を抱き上げた。
目線が高くなって面白いのか、きゃっきゃと声を上げながら師匠の髪を掴んで笑う。
「これから世話になるおにーちゃんたちだよ。あいさつしなさい」
ね? と、お師匠の言葉に促された女の子が大きく頷いてこちらを見た。
「わたし、なぎ。よろいくおねがします」
「よろこんで!」
舌ったらずな自己紹介に、阿呆な返事をしてしまった私はきっと悪くない。




